けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

薔薇に認められし者達

 ──数日後。

 戦いの疲れが癒えた俺たちは、賑わう商店街を尻目に辺境伯の屋敷へと歩いていた。

「それにしてもお祭りみたいね」

 まるで大漁だったときの市場みたいな様相だが、売られているものはいずれもイカ料理ばかりだ。

 それもそのはず。

「落下したクラーケンが見つかったわけですからね」

 マキやソフィアの言う通り、先日の竜巻で吹き飛ばしたクラーケンが街の近くで発見されたのだ。

『うまいよー! うまいよー! イカ焼き、うまいよー!』

『出来立てほやほや! 冒険者特製のスルメは如何ですかー!』

 なんで数日のうちにスルメが出来上がるんだよとツッコミを入れたくなるが、気にしたら負けである。

 なにせ、この世界には魔法というものがあるのだから。どうせ魔法で温風かなんかを当て続けたに違いない。

「にしても、この街の人間はバカなのか? 他所から来た見知らぬ輩が勧めた料理をこんな大々的に祭りのネタにしてしまうなんて。それに例の喫茶店──おっと、これは失言だな」

 いくらコイツらと言えど年頃の女性だ。この街に風俗があったとか言えない。

 それはそうと、露店で買ったイカ焼きを頬張りながら後ろをついてくる『月夜見』を見ていると、正しく作り方を伝えられたことが分かる。間違った料理法が伝わってそれが文化になるというのもなかなか乙なものではあるが、おいしい物はおいしく作るべきだ。

「この街は強い者こそ正義ですからね。クラーケンを退けたアタシたちが提案した料理が受け入れられたのも必然なのです」

 そんなマキの言葉を聞いて納得した。

「もぐもぐ……んく。そういえば、クラーケンを倒した帰りも冒険者たちが沸き上がっていたいたね。フフン、まあ悪い気分じゃなかったよ」

 一本目のイカ焼きを食べきった『月夜見』が自慢げに言う。

 なお、彼女はクラーケンを竜巻で飛ばす際に一ミリも貢献していない。

 それまで、連日の挑戦で支援に徹していたため、今更意地悪く言及するつもりはないが。

「そういえばあの戦いでまたレベルが上がったわ。スキルポイントが貯まってきたけど、何か覚えてほしいスキルはあるかしら」

 クラーケン討伐におけるMVPであるソフィアが俺たちに問いかける。

 人類の間で広く普及している魔法系スキルはすべて習得済みだと豪語する彼女にとって、もはやスキルポイントなどあっても意味がなさそうだが。

 マキと『月夜見』とも目を見合わせて、一つ思い浮かんだ。

 どうやら俺と同じくマキと『月夜見』も、ソフィアに覚えてほしいスキルを思い浮かんだらしい。

 図らずも同時に考えがまとまった俺たちは、一斉にソフィアの問いかけへと答えた。

「料理スキルだな」

「掃除スキルを覚えるべきなのです」

「洗濯スキルかな。この前、洗濯の仕方がわからないって呼ばれたときには驚いたよ」

 これはひどい。

 三分の一は俺とはいえ、ソフィアの生活力の無さがここにきて悪さをした。

 ただ一人家事系の当番を割り振られていないソフィアも自覚があるのか、俺たちの失礼極まりない言動にも居心地悪そうに目をそらすだけだ。

「……ねえ。そんなにひどいかしら、私」

 ソフィアの問いかけに答えるものはいなかった。

 言い換えれば、それが答えである。

「辺境伯の屋敷が見えてきましたよ! 心の準備をしておいてくださいね!」

 道が続く先を指差してマキが言う。

「そんなにひどい? 本当に料理スキルとかとった方がいい?」

 確かにあの辺境伯には一度腕を潰されているので警戒はしているが。

 今回は討伐依頼を果たしたことの報告なので、大事になるとも思えない。

 気張り過ぎず、けれども適度に緊張感をもっていればいいはずだ。

「僕たちがあのクラーケンを倒したと知った辺境伯の表情が今にも頭に浮かんでくるね!」

「数日も経ってて報告一つ入ってないわけあるか。だがまぁ、初めてクラーケン討伐の報告を耳にした辺境伯の顔は気になるな。……よし、少し早歩きで行こう。行きかけに菓子屋があったはずだから、手土産を選ぶんだ」

 いいですね! と言ってついてくるマキや、食べ物に釣られてそわそわする『月夜見』を連れて歩みを進めた。

「ねえ聞いてるの? ねえ聞いてよ⁉」







 ──数十分後。

 辺境伯の屋敷へやってきていた俺たちは、手土産が置かれたテーブルを挟んで向かいに座るフロート辺境伯の言葉に黙らされていた。

「繰り返しになるが、先の竜巻での被害はその書類の通りだ。農業への物的被害一二七〇〇〇シルバー、公共道路の復旧にかかる費用三四〇〇〇〇シルバー、溶けない氷の撤去依頼四〇〇〇シルバー、脆弱になった堤防の補強工事が七二〇〇〇〇〇シルバー。それから落下したクラーケンが押し潰した空き家の解体費用が六〇〇〇〇シルバー。計七七三一〇〇〇シルバー。これらの費用を私が負担した」

 すいません。本当にすいません。

 辺境伯の圧がすごい。

 日本円に換算すると七億円以上の支払いが突然舞い込んできたんだ。そりゃ、辺境伯もお冠だろう。

 どう許しを請おうかと考えていると、隣から誰かに袖を軽く引かれる。

 振り向くと、不安そうな顔をしたソフィアが何かを伝えるべく耳打ちしてきた。

「ねえ、ウチで弁償できる金額かしら」

「金自体は問題ない。だが、友好関係を結ぶ以前の問題になってしまったな」

「うぐっ」

 普段は勝気なソフィアが委縮してしまうのも無理はない。

 先日の竜巻は俺たちを襲ったあと、およそ一キロメートルほど農耕地を駆け回った後消滅した。

 少なくとも竜巻が通過した土地からは今年の収穫は期待できないだろう。

 なので、先ほどから辺境伯の怒りをどう鎮めようかと思案していたのだ。

 そんな俺たちの気を知ってか知らずか、大事なことなので二回言った辺境伯は咳ばらいを一つ入れるとマキを指名した。

「冒険者マキ。前へ来たまえ」

「は、はい!」

 パッと見は冷静に見えるように振る舞うマキは右手と右足を同時に出して歩いていた。

 緊張感たっぷりの彼女に、辺境伯が口を開いた。

「この度はクラーケン二頭の討伐を成し遂げたと耳にした。よって、報酬を支払おう。また、依頼の対価としていた霧の国との同盟関係についても同意する。有事の際には霧の国への援軍を約束しよう」

「本当にすみませんでし──へ?」

 腰からねじ切れるのではないかと思うほど全力で頭を下げていたマキは、辺境伯の言葉を聞いてフリーズした。決して、本当に体がねじ切れて動かなくなったわけではない。

「薔薇の街において強さこそ正義だ。クラーケンを二体まとめて討伐した君たちは、この街で称賛を浴びるに値する存在であると言える。故に、この街を代表して、君たちが求めた同盟関係を承諾することにしたのだ。無論、クラーケン討伐に伴い生じた損失については私が全額負担する。その他に要求はあるだろうか」

 あまりの超理論に俺たちが絶句していると、辺境伯がそう続けた。おそらく、俺たちがまだ何か要求していると思ったのだろう。

「……ねえ、意図が見えないんだけど。アンタ何かわからない?」

 耳打ちするくらいなら自分で辺境伯に質問すればいいだろ。

 そういう意図で睨みつけると明後日の方へ向かれた。

 俺としても鵜呑みにしていいものかと思考を巡らす。

 クラーケンが倒れた今この街を揺るがす脅威はない。そうなれば貿易が目的か?

 この街はもとより戦力を売りとする一つの大規模な傭兵団を想起させる組織構造をしている。となれば、戦力の提供を対価に収入を得るつもりだろうか。

 霧の国にも氷の都をはじめ冒険者や騎士団が強力な都市は複数ある。その線での貿易が目的であればあまり都合がよくないと思うが。

 強いて言うなら、霧の国には鉱山村フレイムという世界有数の鍛冶の村がある。傭兵用の装備を調達するなら貿易相手としてはもってこいだと思うが、本当にそれだけが目的だろうか。

 いまいちフロート殿の意図が読めない。

 頭を悩ませていると、俺たちを代表するようにマキが辺境伯の手を握った。

「個人としては色々思うところはありますが、同盟の締結をありがたく思うのです。薔薇の街が窮地に陥った際には、霧の国が全身全霊を尽くしてフォローすることを約束します」

「ま、マキ⁉ い、いいのかい、そんなことを言って!」

 決断力の塊過ぎるマキの言葉に『月夜見』が怯えだす。

 俺たちが悩んでいることくらいマキも察しているはずだが、俺たちの中で一番この街をよく知る彼女のことだ。大丈夫だと判断したのだろう。

 マキに対する信頼の答え合わせをするように、こちらへ振り向いたマキが。

「貴族の従者としては未熟ですが、娘として父親の考えることくらいお見通しなのです。強くあることを何よりも至高とする父のことですから、この件において悪だくみはしていないはずですよ」

 エビデンスなど一つも取れていないのに妙に説得力のある言葉だった。

 まあいいか。熟考したところで、一介の使者に過ぎない俺たちにできることは少ない。

 それなら、ここは素直に同盟関係を結んでおこう。王女へはいい報告の一つとして持って帰るだけだ。

「私の娘は修行に出た切り姿を見ていないつもりだったが……まあいい。それより、ソフィア殿。この街を発ったら次はどの街を訪れるつもりだろうか。クラーケンスレイヤーである君達には可能な限り支援したい故、交友関係のある貴族が収める街であれば親書を書こう。その他、質問には可能な限り答えよう」

 打算的な考えをしていると、フロート辺境伯がそんな提案を持ち掛けてきた。

 確か、次の街は。

「葉薊の街よ。その町は花の国でもっとも大きい行商ギルドがあると聞いたわ。そこへ向かうつもりでいるわ」

 難読街名花の国編で毎年正答率が低い街だという認識くらいしかないが。ちなみに、はあざみと読むそうだ。

 読みと書きが一致しなくて夜中ソフィアたちが寝た後にこっそり調べたのは内緒だ。

 次の目的地を聞いた辺境伯は、普段の鉄仮面が輪をかけて難しそうな表情をしだす。

 曰くつきなのだろうか。いやだなぁ。

「葉薊の街。別名、アカンサスの街。あの街の門をくぐるには一風変わった技能が求められる。ソフィア殿たちを低く評しているわけではないが、あの街は避けた方が無難だろう。無論、霧の国の立場で考えれば味方に引き入れるべき街だとは言えるが」

 本当に嫌だ。

 なぜなら、この辺境伯がこれほどまでに言いづらそうにしているからだ。

 事情を知っているらしいマキが、立場上色々言いづらいであろう辺境伯に代わり説明を続ける。

「花の国が誇る芸術の街なのです。他国との貿易の要所でもあった葉薊の街は、旅に疲れた行商人に笑いを届ける宿場町として栄えていったのです。そういう経緯があって、今ではこの国における行商ギルドの本拠地にもなっているのです。それで、検問内容なのですが」

「検問官を感動させるか笑わせる。しかし、笑いにも感動にも経験豊富な検問官の精神を揺さぶるのは至難の業なのだ。故に、無駄足に終わる者が後を絶たないのだ。例外があるとすれば、葉薊の街に戸籍を置く者が団体にいることと、構成員すべて国内の者であることを条件に検問をパスできるが。君達は霧の国の者だろう」

 芸術の街とかいう響きからは想像もできない、斜め上過ぎる面倒くささだ。

 この国の重鎮たちを味方につければ、この国全体の意思を霧の国との同盟締結へと向けることができるという計画であったが、葉薊の国がダメとなると中々厳しいものがある。

 葉薊の街に行くか否か。選択を委ねるようなソフィアの視線にスルーを決め込む。

 そういうのはお前が決めろ。

 俺の意図が伝わったのか、ソフィアは一瞬苦い顔をしたのちすぐに笑顔に。そして、辺境伯へと返事をする。

「親切な忠告をありがとう。この話は一度考え直しますわ。それとは別件で──いえ、なんでもないわ。忘れてちょうだい」

 何かを言いかけてひっこめたが、いったい何を言うつもりだったのだか。

「そうか。なら、今回はお開きとしよう。ソフィア殿並びにその一行の、今後の旅路が有意義なものであることを祈っている」

 こうして、薔薇の街の信頼を勝ち取ることに成功した。
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