【完結】子供を作れない夫から、義兄に抱かれてほしいと頼まれました。

白滝春菊

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冷めた怒り

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 アリシア様との会話は形式としては滞りなく終えられた。言葉を交わす中で彼女の考えに学ぶところも確かにあった。だがそれでも胸の奥にはずっと、別の重さが沈んでいた。

 クラウディア様は今どこに。

 会場の端を回り、控えめに立っていた侍女の一人に声をかけた。私の問いに彼女は少しだけ目を泳がせ、言葉を選ぶように口を開いた。

「……クラウディア様はただいま休憩室にて、ウィリアム様とご一緒です」

 その声音にはわずかな戸惑いと気まずさが滲んでいた。必要以上の言葉は加えられず、視線は伏せられたままだ。

 兄上と、二人きりで。喉の奥が微かに引きつる。それは驚きではなかった。けれど、望んでいた答えでもなかった。

 足元から、静かに冷たい何かが這い上がってくる。
 感情なのか、怒りなのか、それともただの不安なのか、自分でも判別できなかった。

 クラウディア様と兄上のいる部屋の扉を開けた瞬間、燭台の揺れる光がクラウディア様の姿を照らし出し、胸に鋭い棘が刺さる。
 ベッドに横たわる彼女は深い眠りに沈んでいる。汗に濡れた髪が頬に張り付き、白い肌はほのかに上気し、シーツに絡まる手足は力なく弛緩している。
 薄いシーツに覆われた裸体、乱れた髪、微かに開いた唇……彼女が兄上の手に抱かれていたことはあまりにも明らかだ。部屋に漂う甘い香りが鼻腔を刺激し、心の奥で小さな苛立ちがくすぶる。

 ソファに腰掛ける兄上は煙草の紫煙を吐き出しながら、挑発的な笑みを浮かべている。私の妻をこんな姿にし、わざと見せつけるその態度に怒りが燻る。
 だが私は表情を変えず、兄上の視線を静かに受け止める。国のため、子作安寿のための務め——それがクラウディア様と兄上の関係だ。
 これは義務。理性では理解している。だが彼女の肌に刻まれた兄貴の痕を思うと、礼儀正しく振る舞う私の仮面の下で苛立ちが微かに火を点ける。

 私はメイドたちを呼ぶ。彼女たちが部屋に入ると、気まずそうに目を逸らし、震える手でドレスを持ち上げる。
 クラウディア様の裸体が一瞬露わになり、メイドたちの顔が硬くなる。その引き気味な視線が他の誰かがクラウディア様のこんな姿を知っているという事実がわずかに腹立たしい。

 彼女の気品ある姿が戻ると、私はそっと近づき、壊れ物を扱うように慎重に彼女を抱き上げる。
 髪が私の肩に流れ、疲れ果てた寝顔に安心する一方、兄上の挑発的な笑みが脳裏をよぎる。

 あの煙草の煙が彼女の身体に害を及ぼすかもしれない「クラウディア様のお体に悪いから止めろ」と、はっきり言うつもりだった。
 頭ではその言葉を用意していたのに、苛立ちとクラウディア様への気遣いに気を取られ、口にするのを忘れていた。自分がそんな失態を犯したことに内心で後悔をする。

 振り返らず、私はクラウディア様を抱いて部屋を出る。扉が閉まる音が背後に響き、廊下の静寂が私たちを包む。
 彼女の微かな吐息が耳に触れ、胸の苛立ちを抑え込む。私は礼儀正しく、冷静でなければならない。
 兄上の挑発に乗り、感情を乱すわけにはいかない。だが彼女の肌に残る兄貴の痕と、あの煙草の煙を思うたび、心の奥で小さな炎がくすぶるのを、完全に消し去ることはできなかった。
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