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再婚編
27
ヴィクトル様が夜に屋敷にいるときは眠る前にそっと触れるのが、いつの間にか私の習慣になっていた。
触れた私の手をヴィクトル様は強張ることもなく、払いのけることもなく、まるで当たり前のように受け入れてくれる。
だから、また触れたくなってしまう。
「……今日も、触れていいですか?」
ヴィクトル様のベッドの上で自分から口にした瞬間、耳の奥まで熱くなる。
恥ずかしさで胸が潰れそうなのにそれでも言わずにはいられない。
「ああ、お前に触れられるのは嫌ではない」
ヴィクトル様はほんのわずかに視線を落としてから答えた。低く、静かで、それなのにどこか甘いような気がする声。その言葉に背筋が震え、心臓が跳ねる。
私はゆっくり、彼の肩に触れ、そして指先で赤い髪をすくうように撫でた。長くて綺麗な赤色の髪はやっぱり特別だった。
彼は動かない。私の好きにさせるようにただ静かに受け入れている。たまに喉元がかすかに動くのが見えて、私の触れ方一つでヴィクトル様の呼吸が変わっていることに気づく。
私が触っても怒らないヴィクトル様。それが嬉しくて、愛おしくて……でも同時に胸の奥がひどく重くなる。
こんなことを続けていてはいけない。私は本当の意味ではまだ彼の妻としての務めを果たしていない。
抱かれていない。子供も産まない。それなのに彼はそんな私を毎晩のように受け入れて、触れさせてくれている。
ヴィクトル様はどう思っているんだろう。
不安と愛しさが絡まりあって、胸の奥でほどけなくなっていた。
どうしてこんなことを続けているんだろう。そう思う瞬間が増えてきた。いい加減にしないと……
「……ヴィクトル様。あの……キスをしても……いいですか?」
ベッドの縁に並んで座っていたヴィクトル様がゆっくりと私の方へ視線を向けた。青い瞳が静かに揺れる。
「ああ」
ヴィクトル様の手がそっと私の頬に触れ、引き寄せられる。そして、触れ合うだけの、静かで温かい口づけをしてくれた。そして離れる。
それは短い。優しいものだった。
「……すみません。その……もう少し……深い……感じの、キスを……お願い、できませんか……?」
私の髪を撫でるヴィクトル様の動きが止まる。その静寂はほんの数秒なのに永遠に思えるほど長い。
「……ユミル。これ以上を求める意味をわかって言っているのか?」
その声音は怒りではない。試すようでも、責めるようでもない。ただ、確認するように。
本当は全部わかってなんかいない。ただ、求めてしまった。
ヴィクトル様が怖くて、ヴィクトル様が好きで、触れられるたびに怯えて、ドキドキして。
「……わかって、いるつもりです。ヴィクトル様に……触れてほしいと、思ってしまいました……したいんです。ヴィクトル様と」
言い終えるや否や、ヴィクトル様の腕が私の背にまわり、腰を引き寄せられた次の瞬間、深く、逃げ場のないキスが降ってきた。
唇を押し開かれる感覚に思考が真っ白になる。息を奪われるほどの熱に身体がびくりと震えた。
「……っ……ん……」
わけもわからず、必死に縋るようにヴィクトル様のシャツを握りしめる。その反応が伝わったのか、彼はさらに深く口づけてきた。
甘い熱が舌に触れ、頭が痺れそうになる。ただ触れ合うだけじゃない。私はこれを求めていたのだ。
自分でも驚くほど、必死になってヴィクトル様に口づけを返していた。もっと近くを望むように。
やっと唇が離れた時、二人の間には熱い息だけが残っていた。ヴィクトル様は息を整えながら、低い声で囁く。
「……そんなふうに求められたら……俺は本当に我慢ができなくなるぞ」
その声音が、怖いほど優しくて、お腹の奥が甘くゾクゾクと疼きはじめる。まるで熱い蜜がゆっくりと溶け出していくような、抑えきれない衝動が下腹部を震わせ、どうしようもなく彼を求めてしまう。
「……すみません、あの、入れて……ください……」
私は夜着の紐に指をかけ、言葉が熱に浮かされたように口からこぼれた。
自分でも何を言っているのかわからない。ただ、胸が苦しくて、どうにかしたくて、必死だった。
「落ち着け」
ヴィクトル様の大きな手がそっと私の手首を掴むと、自分の指先が震えているのがわかった。息の吸い方さえわからなくなる。
「……俺はお前を抱くためにここにいるわけじゃない。お前が望んで、心から求めなければ俺は手を出さない」
夜着の布を握る私の手をヴィクトル様が包んでくれる。
「今日は……ここまででいい。口づけの続きがしたいなら……それでもいい」
いつか、ヴィクトル様が愛想を尽かして、離れてしまうのではないかという、不安から私は縋るような言葉を口にしてしまった。
あの人の優しさは私が望んだから向けられたものなのか、それとも一時の気の迷いなのか、わからないから怖い。
それを確かめる手段を私は知らなくて……唯一わかりやすい身体の繋がりにすがってしまいそうになった。
だから私はヴィクトル様を求めた。必要とされていると感じたかった。彼に拒まれないことを確かめたかった。
あの抱きしめられた温かさをもっと深く知りたかった。ヴィクトル様の腕の中で愛されたいと思ってしまったのだ。
「もう、寝た方がいい」
その言葉は優しさに満ちた拒絶だった。ヴィクトル様の顔は私の身体の熱も、先ほど交わした深い口づけの熱も、全部忘れたかのような表情に戻っていた。
「ま、待ってください……」
私は勇気を振り絞り、ヴィクトル様の手から自分の手を引き抜いた。中途半端な甘えで彼を試すのは自分勝手だから。
ヴィクトル様は再び私に視線を向けた。その瞳は一瞬の動揺もなく、ただ私の次の言葉を待っている。
「……お願いします……ヴィクトル様。どうか……今夜、私を抱いてください」
私が本当に求めている言葉を絞り出し、一度は緩められた夜着の紐に、震える指をもう一度、強く、決意を込めてかけた。
それは、甘えでも、試すための言葉でもない。
妻としての、女としての、私の願いだった。
触れた私の手をヴィクトル様は強張ることもなく、払いのけることもなく、まるで当たり前のように受け入れてくれる。
だから、また触れたくなってしまう。
「……今日も、触れていいですか?」
ヴィクトル様のベッドの上で自分から口にした瞬間、耳の奥まで熱くなる。
恥ずかしさで胸が潰れそうなのにそれでも言わずにはいられない。
「ああ、お前に触れられるのは嫌ではない」
ヴィクトル様はほんのわずかに視線を落としてから答えた。低く、静かで、それなのにどこか甘いような気がする声。その言葉に背筋が震え、心臓が跳ねる。
私はゆっくり、彼の肩に触れ、そして指先で赤い髪をすくうように撫でた。長くて綺麗な赤色の髪はやっぱり特別だった。
彼は動かない。私の好きにさせるようにただ静かに受け入れている。たまに喉元がかすかに動くのが見えて、私の触れ方一つでヴィクトル様の呼吸が変わっていることに気づく。
私が触っても怒らないヴィクトル様。それが嬉しくて、愛おしくて……でも同時に胸の奥がひどく重くなる。
こんなことを続けていてはいけない。私は本当の意味ではまだ彼の妻としての務めを果たしていない。
抱かれていない。子供も産まない。それなのに彼はそんな私を毎晩のように受け入れて、触れさせてくれている。
ヴィクトル様はどう思っているんだろう。
不安と愛しさが絡まりあって、胸の奥でほどけなくなっていた。
どうしてこんなことを続けているんだろう。そう思う瞬間が増えてきた。いい加減にしないと……
「……ヴィクトル様。あの……キスをしても……いいですか?」
ベッドの縁に並んで座っていたヴィクトル様がゆっくりと私の方へ視線を向けた。青い瞳が静かに揺れる。
「ああ」
ヴィクトル様の手がそっと私の頬に触れ、引き寄せられる。そして、触れ合うだけの、静かで温かい口づけをしてくれた。そして離れる。
それは短い。優しいものだった。
「……すみません。その……もう少し……深い……感じの、キスを……お願い、できませんか……?」
私の髪を撫でるヴィクトル様の動きが止まる。その静寂はほんの数秒なのに永遠に思えるほど長い。
「……ユミル。これ以上を求める意味をわかって言っているのか?」
その声音は怒りではない。試すようでも、責めるようでもない。ただ、確認するように。
本当は全部わかってなんかいない。ただ、求めてしまった。
ヴィクトル様が怖くて、ヴィクトル様が好きで、触れられるたびに怯えて、ドキドキして。
「……わかって、いるつもりです。ヴィクトル様に……触れてほしいと、思ってしまいました……したいんです。ヴィクトル様と」
言い終えるや否や、ヴィクトル様の腕が私の背にまわり、腰を引き寄せられた次の瞬間、深く、逃げ場のないキスが降ってきた。
唇を押し開かれる感覚に思考が真っ白になる。息を奪われるほどの熱に身体がびくりと震えた。
「……っ……ん……」
わけもわからず、必死に縋るようにヴィクトル様のシャツを握りしめる。その反応が伝わったのか、彼はさらに深く口づけてきた。
甘い熱が舌に触れ、頭が痺れそうになる。ただ触れ合うだけじゃない。私はこれを求めていたのだ。
自分でも驚くほど、必死になってヴィクトル様に口づけを返していた。もっと近くを望むように。
やっと唇が離れた時、二人の間には熱い息だけが残っていた。ヴィクトル様は息を整えながら、低い声で囁く。
「……そんなふうに求められたら……俺は本当に我慢ができなくなるぞ」
その声音が、怖いほど優しくて、お腹の奥が甘くゾクゾクと疼きはじめる。まるで熱い蜜がゆっくりと溶け出していくような、抑えきれない衝動が下腹部を震わせ、どうしようもなく彼を求めてしまう。
「……すみません、あの、入れて……ください……」
私は夜着の紐に指をかけ、言葉が熱に浮かされたように口からこぼれた。
自分でも何を言っているのかわからない。ただ、胸が苦しくて、どうにかしたくて、必死だった。
「落ち着け」
ヴィクトル様の大きな手がそっと私の手首を掴むと、自分の指先が震えているのがわかった。息の吸い方さえわからなくなる。
「……俺はお前を抱くためにここにいるわけじゃない。お前が望んで、心から求めなければ俺は手を出さない」
夜着の布を握る私の手をヴィクトル様が包んでくれる。
「今日は……ここまででいい。口づけの続きがしたいなら……それでもいい」
いつか、ヴィクトル様が愛想を尽かして、離れてしまうのではないかという、不安から私は縋るような言葉を口にしてしまった。
あの人の優しさは私が望んだから向けられたものなのか、それとも一時の気の迷いなのか、わからないから怖い。
それを確かめる手段を私は知らなくて……唯一わかりやすい身体の繋がりにすがってしまいそうになった。
だから私はヴィクトル様を求めた。必要とされていると感じたかった。彼に拒まれないことを確かめたかった。
あの抱きしめられた温かさをもっと深く知りたかった。ヴィクトル様の腕の中で愛されたいと思ってしまったのだ。
「もう、寝た方がいい」
その言葉は優しさに満ちた拒絶だった。ヴィクトル様の顔は私の身体の熱も、先ほど交わした深い口づけの熱も、全部忘れたかのような表情に戻っていた。
「ま、待ってください……」
私は勇気を振り絞り、ヴィクトル様の手から自分の手を引き抜いた。中途半端な甘えで彼を試すのは自分勝手だから。
ヴィクトル様は再び私に視線を向けた。その瞳は一瞬の動揺もなく、ただ私の次の言葉を待っている。
「……お願いします……ヴィクトル様。どうか……今夜、私を抱いてください」
私が本当に求めている言葉を絞り出し、一度は緩められた夜着の紐に、震える指をもう一度、強く、決意を込めてかけた。
それは、甘えでも、試すための言葉でもない。
妻としての、女としての、私の願いだった。
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