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穢れと清めの狭間
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ようやくウィリアムから解放された頃、窓の外は深い藍色に染まり、夜の帳が下りていた。
わたしの身体はまるで魂を抜かれたように力なく、ベッドに倒れ伏したまま動けなかった。シーツに絡まる手足は鉛のように重く、汗と愛液に濡れた肌が冷たく震える。
「それでは姫様、失礼しました」
ウィリアムは軽やかな足取りで別れの挨拶を呟き、部屋を後にした。その無責任な笑みがわたしの心に鋭い棘を残す。
子を宿す行為は愛に満ち、優しく甘美で、胸を締め付ける幸福に彩られたもののはずだった。セルジュとの夜はいつもそうだった。彼の温かな眼差しと、壊れ物を扱うような触れ合いにわたしは愛されていると実感した。
だがウィリアムとのこれは何?獣のような欲望に蹂躙され、心を引き裂くような行為。こんなものは知らない。こんな酷い男は心の底から大嫌い。
なのになぜだろう。わたしの身体は彼の与えた快楽に屈し、孕むまでその熱を求めるように疼く。
心はウィリアムを拒絶し、憎悪で燃えているのに裏切り者のように反応する肉体が許せなかった。セルジュを愛するわたしがこんな男に感じるなんて。
ウィリアムの足音が遠ざかり、部屋に重い静寂が訪れた。こんな場所に横たわっていてはいけないと、這うように身体を起こそうとした瞬間、扉を軽く叩く音が響いた。
「クラウディア様、入ります」
聞き慣れた低く穏やかな声。セルジュだった。
「ま、待って!」
反射的に叫んだが時すでに遅く、扉が静かに開く。彼の銀髪が燭台の光に揺れ、端正な顔が柔らかな影に彩られる。その姿を見た瞬間、羞恥と焦燥が胸を刺した。この穢れた身体を愛する彼に見せたくないのに。
「何故、ここに……」
「クラウディア様の様子が心配で参りました」
掠れた声で問うと、彼は落ち着いた口調で答えた。その青い瞳にはわたしを気遣う優しさが宿っている。いつもと変わらぬ穏やかな眼差し、こんな姿のわたしを彼が見るべきではない。
「平気です。だから……」
言葉が喉に詰まり、嘘が途切れる。平気なはずがない。この身体にはウィリアムの痕が刻まれ、セルジュへの裏切りが染みついている。彼の前でそんな嘘をつくことさえ、罪を重ねるようで耐えられなかった。
「お風呂を用意しました。身体をお清めください」
セルジュの声は静かだが揺るぎない。侍女を呼んで来てほしいと頼もうとする前に彼はシーツをわたしの肩にかけ、穢れた身体を隠すように包み込む。そして、まるで壊れ物を抱くように優しく腕に抱き上げた。力強い腕と、懐かしい彼の体温に触れ、涙が溢れそうになる。
彼の胸に顔を埋め、嗚咽を堪えた。この温もりに縋りたい、けれどそれが許されないと、心が叫ぶ。セルジュへの愛と裏切りの重さがわたしを容赦なく押し潰すのだった。
◆
浴室の扉が開くと、目の前に広がったのは大理石の壁と、中央には広大な浴槽。壁際の蛇口からは絶え間なく温かな湯が流れ、まるで噴水のように優雅に水音を奏でていた。
浴槽の近くまで来ると、セルジュはそっとわたしを下ろし、倒れそうになる身体を支えるように手を添えた。
「お身体の具合は?」
「……大丈夫です」
全身を蝕む疲労が嘘を許さない。湯に浸かることさえ億劫なほど、身体は重く沈んでいた。セルジュはわたしの様子を見透かすようにわずかに眉を寄せる。
「お手伝いします」
「セルジュがそんなことまでしなくても……」
その言葉にわたしは慌てて首を振った。だが彼の瞳には揺るぎない決意が宿り、拒絶を許さない。
「クラウディア様がどれほどのご苦労をされているか、私は理解しています。それを放っておけるほど、冷たい男ではありません」
セルジュは一礼し、淡々とシーツを剥がした。湯気に霞む中、裸のわたしを前にしても、彼の表情には一片の動揺も欲も見られない。清廉にただ必要な務めを果たすだけ。
「湯加減を確認します。少しお待ちを」
彼は浴槽に手を差し入れ、静かに湯を確かめると「ちょうど良い温度です」と告げ、わたしに桶で汲んだお湯をかけてくれた。
ほどよく熱い湯が肌に触れた瞬間、全身がじんわりと温まり、疲れが溶け出すような安堵にため息が漏れる。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ありがとう」
セルジュの声にと小さく答えた。彼はわたしの背後に回り、洗い桶に汲んだ湯を静かに髪へと流す。その手つきは驚くほど繊細で、優雅だった。
湯が髪を滑り、首筋を伝って胸へと滴る。温かな水音が響く中、セルジュの手が石鹸を手に取り、わたしの肩を滑るように洗い始めた。
指先が肌に触れるたび、微かな震えが走る。彼の動きは冷静で、感情を押し殺したかのように淡々としている。
「次はこちらを清めますね」
セルジュが静かに告げ、腕から背中へと手を滑らせていく。ウィリアムの獣のような欲望とは対照的な、慈しむような手つき。
端正な横顔を盗み見るがいつも通りの冷静さしか読み取れない。もし、わたしを妻として愛していないなら、この無垢な優しさも、ただの義務なのか?そんな考えが頭を過るたび、心に暗い霧が立ち込める。
「力を抜いてください。余計な力が入ると疲れが取れません」
「え、ええ……」
身を清めて貰ってから浴槽に入れてもらいながら考えているとセルジュの静かな声にはっと我に返り、肩の力を抜いた。彼に心の乱れを悟られたくなかった。
この人はわたしがウィリアムに抱かれていても、何も感じないのかしら?そんなことを聞く勇気がない自分を呪った。
彼の冷静な態度を崩したいと思う一方、それが崩れることで愛が壊れる恐怖がわたしを縛る。湯の温もりが身体を癒す一方で、胸の痛みは深まるばかりだった。
「のぼせる前に上がりましょう」
セルジュの言葉にわたしは小さく頷いた。彼はわたしを湯から上げると用意していたバスタオルを広げ、身体を包み、滴る水気を丁寧に拭き取る。
その仕草はまるで儀式のようだった。その淡々とした態度がわたしの心をさらに追い詰める。
あなたは変わらない。まるで、わたしが抱かれたことなど、気にも留めていないみたい。
愛する彼に報いる術を知らないまま、わたしはただその温もりに縋るしかなかった。
わたしの身体はまるで魂を抜かれたように力なく、ベッドに倒れ伏したまま動けなかった。シーツに絡まる手足は鉛のように重く、汗と愛液に濡れた肌が冷たく震える。
「それでは姫様、失礼しました」
ウィリアムは軽やかな足取りで別れの挨拶を呟き、部屋を後にした。その無責任な笑みがわたしの心に鋭い棘を残す。
子を宿す行為は愛に満ち、優しく甘美で、胸を締め付ける幸福に彩られたもののはずだった。セルジュとの夜はいつもそうだった。彼の温かな眼差しと、壊れ物を扱うような触れ合いにわたしは愛されていると実感した。
だがウィリアムとのこれは何?獣のような欲望に蹂躙され、心を引き裂くような行為。こんなものは知らない。こんな酷い男は心の底から大嫌い。
なのになぜだろう。わたしの身体は彼の与えた快楽に屈し、孕むまでその熱を求めるように疼く。
心はウィリアムを拒絶し、憎悪で燃えているのに裏切り者のように反応する肉体が許せなかった。セルジュを愛するわたしがこんな男に感じるなんて。
ウィリアムの足音が遠ざかり、部屋に重い静寂が訪れた。こんな場所に横たわっていてはいけないと、這うように身体を起こそうとした瞬間、扉を軽く叩く音が響いた。
「クラウディア様、入ります」
聞き慣れた低く穏やかな声。セルジュだった。
「ま、待って!」
反射的に叫んだが時すでに遅く、扉が静かに開く。彼の銀髪が燭台の光に揺れ、端正な顔が柔らかな影に彩られる。その姿を見た瞬間、羞恥と焦燥が胸を刺した。この穢れた身体を愛する彼に見せたくないのに。
「何故、ここに……」
「クラウディア様の様子が心配で参りました」
掠れた声で問うと、彼は落ち着いた口調で答えた。その青い瞳にはわたしを気遣う優しさが宿っている。いつもと変わらぬ穏やかな眼差し、こんな姿のわたしを彼が見るべきではない。
「平気です。だから……」
言葉が喉に詰まり、嘘が途切れる。平気なはずがない。この身体にはウィリアムの痕が刻まれ、セルジュへの裏切りが染みついている。彼の前でそんな嘘をつくことさえ、罪を重ねるようで耐えられなかった。
「お風呂を用意しました。身体をお清めください」
セルジュの声は静かだが揺るぎない。侍女を呼んで来てほしいと頼もうとする前に彼はシーツをわたしの肩にかけ、穢れた身体を隠すように包み込む。そして、まるで壊れ物を抱くように優しく腕に抱き上げた。力強い腕と、懐かしい彼の体温に触れ、涙が溢れそうになる。
彼の胸に顔を埋め、嗚咽を堪えた。この温もりに縋りたい、けれどそれが許されないと、心が叫ぶ。セルジュへの愛と裏切りの重さがわたしを容赦なく押し潰すのだった。
◆
浴室の扉が開くと、目の前に広がったのは大理石の壁と、中央には広大な浴槽。壁際の蛇口からは絶え間なく温かな湯が流れ、まるで噴水のように優雅に水音を奏でていた。
浴槽の近くまで来ると、セルジュはそっとわたしを下ろし、倒れそうになる身体を支えるように手を添えた。
「お身体の具合は?」
「……大丈夫です」
全身を蝕む疲労が嘘を許さない。湯に浸かることさえ億劫なほど、身体は重く沈んでいた。セルジュはわたしの様子を見透かすようにわずかに眉を寄せる。
「お手伝いします」
「セルジュがそんなことまでしなくても……」
その言葉にわたしは慌てて首を振った。だが彼の瞳には揺るぎない決意が宿り、拒絶を許さない。
「クラウディア様がどれほどのご苦労をされているか、私は理解しています。それを放っておけるほど、冷たい男ではありません」
セルジュは一礼し、淡々とシーツを剥がした。湯気に霞む中、裸のわたしを前にしても、彼の表情には一片の動揺も欲も見られない。清廉にただ必要な務めを果たすだけ。
「湯加減を確認します。少しお待ちを」
彼は浴槽に手を差し入れ、静かに湯を確かめると「ちょうど良い温度です」と告げ、わたしに桶で汲んだお湯をかけてくれた。
ほどよく熱い湯が肌に触れた瞬間、全身がじんわりと温まり、疲れが溶け出すような安堵にため息が漏れる。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ありがとう」
セルジュの声にと小さく答えた。彼はわたしの背後に回り、洗い桶に汲んだ湯を静かに髪へと流す。その手つきは驚くほど繊細で、優雅だった。
湯が髪を滑り、首筋を伝って胸へと滴る。温かな水音が響く中、セルジュの手が石鹸を手に取り、わたしの肩を滑るように洗い始めた。
指先が肌に触れるたび、微かな震えが走る。彼の動きは冷静で、感情を押し殺したかのように淡々としている。
「次はこちらを清めますね」
セルジュが静かに告げ、腕から背中へと手を滑らせていく。ウィリアムの獣のような欲望とは対照的な、慈しむような手つき。
端正な横顔を盗み見るがいつも通りの冷静さしか読み取れない。もし、わたしを妻として愛していないなら、この無垢な優しさも、ただの義務なのか?そんな考えが頭を過るたび、心に暗い霧が立ち込める。
「力を抜いてください。余計な力が入ると疲れが取れません」
「え、ええ……」
身を清めて貰ってから浴槽に入れてもらいながら考えているとセルジュの静かな声にはっと我に返り、肩の力を抜いた。彼に心の乱れを悟られたくなかった。
この人はわたしがウィリアムに抱かれていても、何も感じないのかしら?そんなことを聞く勇気がない自分を呪った。
彼の冷静な態度を崩したいと思う一方、それが崩れることで愛が壊れる恐怖がわたしを縛る。湯の温もりが身体を癒す一方で、胸の痛みは深まるばかりだった。
「のぼせる前に上がりましょう」
セルジュの言葉にわたしは小さく頷いた。彼はわたしを湯から上げると用意していたバスタオルを広げ、身体を包み、滴る水気を丁寧に拭き取る。
その仕草はまるで儀式のようだった。その淡々とした態度がわたしの心をさらに追い詰める。
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