千年恋唄

月川ふ黒ウ

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失うもの、救うもの

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 鏨牙、あるいは八錠との激戦から数日が過ぎた。

「見つかったよ。祠」

 朝一番に来たすずめからの報告に、居間で朝食を終えた千彰は通学鞄を置き、百恵に学校へ休むことを連絡してもらった。

「……百恵さんも、来ますか?」

 部屋の隅にある受話器を静かに置いた百恵に、千彰は思わず言葉をかけた。

「だいじょうぶ、ですよ。お気遣いありがとう」

 にこりと微笑むその瞳の、なんと寂しそうなことか。
 立ち上がって部屋の隅へ乱暴に歩み寄り、百恵の手を取る。

「……行きますよ。準備してください」
「でも、わたくしは」
「お兄さんのことでしょう。来たほうが、後悔は薄いと思います」

 急に手を取られて狼狽しつつも、きりりとした孫の視線に表情を崩してしまう。
「変わりましたね。千彰さん」
「そうですか?」
「ええ。わたくしも玄壱さんに会いたかったですわ」

 唇を尖らせる祖母を、思わずかわいいと思ってしまった。

     *

 和服から野良着に着替えた百恵を連れて、千彰は御堂の森へやってきた。

「お待ちしておりました。……百恵さまもご一緒なんですね」

 ふたりを出迎えたのは、御堂の家の陰陽師。赤い袴の狩衣に身を包み、顔は漢数字の書かれた半紙で覆われていて読み取れないが、声音や物腰から、年齢は自分たちよりも百恵に近いと判断した。
 いつも思うが、御堂の陰陽師たちはほとんどが大人だ。親子ほども年齢の離れた相手によく傅けるなと千彰はいつも思う。

「ここから道はなくなり、一時間ほどかかります」

 ちょうどいい、と千彰は長年の疑問を投げてみた。
 年齢はもとより力量のおとるすずめに仕えるのは、そのうち彼女が自分たちを超える、もしくは産む子がより強い御堂の家をつくると信じているから、と道中答えてくれた。
 すごいと思う。
 このひとたちはずっとずっと先を見ている。
 いま強くなることしか考えられない自分とは大違いだ。
 ふと、百恵の足が止まっていることに気付き、立ち止まって声をかける。案内役の陰陽師も足を止めてくれた。

「大丈夫ですか、百恵さん」
「これでも毎日鍛錬は欠かしていません。年寄り扱いなんて百年早いです」

 ふふん、と自慢げに言ってみせるが、表情にはやはり雲が出始めている。彼女の足を止めているのは、この先に待つものが原因だろう。

「ひばりさまは、いらしてるんですか?」

 馬籠の封印が解ける少し前、すずめは鏨牙の件はひばりには伝えていない、と言っていた。事態は落ち着き、あれから半日以上経過しているのだからあるいは、と考えての発言だ。
「いえ。祠には統領しかおりません。おそらくまだ話されていないのでしょう」
「そう、ですか」

 視線を百恵に戻せば彼女はもう千彰のとなりに来ていた。

「いえ、たぶん全て知っているでしょう。それでもなお、来ないのが御堂ひばりというひとです」

 きっぱりと言う百恵の言葉尻には憤怒が込められていた。

「あのひとが一番大事にしているのは御堂の家。陰陽師の長兄が札を使わず拳をもって暴れていた、というだけで十分な恥なのに、人外へと身をやつしてしまうなど、縁切りですら生温い、ぐらいには考えているでしょう」
 湧き出る憤怒に身を任せるように、百恵はずんずんと歩を進める。

「だいたいあのひとは昔からそうでした」

 ついでに愚痴も溢れてくる。
 案内役は話を聞きながらも深く心に留めることなくふたりを先導し、「聴いているのですか千彰さん!」と振り返る百恵をなだめながら千彰は最後尾に続いた。
 怒りでも愚痴でも、雲が晴れたならそれでいい。千彰はそう思うことにした。



「百恵さま、千彰くん、おはようございます」

 すずめもまた狩衣姿に顔は陰陽図の描かれた半紙で覆っていた。
 その脇には蜘蛛の下半身を晒した鋏臈も穏やかな笑みで千彰たちを迎えた。

「この姿では初めましてですね、百恵さま」
「いえ。千彰が産まれたばかりの頃にいちど、お目にかかっていますよ」

 うふふ、と笑う百恵に鋏臈は恐縮する。

「あ、あの時はご挨拶もせずに……」
「いいんですよ。いままで千彰を見守ってくださって、こちらこそお礼を言ってませんでしたから」

 互いに会釈するふたりを横目に、千彰はすずめに問う。

「鶻業と明香梨は?」
「鶻業さんはいまウチで治療してる。今日中には治ると思う。いちおう訊いてみたけど、興味ないって」

 まあそうだよな、と苦笑しつつ促す。
「明香梨さんは、……えっと、ふて寝してた。声かけたのは朝ご飯の前だったから、あたしが支度してる間に学校に行ってるかも」

 すずめに頷いて返すと鋏臈が余裕たっぷりに微笑みつつ言う。

「明香梨さんと八錠さまは、とくに縁がありませんものね。千彰さまの身に危機が迫っていない以上、来る理由はありませんもの」

 す、と千彰の手を取り、そっと自身の胸に添える。

「こ、こら、どさくさに紛れてなにやってんだ」

 肌に触れる寸前慌てて振りほどいて叱る千彰。てへ、と舌を出す鋏臈。
 と、百恵がずい、と千彰に詰め寄り、神妙な顔つきで言う。

「千彰さん、ちゃんと責任取るんですよ」
「百恵さんまでなに言うんですか!」
「だって、明香梨さんとあれだけ仲がいいのに、鋏臈さんにまで好いてもらって。男冥利に尽きるとは思いますが、ケジメは付けなければいけません」
「あら百恵さま、わたくしは妾(めかけ)でもかまいませんよ」

 目を丸くする百恵と頭を抱える千彰。
 あーあ、と嘆息して、

「モテモテだねぇ千彰くん。んでも、いまは八錠さまのことだから」

 ああ、と鋏臈に右腕を抱かれながらも千彰は神妙に頷いた。



 そこにあったのは、三段に積み重ねられた石。一番下が手の平ほどの大きさ。一番上は親指ほどの小粒。一番下の平らな石の裏側には陰陽図が描かれていた。
 三段重ねの石は木の根が偶然作り出した空洞に置かれ、石の下の地面には握り拳ほどの人肉が、札によって厳重にくるまれた状態で埋められていた。
 その人肉はわずかに脈動していて、心臓のようだと千彰は思い、百恵は胎児を連想した。

「……よくこんな小さなものを見つけられたな」

 木の根が空洞を作るなんて珍しいことじゃないし、ましてその中に石が転がっているかどうかなんて、少なくとも一度も気にしたことがない千彰は発見した陰陽師に素直に賞賛した。

「ありがと千彰くん。で、みんなを呼んだのは他でもない、これをどうするかってことなの」
 すずめが最初に百恵を見たのは、偶然ではない。
 八錠と一番縁が深い百恵に一番最初に確認しなければいけないと思ったからだ。

「え、ええと、放っておいたらまた、妖の方々を滅ぼそうとするのですよね」

 はい、とすずめが頷く。いまこうして肉塊が脈動しているということは、鏨牙が施した術は生きているということ。
 唇を引き結び、視線を僅かに落とし、百恵は深く深く思い悩んだ。
 居合わせた誰もが答えをせかさず、ただじっと待った。

「……では、処分を、してください。兄は五十年前に夫が荼毘に付しました。わたくしにはそれが全てです。このまま成長したとしても、また妖の方々にご迷惑をおかけしてしまうのなら、いっそここで終わらせたほうが、よいと思います」

 言葉を選びながら、時折去来する思いに言葉を詰まらせながら、百恵は言った。

「……そうですか。処分という意見は御堂の家も同じです。千彰くん、もう一回勝負したいとか言ったらビンタするからね」

 すずめにじろりと睨まれ、千彰は小さくうめく。
 自分より遙かに強い鏨牙に実力で勝てたとは思っていない。あの決着を付けたのは玄壱だと、そして百恵が託してくれた札のおかげでしかない。
 だからこそ今度は自分の剣術だけで勝ちたい、そう思ってしまうのは無理からぬことだ。

「はい、じゃあこれはあたしが責任をもって処分します。いいですね」
「まってくださいすずめさん」

 口を挟んだのは、鋏臈だった。

「八錠さまを、わたくしにあずけていただくことはできませんか?」
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