けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

大地の胎動

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 ──地震発生から数分後。

 瓦礫を退かしながらなんとか本館があったと思わしき場所へと戻ってこれた。

 本館は一部の壁が面影を残していることを除き原型がなくなっている。右館左館は本館ほど崩れていないが、もう修繕は不可能だろう。

 街中の至るところから土煙が上がっている様子をみるに、今回のが罠等による爆発ではなく地域全体を襲った地震災害であるという直感が正しかったと証明された。そんなこと、なんの救いにもなりはしないが。

 当然、日本にいた頃にも地震を経験したが、体感の震度は五強といったところだろうか。

 もっとも、こちらと日本の耐震基準など比べ物にならないほどの差があるので、ご覧の通り揺れの強さに対して被害は大きい。

 しばらくしているうちに街内放送が響き渡ってきた。

『大地震発生! 大地震発生! 倒れやすい家屋や外壁などには近づかず、お近くの避難所へ焦らず冷静に向かってください!』

 アナウンスの声からは隠しきれない焦燥感と絶望が伝わってくる。

 無理もないだろう。霧の国で周辺諸国の歴史を調査した際、地震の頻度が少なくて驚いたくらいなのだ。今アナウンスで必死に避難を呼びかけている人も経験したことないはずだ。

 何かしらの形で手を貸してやるべきだと考えていると、瓦礫の一部が浮き上がりそこから魔法でバリアを張ったソフィアが出てきた。

 こちらに気づいたソフィアが瓦礫の上を駆けてくる。

「よかった! ケンジローは怪我とかしてない⁉」

「左肩を少し擦ったがそれ以外は無事だ。ソフィアこそ怪我はなかったか?」

「私は揺れ始めた瞬間から魔法で守ったから平気よ。それより、支援魔法とか何もかかってないアンタが生き埋めにならなくてよかったわ」

 はぐれたあとも一人で寂しい……怖い思いをしたであろうソフィアだが、そんな様子を悟らせないよう気丈に振る舞っているのがわかる。本当は怖かっただろうが、それでも俺の安否を優先してくれるような、他者への慈しみや配慮がコイツの魅力だと再認識させられた。

「安心してくれていい。俺のことはいいから、先にマキと『月夜見』と合流するんだ。俺は災害対応の支援をしてくる」

 アナウンスの通りなら街の中心部は未曽有の大混乱に陥っていることだろう。

 そして、住人たちを統制する役員たちとて地震の対応など習っていないはずだ。少なくとも、霧の都の災害対応マニュアルに地震対策なんて書いてなかったし、ジョージさんに聞いても地震が少ない北西諸国では見かけないとのこと。

 となれば、大きい余震が起こる前に住人が崩れやすい建物に近寄らないように促さなければなるまい。

「……そうだ。こんなのを見つけたからお前に預けておく。帰ったら王女様に報告した方がいい書類だ。それじゃ、危ないことはするんじゃねえぞ」

 何か言いたそうなソフィアに捲し立てるように伝えるべきことを伝えた俺は、全速力で街の中心部を目指した。







 ──夜半過ぎ。

 日が暮れて生き残った人々が避難所で食事をとったのを見て回った俺は、崩落を免れたフロート辺境伯の屋敷へ身を寄せていた。

 というか、ソフィアたちが先に辺境伯の屋敷にいると聞いたから避難所ではなく屋敷へ行ったのだ。俺は厚かましくないはずだ。

 被災した街の世話になることに罪悪感を覚えるが、その分くらいは街に貢献したと思うことにした。

 ソフィアと離れた後、俺は街にいくつかある避難所を回り、片っ端から魔導拡声器を用いて指示を出していた。

 日本では当たり前とされる震災直後の動きが、この街ではほとんどの住人ができていなかったのだ。

 幸い、これほど建造物への被害があったにもかかわらず、死者は奇跡ともいえるゼロだった。ベテラン冒険者がそこら中にいるため、地域の共助がいい方向に働いたのだろう。怪我人は少なくないが、命に係わるレベルの怪我を負った者は街の聖職者たちが優先的に治療を進めているそうだ。軽傷者については明日、ソフィアが避難所を回って治療にあたると言っていた。

 余震対策もばっちり叩き込んでやったし今日のところは休んでいいだろう。さすがに色々あり過ぎた上にインフラが止まったため風呂に入れず不快感を覚えるが、いったん寝てリセットしよう。

 そんなことを考えてぼんやりしていると、宛がわれた部屋の扉が叩かれた。

「ケンジロー殿、起きているだろうか。災害の件で近隣の街と情報交換ができた。優れた対応力を見せた貴殿の意見を聞きたいのだが、付き合ってもらえるだろうか」

 フロート辺境伯の声だった。

 微かに疲れを感じさせるトーンから察するに、こんな遅くまで近隣地域の偉い人たちと連絡を取り合っていたのだろう。

 仕方ない。ソフィアたちは寝ているかもしれないが、ここは俺が同盟関係が確固たるものだと証明すべく力になるとしよう。

 着替えたばかりの衣服から後ろの部分が長い執事服へと着替え直した俺は、フロート殿が待つ応接室へと向かった。

 ほどなくして応接室に入り室内を見渡す。既にフロートさんとソフィア、それから初対面の貴族らしい初老の男性が二人いた。この二人がフロートさんと連絡を取り合っていたという方々だろう。

 俺が席に着いたところでフロートさんが音頭を取り会議を始めた。

「では、揃ったので始めよう。まずは状況確認から行う故、手元の資料に目を通しつつ──」

 近隣地域まで含めた全体的な状況を知らない俺とソフィアに向けた状況説明が始まった。

 要約すると、二名のおじさんたちはそれぞれ葉薊の街と睡蓮の街を治める貴族だという。そして、その街との位置関係や被害についても知ることができた。

「以上になるが。ここまでで気になったことはあるだろうか」

 フロートさんの言葉に、隣の席にいるソフィアが挙手。

「霧の国より友好の使者として訪れているソフィア・ラン・スターグリークと申します。早速ですが、一点確認しておきたいことがあります。この度の地震は自然発生したものでしょうか。それとも、土属性に秀でた魔物の仕業でしょうか」

 なるほど。さすがは異世界。

 自然災害に対して、何者かによる攻撃の可能性まで考慮する必要があるのか。

 そういえば、ソフィアも竜巻を起こす魔法を使えるもんな。だが、ああいう魔法は確か。

「ちょっと待ってほしい。ソフィアの言わんとすることはわかるが、災害を再現する魔法って威力は本物より低いんだろう。あんな本物みたいな規模の地震を起こせるものなのか?」

「それは、術者が人間に限った場合の話よ。例えば、ドラゴンを使役できる人が強い地龍を使えば大きな地震や地割れだって起こせるはずよ」

 まあ、そもそもドラゴン自体が気まぐれで使役しづらいうえに、ある程度年齢を重ねた個体でないと無理でしょうけどね。と、ソフィアが付け加えた。

 つまり、悪意のある人物が権力を持っていた場合、貴重なドラゴン使いと強力なドラゴンをカネで用意して悪事を働くことも可能といえば可能なのか。

「疑問は晴れた。ありがとな」

 感謝を伝えるとドヤ顔を向けられた。少しウザいが頼りになるので放っておこう。

 ソフィアの説明を聞いて拍手で応えた者が一人。葉薊の街を治める貴族が先ほどのソフィアの問に答える。

「まだ詳細な術者は割り出せていないが、地震が強かった集落から土属性の魔力痕が確認できた。地震を起こす魔法によるものとみて間違いないでしょうな」

「ありがとうございます。術者次第では私たちで対応できるかもしれませんので、何かわかったことがあればまた共有してください」

 そう告げるソフィアの手首を、テーブルの影で見えないように気を付けながらチョップする。

 少なくともドラゴンが使役されているかもしれないレベルの相手なのに安請け合いするんじゃない。

 一瞬恨めしそうな視線を向けられたが、俺は何も悪くないはずなのでスルーの姿勢。

「頼りになりますな。いや、スターグリーク家ご令嬢の活躍は、隣国である我が国でも有名でございますからな」

 そうか。有名なのか。これは使えそうだ。

 もし困ったら『あの有名な霧の賢者だぞ』と喧伝して回ろうかと考えていると、俺の黒い思考に気づいていないであろうソフィアが袖を軽く引いてきた。

「恐縮です。……ですが、魔術戦には心得がありますので、任せてください。そこで、具体的な術者の居場所が分かればいいのですが」

 袖を引いた意図は、術者がどこで魔法を使ったのか炙り出せということだろう。

 詳しい計算は地学を習えば日本の大人は誰でもできるはずだが。

 素直に専門家ヅラするのも悪くはないが、ここまで返答以外で喋っていなかった睡蓮の街の領主がフロート辺境伯の隣へと移動した。

 震源を把握できているのだろう。この世界ではメートル法などほとんど普及していないが、いったいどれほどの精度を見せてくれるのだろうか。少し楽しみである。

 ちなみに、メートル法を含むSI単位系を流行らせようと躍起になった結果、この頃は少しずつ学者の口から単語を耳にすることになった。ヤードポンド法なんかに負けてたまるか。このままこの世界で初であり唯一となる国際単位系の座を獲得するのだ。ヤーポン滅ぶべし。

 そんなことを考えているうちに、壁に大きめの地図が貼られていく。

 縮尺は薔薇の街と葉薊の街、それから睡蓮の街がすっぽり収まる程度だ。

 葉薊の街と薔薇の街は比較的近く、それぞれ東西に二百キロメートルほど。睡蓮の街へはここから北へ五百キロメートル以上ある。余談だが、首都までは直線距離でも北北西へ千キロメートル以上あったと記憶している。この距離を半日で走破する王家御用達竜車のすごさを改めて理解した。だって、東京博多間を新幹線で移動するような時間感覚なのだから。現代日本ならいざ知らず、科学技術の水準で劣るこの世界での足としては意外だと言わざるを得ない。

 そんな位置関係にある三つの街でそれぞれ強い揺れを観測したというのだから、恐ろしい規模の地震であったことがうかがえる。

 そして、地図上に円が書かれているが、どうやらその範囲のどこかが震央らしい。

「半径六十キロメートル以上ありそうな円だな。……ソフィアはあの円を見て、魔法の分析と術者の追跡はできそうか?」

 話を聞きながら、微妙な表情を浮かべるソフィア。

 そんな彼女に念のため聞いてみるが。

「無理に決まっているわ」

 即答された。そりゃそうだ。

「せめて、この十分の一くらいの面積なら、現場の痕跡とかを見て術者を追跡できそうだけれど」

 ソフィアのそんな言葉を聞いて、ようやく自分の出番が来たと確信した。

 挙手をして困り顔を浮かべる貴族三人に発言許可をもらい、地図の前へ移動する。

「葉薊の街と睡蓮の街の初期微動継続時間……ああっと、揺れ始めてから揺れが強くなるまでの時間を教えて下さい。計測に必要なんで」

 あぶねえ。地震に疎いこの辺りの人に伝わらないことを言うところだった。

 貴族相手に知識をひけらかしに来たわけではないのだから、敵愾心を煽るような言動は控えれば控えるほどいい。

「ある程度の精度があれば体感でもいいですよ」

 そう言ってやると、葉薊の領主と睡蓮の領主が互いに目を見合わせ、順番に答えた。

「十二秒、いや十三秒ほどだったと感じましたぞ」

「睡蓮の街では強く揺れるまでかなり長かったのう。一分は経っていないだろうが、十秒くらいは誤差があるだろう」

「そうですか。ありがとうございます」

 メモを取りながら生返事。礼節に欠く態度だが計算中なので許してほしい。

 薔薇の街では二十五秒ほどだったのを数えているので、これで震源の深さまで割り出せそうだ。

「震源との距離が八キロメートル離れるごとに一秒長くなるから……。算出できた。ソフィア、これならどうだ」

 初期微動継続時間がそれぞれ体感なので誤差はあるだろうが、ほとんど点と言っていい範囲にまで魔法の発動地点を推測できた。

 一連の計算を見ていた偉い大人たちも関心をもってくれたようで自己肯定感が爆上がりする。

 現代の知識で無双する異世界でのお待ちかねイベントである。

 思えば、これまでは剣と魔法の冒険者生活かと思いきや普通に銃や地雷が存在するわ、貴族同士のえぐい腹の探り合いとかを目の当たりにしてガッカリしていたっが、ようやくそれっぽい体験を得られた。

「いけると思うわ」

 新たに地震魔法の発生地点を割り出した地図を見てソフィアがハッキリ言い切った。これには貴族連中もいい反応を示す。

 ここまでとんとん拍子で事が進んでいるが、震源地を割り出した俺が言うのも憚られるもののすごく不安だ。

 というのも、日本人の感覚からしても大地震と言っていいであろう震災が震源付近では起きていたと容易に想像がつくからだ。

 人間が使う災害を再現する魔法はいずれも局所的かつ本物には威力面で遠く及ばない。にもかかわらず、おそらくものと思われる魔法でこれほど大規模な災害を起こったのだから、相応の存在が確実にいるということだ。

 今までなんだかんだ強敵と渡り合ってきた俺たちだが、今回ばかりはきついと思う。

 しかも、このまま話が進むと多分。

「さすがは賢者殿! 術者の特定と討伐。討伐が叶わぬなら撃退あるいは封印を任せたいが、期待していいですかな?」

 やめろジジイ! 単純でまっすぐなソフィアを唆すんじゃない!

 友好の使者としての職務を逸脱しかねない展開に、俺はソフィアに耳打ちする。

「いいか、ソフィア。引き受けるのは術者の特定までだからな。それ以上は命を落としかねない」

 ソフィアの返事はない。

 代わりに、ゴミを見る目を向けられたので、それが返答だろう。

 それでもいい! 罵倒くらいなら甘んじて聞き流してやるから、その賢い頭で請けるべきかの線引きはしっかりするんだぞ!

 祈るようにテーブルの下で両手を組むなか、考えがまとまったらしいソフィアは貴族たちに返答する。

「術者と魔法の特定までは約束します。しかし、国際法に則り術者への武力の行使は致しかねます。あくまで私たちは霧の国の使者ですので、その職務の範囲内でのみ協力しますが、それでよろしいですか?」

 不安鹿なかったが、意外にもソフィアは線引きをキチンとしていた。

 俺に言われずともなんとかなったのかもしれないな。

 いや、違うな。

 このメスガキ、俺を見る時と同じ目を貴族たちにも向けている。当の本人らは美少女に睨まれたところで痛痒も感じないだろうが、俺にはわかる。

 自国のことくらい自国で解決しろ、と。暗にそう言い捨てているのだ。

 ……コイツ俺のこととやかく言えないな?

「そ、そうですか。それは些か残念ですな。仕方ありませぬが、術者の件は任せましたぞ」

 葉薊の領主が返事をすると、フロートさんと睡蓮の領主も頷いた。地震魔法の調査についてはこれでいいとして、あとは災害対応についてどのように連携するか話すだろうし、俺とソフィアの役目はここで終わりだろう。

 気分転換に深呼吸すると、その瞬間ドッと眠気を感じた。

 意識していなかったが結構疲れたらしい。

 もっとも、それはソフィアも同じらしく。

「わたくしとケンジローでお茶を淹れてこようかと思いますが、お砂糖は入れますか?」

 彼女は貴族の御三方に問いかけた。

 娘世代の美少女の気の利いた言動に葉薊と睡蓮の領主が露骨に気分良さそうにしたまさにその瞬間だった。

 思わずホッとした会議室の雰囲気を嘲笑うように、建物が揺れ始めた!
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