けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

目覚める裁きの化身

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「──というわけだ。オクタゴン大臣が魔物かはどうでもいい。彼の邸宅に魔物の影を見たから狙撃しただけだ」

 ソフィアに問い詰められた俺は昨晩のことを洗いざらい白状した。

「俺たちはこれまでオクタゴン大臣その人が妖魔教団の者だと推測して行動を起こしてきた。だが、こう考えられるのではないか? オクタゴン大臣の邸宅に潜む強力な魔物を討つ手助けをしただけだ、とする言い訳が利くと」

 狙撃時に人影は一つしか見えなかったため、結果的にオクタゴン大臣こそが魔物が扮した人物であることがわかったが、そうでなくとも人に擬態した魔物であるとわかった時点で撃つつもりだった。決して嘘は言っていない。

「君ってやつは口だけは達者だよね」

「私はもう何も言わないわ」

「理屈こねこね、すごいのです」

 バカにしてるだろお前ら。

 思わず手が出そうになるのをグッとこらえて、今後の方針について話を切り出す。

「目標未達ながら水の議会に潜む魔物に痛手を負わせたんだ。このまま帰国してもアリサ王女への手土産としては悪くないはず。ここに残って活動を続けるか否か、その判断はソフィアに委ねる」

「まさかの丸投げ!?」

 寝て起きたらとんでもない責任と判断を押し付けられたソフィア。唸り声をあげて睨んでくるが無視を決め込む。

「ほら、マキ。お前も頭を下げるんだ。昨夜色々やらかした仲間だろうが」

「ああっ! この男、どさくさに紛れてあたしにだけ罪をなすりつける気です‼ そうはさせませんよ!?」

 マキの頭を下へ下へと押し下げようと攻防戦を繰り広げていると、部屋の扉が叩かれた。

「オクタゴン大臣が貴様らを呼び出している。マキア・フロート殿とその一行は自分らと共に来てもらう」

 扉越しに聞こえたそんな声に、俺たちは顔を青くして互いに目を見合わせた。







 ──数時間後。

 昨夜の実行犯ことマキと俺の二人が出頭。

 その後、検察官を名乗る若い女性に数十分小言を言われたのち、法廷のような場所に立たされていた。

「それでは、これよりオクタゴン大臣襲撃事件の裁判を開く。検察官は此度の事件について説明しなさい」

 そう、俺とマキが座る席から見て右手の高い席に座る男が言うと、俺たちの正面にいる検察官と呼ばれた若い女性が手元の資料を読み上げる。

「オクタゴン大臣は昨晩、ご自身の邸宅で夜風にあたろうとしていたところを何者かに狙撃され、それにより右腕に全治二週間の大怪我を負いました。後述する数々の状況証拠から、此度の事件は霧の国の者──特にアオキ・ケンジローによる犯行であることが疑わしい。以上」

 検察官の隣を見ると、確かに右腕を包帯でぐるぐる巻きにして三角巾で固定しているオクタゴン大臣の姿がある。

「うむ。これについて、被告人のアオキ殿とフロート殿の意見を聞きたい。なお、本法廷では嘘をついた場合は頭上に水が降り注ぐようになっている。くれぐれも、虚偽の供述は控えるように」

 裁判官を務める老齢の紳士の口から出たものとは思えない内容に思わず吹き出す。

 本当かどうか興味が湧いてきたので、適当な嘘をついてみることにする。

「……ソフィアは将来、グラマラスで蠱惑的な美女へと成熟すると推測している」

 ──チョロロロロロ。

 心にも思っていないことを口にした直後、俺の頭頂部に少量の水が降り注ぐ。

 法廷の雰囲気とは不釣り合いな間の抜けた水音に小さく吹き出すと、傍聴席で裁判の行方を見守っていたソフィアが怒鳴り声をあげる。

「ちょっと! どういうことよ!」

 なるほど。これは優れものだ。

 もしオクタゴン大臣と和解することがあれば、どういった技術が使われているのか教えてもらおう。

「そこの小娘よ、静粛にしなさい。……被告人も、本法廷の効力は確認できただろう。重ねての警告にはなるが、虚偽の供述は控えるように」

「うっ! わ、私だって、あと二年も経てば……!」

 喧しい外野が裁判官に黙らされているのを尻目に、どうしたものかとマキとアイコンタクトを試みる。

 マキの表情から考えを察知できるほどの洞察力はないが、先ほどからじっと周囲を観察しているあたり、俺が何かアクションを起こしても合わせてくれるかもしれない。

「では、被告人から起訴内容に対する意見を聞かせてもらいたい」

 そんな裁判官の言葉に、場内すべての視線が俺たち二人に向く。

 形式だけかもしれないが、一応俺たちに発言権をくれるらしい。

「確かに昨晩、俺たちは魔物の討伐に向かっていたから銃などの遠距離攻撃武器を持っていた。だが、この街から一直線に歩いても一時間以上かかる場所を狩場にしていたんだ。優秀なスナイパーでも命中させるのは至難の業だろう」

「そうなのです! そんなことが実現可能なアーチャー職がいるなら見てみたいものなのです!」

 二人で息を合わせて起訴内容を否認する。

 至難の業であるはずのことをやってのけたのだが、それはそれとして嘘は言っていないので水は降らない。

「被告人の意見は解った。検察官は被告人に狙撃を実行した証拠を提示するように」

 裁判官の中立で公平な立場を崩さぬ指示を受けた検察官は証人台を指差す。

「犯行予想時刻に街付近の丘で二名の冒険者が目撃されている。詳細は証人に語ってもらおう」

 検察官に呼ばれた証人が証人台につくと、視線を一身に浴びた証人が訛り全開の口調で喋り始める。

「オ、オラは昨夜、夜光薔薇の収穫に行っていたべな。その帰り道のことだったべさ。遠くから銃声さ聞こえてきてよ。慌てて伏せて音の方を見てみたら、怪しげな二人組が街の近くを狙っていたんだべ。詳しくは見えんかったけど、背の高い方が銃をもってて、背の低い方が望遠鏡で狙った先を確認しているようだったんだよ。ま、そこの二人のことかどうかはわかんねけどな」

 証人に呼ばれた花卉農家のおじさんは、目撃情報を一通り述べると証人台を後にした。

「貴重な証言をありがとうございます。証人の方の農園は街から徒歩で少し歩いた所にあり、目撃情報があった丘も農園のすぐそばでした。そして、現場には二脚を使った痕跡が見つかっています。これこそ、被告人がオクタゴン大臣を狙撃した確固たる証拠だと言えるでしょう」

 良く調べもしねえで、適当なこと言いやがって。

 裁判官も疑問符を浮かべるかのように一瞬顎に手を当てて、それから反対意見を言わせようと思ったのだろう。俺たちと視線があったまさにその瞬間、今まで沈黙を貫いていたオクタゴン大臣が声を発した。

「証人と被告人。どちらの陳述も偽りではなかった。しかし、双方の内容では街からの距離が大きく乖離している。故に、先の証言に証拠能力はないと言える。……もっとも、それは被告人が超長距離狙撃に成功したことを否定する材用にもならないがね」

「なっ!? オクタゴン大臣! それでは、今回の裁判の意味が!」

 味方であったはずのオクタゴン大臣にばっさりと切られた検察官がわなわなしているのを気にも留めず、大臣は己のペースで言葉を続ける。

「それとは別だが。……昨夜、被告人とは実際に会って言葉を交わした。被告人のケンジロー殿とマキ殿、そのことは覚えているかね」

「あっ、はい。綺麗なお部屋だったと思うのです」

 急に話題の中心に放り込まれたマキが、オクタゴン大臣相手に慌てて胡麻を擦る。無意味なことを。

 大臣はマキの胡麻擦りをシカトして、今度はこちらに視線を向ける。

「単刀直入に述べると、私はその日、彼らから殺害予告を受けたのだ。私を害するのに十分な動機であり、また、優れた狙撃手であると我が国の冒険者の間でも話題になっているケンジロー殿であれば、離れた小山からの狙撃も可能であろう。なぁ?」

 凄まじい心理的圧力をかけられている。

 が、否定の仕方を誤ると嘘発見装置から水が降ってくることだろう。

「ふむ。俺はオクタゴン大臣にむけて『お前を葬りに来た』といった旨の発言を述べたことはないが、失礼ながら大臣は幻聴でも聞こえていたのではないか。当時、オクタゴン大臣は業務終わりで疲れていたのだろう。無理もない」

 あくまで、俺は抹殺依頼に懐疑的だという立場を示しただけだ。まずはこれをはっきりさせておかねばならない。

「水の国の民に誤解を与えたままでは癪なので、この際こちらの目的も喧伝しておこう。俺たちは、この国の首都に潜む、妖魔教団幹部の討伐を命じられてやってきたのだ。いわば、水の民の味方なのだということを覚えて帰ってほしい」

 もちろん、嘘を看破する見えない水鉄砲は起動しない。

 会話を一語一句忘れずにいた俺の勝利だ、オクタゴン大臣よ。

「そうですそうです! 言いがかりはやめてほしいのです! まあ、オクタゴン大臣がスパイの妖魔教団幹部だと言うなら、アタシたちが襲撃したことになりますけどね。むしろ怪しいのはあなたの方なのです!」

 マキは俺の言葉に便乗するように、隣からにょきっと生えて粋がる。俺より勝ち誇るのはやめてもらいたい。

「俺たちからは以上だ。これだけ喋って嘘がないなら、俺たちの無実は証明されたも同然だろう。なぁ? 裁判官さんよ」

 裁判官に判決手続に移るよう催促する。

 検察官からもこれ以上何かあるわけでもないようで、裁判官は一つ頷くと手を空に掲げる。

「承知した。では、法廷内の裁定機能による判決を言い渡す。被告人アオキ・ケンジロー、マキア・フロートは──」

 すると、法廷をドーム状に包むような光の壁が現れる。

 なるほど。これが、裁定機能とやらか。

 やがて、裁判官の頭頂部目掛けて光が集まると、その不毛の大地で激しく光を照り返しながら裁判官が目をかっぴらき。

「……有罪。だが、どうも内容がおかしい」

 まるで天啓に導かれたかのようなリアクションをとった裁判官は、しかしその内容に疑問があるようで、自信なさげに言葉を続ける。

「裁定機能によると、被告人らは昨夜、街から遠く離れた丘から議会の壁面およびオクタゴン大臣の邸宅を複数回狙撃していた。巨大な頭足類型の魔物と交戦していたために発生した事故であり、怪我人はなし。よって、水の都の法規に則り、街への危険行為を実行したとして罰金二万シルバーの支払いを命ずる」

「有罪ってどういうことですか!?」

「それもそうだが、怪我人はなしとはどういうことなのか。俺たちがオクタゴン大臣を負傷させたことの裁判ではなかったのか?」

 趣旨がズレた判決に俺たちだけでなく検察らや傍聴人たちさえも困惑の色を隠せない。

 確かに判決内容は事実で、裁定機能とやらに見抜かれていたこと。それから、俺たちが撃ったのはあくまで魔物であるという、大衆に向けてまるでオクタゴン大臣が魔物であると周知しているような判決内容を提示したこと。

 それらの情報を同時に脳へと入力されて、さしもの俺も混乱を禁じ得ない。

 全員が裁定機能に置き去りにされていると、再び法廷が光に包まれる。

『久しいね、月神。いや、二代目か。覚えのある魔力にすっかり目を覚ましたよ』

 法廷を覆う光から、指向性のない女性の声が響く。

 皆が唖然とするなか、たった一人傍聴席から言葉を返す者がいた。

「その声は、海神なのか?」

 ソフィアとジョージさんと共に裁判の様子を見守っていた『月夜見』は、光の声を海神と称して問いかけた。
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