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第一章

座って食べる

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 私たちは武器や防具を売ることによって百グルトを手に入れる事に成功した。
 百グルト、これだけあれば三日間は食べていけるらしいが。
 おそらくそれはあくまで食べ物に換算した話であってその他の生活費も計算すれば三日どころか一日で潰える量である。
 それにライセンスも取得せねばならんのだから道のりはまだまだ困難を極める物だろう。
 だが、そうでなくては困る。噛みごたえの無いステーキなど美味しくはあるまい。肉は我が舌だけでなく歯でもって味わうべきなのだ。


 という訳でお腹が空いた私たちは近くにあった酒場で料理を頂こうという話になったのだが……。

 「ボクは今、異様な光景を見ているよ……」
 「奇遇だな。私も君に同意見だ」

 店内は木々で構成されているものの、どこか洒落た雰囲気が漂っている。
 店員は全員メイド服ではあるが、それは客の目を引いて商売を繁盛させようとしているのだろう。
 ここまでは別に私の知っている店とあまり大差が無いように見える。
 だが、問題はこの店にテーブルと椅子が無い事だ。
 人々は地べたにちょこん、と座ってサンドイッチなどを食べており、その顔は渋くなっていて、とても楽しんでいるようには思えない。

 私自身、食事を取ることは三大欲求の一つでしかないと考えている。そこに楽しみなどは必要ない。
 しかし同時に苦しむような物でもないと思うのだが。

 「はあ、なんなんだい……これは。ここの人たちは服が汚れても平気だっていうのかい」

 半目になりながら嫌そうにその光景を見るケーレス。
 今回は私もこの光景には疑問しか抱けなかったので一人の店員に聞いてみる事にする。

 「すまない……少しいいかな?」
 「はい何でしょうか」

 私の言葉に反応した女店員がすぐにこちらにやってくる。
 整った顔立ち、少し大きな胸に青色の髪。瞳は碧眼になっていてエメラルドのようだった。

 「いえ、ここには椅子やテーブルが見掛けないようなので疑問に思いまして」
 「イス? テーブル? そんな言葉、聞いたことがありませんが……」

 質問に対して本当に分からないのか申し訳なさそうに首をかしげる。
 その様子に横に居たケーレスが物凄く嫌な顔をした。

 「……この世界にはイスやテーブルの概念は無いみたいだね。困ったものだよ、ボクはイスに腰掛け無いと食べる気が起きないんだ」

 「地べたで食事など遠足ではないのだから、私としても遠慮したいね」

 イスに座って食べる。これが出来ないのはナチュラルに問題だと思う。ここは何か打開策を考えねばあるまい。

 「……一つ方法がある」
 「本当かい……ちゃんとした席で食べられるんだね?」
 「ああ。ちゃんと代用品を用意しようじゃないか」

 ◇

 という訳で私たちは一旦、店を出てから例の物を用意すると再び店に戻ってきた。
 店内に居るのは少数の客とケーレスと薄い笑みを浮かべた私だけだ。
 そして私の笑みとは対照的にケーレスはなんとも言えない渋い顔をしていた。

 「これを使うのは……どうかと思うよ」
 「他にないのだから仕方ないさ。座るにはこれを使うしかあるまい」
 「それは分かってるんだけどね」

 浮かない顔のまま。だけどもそれ以外に方法は無いことも知っていて死神はため息を吐いた。

 「仕方ないね……ボクもお腹が空いたし、文句を言ったところでどうにかなるわけでもない。諦めようじゃないか」
 「では……料理を注文しよう。コレを持ったままなのは疲れてしまうからね」

 私はそう言ってカウンターのところまで行く。すると先程の青髪の少女がこちらに駆け寄って注文を尋ねて来た。

 「ご注文は何になさいますか?」
 「特に決めてないが、オススメを教えてくれると助かる」
 「当店のオススメは蛙の串焼きでございます」
 「ううっ……それは遠慮しときたいかな」

 店員の言葉を聞いて白髪の少女は顔を青くする。中世ではカエルは食材として一般的だったが、なるほど、それは異世界も同義らしい。
 だが私はともかく彼女にとってカエルはあまり食べたい物ではないだろう。

 「今日はカエルの気分じゃなくてね、悪いがソーセージを頼みたい」
 「はい、畏まりましたっ!」

 元気そうな挨拶を残し、店員は厨房へと入っていく。
 その間に私は店の隅っこの方に例の物を置いた。
 それは木箱だった。丁度、椅子と同じ大きさをしており座るのには申し分ない。
 そしてそれらを置き終わると今度は更に一回り大きな木箱を置く。これはテーブルの代用品として使う。
 「さ、料理ができるまで座ろうじゃないか」
 「…………あれだね、なんというか恥ずかしいものがあるね」

 少し、頬を赤らめながらそれにちょこんと座る。その仕草が何だか人形のようだ。

 「君は座らないのかい……?」
 「ケーレスが可愛くて見とれていたんだ」
 「君は……その、恥じらいというものは無いのかっ! そうやって……ナチュラルに可愛いなんて」

 勿論、恥ずかしいと感じる事はある。だが、彼女に対して可愛いと言うことが恥ずかしいとは思わない。
 優れた芸術品をあるいは優れた音楽を綺麗だ、美しいと感じ、言葉にするのに恥じらいが無いように。
 彼女という素晴らしき存在を可愛いと感じることの何が恥じらいなのだろう。

 「だ、大体だ。ボクは消費期限切れの売れ残ったコンビニ弁当のような存在なんだ。可愛いなんて事あるか」
 「コンビニ弁当? それは何ですか?」
 「うわぁ!?」

 私たちが二人で話していると突然、横から声を掛けられる。
 振り向くとそこには女店員が料理を運びに来ていて、その事にケーレスは驚いている様子だった。
 店員が料理を持ってくるのは当たり前だろうに

 「なにを話していたんですか?」
 「え、えっと……ボクの存在価値について……かな?」

 戸惑い気味に少し誤魔化しながら呟くケーレス。

 「なかなか哲学って感じですね。はい、注文の料理ですよ」

 そう言って二つのトレイをそれぞれに渡す。テーブルに置けば良いだろうに。
 やはりこのテーブルが何か分かっていないのだな。

 「それじゃ、ごゆっくり!」

 キラリとしたダイヤモンドの笑みを浮かべてそのまま厨房へと向かう女店員。
 それを見送りながら私は食事を始める。

 「な、なんだコイツら木箱に座って食べているのか」
 「それだけじゃないぞ……! 食事も木箱の上に乗っけている!」
 「本当ね、余裕があって何だかかっこいいわ。こんな方法を思い付くなんて、凄い発想力だわ!」



 「…………どうしてだろう。何故か視線を感じるよ」
 「気にしすぎだ。今は食事に集中だけしていればいいさ」

 「そうだね……ううっ」

 もぎゅもぎゅと口を動かして食べる少女。元から量もそんなに多くなくて、あっという間に食事は終わった。

 「そろそろ店を出るか」
 「そうだね……」

 そう思って私たちは席を立ったその時だった。先程の女店員がこちらにやって来て。

 「あ、あの……! それはどうされたのですかっ!」
 「それ……とは。この木箱の事かな?」
 「そうです。私、それに座って食べる人を始めて見ました。だけど、これなら服も汚れなさそうで……」
 「なら、君も座って見るといい」

 その言葉に店員は嬉しそうな顔を浮かべて。

 「い、いいんですかっ!? 座っても!」
 「…………ああ、構わないが」
 「ありがとうございます! 貴方は優しい人なんですねっ!」

 その喜びように私もケーレスも顔を見合せて同時にため息を吐いた。

 「良かったらそのまま置いてもいいが。後で捨てようと思っていた所だったからね」

 元々は先程の部具店のいらないものを私が譲り受けただけの事、この店が引き取ってくれるのならば、それはそれで手間が省ける。

 「そんな……本当に何と礼を言っていいのやら…………」
 「それなら礼の代わりにこの技術を広めて欲しい。さすがに立ったまま食事をするのはキツイからね」
 「元よりそのつもりでした。これで誰も食事の時に筋肉痛にならなくて済みます」
 「そうか、では私たちはこれで……」


 さっきの会話を聞くに、きっとすぐに椅子とテーブルの技術は量産されるだろう。ならば後はそれを気長に待つだけだ。

 「金はちゃんとテーブルの上に置いてあるから安心してくれ」
 「な、なるほど……この大きいのがテーブル。分かりました、ありがとうございました」

 そう言ってお辞儀をする女店員。それに私たちは何と返していいのか分からないまま店を出た。
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