けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

逢魔の朝靄の激戦

 ──夕刻。

 名前を聞きそびれた自称大スターの襲撃をなんとか追い返した俺は、息切れする感覚を押し殺しながらこの街最長の物見櫓を目指していた。

 武装はここ数日いつも手にしている携帯レールガンと各種投擲罠。

 街の外から轟音が聞こえた際には焦ったものだが、憂慮していた魔物のスターと相対したのが俺だったため緊急性は下がったものだと判断した。さっきまでのショートソード一本ではないのは、一度宿へ装備品を取りに戻ったからだ。

「ホッホッホ。杞憂に終わった今でさえ、街の外へ様子を見に向かうのですな」

 そう言って笑いかけるのは、治療用ポーションの入ったトランクを引いて走るジョージさん。

「よしてくれ。俺は無償で他所の街のために動くような正義感は持ち合わせていない」

 爆発にもにた轟音が聞こえてきた以上、自称スターでないにしろ街の近くに強敵が湧いたに違いない。そして、決まってそういう現場にはソフィアたちが首を突っ込むのだ。

「ただ単に、一難去ったからといい難がなくなったわけではないということさ」

 一応、ソフィアに付き従うと言ってしまっているので援助するだけだ。

「ホッホッホ。わたくしは冒険者ギルドのお偉いさんに呼ばれております故、ここらでお暇します。どうか、ご武運を」

「……ああ」

 ひたすら笑いかけていたジョージさんと別れた後、数分もしないうちに物見櫓へと到着した。

 轟音が鳴り響いてから数時間しかたっていないせいか、守衛の方々が警戒度高めで辺りを見回っている。得てして守衛の一人が俺に声をかけてきた。

「君は何者だ。現在、街の全ての門で厳戒態勢を敷いている。街の外は危険だからと封鎖しているのだ。素性不明の者を通すわけにはいかない」

「お仕事ご苦労。俺はこういうものだ」

 こうなることも想定していたので、ソフィアから事前に預かっていた身分証明書を守衛に見せた。

 貴族とその関係者にのみ渡されるペンダントなのだが、身に着けず荷物にしまっているためたまにこうして一般人に間違われるのだ。この辺の扱い方についてソフィアに注意されたことはあるが、一般人として振る舞う方が状況がいい場面もあるためこうする他ないと考えている。

 こうして足止めを食らうこともあるが、ほとんどの場合すんなり通してもらえるしな。

「こ、これは失礼しました!」

「いや、気にしないでくれ。それより、有事に備えて物見櫓から狙撃態勢をとろうと思う」

 そんなやり取りの末、俺は難なく物見櫓の梯子を登っていく。

 そして、登り切った先に広がっていた光景は……。

「……南無三」

「いや死んでねえよ⁉」

 街からそこそこ離れた平原に、殺される一歩手前な仲間の姿があった。

 様々な観点から見殺しにするわけにはいかないので、手早く荷物から武器を取り出して安全装置を解除する。

 そのまま照準を覗いて、ソフィアたちを巻き込まないように引き金を……。

「なんかアイツら硬くないか?」

 敵は二人。

 見覚えのあるおとこ女と見覚えのないクソガキと相対している様子だが、クソガキの方の攻撃はソフィアたちに傷一つつけられていないようだった。

「防壁魔法を使っておられるだけだと思うよ?」

 あー、なるほど。

 人間が覚えるすべての魔法を会得しているとか言っていたし、ソフィアがなんかしているのだろう。

 改めてアイツの化け物ぶりを実感していると、その防壁がたった今別の化け物こと『旗槍』に叩き割られた。

「敵も味方も化け物だな」

 ソフィアに続きマキと、順番に防壁を破壊される光景を目の当たりにし、思わずそんな言葉をこぼしていた。

 一方で、狙われているとは露とも知らないであろう『旗槍』たちは、呑気にソフィアたちにトドメを刺そうとしている。そんな様子をスコープ越しに眺めながら、満を持して引き金を引いた。



 控えめな轟音とともに撃ち出された音速の七倍の弾丸は、魔力装置で制御された衝撃波を伴う直線攻撃となりかつて相まみえた敵を穿った。……と、思っていたところまではよかった。

「こっち見てる! こっち見てるって!」

 新人と思われる守衛が隣でやかましい。

 案の定というかなんというか、『旗槍』ともう一体は片腕をなくしながらもすぐさまこちらへ気づいて駆けてきた。

「片方は妖魔教団幹部の『旗槍』だ。以前、一度だけ交戦したことがある」

 はっきり言って強敵で、街の中に入られたら民間への被害は避けられないだろう。それに、一緒についている人型の魔物もおそらく魔物で奴の仲間だと考えられる。これは非常にマズい。

「幹部ぅ⁉ 今アンタ妖魔教団の幹部って言いましたぁ⁉ 太刀打ちできるわけないじゃねえよぉ! オレ、まだ母ちゃんに親孝行できてねえよぉ!」

「耳元でやかましい、音が聞き取れない」

「やかまっ⁉ これだから貴族様とその関係者は! ……というか、片方はってなんです? まさかあの少年みたいなのも幹部とか言いませんよねぇ⁉」

 そんなものは存じ上げていない。が、『旗槍』の細かな仕草から部下や上司に向けた雰囲気を感じないあたり同僚か同格の関係であることは間違いないと思う。もしその通りであるなら、なんとしてでも絶対防衛線である街の門だけは通してはならないのだが。

 半ばダメ元で、隣で喚く守衛に聞いてみる。

「君たち守衛は陸空両面における敵の侵入を抑止できるか?」







 ──数分後。

「……報告申し上げます。冒険者ギルドへ増援の依頼を出しに行ったのですが」

 渋い声でそう語り始めたのは、この門の防衛を任された部隊長だ。

 見なくてもわかる、そこそこ距離のある冒険者ギルドまで走ってくれたのだろうその声からは、しかし言いにくそうに淀んでいる。

 この人は、つい数分前泣きながら櫓から駆け下りていった新人の守衛に代わり傍に着いた者だ。

「ちょうど昨日、季節外れの狐騎士討伐で多数の冒険者どもが儲けたのでしょう。ギルド内は酒の匂いを漂わせる飲んだくれで溢れかえっていました」

「どうしてこうなった。これだから冒険者はカスなんだよ」

「貴殿も冒険者であろう?」

 なにやら耳の痛いツッコミを入れられたが、俺はこうして街に貢献している。

「同列にされたくない」

 字面だけ切り取ると立派なカスなのだがその辺はスルー。

 しゃべりながら魔力式レールガンに魔力を再充填していると、肉眼で表情が視認できる距離まで敵が詰め寄ってきたようだ。

 未知の遠距離武器に内心怯えながら駆けてきたのか、その表情からはこちらを憎んでいる様子がありありと伝わってくる。

「此処に居たのか」

 門の外を固める守衛から適度に距離を開けて立ち止まった『旗槍』はというと、怨敵でも見つけたような声色で睨みつけてきた。

 これは騎士道精神の対極を往く数々の仕打ちと、霧の都でのカスみたいなやり取りを根に持っていると考えて間違いないだろう。

「ああ、ここにいるさ。しかしながら、今日はもう遅い。日を改めるか、俺たちがこの街にいる間に冒険者ギルドへ届出を提出しておいてくれ」

「……貴様ッ! ふざけておるのかァァッ!」

 話を聞くどころか、挑発と受け取った様子の『旗槍』は見事に引っ掛かった。

 前回から薄々感じていたが、コイツ脳筋系かよ。

「あーあ、怒らせちゃった。どこの誰か知らないけどさ、君たぶん死んだよ」

 若干引き攣った笑顔で失った片腕を再生させている、いかにもクソガキな感じの相方がそんなことを言う。

 というか、あんなイモリみたいな再生の仕方するのかよ、気持ち悪い。

「……先ほどから言おうかと考えていたが。君は何者だ?」

「『操魔』だけど?」

 まるで、そんなことも知らないのかとでも言いたげな表情だ。キレていいだろうか。

「初耳だ。俺の記憶に存在するに際して、君の知名度は些か足りないように思う」

「ええーっ。うそー。マジ?」

 またしても『操魔』は、心底驚いたというようなリアクションを見せた。というのは見せかけで、間違いなく挑発なのだろうが。

「さて、お後がよろしいようだ。俺たちの茶番は幕引きだ」

「なんだと?」

 そんなやり取りをしている間に、魔物を追いかけるようにしてマキが駆けてきた。

 常軌を逸した速度で疾走するマキは、今まさに相対する魔物たちへ背後から一撃を加えんとばかりだ。

「甘いッ!」

 しかし、そこはさすが人類を恐怖させる組織の幹部クラスだ。そこはしっかり身構えて、攻撃が軽いのなら反撃すらしてみせそうだった。

 だからこそ、次の瞬間誰もが正気を疑ったのだ。

「ケンジローーッ!」

 まさか誰も、敵対する幹部二名の間を駆け抜け、速度を殺さぬまま物見櫓の上にいる俺目掛けて飛びかかってきた。

 凄まじい走力と跳躍力だと感心したのも束の間、狭い櫓の上でマキに押し倒された。

「本当に危なっかしい人ですね! アタシたちまで撃ち抜いていたら呪いますからね!」

 さぞ驚いたのだろう。

 恨み言をぶつけたくなる気持ちは理解できるが、人の上で土足で飛び跳ねるのは控えてもらいたいところである。

「あれしかお前らを救う方法が見当たらなかったんだ。それと、あまり敵前で隙を晒したくないのだが」

「そんなこと言っちゃって。本当は嬉しいんでしょう?」

 俺の皮肉をものともせず、マキは余裕そうな笑みを浮かべた。

「その乳臭ぇ容姿で興奮できる奴がいるのなら公安に引き渡さなければならないと思うがな。いいからどけ」

 突然首を絞めようと掴みかかってきたマキと揉み合いになっていると、あくまで一定の間合いを保っている『操魔』とかいう魔物が冷めた目でこちらを見ているのに気づく。

「あのー君たち? 何をそんなに楽しげにしてるんだ?」

 呆れきった幹部からは、もはやゴミを見るような視線と声色があふれ出ていた。そして、表情は興味を失ったが如く変化していき。

「……もういい。上からは無用な殺生は控えろと言われてるけど、こんな住人しか見かけない国なら街の一個くらいどうでもいいか」

 そんな言葉とともに、剣を構えて駆け寄ってきた。



「本性を現したな、下賤な魔物ども。この世に生きとし生きる生命の風上にも置けない騎士道精神の対極を行く下等で唾棄すべき者どもに正義の鉄槌を下してやろう」

 急に正門を固める守衛たちへと切り込んできた妖魔教団の幹部たちに驚きを隠せない。

 ……隣から冷めた視線を向けるマキはいったん見なかったことにして、魔力の再充填ことリロードが終わったジェネリックレールガンを構える。

「二度目はないよ!」

 今まさに引き金を引こうとした瞬間、どういうことか上空からそんな声が聞こえた。

 一瞬、脳の理解を越えられたが、どう見ても『操魔』が飛んでいるようにしか映らない。

 アイツ飛べるのかよ。

 翼もなければ魔法を唱えた様子もないのに飛翔している。

 そんな『操魔』は不敵に笑うと、いったいどこにしまっていたのかわからない弓矢を取り出して矢をつがえた。

「おいマキ、お前は飛べるか? アイツを野放しにするとマズいぞ」

「飛べるわけないでしょうが! というか、ケンジローこそ撃ち落としてくださいよ!」

 そんなこと言われてもアイツら速くて狙いづらいんだよな、なんて考えていると、地上の制圧をあらかた終えたらしい『操魔』が地上戦を『旗槍』一人に任せて弓でこちらを狙い始めた。

 逃げ場のない物見櫓を高高度から狙撃されるのは非常にマズい。

「なあマキ」

「いやです」

 即答された。

「打開策を考えたんだが」

「いやです」

「……」

 話しかけようとしたのだが、何かを察したマキに意外な抵抗をされた。

「ええい、話を聞け! お前、ソフィアから障壁魔法をかけてもらってるだろ。だったら、少しの間でいいからアイツの攻撃を受けきってくれ。攻撃後の隙を狙って撃ち抜いてやる」

「嫌です嫌ですいーやーでーすー! だって危険すぎるじゃないですか! 高火力で障壁魔法ごと撃ち抜かれたら一巻の終わりじゃないですか!」

 言いながら駄々をこねるマキ。

 せっかく合理的な作戦を思いついたのだから泣き止んでほしい。でないと、近くの守衛さんの視線が痛い。

「敵を前にして仲間割れかい? 実に滑稽だね。そのまま死なせてやろう!」

 そんな言葉を口にした『操魔』は、こちらに複数の矢を同時に放つ。そう気づいた瞬間には、体中を無数の刺すような痛みに襲われていた。

 激痛に怯む思考をすぐさま強引に切り替えて辺りを確認すると、一緒に物見櫓へ上ってきていた守衛さんやマキも被弾しているようだ。

「倒し損ねているではないか『操魔』! やはり貴様も両手剣を極めるべきだろう!」

「黙れ。……いいだろう、トドメを刺してやるさ」

 『旗槍』に煽られた『操魔』が再度矢を射った。

「させるものか!」

 そんな守衛さんの野太い声に視線を向けると、一斉に放たれた複数の矢が守衛さんの体のいたるところに突き刺さっていた。

 仁王立ちして荒い息を吐き耐えているが、素人目で見ても放っておくと助からないだろう被弾箇所もある。

 絶望的な状況にどうしていいのかわからない様子のマキの手を掴むと、落下による多少の怪我を覚悟して飛び降りた。

「逃げるぞマキ! 守衛隊長の覚悟を無駄にするな!」

「で、でもっ!」

 掴んだ腕を振って抵抗を見せるマキだがその力は弱い。

「体張って場所を移すだけの猶予をくれたんだ。街から遠ざかりつつソフィアと合流するぞ」

 妖魔教団幹部に注意を割きすぎてソフィアの安否が不明だが、さすがに魔物に食われているなんてことはないだろう。

「今のソフィアは魔力切れですよ! アタシにかかった魔法だって、ソフィアが残った魔力全部費やして託してくれたものです!」

「その託されたもの、さっき一瞬で割られたけどな! というかソフィアの奴また魔力使い切ったんか!」

 街から遠ざかる中、マキとのやり取りで頭を悩まされる。

「状況が状況だったから仕方なかったんですよ! そんなことより、いつもの姑息で残忍な策で足止めしてください!」

「誰が姑息で残忍だよ! 『旗槍』は硬いし『操魔』は飛んでるから有効打はない! とにかく逃げるぞ!」

 背後から飛んでくる矢を避けながら走り続けていると、やがて街の明かりがぼんやりとしか見えなくなっていた。



 あれから何時間走っただろうか。

 執拗に追いかけてきた魔物たちも、気づけば見当たらなかった。

「とても疲れました」

 本当に疲れたらしいマキの弱音を背中越しに聞く。

 交戦時間が長く疲弊しきっていたマキを、追っ手を撒いたあたりから負ぶって歩いているのだが、仲間とは言え男の背中は居心地が悪いだろう。

 今は街から近く、比較的魔物が少ないとされている森林地帯にいるのだが、日が沈んでから長いこと経っているので眠いのかもしれないが。いずれにせよ、普段は冗談以外で弱音を吐かないコイツらしくないので休ませるのなら早いうちに休めそうな場所を探す必要がある。

「そしたら今日は休むか? 今から街へ帰るのは体力的にも明るさ的にも困難だが、一晩寝れば戻れるはずだ」

 歩いていると、ちょうどよさそうなスペースを見つけたのでそう提案してみたのだが。

「ケンジロー。あなたは時折底なしの畜生みたいなことを言いますよね」

 なぜかゴミを見る視線と声を浴びせられた。

 それどころか、肩を掴む手で爪を立てられた。

 おそらく、いまだ合流できずにいるソフィアを見つけるまで休むつもりはないのだろう。

「ソフィアは料理の一つもできないほど不器用だが、魔法を用いた実践において彼女の右に出る者はいない。魔力を切らした非常事態にも予め策を講じているだろうよ」

 我ながら楽観的とも思える言動に、頭にきたらしいマキが嚙みつくように呻る。

「無力感なら俺だって抱いている。……俺ならやろうと思えば何でもできると自負していたが、こんな感情を抱いたのは初めてだ」

 これまで学力も運動もアルバイトも、一度努力すると決めたらなんでも達成したし今後も俺の自力をもって努力すればなんだって達成できると考えていた。しかし、つい数時間前に姿を見ていたソフィアを、夜半を過ぎようという時刻になっても見つけられず、あまつさえ歩く足も半ば引きずっているような気分なのだ。さすがは異世界だと、凄まじい歯ごたえを実感すると同時に、普段は面倒くさい女だと思っていても失いたくないという気持ちはどこまでも失せない。

「……でも、そうだな。お前の言う通り、疲れて動けなくなるまでは探そう」

 俺の前向きな発言に気をよくしたのか、マキは多少の体力を取り戻したのか肩から手を放すと。

「よーし、その意気です! それでこそ私たちのケンジローですよ」

 言って、またも脳の理解を越えてくるようなことを口にする。

「調子のいいこといいやがって」

 ガキみたいな屈託のない笑顔で言いやがって。

 安心したのかすぐに寝てしまったマキを背負い、体力の限界まで森を歩いた。







 ──翌朝。

「マズいマズいマズいマズい! マズいですよこれは!」

 木々から落ちる朝露が冷たく感じる時刻、俺たちは野生の魔物に追い回されていた。

「何がマズいかと言うと、ジェネリックレールガンが故障した」

「えぇ⁉」

 驚きの声を上げるマキに、しかしどうしようもないものはどうしようもないのでひとまず逃走を選択。

 結論から言うと、昨夜ソフィアを見つけられず、そしてレールガンの修理もソフィアでなければできなさそうだったのでいよいよ丸腰である。

「一応、こんなこともあろうかとショートソードを持ったままでいてよかった」

 昨日、宿でレールガンを持ち出した際、有効活用できていなかった剣を置いていく選択をとらなかった自分ほ褒めてやりたい。

 追いつかれた場合はいつでも剣を抜けるようにと柄に手を添えると、その上からマキに手で押さえられた。

「二人そろって死にそうな時以外はやめてくださいよ。ケンジローにとってのゴミをゴミが握ったまま倒せるほど、魔物は甘い存在ではありませんから」

 だから追い詰められたらアタシに任せろ。暗にそう言っているのだろう。年上の男としては情けないながら、同時に頼もしくもあり……。

「……今俺のことゴミって言ったか?」

「気のせいです。それよりもっと速く走ってくれません?」

「無理だが? 知性を持ったチーターと比べるな」

 畜生と一緒にされたマキに脇腹を抓られながら走っていると森を抜けた。

 希望の光ともとれる陽光に、しかし街のシルエットなど微塵も見えない平原が広がるのが見えてすぐさま落胆。強いて喜ばしい点を挙げるなら、俺たちを追っていた魔物はテリトリーの外に足を踏み入れたがらない性質を持っていることと、森の外はテリトリーの範囲外であったことくらいだろうか。

 二人そろって肩で息をしながら、進むしかないのでとりあえず足を動かして一時間くらいだろうか。遠くで火災が発生しているのが見えた。同じく火災に気づいたらしいマキは、おもむろに生えてる低木を切り倒し、その断面を指でなぞって頷いた。そして、深刻な表情のまま振り向いて。

「……方角的に、向こうに見えるのは朝靄の街からそう遠くない小さな集落です。国内有数の鉱山地帯で、この辺で魔力鉱を安く仕入れようとするとあの集落に足を運ぶのが最善だと言われているのです。ですが、あの様子ですと」

「あぁ。燃えているな」

 危険に次ぐ危険を乗り越え野宿まで敢行した今、これ以上厄介ごとに首を突っ込むのは体力的にしんどいが。……どうせコイツのことだ。助けに行きましょうと言い出すに違いない。思わずついたため息でそんな考えがバレたのだろう。表情までは見えないが、見透かしたような声色でしゃべりだす。

「言いたいことはわかりますが。……たぶん、あそこの街に恩を売っておくと後々役に立つと思いますよ?」

 遅れて向けられた表情は、それはもう俺の好きなものだった。







 ──あれから半日ほど平原を歩いていると、ついに煙が上がる集落へとたどり着いた。

 街に入ってみると、逃げ惑う人たちで大混乱。……などということもなく、火の手が上がっているのが当たり前だと言っているようで、道行く人はみんな我関せずといった様子だった。

「……なんだあれ」

 黒煙が上がっている光景と人々の様子に温度差がありすぎて思考がフリーズしている。マキも同様で、俺のこぼした言葉に無言で肩をすくめる。

 わからん。この街が俺には理解できん。

 幸い、朝靄の街までの乗合馬車がつながっているようなので、この街は放っておいて置いてきてしまったジョージさんと合流しよう。

 そう考え地図が貼られた掲示板を眺めていると、如何にも偉そうな感じのおっさんが現れた。

「よォォォォうこそ! ここは霧の国随一と謳われる鉱山村だよ!」

 ……強烈なキャラなようだ。

 燃え上がる火炎に負けず劣らずの熱量で声を掛けられたのでなんて返していいか考えていると、いち早く我に返ったマキが口を開いた。

「どなたですか?」

「ああッ、申し遅れたぁッ! ワシこそがこの『フレイム鉱山村』の村長ミスターフレイムさ! この村のことならなんでも聞いてくれたまァァァえッ!」

 紳士的な振舞のつもりなのだろうか。着けてもいない帽子を脱いで頭を下げる仕草をし、それでいて不釣り合いな圧倒的声量と熱量で自己紹介してきた。

「これはどうもご丁寧に。俺はスターグリーク家経理部長の青木健次郎と申します。以後、お見知りおきを」

「一人部署じゃないですか。……アタシはスターグリーク家でソフィア様の専属従者をやっているマキです」

 順に素性を名乗って一礼。

 滅びかけの家で人がほとんどいないとはいえ、一応は貴族の家なので友人兼仲間枠の俺たちにもこのような肩書がある。……ように振る舞え、というのは以前ソフィアに命令されたことである。正直、慣れたものだと思っているのは俺だけで、雑務を与えられず屋敷で暇してる……ソフィアと書物を読み耽っているマキは肩書通りの実感はないらしい。

「なんとッ! 大貴族ではございませんかッ! 熱量がウリの我が村ですが、ぜェェェひともお寛ぎください!」

 と言われて、手を揉まれるマキ。村長と名乗ったフレイムさんは気づいていないようだが、汗だくな手でこねくり回されているマキはそれはもう嫌そうな顔をしていた。

 この場にいないとはいえソフィアの関係者だと名乗っているので、彼女の顔に泥を塗らないよう丁寧に村長さんの手を引きはがしたマキ。よく振り払わなかったし手を拭かなかったな。偉いぞ偉いぞ。

「そうしたいところではあるのだが、実は人探しをしているんだ。観光で来ているわけではないから長居はできないが、世話になる」

 俺たちは、足早に街の中へと入っていった。

 街の入口で熱烈な歓迎を受けた割には通行人に声をかけられなかったため、マキと相談し夕食前に宿をとることにした。

「確か、地図によるとこの辺に……ありました! あそこは全国の冒険者ギルドが協賛する冒険者向けの系列宿泊施設です」

 お目当てが見つかったようで、俺の手を引いて駆け足で建物の前までやってきた。

 宿屋を指さしてマキが説明を続ける。

「普段はソフィアの行きつけを使っているので比べてしまうと設備は質素ですが、冒険者向けの安否確認サービスやギルドじゃないとできない手続きの一部が受付でできるという便利さと安さがウリなのです。はぁ~、この宿を使うとケンジローたちと会う前を思い出します」

 決して短くないという、マキの冒険者歴を振り返るようにうっとりしだした。

 俺たちのパーティに入る前は時折臨時パーティに入りながら一人で活動してきた彼女にとって、長い間お世話になった思い出を感じるのだろう。

 しばらく余韻を味わったマキは、「さあ、行きますよ!」と言いながら俺の手を引く。

 入ってみると、どこの街にもありそうな質素ながら清掃の行き届いたエントランスが広がっていた。

 建物に入ってすぐ、スタッフに声をかけられた。

「おかえりの方ですか? それとも、本日から宿泊される方ですか? 本日から宿泊される方は、あちらへまっすぐ進んだ受付へ」

 スタッフさんの指示に従い受付カウンターへと向かう。

 手慣れているらしいマキに手続きを任せようかと考えていると、建物の外から誰かが駆け込んでくる音に気付いた。

「はぁ、はぁ……。やっと見つけました! ケンジロー殿、マキ殿。ご無事でしたか⁉」

 荒い息とともに聞こえた声に釣られて振り返ると、そこには肩で息をする顔色の悪いジョージさんの姿があった。







 ひとまず宿の大部屋を確保した俺たちは、息を整えたジョージさんと互いが持つ情報を交換した。

 俺たちからは厄介な魔物と交戦していたことを伝えると、ジョージさんから有用な情報をもらった。

 一つは朝靄の街への被害が軽微であったこと。もう一つは、何者かに切られて大怪我を負っていた中性的な容姿の者がソフィアを抱えて歩いていたという目撃情報が挙がったこと。

「それがこの街だったということか」

 呟くように言葉をこぼすと、ジョージさんは頷いた。

 確かに耳寄りな情報だ。しかし、俺たちの足で二十時間近く歩いた距離の集落からの目撃情報か。相当遠回りしたとはいえ、歩くペースを考慮すると最長で百キロメートルほど離れている可能性もあるのだ。

「こんな時にするような指摘じゃないとは思いますが、目撃情報が人違いかもしれませんよ」

 ちょうど俺もその可能性を考えていた。それを代弁するようなマキの言葉に、ジョージさんは確信をもって否定した。

「わたくしも人違いであることを考慮し情報の裏を取りました。しかしながら、近年の情報屋というのは腕が立つようですな。ソフィア様が身に着けてらっしゃるペンダントがわかる様子を念写魔法に残していたようでございます」

 なるほど。ジョージさんはこの状況で嘘をつくような人でもなければ騙すメリットもないはずなので信じていいだろう。

「優秀な情報屋だ」

 ぜひとも、日本へ帰るためのツールも念写で教えてほしいものだ。

「それはそうと、中性的な容姿か。……もしかすると、ソイツってやたら光る獣人みたいな人物じゃなかったか?」

 中性的な見た目の者などごまんといるが、朝靄の街からこの街まで人を担いだまま短時間で移動できる奴がそう何人もいてはたまらない。

 魔物のスターを自称していたアイツが膨大な魔力を有しているのは、おととい対峙したマキとソフィアから聞いていた。座標調整が難しいとはいえ、転移系の魔法を駆使すればこの街までひとっとびで来れても不思議ではない。

 あくまで可能性の一つ。

 そう思いながら聞いてみると、ジョージさんが一枚の写真を取り出した。

「モノクロでございます故、色までは判別できませぬが」

 テーブルに置かれた念写による写真には、確かにソフィアを抱きかかえた人物が写っていた。

「コイツで間違いないと思うのです」

 俺の隣から写真を覗き込んでいたマキがそう口にする。

 発光が強くシルエットから判断するのが精いっぱいだが、確かにコイツがスターで間違いないだろう。

「マキの言う通り、この人物を探し当てればソフィアを救出できるだろう」

 そうと決まれば早速行動に移すべきだ。

「ソフィアの命がかかってますからね!」

 疲労が蓄積しているであろうマキだが、微塵も感じさせない声である。

 正直、あの弱々しい感じの自称スターにソフィアを傷つけられるとも思えないが、楽観視すべきではないだろう。

「では、こちらの品をお使いください。お二人の体力を回復してくれる秘薬でございます」

 ジョージさんに渡された秘薬を口にした瞬間、体からスッと疲れが抜けていく感覚がした。

「すごい秘薬なのです。高価なものなのではないでしょうか」

 抜群な効き目にマキが驚嘆の声をこぼす。

 声には出さなかったが、俺も秘薬の効能から貴重品を使わせてしまったのかと思ったくらいだからだ。

「非常事態です故、出し惜しみはできませぬ」

 暗に当然のことだと答えるジョージさん。

「任せてくれ。貴重品を使ったに見合う成果を出してくるさ」

「ええ、任せてください! ソフィアはアタシたちの大切な仲間ですから!」

 こうして、俺たちは夜の街へと繰り出た。
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