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気の弱い義姉王女
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翌朝、シエルが目を覚ますとグラッセの姿はなかった。メイドの話によると朝早くからクリアを連れて城へと向かったらしい。昨晩のことを思い出し顔を赤くするがまた最後までして貰えなかったことが少しだけ寂しく感じた。
*
城に呼び出されていたグラッセは国王から直々に話があると言われ、謁見の間に向かうとそこには国王の他にも宰相や大臣達の姿もあった。
フローレシア王国の国王、オスカー・フローレシア。娘であるシエルと同じホワイトブロンドにアイスブルーの瞳を持つ男。昔は女遊びが激しかったらしいと噂があったが家族を愛するようになってからはすっかり落ち着いているようだ。ただ一人を除いて。
「またアレを甘やかしているようだな?」
開口一番そう言った国王の表情には明らかな怒りの色があった。娘を愛さないから苦言されるならともかく普通に接してこんなことを言われるとは思わなかったグラッセはぐっと言葉を飲み込んだ後で反論する。
「……そんなことはございません。全ては『私の為』に住みやすいよう、不自由のない暮らしが出来るようにと思っての行動です」
自分の為に自分の金でやったことなのに何故責められなければならないのかと思いを込めて答えるも国のトップに立つ男は納得しない様子だった。
「それが問題だと言っているのだ」
そして次に出てきた言葉は彼の理解を超えるものだった。
「貴様はいい。だが、あの娘に贅沢は不要、母体を作る必要最低限の衣食住だけ与えればいいのだ」
「…………」
これが父親なのかと思わず絶句してしまう。しかしそれも一瞬のこと、すぐに気を取り直すとキッパリと言い放つ。
「しかし彼女は王族であり、将来この国を背負って立つ存在となるのです。ならばそれに相応しい……」
「必要無い!」
遮るようにして言われた強い口調の言葉に今度はこちらの方が黙る番となった。このままでは王が納得をするまでずっと平行線を辿るだろう、下手をすると牢屋に入れられてしまうかもしれないと思った彼は少し黙った後にこう答えた。
「……わかりました。その様に致します」
片膝をついたまま頭を垂れると謁見の間を出て執事のクリアと共に城から出ていくために廊下を歩いていた。
(胃が痛い……)
キリキリと痛み出す腹を押さえながら歩いていると前方から来た女性を見かけるとグラッセは仕方なく挨拶をするべく声をかけることにした。
「王女様、お久しぶりでございます」
ウェーブがかかった薔薇色の髪を持つ女性の名はフローラ・フローレシア。シエルの姉にしてこの国の王女だ。
シエルとフローラは腹違いの姉妹でどちらも母親似なのであまり似ていない。妹は華のある美しさに対してフローラの方は着飾ることを好まない性格なのもあってやや地味な印象を受ける顔立ちをしているものの、美人であることに変わりはない。だが、比較対象がシエルならばどうしても見劣りしてしまう。このせいで屋敷に幽閉されているのではないかと邪推してしまう。
偶然にもフローラはグラッセと同い年、そして同じ魔法学園の生徒でもあったため何度か彼女の姿を見かけたことはあるけれどこうして直接話す機会はなかった。
「グ、グラッセ様、その、ご、ご機嫌よう」
緊張しているせいか舌足らずになっていることに本人は気がついておらず、むしろいつもより喋れていると思っているらしく頬を染めたままカーテシーをした状態で固まってしまっている。
学生時代と変わらぬオドオドとした態度を取る王女にグラッセは内心呆れた気持ちになりながらも表面上は笑顔を浮かべて会釈を返す。
「それでは私はこれで失礼させていただきます」
「え?あ、あ、あ、ま……」
フローラは去ろうとするグラッセを引き止めようとするも上手い言葉が出てこず口籠もってしまう。
「お待ちください。フローラ様の話がまだ終わっておりません」
そこへ割って入ってきたのはフローラお付きの執事だった。彼の名前はゼブラ。昔は女王付きだったのだが、今は娘のフローラ付きとなっているガタイのいい40代後半ぐらいの男性だった。
グラッセは面倒だな、と思いつつも無視することは出来ずに足を止めると振り返った。
「フローラ様、何か御用でしょうか?」
「いえ、あの、その……えーと……シ、シエルは、元気……ですか?」
彼女から腹違いの妹を心配するような言葉をかけられるとは思っていなかったグラッセは内心の驚きを悟られないようにするだけで精一杯だったが、なんとか返事を返した。
「元気ですし、夫婦としても上手くやっていますよ」
「そう……そうなのですね……」
安心をしている……にしては残念そうにも見える複雑な表情の彼女を不思議に思いながらもグラッセは適当に話を合わせ、タイミングのいい所で会話を切り上げるとその場から去ったのだった。
*
屋敷に戻る為への馬車に揺られながらグラッセは先程のことを思い出す。
妻の食事や衣服、住む場所の改善をするのは屋敷の主で夫として当然のことであり、それを咎められるようなことはしていないはずだ。
そもそも彼女の花婿としてグラッセを推したのは他ならぬ国王なのだから文句を言う権利などない。
彼が呼び出しを受けて国王から叱責を受けたのは初めてではなかった。無許可で教会の客室を借りてシエルを休ませたことで揉めたことも記憶に新しい。
「フローラ様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
隣に座る執事から突然質問をされ驚く。今までクリアがグラッセの事情を聞くことはあまりなかったからだ。
「ただの同級生」
「それにしては親しげに見えましたが?」
「社交辞令だ」
突き放すように言うとそれ以降口を開かなくなった。
学生時代、優秀だった彼には貴族令嬢達が群がり、言い寄ってくることが多かった。
王女であるフローラがその輪に入ることは無かったが彼女が密かに遠目でグラッセのことを想っていたことはなんとなく知っていた。グラッセもそこまで鈍感ではないのだ。
グラッセ自身はフローラのことは良くも悪くも王女で普通の女生徒だとしか思ってはいなかった。つまり好きでも嫌いでもない。無関心、が一番近いだろう。
だが一つだけ、彼女の描いた絵だけにはグラッセは興味を持った。
それは城から見た外の様子を描いた風景画。雪に覆われた白い大地に一本の大きな木が立っているだけのシンプルなものだったが、グラッセはその光景を見た時、何故かとても心を揺さぶる景色だと思った。しかし同時に寒々しいとも感じた。こんな寂しい場所に一人でいるなんて可哀相だと。
学園にいた頃のフローラは確かに大人しく王女という立場上、話しかける人間は少ない。そして彼女はいつも申し訳なさげでどこか怯えているような雰囲気を纏っており、王族に関わると面倒なことになると思っていたので極力関わらないようにしていたが……
(まさか義弟になるとはな……)
王族には近づかないと決めていたのにと内心苦々しく思うが、この結婚は王命なら仕方がないのだ。
それに妻であるシエルのことは嫌いじゃない。むしろ好ましく思っている。彼女の花嫁姿はとても美しかったし、性格も素直で穏やか、一緒にいて心地良いと感じられた。
(いや、ダメだ。俺は生涯独身になるんだ)
グラッセは慌てて頭を振る。揺らぎつつある決意を固め直すために自分に何度も大丈夫と言い聞かせた。
*
城に呼び出されていたグラッセは国王から直々に話があると言われ、謁見の間に向かうとそこには国王の他にも宰相や大臣達の姿もあった。
フローレシア王国の国王、オスカー・フローレシア。娘であるシエルと同じホワイトブロンドにアイスブルーの瞳を持つ男。昔は女遊びが激しかったらしいと噂があったが家族を愛するようになってからはすっかり落ち着いているようだ。ただ一人を除いて。
「またアレを甘やかしているようだな?」
開口一番そう言った国王の表情には明らかな怒りの色があった。娘を愛さないから苦言されるならともかく普通に接してこんなことを言われるとは思わなかったグラッセはぐっと言葉を飲み込んだ後で反論する。
「……そんなことはございません。全ては『私の為』に住みやすいよう、不自由のない暮らしが出来るようにと思っての行動です」
自分の為に自分の金でやったことなのに何故責められなければならないのかと思いを込めて答えるも国のトップに立つ男は納得しない様子だった。
「それが問題だと言っているのだ」
そして次に出てきた言葉は彼の理解を超えるものだった。
「貴様はいい。だが、あの娘に贅沢は不要、母体を作る必要最低限の衣食住だけ与えればいいのだ」
「…………」
これが父親なのかと思わず絶句してしまう。しかしそれも一瞬のこと、すぐに気を取り直すとキッパリと言い放つ。
「しかし彼女は王族であり、将来この国を背負って立つ存在となるのです。ならばそれに相応しい……」
「必要無い!」
遮るようにして言われた強い口調の言葉に今度はこちらの方が黙る番となった。このままでは王が納得をするまでずっと平行線を辿るだろう、下手をすると牢屋に入れられてしまうかもしれないと思った彼は少し黙った後にこう答えた。
「……わかりました。その様に致します」
片膝をついたまま頭を垂れると謁見の間を出て執事のクリアと共に城から出ていくために廊下を歩いていた。
(胃が痛い……)
キリキリと痛み出す腹を押さえながら歩いていると前方から来た女性を見かけるとグラッセは仕方なく挨拶をするべく声をかけることにした。
「王女様、お久しぶりでございます」
ウェーブがかかった薔薇色の髪を持つ女性の名はフローラ・フローレシア。シエルの姉にしてこの国の王女だ。
シエルとフローラは腹違いの姉妹でどちらも母親似なのであまり似ていない。妹は華のある美しさに対してフローラの方は着飾ることを好まない性格なのもあってやや地味な印象を受ける顔立ちをしているものの、美人であることに変わりはない。だが、比較対象がシエルならばどうしても見劣りしてしまう。このせいで屋敷に幽閉されているのではないかと邪推してしまう。
偶然にもフローラはグラッセと同い年、そして同じ魔法学園の生徒でもあったため何度か彼女の姿を見かけたことはあるけれどこうして直接話す機会はなかった。
「グ、グラッセ様、その、ご、ご機嫌よう」
緊張しているせいか舌足らずになっていることに本人は気がついておらず、むしろいつもより喋れていると思っているらしく頬を染めたままカーテシーをした状態で固まってしまっている。
学生時代と変わらぬオドオドとした態度を取る王女にグラッセは内心呆れた気持ちになりながらも表面上は笑顔を浮かべて会釈を返す。
「それでは私はこれで失礼させていただきます」
「え?あ、あ、あ、ま……」
フローラは去ろうとするグラッセを引き止めようとするも上手い言葉が出てこず口籠もってしまう。
「お待ちください。フローラ様の話がまだ終わっておりません」
そこへ割って入ってきたのはフローラお付きの執事だった。彼の名前はゼブラ。昔は女王付きだったのだが、今は娘のフローラ付きとなっているガタイのいい40代後半ぐらいの男性だった。
グラッセは面倒だな、と思いつつも無視することは出来ずに足を止めると振り返った。
「フローラ様、何か御用でしょうか?」
「いえ、あの、その……えーと……シ、シエルは、元気……ですか?」
彼女から腹違いの妹を心配するような言葉をかけられるとは思っていなかったグラッセは内心の驚きを悟られないようにするだけで精一杯だったが、なんとか返事を返した。
「元気ですし、夫婦としても上手くやっていますよ」
「そう……そうなのですね……」
安心をしている……にしては残念そうにも見える複雑な表情の彼女を不思議に思いながらもグラッセは適当に話を合わせ、タイミングのいい所で会話を切り上げるとその場から去ったのだった。
*
屋敷に戻る為への馬車に揺られながらグラッセは先程のことを思い出す。
妻の食事や衣服、住む場所の改善をするのは屋敷の主で夫として当然のことであり、それを咎められるようなことはしていないはずだ。
そもそも彼女の花婿としてグラッセを推したのは他ならぬ国王なのだから文句を言う権利などない。
彼が呼び出しを受けて国王から叱責を受けたのは初めてではなかった。無許可で教会の客室を借りてシエルを休ませたことで揉めたことも記憶に新しい。
「フローラ様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
隣に座る執事から突然質問をされ驚く。今までクリアがグラッセの事情を聞くことはあまりなかったからだ。
「ただの同級生」
「それにしては親しげに見えましたが?」
「社交辞令だ」
突き放すように言うとそれ以降口を開かなくなった。
学生時代、優秀だった彼には貴族令嬢達が群がり、言い寄ってくることが多かった。
王女であるフローラがその輪に入ることは無かったが彼女が密かに遠目でグラッセのことを想っていたことはなんとなく知っていた。グラッセもそこまで鈍感ではないのだ。
グラッセ自身はフローラのことは良くも悪くも王女で普通の女生徒だとしか思ってはいなかった。つまり好きでも嫌いでもない。無関心、が一番近いだろう。
だが一つだけ、彼女の描いた絵だけにはグラッセは興味を持った。
それは城から見た外の様子を描いた風景画。雪に覆われた白い大地に一本の大きな木が立っているだけのシンプルなものだったが、グラッセはその光景を見た時、何故かとても心を揺さぶる景色だと思った。しかし同時に寒々しいとも感じた。こんな寂しい場所に一人でいるなんて可哀相だと。
学園にいた頃のフローラは確かに大人しく王女という立場上、話しかける人間は少ない。そして彼女はいつも申し訳なさげでどこか怯えているような雰囲気を纏っており、王族に関わると面倒なことになると思っていたので極力関わらないようにしていたが……
(まさか義弟になるとはな……)
王族には近づかないと決めていたのにと内心苦々しく思うが、この結婚は王命なら仕方がないのだ。
それに妻であるシエルのことは嫌いじゃない。むしろ好ましく思っている。彼女の花嫁姿はとても美しかったし、性格も素直で穏やか、一緒にいて心地良いと感じられた。
(いや、ダメだ。俺は生涯独身になるんだ)
グラッセは慌てて頭を振る。揺らぎつつある決意を固め直すために自分に何度も大丈夫と言い聞かせた。
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