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霧の都編
執事ジョージ
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身を焦がすような日差しと動き回っても苦痛に感じない穏やかな気温のミスマッチに困惑する、街から少し外れた平原と森の境目。
馬車で連れてこられたこの場所こそが今日の狩場らしい。
「まずは鼠亜人を見つけるところからよ。色は灰色で背丈がちょうどアンタの腰くらいの、まさに害獣の鼠みたいな頭部をしているわ。アンタが持ってる銃系の武器だと、望遠機能がついてるから見やすいんじゃないかしら」
丘の上にポツンと生えた木に登りながら、ソフィアの説明を聞き流す。
彼女が指す銃は、ここへ来るまでに乗った馬車の荷台にあったものだ。
火縄銃を魔法技術で改良した程度のものらしいが、反動や暴発率が大幅に抑えられていて扱いやすいという。反面、攻撃力は銃にしては低いことがデメリットだが、射撃系攻撃は装備者の攻撃ステータスへの依存度が少ないメリットも併せ持っている。つまり、武器攻撃力がそのまま火力に直結するというわけだ。
今回は相棒となるコイツに、射程と威力を底上げするロングバレルと、長距離を見やすい高倍率のスコープをつけてきた。
「見やすいというより、肉眼である程度見えてる。あらゆるゲームでチートを疑われし両目とも二の視力を侮るなよ」
さすがにサバンナの部族よりは視えないが、武器の射程を押し付けるのに十分な長所だ。
手始めに、茂みの裏でのんきに腹を掻いておる鼠亜人の脳天目掛けてファイア!
凄まじい破裂音とともに手にずっしりとした反動がのしかかる。それとほぼ同時に、鼠亜人がいた茂みが赤黒い何かで染まった。さすがは文明の利器である。
「アンタなかなかやるわね。今の望遠レンズ覗いてなかったでしょ」
気持ちいいい!
何が気持ちいいか。
パッと見かわいい金髪碧眼の少女に褒められたことではなく。
「射程で理不尽押し付けるのマジきもちいいいい!」
絶対に反撃されない位置からの理不尽な必殺攻撃。
コイツを仕掛けている瞬間にエクスタシーが止まらない。
急に隣にいた個体が血しぶきになったことで周囲の鼠どもが混乱しているが、見ていてとても心地のいい様である。
テンションが上がってきたので、混乱している鼠どもを二発、三発、四発と立て続けに撃ち抜く。六発目を撃ち終えたところで弾切れを起こし、冷静に戻された。
「……アンタ、紳士どころか倫理的にどうなのよ。その笑い方は」
「うるさいぞメスガキ。紳士的な行動を守った結果、ウメー飯が食えるのか? そうでないなら豚畜生に与える残飯以下だろ」
なぜかドン引きしているソフィアだが、リスクを限りなく排除して成果を上げることこそが命を落とす可能性のある仕事において最も重要なことなのは間違いないだろう。安全第一の主義である。
「私、アンタのこと嫌いかも。あと次わたしのことメスガキって言ったら魔法で焼くから」
コイツの好感度稼いでなんの意味があるのかわからないのでどうでもいいのだが、へそを曲げて本当に魔法を撃たれたら困るので黙っておこう。
「ソフィアみたいな美少女に嫌われたら寂しいもんな、はいはいわかったわかった」
青筋を立てたソフィアが突然木の上から俺を引きずり降ろそうとしてくるが、身長が足りないようなので放っておく。それはそうと、俺の足を掴もうと飛び跳ねているはずなのに、弾むべき場所が弾んでいない様子。年下だとは思うが、コイツは何歳なのだろうか。
「ふと気になったんだが、お前って何歳なんだ? 酒を飲んでる様子がないから少なくとも成人はしてないだろうが」
気の短さから十歳前後だとは思うのだが、背丈が俺とちょうど頭一つ分くらい離れているので背丈は高いほうなのだろうと思う。俺がだいたい百七十五センチほどなので、その辺から推測してみる。
「十五歳だけど。……何アンタ、ナンパ? キモ」
「そうじゃない。背丈は高いが、胸が全然ないから十歳前後なのかと思ってたんだよ」
自らの肩を抱くようにしてこちらを非難したソフィアにそう言い返すと、今度が俯いたまま小刻みに肩を震わせだした。極めて情緒が激しい子だ。
まるで怒りのあまり肩どころか大気までもを震わせているような印象すら抱かせて。
それにしては本当に肌がピリピリするような感覚がする。
「あああっ! アンタの射撃音がうるさ過ぎてプチガルダが寄ってきちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」
杖を構えて叫ぶソフィア。
彼女につられて空を見上げると、爛々と煌めく翼をもつ鳥類がこちらを睨んでいた。
どうやら、コイツの出す鳴き声が大気を震わせていたらしい。超音波だからかうるさいわけではなく鼓膜への苦痛も感じられない。
プチカルダ。
ギルドで職員と魔物図鑑を読み合わせた際に知った魔物だが、コイツは爆発などの破裂音に特に敏感で、そこで爆散したであろう生き物の死体を餌として持ち去る空棲のハイエナのような魔物らしい。
戦闘力としては下の上くらいで、体表の炎によって矢や銃弾を防ぎ、攻撃魔法のダメージも軽減するという。また、陸上での身体能力も高く、アーチャー職からは特に嫌われているのだとか。
「どうしようもないだろ。ソフィア、何とかしてくれ」
俺からは有効打がないので撃退をソフィアに頼るしかない。ゲームの属性相性のようなものなので仕方あるまい。
「あーもう、わかったわよ! ケンジロー、アンタは色々と覚悟しなさい!」
プリプリと怒るソフィアは、プチガルダへ魔法の氷柱を放った。
魔法のエキスパートなだけあって、すばしっこく避けようとしたプチガルダの翼を撃ち抜き、地面へと叩き落した。
さすがソフィアだと称賛したいところだが、身体能力に優れるプチガルダは空中戦を諦めてこちらへと駆けてきた。
「マズい! ずらかるぞ、ソフィア!」
「わかってるわ! あー、どうしてこんな目に遭わなきゃなんないのよ!」
木の上から飛び降り、急いで平原を疾走する俺と、遅れないようについてくるソフィア。少し離れて俺たちを追うプチガルダがいる。
遠距離攻撃こそ持たないが、燃える体で体当たりされたらそれだけで大怪我につながるだろう。
日本で生まれ育った青二才な俺と、魔法特化の後衛職であるソフィアでは、プチガルダの脚力から逃れられる未来が見えない。時折振り向いては氷柱魔法で牽制しているソフィアだが、数分も逃げ切れる自信はない。
やがて、プチガルダの纏う炎の熱を肌で感じるほど接近して……
次の瞬間、耳をつんざく轟音が平原に響き渡った!
「油断したな、焼き鳥め!」
逃げながら敷いた罠スキルが、地面を駆けて襲いかかるプチガルダの脚を吹き飛ばしていた。
翼が傷つき両脚を欠損したプチガルダが人に聞こえない呻き声を漏らしながら悶え苦しんでいる。
「さあソフィア。生まれてきたことを後悔するほどの苦痛を時間の許す限り与えながらぶち殺してやれ」
呆気にとられているソフィアにそう指示を出す。
おいしいところを持っていかれてしまうが、自らが狩られる側だと手遅れになってから気付いた鳥類の無様が見れてすでにメシウマなので気にならない。
しかし、ソフィアはというと何やら不満なようで、地団太を踏んで抗議してきた。
「アンタは鬼か悪魔なの⁉ 私になんてことさせんのよ‼」
「何が不満なんだ。焼き鳥ごときにかけてやる情けなどあるまい」
人の性根が腐ってるみたいに言ってくれるが、本当にやめてほしい。反論できないのだから。
──結局この日は、プチガルダがゆっくりと羽ばたきながらこちらへ迫ってくるのに気づいたソフィアが魔物を氷漬けにして帰宅した。
鼠亜人の討伐から帰還した俺たちは、ギルドで報酬を受け取るついでに夕飯をとっていた。
「鼠亜人が一匹百シルバー、プチガルダが百五十シルバーか。たいていのパーティは四人以上で編成するって聞いたし、その基準で行くと一人当たりの日給は百九十シルバー弱」
溜息がでてくる。
帰りがけに大通りを歩いていた時に目に入ったが……
「パン屋のバイト募集ですら時給十五シルバーって書いてあったのに、命かかっててこれじゃ割に合わなくないか?」
余談だが、街の物価を見た感じ、一シルバーがおおよそ百円くらいのイメージで間違いないだろう。歯ブラシや鉛筆といった商品たちが一シルバーだったし。
ちなみに、今俺が食べている魔鳥の卵焼き定食も十五シルバーだ。つまり千五百円。
……馬鹿じゃねえのかこの国は。
「今回、私はほとんど見ていただけだったし、前衛職だっていなかったもの。仕方ないわ」
さも当然のように言い切ったソフィアだが、コイツだって俺と同様追い詰められていたんだ。その涼しげな表情を浮かべられるメンタルがいったいどこから湧き出てくるのだろうか。
「そもそも、命がけってほどアンタ追い詰められてなかったじゃない」
「追い詰められてたわ! お前だって『どうしてくれるのよ!』とか泣き叫んでいただろう!」
コイツの目は節穴なのか⁉
いや、確かに魔法のエキスパートであるソフィアなら、あの状況をどうにかできたとも考えられるが、少なくとも俺は次の瞬間に息をできているかわからなかったんだぞ。
「泣いてないわ!」
顔を真っ赤にして反論してきたが、ツッコミを入れたいのはそこじゃない。
プチガルダとかいう、初心者パーティじゃ逃げるだけでも精一杯な魔物の討伐報酬がたったの百五十シルバーだということだ。五人パーティだと一人当たり三千円。命からがら帰ってきたというのに、ゲームのガチャ十回分というのはあんまりだろう。
「ああもう、どうでもいい。なにはともあれ助かったんだ。礼は言っておく」
この少女のことは未だによくわからないが、助けられたのは事実だ。
ソフィアがいなければ死んでいたかもしれない。それがお互い様であったとしても、筋は通すべきなのだ。
「……うっふふ。アンタでもお礼とか言えるんだ」
ソフィアはというと、口元を手で押さえながらクスクスと笑っている。
こ、このメスガキ!
「世の中、筋を通しておかないといらんアヤをつけられるものだからな。よし、今からお前に筋を通すことの大切さを身をもって教えてくれようか!」
掴みかかろうとテーブルに乗り上げた瞬間、誰かに軽く肩を抑えられた。
振り向いてみると、昼間話したきりのスーツの老人だった。老人はひとつ咳払いを挟むと、厳かな表情でこちらを見て一言。
「周りのお客様のご迷惑でございますぞ」
思いのほか目立っていたことに言われて気づく。
人が羞恥心を抱いているのを、目の前でクスクス笑っているこのメスガキはあとでシメることにしよう。
それよりも、この老人のことだ。
ソフィアのお付きのような人物だが、鼠狩りには同行していなかった。いったい何者なのかと聞いてみると。
「わたくしはしがない執事でございます」
ソフィアとは言動通りの関係性のようだ。
驚かされることがなかった反面、危険が伴う討伐依頼へ同行しなかった点が気になる。
そんな考えが表情に出ていたのか、ソフィアが食器を持つ手を止めて口を開く。
「……言っとくけど、執事はもういい歳なんだから戦闘なんて任せられないわ。まあ、その辺の暴漢には負けないと思うけど」
いい歳とか任せられないとか酷い言い様だな。
いや、白髪のほうが多い執事さんがゴリッゴリの剣士だというのはフィクションだけか。常識的に考えてみて、自分の祖父がヒグマより凶悪な魔物に棒切れ一本で勝つ姿は想像できない。
そりゃ、執事さんだって街や街道から外れた場所には行かないよな、と納得できた。
「まあ執事さんだって若いころは……って、いい加減にそろそろ名前で呼びたいんだが。この国は労働者を役職で呼ばなきゃなんない決まりでもあるのか?」
さすがに執事さん執事さんと連呼することの違和感と多少の申し訳なさに耐えられなくなったので提案してみたのだが。
「わたくしには名前がございませんゆえ」
「……辛いことを言わせてすいません」
まさかこの爺さんにそんな事情があったとは。
やすやすと踏み込んではいけない話だったのかと執事さんともども気まずくなっていると、ソフィアが補足を入れてくれた。
曰く、ソフィアのところの雑務をすべて一人でこなすほどの仕事人で、次第に役職名が愛称になっていったらしい。
「だったら、俺たちで呼び名を決めないか? 例えば、ライアンとか」
名前というのは個人を特定するため、一人ひとりが与えられた一意性のあるものだ。それに加え、その人を一人の人間として特別たらしめるものでもある。一部の地域や古い時代には名前を名乗れない人もいたらしいが、現代日本では違う。
お節介かもしれないが、これから行動を共にする仲間なのだから、個人を尊重するための名前は付けておいてやりたい。
驚いた様子で目を見開く執事さんがいる一方、渋い顔のソフィアが顎に手を当てて熟考している。
「ライアンってファーストネームではあまり聞かないわ。でも、確かに名前はつけてあげるべきよね」
そう言って再び熟考する彼女の表情は真剣そのもので、執事さんのことを大事に想っている証拠と言えよう。日頃から身近な人を大切にできる人はそう多くなく、この子への印象が変わったなと思う。
ツンデレじゃないか、とからかってやろうかと考えていると、ピッタリな名前を思いついたらしいソフィアがバッと顔を上げた。
「ジョージなんてどうかしら!」
いいんじゃないかと思う。
執事さんも納得しているようで深く頷く。そして、孫にプレゼントをもらったように喜んでいるようだ。
「では、ジョージ・ライアンと名乗らせていただきます」
執事さん改めジョージさんは、テーブルの横で膝をついて言う。
下を向いているので表情は見えないが、わずかに声が震えているのは嬉しさ故の感動だろうか。つつくのも野暮なので気づかないフリをするが。
「となれば、改めてよろしく。ジョージさん」
「これからもよろしくね、ジョージ」
なぜ名前がなかったのかなんて関係ない。
俺たちにとって、ジョージさんはジョージさんで、それ以外のなにものでもないのだ。
「……さて、湿っぽい雰囲気になっちゃったけど、あまり遅くなるといけないし今日は帰りましょう。ケンジローもうちで寝泊まりすればいいわ」
話も落ち着き食後の休憩もぼちぼちいいだろうと思っていたところにソフィアがそんなことを言った。時計がないので体内時計に委ねるしかないが、おそらく九時くらいだと思うので良いころ合いだろう。
馬車で連れてこられたこの場所こそが今日の狩場らしい。
「まずは鼠亜人を見つけるところからよ。色は灰色で背丈がちょうどアンタの腰くらいの、まさに害獣の鼠みたいな頭部をしているわ。アンタが持ってる銃系の武器だと、望遠機能がついてるから見やすいんじゃないかしら」
丘の上にポツンと生えた木に登りながら、ソフィアの説明を聞き流す。
彼女が指す銃は、ここへ来るまでに乗った馬車の荷台にあったものだ。
火縄銃を魔法技術で改良した程度のものらしいが、反動や暴発率が大幅に抑えられていて扱いやすいという。反面、攻撃力は銃にしては低いことがデメリットだが、射撃系攻撃は装備者の攻撃ステータスへの依存度が少ないメリットも併せ持っている。つまり、武器攻撃力がそのまま火力に直結するというわけだ。
今回は相棒となるコイツに、射程と威力を底上げするロングバレルと、長距離を見やすい高倍率のスコープをつけてきた。
「見やすいというより、肉眼である程度見えてる。あらゆるゲームでチートを疑われし両目とも二の視力を侮るなよ」
さすがにサバンナの部族よりは視えないが、武器の射程を押し付けるのに十分な長所だ。
手始めに、茂みの裏でのんきに腹を掻いておる鼠亜人の脳天目掛けてファイア!
凄まじい破裂音とともに手にずっしりとした反動がのしかかる。それとほぼ同時に、鼠亜人がいた茂みが赤黒い何かで染まった。さすがは文明の利器である。
「アンタなかなかやるわね。今の望遠レンズ覗いてなかったでしょ」
気持ちいいい!
何が気持ちいいか。
パッと見かわいい金髪碧眼の少女に褒められたことではなく。
「射程で理不尽押し付けるのマジきもちいいいい!」
絶対に反撃されない位置からの理不尽な必殺攻撃。
コイツを仕掛けている瞬間にエクスタシーが止まらない。
急に隣にいた個体が血しぶきになったことで周囲の鼠どもが混乱しているが、見ていてとても心地のいい様である。
テンションが上がってきたので、混乱している鼠どもを二発、三発、四発と立て続けに撃ち抜く。六発目を撃ち終えたところで弾切れを起こし、冷静に戻された。
「……アンタ、紳士どころか倫理的にどうなのよ。その笑い方は」
「うるさいぞメスガキ。紳士的な行動を守った結果、ウメー飯が食えるのか? そうでないなら豚畜生に与える残飯以下だろ」
なぜかドン引きしているソフィアだが、リスクを限りなく排除して成果を上げることこそが命を落とす可能性のある仕事において最も重要なことなのは間違いないだろう。安全第一の主義である。
「私、アンタのこと嫌いかも。あと次わたしのことメスガキって言ったら魔法で焼くから」
コイツの好感度稼いでなんの意味があるのかわからないのでどうでもいいのだが、へそを曲げて本当に魔法を撃たれたら困るので黙っておこう。
「ソフィアみたいな美少女に嫌われたら寂しいもんな、はいはいわかったわかった」
青筋を立てたソフィアが突然木の上から俺を引きずり降ろそうとしてくるが、身長が足りないようなので放っておく。それはそうと、俺の足を掴もうと飛び跳ねているはずなのに、弾むべき場所が弾んでいない様子。年下だとは思うが、コイツは何歳なのだろうか。
「ふと気になったんだが、お前って何歳なんだ? 酒を飲んでる様子がないから少なくとも成人はしてないだろうが」
気の短さから十歳前後だとは思うのだが、背丈が俺とちょうど頭一つ分くらい離れているので背丈は高いほうなのだろうと思う。俺がだいたい百七十五センチほどなので、その辺から推測してみる。
「十五歳だけど。……何アンタ、ナンパ? キモ」
「そうじゃない。背丈は高いが、胸が全然ないから十歳前後なのかと思ってたんだよ」
自らの肩を抱くようにしてこちらを非難したソフィアにそう言い返すと、今度が俯いたまま小刻みに肩を震わせだした。極めて情緒が激しい子だ。
まるで怒りのあまり肩どころか大気までもを震わせているような印象すら抱かせて。
それにしては本当に肌がピリピリするような感覚がする。
「あああっ! アンタの射撃音がうるさ過ぎてプチガルダが寄ってきちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」
杖を構えて叫ぶソフィア。
彼女につられて空を見上げると、爛々と煌めく翼をもつ鳥類がこちらを睨んでいた。
どうやら、コイツの出す鳴き声が大気を震わせていたらしい。超音波だからかうるさいわけではなく鼓膜への苦痛も感じられない。
プチカルダ。
ギルドで職員と魔物図鑑を読み合わせた際に知った魔物だが、コイツは爆発などの破裂音に特に敏感で、そこで爆散したであろう生き物の死体を餌として持ち去る空棲のハイエナのような魔物らしい。
戦闘力としては下の上くらいで、体表の炎によって矢や銃弾を防ぎ、攻撃魔法のダメージも軽減するという。また、陸上での身体能力も高く、アーチャー職からは特に嫌われているのだとか。
「どうしようもないだろ。ソフィア、何とかしてくれ」
俺からは有効打がないので撃退をソフィアに頼るしかない。ゲームの属性相性のようなものなので仕方あるまい。
「あーもう、わかったわよ! ケンジロー、アンタは色々と覚悟しなさい!」
プリプリと怒るソフィアは、プチガルダへ魔法の氷柱を放った。
魔法のエキスパートなだけあって、すばしっこく避けようとしたプチガルダの翼を撃ち抜き、地面へと叩き落した。
さすがソフィアだと称賛したいところだが、身体能力に優れるプチガルダは空中戦を諦めてこちらへと駆けてきた。
「マズい! ずらかるぞ、ソフィア!」
「わかってるわ! あー、どうしてこんな目に遭わなきゃなんないのよ!」
木の上から飛び降り、急いで平原を疾走する俺と、遅れないようについてくるソフィア。少し離れて俺たちを追うプチガルダがいる。
遠距離攻撃こそ持たないが、燃える体で体当たりされたらそれだけで大怪我につながるだろう。
日本で生まれ育った青二才な俺と、魔法特化の後衛職であるソフィアでは、プチガルダの脚力から逃れられる未来が見えない。時折振り向いては氷柱魔法で牽制しているソフィアだが、数分も逃げ切れる自信はない。
やがて、プチガルダの纏う炎の熱を肌で感じるほど接近して……
次の瞬間、耳をつんざく轟音が平原に響き渡った!
「油断したな、焼き鳥め!」
逃げながら敷いた罠スキルが、地面を駆けて襲いかかるプチガルダの脚を吹き飛ばしていた。
翼が傷つき両脚を欠損したプチガルダが人に聞こえない呻き声を漏らしながら悶え苦しんでいる。
「さあソフィア。生まれてきたことを後悔するほどの苦痛を時間の許す限り与えながらぶち殺してやれ」
呆気にとられているソフィアにそう指示を出す。
おいしいところを持っていかれてしまうが、自らが狩られる側だと手遅れになってから気付いた鳥類の無様が見れてすでにメシウマなので気にならない。
しかし、ソフィアはというと何やら不満なようで、地団太を踏んで抗議してきた。
「アンタは鬼か悪魔なの⁉ 私になんてことさせんのよ‼」
「何が不満なんだ。焼き鳥ごときにかけてやる情けなどあるまい」
人の性根が腐ってるみたいに言ってくれるが、本当にやめてほしい。反論できないのだから。
──結局この日は、プチガルダがゆっくりと羽ばたきながらこちらへ迫ってくるのに気づいたソフィアが魔物を氷漬けにして帰宅した。
鼠亜人の討伐から帰還した俺たちは、ギルドで報酬を受け取るついでに夕飯をとっていた。
「鼠亜人が一匹百シルバー、プチガルダが百五十シルバーか。たいていのパーティは四人以上で編成するって聞いたし、その基準で行くと一人当たりの日給は百九十シルバー弱」
溜息がでてくる。
帰りがけに大通りを歩いていた時に目に入ったが……
「パン屋のバイト募集ですら時給十五シルバーって書いてあったのに、命かかっててこれじゃ割に合わなくないか?」
余談だが、街の物価を見た感じ、一シルバーがおおよそ百円くらいのイメージで間違いないだろう。歯ブラシや鉛筆といった商品たちが一シルバーだったし。
ちなみに、今俺が食べている魔鳥の卵焼き定食も十五シルバーだ。つまり千五百円。
……馬鹿じゃねえのかこの国は。
「今回、私はほとんど見ていただけだったし、前衛職だっていなかったもの。仕方ないわ」
さも当然のように言い切ったソフィアだが、コイツだって俺と同様追い詰められていたんだ。その涼しげな表情を浮かべられるメンタルがいったいどこから湧き出てくるのだろうか。
「そもそも、命がけってほどアンタ追い詰められてなかったじゃない」
「追い詰められてたわ! お前だって『どうしてくれるのよ!』とか泣き叫んでいただろう!」
コイツの目は節穴なのか⁉
いや、確かに魔法のエキスパートであるソフィアなら、あの状況をどうにかできたとも考えられるが、少なくとも俺は次の瞬間に息をできているかわからなかったんだぞ。
「泣いてないわ!」
顔を真っ赤にして反論してきたが、ツッコミを入れたいのはそこじゃない。
プチガルダとかいう、初心者パーティじゃ逃げるだけでも精一杯な魔物の討伐報酬がたったの百五十シルバーだということだ。五人パーティだと一人当たり三千円。命からがら帰ってきたというのに、ゲームのガチャ十回分というのはあんまりだろう。
「ああもう、どうでもいい。なにはともあれ助かったんだ。礼は言っておく」
この少女のことは未だによくわからないが、助けられたのは事実だ。
ソフィアがいなければ死んでいたかもしれない。それがお互い様であったとしても、筋は通すべきなのだ。
「……うっふふ。アンタでもお礼とか言えるんだ」
ソフィアはというと、口元を手で押さえながらクスクスと笑っている。
こ、このメスガキ!
「世の中、筋を通しておかないといらんアヤをつけられるものだからな。よし、今からお前に筋を通すことの大切さを身をもって教えてくれようか!」
掴みかかろうとテーブルに乗り上げた瞬間、誰かに軽く肩を抑えられた。
振り向いてみると、昼間話したきりのスーツの老人だった。老人はひとつ咳払いを挟むと、厳かな表情でこちらを見て一言。
「周りのお客様のご迷惑でございますぞ」
思いのほか目立っていたことに言われて気づく。
人が羞恥心を抱いているのを、目の前でクスクス笑っているこのメスガキはあとでシメることにしよう。
それよりも、この老人のことだ。
ソフィアのお付きのような人物だが、鼠狩りには同行していなかった。いったい何者なのかと聞いてみると。
「わたくしはしがない執事でございます」
ソフィアとは言動通りの関係性のようだ。
驚かされることがなかった反面、危険が伴う討伐依頼へ同行しなかった点が気になる。
そんな考えが表情に出ていたのか、ソフィアが食器を持つ手を止めて口を開く。
「……言っとくけど、執事はもういい歳なんだから戦闘なんて任せられないわ。まあ、その辺の暴漢には負けないと思うけど」
いい歳とか任せられないとか酷い言い様だな。
いや、白髪のほうが多い執事さんがゴリッゴリの剣士だというのはフィクションだけか。常識的に考えてみて、自分の祖父がヒグマより凶悪な魔物に棒切れ一本で勝つ姿は想像できない。
そりゃ、執事さんだって街や街道から外れた場所には行かないよな、と納得できた。
「まあ執事さんだって若いころは……って、いい加減にそろそろ名前で呼びたいんだが。この国は労働者を役職で呼ばなきゃなんない決まりでもあるのか?」
さすがに執事さん執事さんと連呼することの違和感と多少の申し訳なさに耐えられなくなったので提案してみたのだが。
「わたくしには名前がございませんゆえ」
「……辛いことを言わせてすいません」
まさかこの爺さんにそんな事情があったとは。
やすやすと踏み込んではいけない話だったのかと執事さんともども気まずくなっていると、ソフィアが補足を入れてくれた。
曰く、ソフィアのところの雑務をすべて一人でこなすほどの仕事人で、次第に役職名が愛称になっていったらしい。
「だったら、俺たちで呼び名を決めないか? 例えば、ライアンとか」
名前というのは個人を特定するため、一人ひとりが与えられた一意性のあるものだ。それに加え、その人を一人の人間として特別たらしめるものでもある。一部の地域や古い時代には名前を名乗れない人もいたらしいが、現代日本では違う。
お節介かもしれないが、これから行動を共にする仲間なのだから、個人を尊重するための名前は付けておいてやりたい。
驚いた様子で目を見開く執事さんがいる一方、渋い顔のソフィアが顎に手を当てて熟考している。
「ライアンってファーストネームではあまり聞かないわ。でも、確かに名前はつけてあげるべきよね」
そう言って再び熟考する彼女の表情は真剣そのもので、執事さんのことを大事に想っている証拠と言えよう。日頃から身近な人を大切にできる人はそう多くなく、この子への印象が変わったなと思う。
ツンデレじゃないか、とからかってやろうかと考えていると、ピッタリな名前を思いついたらしいソフィアがバッと顔を上げた。
「ジョージなんてどうかしら!」
いいんじゃないかと思う。
執事さんも納得しているようで深く頷く。そして、孫にプレゼントをもらったように喜んでいるようだ。
「では、ジョージ・ライアンと名乗らせていただきます」
執事さん改めジョージさんは、テーブルの横で膝をついて言う。
下を向いているので表情は見えないが、わずかに声が震えているのは嬉しさ故の感動だろうか。つつくのも野暮なので気づかないフリをするが。
「となれば、改めてよろしく。ジョージさん」
「これからもよろしくね、ジョージ」
なぜ名前がなかったのかなんて関係ない。
俺たちにとって、ジョージさんはジョージさんで、それ以外のなにものでもないのだ。
「……さて、湿っぽい雰囲気になっちゃったけど、あまり遅くなるといけないし今日は帰りましょう。ケンジローもうちで寝泊まりすればいいわ」
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若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
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