千年恋唄

月川ふ黒ウ

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老人としての役目

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 馬籠の警告に耳を傾けられたのはすずめだけ。だが聞こえたからといってなにか対応策が打てたわけではない。
 地面が天井が盛り上がり、破裂し、中から蟻型や蛭型などの小型の妖魔たちがわらわらとあふれ出てくる。数はあっという間に地面を場外を客席を埋め尽くし、足の踏み場も無くなってしまう。

「な、なんで! こんな数どこから!」
「鏨牙さんの咆哮に呼び寄せられたようですわね。おこぼれに預かるために!」

 驚くすずめに説明しつつ、自身は明香梨と簀巻きのままの千彰を背中に乗せ、トワ子を蜘蛛の口に押し込めると子蜘蛛たちを放って逃げ道を確保する。

「その妖魔どもはそちらでなんとかせい! わしはこやつをどうにかする!」

 札で妖魔たちを相手取りながらすずめは上空の馬籠へ返す。

「どうにか、ってなにをなさるつもりです!」
「なに心配するでない。老人としての役目をな」

 鏨牙に圧倒されつつある馬籠からそういうことを言われ、それを素直に受け止められるほどすずめは子供ではないし、彼との付き合いも浅くはない。

「すずめ! なにがどうなってる! 鋏臈、糸を外してくれ!」

 困惑した鋏臈の視線を受けてすずめは首を振る。

「だいじょうぶ。千彰くんがやれそうなことはないから」
「だからってな! 馬籠がまだ戦ってるんだろ?!」
「うん。戦ってくれてる。でも千彰くんが手伝えることはないと思う。これはきみのセコンドとしての意見。んで。こっちがはやいかなっと」

 すっ、と懐から札を一枚取り出し、鋏臈の糸でぐるぐる巻きの千彰の額に貼り付ける。

「急急如律令っ。ちょっと寝ててね」
「や、やめ……っ!」

 抵抗むなしく千彰の意識はあっさりと遮断され、寝息を立て始める。
 ごめん、とひとこと謝って、すずめは腕まくりして叫ぶ。

「みんな! 出てきて馬籠さまを援護して!」

 すずめは、この地下試合場へ突入する際に、配下の陰陽師たちを可能な限り同行させていた。いままで姿を見せなかったのは、鋏臈が凶行に出たときのための切り札として使うつもりだったからだ。
 すずめの号令で客席から花道から現れたのは顔を漢数字の書かれた半紙で覆った、狩衣姿の陰陽師たちが二十人ほど姿を見せる。
 未熟な自分についてもらっていることが申し訳ないほどの、いずれ劣らぬ精鋭たちだ。
 陰陽師たちは現れた無数の妖魔たちを次々と退治し、札へ還元していく。すずめたちが進む道も開け、退路はあっさりと確保できた。
 まだこんなにもひとを隠していたなんて、と鋏臈は呆れる。

「物騒ですわね」
「だって鋏臈さんの目的わからなかったし、仕方ないじゃないですか」

 そうですわね、と微笑む鋏臈は、

「馬籠さまには申し訳ありませんが、わたくしはここで失礼します。千彰さまや明香梨さんを無事にご帰宅頂かなければなりませんから」

 深々とお辞儀をする。

「うん。あたしは馬籠さまのお手伝いしていくから」
「あまり、ご無理をなさらぬように」

 ありがと、と微笑むすずめを横目に鋏臈は千彰たち三人と共にしずしずと闇へ消えていった。
 あとは、自分だけだ。

「馬籠さま!」

 馬籠とは物心ついたときには遊び相手として接していた。最近は妖側の顔役としての彼とも接するようになっている。すずめは気のいい親戚のおじさんと思っているし、向こうもたぶんそれに近い感情を持っていると思う。妖に血縁の概念があるかは別にしても、馬籠はすずめを、そして人間を好いていてくれている。
 自分にできることは、彼の助力になること。

「さがれと言うたじゃろうに。まあよいわ。陰陽師たち! 力を貸して貰うぞ!」

 不敵に笑む馬籠。
 直後、馬籠のチカラが高まっていくのが場の全員が感じ取る。
 その力の流れですずめは馬籠がなにをやろうとしているかを察した。

「みんな! 流れを!」

 それ以上の言葉は鏨牙に気取られると判断し、すずめは最小限の指示に留める。そして陰陽師たちもひと言で充分だった。一斉に札を、馬籠と鏨牙の周囲に留まるように、ふたりを包み込むように投げる。

「我を封ずるつもりか。時を稼いだところで我の目的は変わらぬ」
「じゃろうな。じゃが、ひとは成長するもの。桜狩の血を甘くみてはいかんぞ」
「おう、が……」
「そうじゃ。お主にも縁深い家じゃろうに、そんなことまで忘れてしもうたか」
「……う、ぐ、ぬああああっ!」

 それまでの、理知的でさえあった鏨牙の表情が苦悶で染まる。

「ふふ、苦しめ苦しめ。それだけのことをお主はしたのじゃからの」

 ふたりを囲む札が輝き始める。
 懊悩する鏨牙を、馬籠は正面から抱きついて動きを封じる。それに呼応して周囲の札がふたりに張り付き、より強く輝く。

「よいなお嬢ちゃん、手伝ってもらったおかげで三日。三日の猶予ができた。感謝する。じゃからその間に力を蓄え、こやつを、八錠をどうにかする手立てを考えるのじゃ。わしと八錠の名を出せばひばりもさすがに動くじゃろうて」

 手は尽くした。
 馬籠の気高い覚悟を邪魔することはできない。

「はい。必ずお助けします」
「わしはよい。充分に生きた。千彰やお嬢ちゃんのような未来にも遭えた。わしの命にかまけて目を曇らせるでないぞ」
「……はい」
「うむ。では、頼んだぞ」

 穏やかな微笑みと共に、ふたりはただの光となってリングの中央へ落ちる。
 光が収まったそこには、一本の細い柱が突き刺さっていた。

「……」

 ぐい、と袖で拭ったのは汗か、それとも。

「みんな、お疲れ様。馬籠さまがおっしゃられたように、あたしは鏨牙打倒の手はずを整えます。みんなは、交代で妖魔が近づかないようここを守ってください」

 配下の陰陽師たちにどうにか言い終え、すずめは試合場をあとにした。
 だいじょうぶだ。
 絶対に、助ける、
 考えることが山積みで、むしろ助かったぐらいだ。

「待っててください。馬籠さま」

 さいごにもう一度だけ、柱を振り返った。
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