醜悪の町

九重智

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最終話

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『薬』を飲まされつづける日々のなかで、『先生』はこんなことを言った。
「なあ、すこし話をしようじゃないか。そう、この世界の話だ。この世界はいったい何だと思う? そう、この世界は夢なんだ。ラリってるわけじゃないぜ。なあ、聞いてるのか?」
『先生』は足をバタバタしながら私を見る。足首には足かせがはめられ、その足かせ自体、無理に外せないこともない。しかし足かせは輪の内側に幾十もの針があり、脚を広げて壊そうとすればその針が骨近くまで食い込む。食い込んだ針は翌日怪我が治ったあとも躰に残り、力をいれるたびにひどく痛むようにしている。これもまた、私がつくったお手製のかせだった。
「聞いてるのか、聞いてるけど聞こえないふりをしているのか? なあどうなんだ、俺からその話を聞きたくないか?」
「ちょっと黙っていてくれ。手元が狂うだろう」
 私は『薬』を秤のうえに載せていた。これは調整というよりも玩具選びにちかい。今日はどう遊ぼう、というような。
「いいか、これは夢なんだ。だって考えてみなよ。俺らはこの町では『死なない』ことを知っている。しかし妙だ。『死なない』、つまり『死ぬことはない』というのは、『死ぬ』が前提にあるからな。俺らは『死なない』世界に生きながら『死ぬ』ことを知っている。これはつまり以前、『死ぬ』ことがある世界に生きていたことになる。しかしいつ? 俺らは列車に乗る以前のことは覚えていない。じゃあそれ以前の世界の記憶なんだ、『死ぬ』っていうのは」
 私はようやく『薬』の配分量を決め、水にそれを溶かした。本来なら粉のまま飲ませるべきだが、そうすると飲ませきれない可能性がある。
「俺はたしかに恋をした。実はこの恋ははじめてじゃない。君が来るずっと前にもあった。そしてこれは二回目だ。そして二回とも俺はこの町じゃないベクトルに目覚めた。そうすると一回目に思い出したものより多くのことを思い出せた。まあ、思い出せたというのも、感覚的なんだが、しかしこの感覚が大事だ。なあ、そうだろ? おい、聞いてるのか!」
 私は答えず、かわりに『薬』を『先生』に掲げて見せた。
「さあ、時間だ。これを飲んでくれ」
『先生』はぶるぶると震えだす。
「いやだ……それを飲むともう戻れなくなる……なあ、俺はわかったんだ。これは夢、そういう感覚があるんだ。じゃあどうやってもどれると思う?」
「さあはやく飲んでくれ、じゃないとまた気絶させて飲ませることになる」
「なあ! 頼むから返事をしてくれ! これは君にとっても悪くない話だ! 夢から目覚めるためには始発駅に行けばいい! そこに行けば目が覚める! こんな町、いなくてすむんだ!」
「あと十秒経っても黙らなかったらまた気絶させる」
「これは交渉だ! 交渉なんだ! 一緒にここを出よう! そして夢から醒めて、ここから出るんだ! 脱出しよう! ああ……やめてくれ、その量は、もう……」
言葉はそこで途切れた。私が思い切り股ぐらを蹴り上げたからだった。衝撃がはしり、それに耐えきれず意識が飛ぶ刹那、最後まで『先生』を繋ぎとめていた何かがしぼみ、みずみずしさを失って、干しぶどうのようになるのがわか る。
 私は『薬』が溶け、一部沈殿した液を口に注ぎながら言った。
「いいかい、これが夢か現実かなんてどうでもいいんだ。たしかにここはひどい町だ。ルールがなく自尊心も粉々にされる。しかしね、一度ここに慣れ切った人間が現実にもどれると思うかい? きっと『現実』とやらは死ぬほど窮屈じゃないか? そう、死ぬほどだ。そんなところに誰が行きたい? 実際ね、僕は君の言う『現実』を思い出したんだ。『ミミズ』が僕の腕を離れ、何かがひび割れたとき、いやな既視感があった。そう、ここもひどいところだが、あそこはもっとさ。死ぬほど殺したいやつの顔を殴ることもできず、金をかけなきゃ異性に相手にもされない。そんな『現実』のなかで僕は死のうと思って、この『夢』にまで来たんだ。僕はここで生きるよ。ここで何もかもを果たす。僕の抑圧された欲望をすべて解き放つ。そのためにはこの町が必要なんだ。この、『醜悪な町』が」



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