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気づいたときにはもう手遅れ
しおりを挟むどうしよう……。
私は今、とんでもないことをやらかしてしまった。人生最大のミスだ。
笑顔で固まる私の正面には、ザ・不良といった風貌の金髪長身の男がいて、つり目勝ちの三白眼の瞳に剣呑な光を灯して私を見下ろしている。というかこれ絶対に睨み下ろしてる。
どうしよう。どうしよう。どうしよう!
ぐるぐると頭の中を駆け回る不安と恐怖に、だんだん気持ち悪くなってきた。
心臓は全力疾走した時よりも大暴走してるし、掌は汗でビショビショ。背中は変な汗かいてるし、もう本気で吐きそうだ。
だけどそれを表情に出したらそれこそ人生終わっちゃうから。だから必死に、今出せる力を全て出し切って、今にも恐怖でひきつり泣き出してしまいそうになる顔を、笑顔で停止させた。
不良さんにはバレてないはずだ。まったく穏やかじゃない顔で私を見下ろしているけど。バレてないはず。そう信じたい。
ああ、だけどできることなら今すぐここで泣き出したい。泣いて喚いて、数十秒前の自分を殴りたい。
なんだってこんな……思い出すのも恐ろしい事をしてしまったんだ私は。
ことの発端は、約七時間前まで遡る。
私、真崎奈湖には、入学してからずっと好きな人がいる。
名前は小西一哉。明るく染められた髪に、高い身長。サッカー部で人懐っこくて、いつもきらきらした可愛い笑顔を浮かべている、好青年だ。
入学して三ヶ月。ずっとずっと、彼を見てきた。友達は愚か話したことすらないけどね。
そんな私だけど、夏休みまで二週間を切った今日、彼に告白しようと思う。
同じクラスとは言っても、接点すらなかった私に突然告白されたら、優しい小西くんは困ると思う。だけど今告白しないと、夏休みが始まっちゃうからね。
私と小西くんの関係は、ほぼ他人だ。というかむしろ他人でしかない私が告白したら、フラれること間違いなし。だけど相手は小西くんだ。きっとフラれてもお友達にはなってくれると思うんだ。
つまり、真っ赤な他人からお友達へのグレードアップ。
夏休みまでの約二週間で仲良くなって、夏休みも何度か二人で遊んじゃったりなんかしちゃって。それで二学期が始まって体育祭やら文化祭やらで二人の距離が縮まって。今度は小西くんの方から告白が……。
なんて事を昨夜突然思い付いて、興奮した勢いでお呼び出しの手紙を書いちゃって。興奮で眠れないまま朝を迎えたわけだ。
いつもより早く着いた昇降口には人影がなく、校庭の方からは朝練の声が僅かに聞こえてくる。その声のなかに小西くんの声も混ざっているんだろうと思うと、なんだか少しドキドキする。
だけどそれ以上に、今の私は緊張している。
汗で湿った手には昨夜書いた手紙が、目の前には小西くんの下駄箱が。あとはこの手紙を小西くんの下駄箱にそっと浸入させるだけなのに。
たったそれだけなのに。ズンドコズンドコお祭り騒ぎの心臓に、ガタガタ震える手。
ダメだ。手紙を下駄箱に突っ込むという動作すら、私にはハードルが高すぎる。
今からこんなんで、告白なんてできるの? いや無理。無理に決まってる。やっぱり私には無謀すぎた。ここは一旦引き下がって……何て考えていたら、離れた所から話し声が……。
だんだんと近づいてくる話し声。どうしよう。どうしよう。このままだと、見つかっちゃう。変な勘違いされて、小西くんの下駄箱前で佇むストーカー女なんて噂されたら……!
焦りに焦った私は、パニクった反動で手紙を下駄箱に突っ込み、今までにないスピードで教室に駆け込んだのだった。
誰もいない教室にたどり着いたとたん、フッと体から力が抜けて。ふにゃふにゃとその場に座り込む。
カタカタと震える両手。ドンドコドンドコ暴れまわる心臓。火照る顔。
私、入れたんだ……。ラブレターを、小西くんの下駄箱に……!!
喜びに、胸が震える。
これで、一歩踏み出した。あとは小西くんに告白するだけ……。もう引き返すことはできない。
それから放課後までの時間は、今まで体験したことのないほど緊張しっぱなしで。とってもとっても辛かった。
だって小西くんは私の愛が綴られたラブレターを読んでいるわけだし。そんな彼と同じ教室で授業を受けるなんて、恥ずかしすぎる。
いつも以上にチラチラ小西くんを見ちゃうし。目が合う度に叫び出しそうになった。
そうして長い一日が終わって、ようやく放課後。
いよいよやって来ました放課後。これはヤバイ。緊張しすぎて死にそうだ。
とりあえず、一番に教室を飛び出して、誰もいないのを確認して指定の場所までやって来た。教室を出るとき、一瞬だけ小西くんと目が合ってドキッとしたのは秘密だ。
あぁ、緊張する。告白なんて人生初のイベントだ。まさか自分にこの日がやって来るとは思いもしなかったからドキドキだ。
何度も何度も頭のなかで告白のシミュレーションをする。悲しいことに、何度やってもオーケーもらえる流れにはいかないんだよね……。
何度目かのシミュレーションをやっていると、かさりと誰かの足音がした。その足音は、まっすぐと私の方に向かってくる。
来た……! 小西くんだ!
緊張で俯く私の視界に、スラックスと茶色のローファーが映り込む。
暴れまわる鼓動に気づかないふりをして、私は勇気を振り絞って告白した。
「あ、の……。は、初めて会ったときから、ずっとずっと好きでした! 付き合ってください!!」
言った。言い切った。ちょっと声が震えて裏返っちゃったけど。だけどちゃんと言えた。伝えられた。
だけど小西くんの反応はなくって。私は俯いたままぎゅっと目を瞑って、返事を待った。
「……罰ゲームか?」
どれくらい経ったか。実際は一分も経ってないんだろうけど、私にはものすごく長く感じた。
そうしてようやく口を開いた彼の言葉に、私は一瞬キョトンとして。それから慌てて首を振った。
罰ゲームだなんてとんでもない。
小西くんの声、こんなに低かったっけ?なんて考えがチラッと頭を過ったけど、とにかく今は急いで訂正しなくちゃいけなくて。
恥ずかしくて顔は上げられなかったけど、私はぎゅっと手を握りしめて一生懸命伝えた。私の想いを。
「罰ゲームじゃ、ないです。……はじめは一目惚れで、かっこいいなって、思って。それから毎日気づけば目で追ってて……。ボーッとしてる横顔とか、髪を掻き上げてる仕草とか。みんなが嫌がるような仕事をやってる姿とか見て、もっと好きになって。……だから、罰ゲームじゃ、ないです」
フラれるのはしょうがないけど、私の気持ちを罰ゲームと思われるのは絶対に嫌だ。
そう思って伝えた気持ちだったけど、言い終わって気がついた。これ、ストーカーっぽくない? 変態じゃない?
いや、全部事実だけど。逆の立場だったら鳥肌もんだよ。
サーっと顔から血の気が引く。これじゃあ友達どころじゃないよ。変態のレッテル貼られて、三年間変態として蔑まれるんだ……!
辛い。辛すぎるよ!
小西くん。謝るから。だからどうか変態だなんて思わないでください。
なんて考えていたら……。
「いいぜ」
「え……?」
「だから、付き合ってやるって言ってんだよ」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
ツキアッテヤル? つきあってやる……。付き合ってやる?!
理解したとたん、下がっていた血が一気に上がってきて、ぽんっと顔が赤くなった。
「よ、よろしくお願いします!!!」
勢いよく頭を下げれば、何となく頷いてくれたのが気配でわかる。
どうしよう。嬉しくて泣き叫びそうだ。
私はにまにまと緩みそうになる顔をなんとか微笑み程度で抑えて、ゆっくりと顔を上げた。
祝・カップルの初顔合わせだ。ものすごく緊張する。恥ずかしすぎてきっと小西くんの顔をガン見しちゃうに違いない。
ドックンドックン胸を高鳴らせて、いざ愛しの彼氏様のお顔を………………。
だれ?!
いや、誰かはわかる。同じクラスの不良様だ。確か名前は新庄。首席番号が小西くんの次で、最初の頃は小西くんの後ろの席を陣取っていたから覚えてる。
その新庄くんがどうしてここにいるの?! そしてどうして小西くんがいるはずの私の目の前にいるの?! そこは小西くんの指定場所でしょ?!
何でと叫びそうになる口をなんとか引き結んで、微笑みをキープする。相手は不良だ。口を開いただけでぶん殴られそう……。
で? なんでどうして新庄不良がここにいるの? 小西くんは? 小西くんをこの一瞬でどこにやったの?
まさかの事態に頭の中は大パニックだ。上へ下への大騒ぎ。認めたくない事実に、必死に現実逃避だ。
なんで、なんで、なんで!? どうしてこんなことになったの?!
まったくもって訳がわからない。どうして新庄不良が私の告白受けてるの? ラブレターを渡した相手は小西くんなのに。
もしかして小西くんが新庄不良に渡した……? いや、小西くんがそんな酷いことするわけない。じゃあなんで?
ラブレターはちゃんと小西くんの下駄箱に入れたし……。………………あれ? ちゃんと入れたよね? 嫌な予感に変な汗が出る。
下駄箱の前で緊張して、話し声が近づいてきたからパニックって下駄箱に突っ込んで……。もしかしなくても私、入れる場所間違えた? 小西くんの下駄箱じゃなくて、一個下の新庄不良の下駄箱に入れちゃった?
あああぁぁああ!! なんて事をしてしまったんだ私! どうしてこんな取り返しのつかないことを!
道理で今日一日、小西くんと目が合っても反応が変わらないわけだよ。だって小西くんの手には愛のメッセージが渡ってないんだもんね。そりゃいつもと一緒なわけだ。
それなのに、バカみたいに一人で緊張して興奮して身悶えて。ほんと、バカみたいだ。
ほら、見てごらんよ。目の前の不良様を。冷たい瞳で私を睨み下ろして………って、あ! どうしよう。落ち込んでる場合じゃないよ。
なんでだかお互い無言で見つめ合ったりなんてしちゃってるけど、まったくもって甘い雰囲気じゃないし。むしろ緊迫した状況というか。
私が間違えてこの不良様をお呼びだししちゃって。その間違いに気づくこともなく告白。まさかのオーケーもらっちゃって。
つまり、めでたくカップルだ。
いまさら間違いでした、なんて……はい。無理ですよねごめんなさい。自分で告白しといてやっぱなしで、も論外ですよね。わかってます冗談です。
あぁ、朝の自分をぶん殴りたい。どうして間違って入れてしまったんだ私! たったひとつの小さなミスのせいで、私の人生が尽きそうです。
あぁ、泣きたい。泣いて泣いて、すべてなかったことにしてしまいたい。謝るから。土下座でもなんでもするから。だからせめてその怖い顔だけでも止めてほしい。
私の間違いだけど。だけど仮にも私達今からカレカノなんだよね? それなのにどうしてこんなに睨まれてるの? 不良の彼女ってみんなこんな怖い思いしてるの? だったら私ムリ。メンタルもたない。
ぐるぐるぐるぐる。頭の中をいろんな事が駆け巡って気持ち悪い。それでも笑顔キープしなくちゃいけなくて。なんだか訳わかんなくなってきた。
「お前、名前は?」
「ま、真崎、奈湖ですっ」
「ふぅーん……。ナコ、な」
相変わらず鋭い眼光で私を睨み下ろす新庄不良が、何を言うのかと思えば私の名前で。いきなりの名前+呼び捨てかよ!なんて小者の私には口が裂けても言えない。
どうしよう。ナコ、だなんて。小西くんにも呼ばれたことないのに!
というか不良様は私をナコ呼ばわりしてどうするつもりなんだろう。もしやパシりか? パシリなのか? 昼飯買ってこいとか、鞄持てとか、タバコ買ってこいとか……。
そんなの無理だよ無理に決まってる! 小西くんの好物ならもちろん知ってるけど、新庄不良の好物なんて知らないし。小西くんの好物のイチゴジャムのパンを買っていって、これじゃねえ!って顔に叩きつけられるに決まってる。
いっそのこと、私の好物を買っていった方がいいのかな? どうせ顔に叩きつけられるなら、私の好物を買ってそのまま口で受け止めれば勿体ないことしなくてすむし。
いやでも私の好物、お母さんの作った卵焼きじゃん。少し甘めでふわふわのやつ。この場合、お弁当箱を新庄不良に渡すってこと? そうしたら私のお昼がなくなっちゃう……。
う~ん。これは困ったぞ。もうひとつお弁当を用意するとしても、お弁当箱なんて二つも持ってないし。万が一お弁当箱ごと投げられたことを考えると、壊れやすいのはよくないよね。
まさかパシりがこんなにも難しい仕事だったとは……。もういっそのこと、本人に聞いてみちゃう? お弁当箱ごと投げたりしちゃいます?って。
目の前には、ギラギラと目を光らせる新庄不良。なんだか野生の熊と対峙している気分だ。私は微笑みをキープしながら、こっそりと生唾を飲み込む。
「あ、の……」
「…………」
「っ、明日、の……お昼、なんですけど……」
「………………おう」
「っ! 私、その、……お、おべん、とうを……」
投げられちゃうと色々困るので、できれば投げないでほしいなぁ……なんて。と言おうとしたら、新庄不良がプイッとそっぽを向いてしまった。
これは怒らせちゃった感じか? んな甘ったれたこと言ってんじゃねえ!的な? なんか耳赤くなってるし。もしかしてそうとう怒ってる?
どどどどどうしよう。あまりの恐怖に、ひくひくと顔がひきつる。
殴られるか? とうとう殴られちゃうのか私! 親にだって殴られたことはないのに!
バックンバックンを越えて、ドドドドドと早鐘を打つ私の可哀想な心臓。もう笑みなんてキープできなくて、私は新庄不良から顔を逸らした。つまり俯きました、はい。
「……甘い卵焼きは、嫌いじゃねえ」
「へ…………?」
ポツリと上から降ってきた言葉に、思わず顔を上げれば、そこにはどこか遠くを睨んでいる新庄不良が。よっぽどお怒りなのか、その顔は真っ赤に染まっている。
だけど私の頭の中はそれどころじゃない。大パニックだ。
甘い卵焼きは嫌いじゃないってどういう意味なの?! 何かの隠語? 合言葉?
何がどうしてその言葉が出てきたのか、これっぽっちも分からない。
「…………」
「…………」
必死に視線で詳しい解説を求めるも、そもそも私を見てすらいない新庄不良が気づくわけもなくて。
新庄不良はしばらく遠くを睨んでから、私に背を向け行ってしまった。一度もこっちを見ることなく。
「…………」
こうして、私と流の物語は、大きな後悔とともに始まったのだった。
>>>>
真崎 奈湖‥心の中ではよく喋るビビり。テンパりすぎて告る相手を間違えた。
新庄 流‥先生にも恐れられてる不良。奈湖の彼氏になった。
小西 一哉‥子犬っぽいサッカー少年。奈湖の想い人。
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