オワッテル。

九重智

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第八話

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 なあ兄弟、俺は前に人生はどうなるかわかんないなんて説教じみたこと抜かしたけどよ、やっぱりそれは本当だな。俺の書いた小説が順調にコンテストを勝ち上がっている、いや勝ち上がっているなんて言い方はやめよう、別にほかの作品が負けたわけでもあるまいし、まあでもとにかく、俺が、もしくは俺のリアルが誰かに認められてきているってのはいい気分だ。昨日、はじめて感想ももらった、感想はコンテストでポイントになるらしいが、まあそんなことはどうでもいいな、いままで俺のリアルはみんなの目を素通りしていたわけだけど、それが誰かの気持ちに重なったらしい。感想の内容としては簡素だったが、それで構わないさ、応援してるってだけを言うことが大層立派な講釈を垂れることより勇気がいるもんでね、そういう意味で俺は一番刺さるコメントを頂いたわけだ。

 気が早いかもしれないがコンテストも一次審査を通ると、まあチラついてくるわな、色んな世界の逆転というかさ、たとえば金のこと、出版のこと、もっともっと読んでくれる人が増えるということ、そういう極彩色の世界がもうすぐ手元にあるんだと思えてくる。ちょっとうぬぼれているかもな、でもこういううぬぼれも俺からすれば珍しいご馳走なんだ。

 まあところで、うん、彼女の話だ。そう本好きお洒落さんの話。実は彼女と今度二人きりで会うことになった。……デート? そう表していいと思うか? 俺はわからないね、ジッサイ。

 俺らは文学館に行くらしい。まあインテリ的なところだよ、うちのこんな隅っこな県からどんな偉大な物書きが生まれたか俺は知らないが、それでも楽しそうだ。そんで、それから俺らはカフェ巡りをするらしい。カフェ巡り! 俺からすればほとんど異国の言葉のような響きをもつね。あんなにバカ高いコーヒーをはしごしてまで飲み歩くんだから。でも逆に言えば彼女はカフェをはしごしてまでも俺と話したいってことだよな? だって俺はコーヒーに詳しくないし、もしほんとうにコーヒーの味を見極めるんなら俺じゃなくてもいいはずだ。そうだろ?

 だとしたら俺にとっての急務は話題の提供だ。沈黙が好きなんて言うやつもいるけど、俺は基本そういうのに耐えきれないね、できればせっかくの時間をめいいっぱいにつかって、それでも喋り切れないほどの話題を用意するのがマナーとは思わないか? 俺はすでに次のミッションはこなしている。彼女は『夜想曲集』も好きらしい、カズオ・イシグロの短編集なんて中々良いところつくと思わないか? 俺は『降っても晴れても』が好きだったね、そもそもタイトルがずば抜けているんだ、『降っても晴れても』……泣けるね、これは。
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