悪魔の被験体に明日は笑わない

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6話 戦場の女神

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 僕が戻ると、そこは死体の山になっていた。味方の死体敵の死体が山積みになりその頂上にノエルが血だらけで立ってた。ノエルは傷1つついていたかった。ただ返り血で真っ赤に染る中、冷酷で醜いものを見る青い目だけが2つ輝いていた。

「うちの兵士は全滅よ。相手の白兵も全滅だけどね」

「す、すごいね。こっちも一応魔術師は全て倒した」

「あら、ヘタレのくせに私が鍛えてきた奴らより役に立つじゃない」ノエルは味方の兵士の頭を踏んづけて死体の山から降りる。

「戦いはこれからよ。ここからは訳が違う。大粒ぞろいの精鋭が待っているわ」

「う、うん」そこにいるノエルはいつもの雰囲気とは違う。誰よりも残酷で、誰よりも強く、誰よりも勝利にこだわり、不利な戦いを勝利に導く戦場の女神ヴァルキリーだった。

「あんたもどうせ…。まぁせいぜい頑張りなさい」

 ノエルの背中は孤独で悲しく感じた。ウィンザー国王の期待とこの国の命運の責任を1人で背負い、今までに全滅することがあっただろう。その度に1人で勝ち1人で国に勝利を告げてきた。

「頑張るよ」

 僕とノエルが話していると、ウェスター王国の大将戦とその精鋭がこちらに向かって歩いてくる。真ん中にいるのが大将だろう。真っ赤の髪に整った顔立ち。シルバーに光る鎧を着用している。その他4人も相当の実力者だろう。

「私は4人を相手するから、あんたあいついける?まー行けなくても私が殺すからいいけど時間風邪気くらいはしてね」

 そう言ってノエルは右側に走っていった。

「おい!お前!俺とタイマンしろ」

「俺の事を言っているのか?初めてだ。俺のことをお前などという汚い呼び方で呼んだのは。俺はロッツォ=へーデルバーグ。ロッツォ様と呼べ」

 なんというオーラだろう。ノエルと同じものを感じる。何かが欠けた、狂った歯車のように暴走し、どこにも吐き出すことが出来ない、体の内側で膨れ上がる膨大なプライド。

  「フラウロス。聞こえるか」僕は器の中にいるフラウロスに話しかける。

「あー」紋章が光りフラウロスは返事をする。

「こいつに勝てる可能性はどれくらいある」

「0だ。これは1%もないな。絶対に負ける!こりゃ終わりだな!ハッハッハ」フラウロスは楽しそうに高笑いしている。

「解除すれば勝てるか?」

「右腕、右足、右肩、右側の首までだな。そこまでしてやって互角。それでも少しあいつには劣るな。まーそれはお前の動き次第で変わる。どーなんだ?」

「わかった。契約しよう」

「なら頂くぜ!解除された能力の説明はだるいから頭ん中に詳細はぶち込んどくぜ。せいぜい頑張れよ兄弟ハッハッハ!」フラウロスの声は段々と遠くなって消えた。

 すると、右の腕から首にかけて黒い紋様が浮かび上がる。真っ赤な目にタトゥーみたいな紋様、見た目はかなり悪役だ。

「おい、お前!こいよ」この時の僕は僕じゃなかったと後で反省することになる。僕の挑発にロッツォはプチッと来たのか大剣を腰から抜く。馬でも切るのかと言わんばかりの大きさだ。

「俺はロッツォ様だ!お前のような下民には理解できないとは思うが、お前とは生きてきた世界が違うんだ。今までどんなものでも手に入れてきた。豪華なお城に高級食材、絶世の美女。なんでも俺の物になる。どうしてだと思う?ねぇ気になるよね!それはね。僕が最高にかっこいいからぁ!」

 ロッツォは大剣を見事なまでに華麗な操る。ブンブンと回す姿はまるで捕食者のキングライオンを思わせる。僕も剣を抜き構える。

「いくぞ!」ロッツォは大剣を横に大きく振る。間合いに入り込む速度が早く大剣のリーチの長さで後方に避けきれず、腹部に掠る。攻撃を受けた場所でジュ~っと音が鳴る。どうやら、かなりの高温を纏っている。

 しかし、腹部に受けたかすり傷がどんどんと広がっていく。

「俺の能力は侵食火しんしょくかだ。1度当たればかすり傷だろうが、全身に燃えるように傷が広がっていく。どーするのさー。もうおしまいだぁ。儚い命は花火のように散るんだね。好きだったあの子のように」

 僕はすぐさまスクラップ&ビルドで腹部の傷を治す。普通の治療ならこの侵食火は治らない。でも、1回壊すスクラップ&ビルドなら治療ではなく再構築だから対応することが出来る。その代わり今回の様な魔法はダメージ範囲が広いため、とても体力の消耗が激しくなる。

「お前見てると痛々しいんだよ」

「ふん!まぁ、すぐにその生意気な口も聞けなくなるさ!」ロッツォは余裕気に大剣を振るう。

 重たい攻撃は僕の剣を破壊する。すぐさま右腕でカバーするが威力は凄まじく僕の体は遠くに吹き飛ばされる。地面にバウンドし、硬い地面が体に擦れる。圧倒的な差で勝てる兆しが見えない。

 ロッツォの追撃は止まらず、僕の体は何度も宙を舞う。トドメを刺さず、屈辱を味わわせるように、殺さず、攻撃を体に与え続ける。

 「アッハッハッハッハッ!どうだ!屈辱的だろう。お前が俺に殺してくれと頼めば聴いてやってもいぞ!」

「殺してくれ。なんて言うはずないだろ、このボンボン赤髪イキリ野郎!」

ロッツォは頭に血が登り大剣を僕の首元目掛けて振る。僕はその攻撃を右手で受け止める。

「な、なに俺の攻撃を片手で」

「お前。苦しみを知らないだろ。誰かに傷つけられる痛みも。才能、家柄、生まれた時から全部持ってて、他人を全部自分の思い通りにして、なんにもしなくても全部手に入るお前にを理解するなんてことはできやしない」

「何が言いたい。報われない自分に対しての八つ当たりか?他人への嫉妬か。言えよ!金が欲しいなら死ぬほどあるから羨ましかったって。俺の周りにいる美人が羨ましかったって!僕も本当は俺に憧れてい…」

「だから!お前の攻撃は軽いんだよ!何かを失う覚悟がないやつが何かを得ることはできない。お前は全てを失うリスクも、何かを賭ける覚悟もありはしない。そんな奴が何かを得ようなんて虫が良すぎじゃないか?」

 僕はロッツォの顔に思いっきり右ストレートをぶち込む。すかさず、右ボディ、右アッパーをお見舞する。ロッツォは体制を立て直すと、大剣で対抗する。大剣の存在は強大で、ガードの上から僕の体を打ち砕く。仰向けになって倒れる。

 ロッツォは垂れた鼻血を拭い、仰向けに倒れた僕を覗き込む。

「こんなに手こずったの相手は初めてだ。もう疲れたから死ね」

 上から振ってくる大剣は僕の重ねた掌を貫通し、首元に突き刺さった。
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