白亜の星のたったひとりの少年と冒険したがりの獣族の姫様

月川ふ黒ウ

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ユヱネスの領地

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 待っていても仕方ない、とサトルは二刀を携えて船の外へ走り出る。
 停泊場所は先日サョリと決闘を行った森の外縁に広がる草原。ここから西に三十キロメートルほど進むと、サングィスが君臨する城が見えてくる。
 ベスから、船に戻ってから丸一日が経過したと自室からここに来るまでの間に教えられた。ならいまごろ騒乱は落ち着いているだろう、と思うが、冷静にあの爆発からサョリが退出するまでの間のことを思い返せば、そう楽観視はできないとも思う。
 ただ一発の爆発で、王后を王家専用の逃走経路で逃がすだろうか。
 浮かんだ疑念は、眼前で舞い上がった土柱によって霧散した。

「サトル! 我だ! 出てくるがよい!」

 雷でさえもう少しおしとやかだと思えるほどの大音声に、サトルはおろかベスでさえ耳を塞ぎたくなった。

「さ、サングィスさま?」

 咳き込みつつ土煙の中心地を見れば、赤銅色の鱗に朱と青磁の混じった長い翼髪のサヴロス、サングィスが仁王立ちに船を睥睨していた。

「む、もう居たか。騒がせてすまぬ」

 サトルの声に気付いたサングィスが視線を移し、への字口で謝罪する。
 なんの御用です、と言いかけて、サングィスの異変にサトルは目を見開いた。

「ベス! 医務室の用意を!」

 彼の赤銅色の鱗が、鮮血に染まっていた。

「む、そう案ずるでない。半分以上は返り血。我の負った傷は……」

 言い終えるよりもはやくサトルはサングィスの手を取り、強引に船内に引っ張り込む。

「いまは治療が先です!」
「い、いや、そんな用向きで来たわけでは」
「黙ってください! ベスはやく!」

 振りほどこうと思えば容易くできただろうに、サングィスは手を引かれるまま船内に入っていった。

「待たれよ!」

 声は上空から。
 サングィスを奥に押し込み、ベスが操る人型に預けてサトルは外へ。
 サングィスと同じ地点に、しかし軽やかに着地したのは刺叉と兜で武装した、おそらくは獣族《シルウェス》が三人。右端の一人は銀と灰色が混じった鱗を持つ男性。左端の一人は頬と胸部と下半身に山吹色の鱗。それ以外はユヱネスと同じ皮膚が全身を覆った女性。
 中央の一人は鱗はなく、腰まである深緑の翼髪が印象的な男性だ。
 混血種族である彼らは、虹彩以外の種族固有の肉体的共通点が少ない。が、それが逆に種族としての矜持となっているから不思議だ。
 いきなりの訪問が立て続いたサトルは、少し驚いた様子で「ええと」と話しかけようとする。
 先んじたのは中央の男性。

「少年、貴公がいま保護したサヴロスに用がある。引き渡してはくれまいか」

 サヴロス、と言った。
 サングィス、ではなく。
 ならばこの三人はいま引き込んだのがサングィスだと知らない、もしくは知らないフリをしている可能性がある。
 前者なら、一度見たら忘れられないサングィスの風貌とその立場を、例え異種族とは言え兵士が知らないというのはおかしい。
 後者なら、こちらをだまして彼へ危害を加える意思が強いということ。
 いや、もう一つだけ可能性があるとすれば、こちらが子供だからサングィスを知らないと踏んで彼の名を口にしなかった、というもの。
 ぱっと思いついた三つの可能性。だがそれに縛られることの愚をサトルはベスから何度も何度も言われ続けてきた。
 だから。これは試合と同じだと自分の中で位置づけて覚悟を決める。
 腹に力を。表情は平坦に。三人全員を視界に収める。サトルはできる限り「無害な少年」を装って三人にこう返した。

「ええと、さっきの人はひどいケガをしています。ぼくは法術が使えないのでこの船の機械で治療を始めました。この船にぼく以外のユヱネスはいませんから、話は全部ぼくにしてください」

 事実だけを話し、相手の出方をうかがう。
 こたえたのは左端の女性。

「機械など使わずとも、我らの法術があればすぐに癒える。さあ、はやく引き渡しなさい」

 焦れているようにも見えるその反応に、サトルは三人がサングィスだと知っていると確信する。
 踏ん張れ。

「せめて、あなたたちが何者なのかぐらいは教えてください。身元が明らかでないひとに、けが人を引き渡すほど、ユヱネスは薄情ではないです」

 ふむ、と中央の男性が頷く。

「我らはシルウェス王よりタリア姫の捜索を命じられてサングィス領まで推参した、王の近衞。これで十分であろう」

 それは彼らの兜に描かれている「四つ足の翼竜」の紋章が示している。竜族《サヴロス》と鳥族《アウィス》の混血種であることの矜持を図案化したこの紋章を兜に頂くことで、より忠心を高めているのだという。
 装備などいくらでもごまかせる。ベスには剣術以外にも様々なことを習ったが、彼らの装備の真贋をこの状況で見極めることは不可能だった。
 きっとベスがデータと装備を照らし合わせているだろうが、まさかユヱネスより五感の優れる彼らの前で耳打ちをしにくるほど愚かではない。

「わかりました。じゃあもうひとついいですか?」

 兵士たちの素性は一旦信じるとして、サングィスの身柄を引き渡すことはしないとして、サトルには確認しなければいけない問題がある。

「タリアに、なにがあったんですか?」

 反応があった。
 僅かに、右端の男性が肩を揺らしていたのをサトルは見逃さなかった。

「姫のことを知っているのか?」
「以前、試合で助けてもらいました。ぼくにも用事があったみたいですから、何かあったなら気になります」

 そうか、と中央の男性がこたえる。

「姫が弑された可能性がある」

 何を言われたのか分からなかった。

「弑されたって殺されたってことですか?!」
「可能性だ。きみがいまかくまっているサヴロスにその容疑がかかっている。だから我らが追っている。引き渡してくれると助かる」

 冷静に、冷静に言葉を反芻して咀嚼して。

「ぼくたちユヱネスには、救急救命の原則、というものがあります。どんな大罪人であろうと、怪我をしている者は保護して治療して、その後正式な裁判を受けさせるというものです」
「それがなんだと」
「この船は龍種の方々から正式に認められたユヱネスの領地です。いくらシルウェスの近衞のひとであっても、侵犯するというなら、覚悟してもらいます」

 二刀の柄に手をかけ、精一杯の殺気を放つ。
 それに応じてベスが小型の警備ロボットをサトルの背後にずらりと並べる。全高はサトルの腰の高さほど。六つ足はローラーとかぎ爪の二種類を状況に応じて切り替えが可能。かぎ爪は射出式のワイヤーにもなるので限定的ではあるが三次元戦闘もこなせる万能型だ。
 警備ロボットたちは一斉に、そのドーム型の胴体に格納してある小銃を取り出し、三人に照準レーザーを当てる。

「……わかった。ここは退くとしよう。だが、サヴロスの傷が癒えてなおかくまうというのなら、侵犯も辞さないことを覚えておいてくれ」
「はい。その間にぼくもあのひとから事情を訊いておきます。それでどちらに付くかも決めます」
「いい顔だ。我が王に仕えてもらいたいほどにな」

 冗談めかして言う中央の男性に、サトルも冗談で答える。

「待遇次第で考えます」

 うむ、と力強く返し、左右の男女の不満そうな視線を受け流しつつ男性は法術を使い、森を飛び越すほどの跳躍で去って行った。
 残されたふたりも同じように去って行くのを待って、サトルはぺたんと座り込んだ。
 疲れた。
 からだを動かさずに闘うことがこんなにも疲れるなんて思わなかった。

「ベス、ありがと」
『いえ。サトルこそ少し休んでください。心身共に疲労が溜まっています』

 うん、と返し、ふらふらと立ち上がる。
 三歩ほど進んだところで足がもつれ、疲労で手も動かせないまま地面へ激突する。寸前、ふわりと現れた焦げ茶色のクッションに抱きかかえられた。

「危ないところでした」
「トルア、さん?」

 顔をうずめているのが彼女の胸だと理解しつつもその柔らかさとぬくもりに、どれだけ踏ん張ってもからだは離れようとしない。
 トルアの手で立たされ、肩を支えられても疲労からくる睡魔に自分の足で立つこともできない。見かねてトルアはそっとサトルを両腕に抱き上げ、ゆっくりと歩き出す。

「……あの場にサョリさまの近衞である私が出ると、サトルさまや主上にご迷惑がかかると思い、陰に控えておりました」
「あ、そうなんですか」

 サトルの素っ気ない態度に、トルアはなぜかムキになって返す。

「む、無論! サトルさまに危害が及ぶようなことになれば、即座に打って出れる場所に、です」
「ううん。そうじゃなくて、……その、なんていう、か……」

 柔らかく抱かれる感覚。
 いまの母と同じサヴロスの女性に優しく接してもらっている感覚。
 かつて母とこの船で暮らしていた頃の、一日たっぷり遊んで遊んで、電池が切れたように眠ってしまい、母に背負われながら部屋に戻っていたあの感覚。
 サトルの瞳から零れた涙は、眠気と郷愁、どちらだっただろうか。
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