けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

呪いの序章

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 ──ひとまず『傍受』スキルを使い、店内から敵の数と行動目的を探ってみる。

『第二小隊、第三小隊はそれぞれ東西の路地裏から裏口へ。第一小隊、第四小隊、第五小隊は制圧準備を』



 あー、なんて便利なスキルなんだー。

 しかも、警告を行う前に包囲態勢を整えていないというところも弛んでいる。相手の弱みもばっちりわかる。

 惜しむらくば。

「こ、ここ……今回の件、いったん無かったことに……!」

 事業のキーとなっている魔法道具店店主が怖気づいてしまった。これで、やらなければならない手間が増えた。

 はぁ、仕方ない。リスクは上がるがこれ以外の方法は局面を悪くするだけだろうしな。

「店主さん。そこの棚にある爆薬シリーズを一セット譲ってくれ。なに、民間人を巻き込む真似はしない」

「物騒すぎます! ……ああ、そんな大金! って、あっ!」

 必要以上に反論されないよう矢継ぎ早に伝えた俺は、料金の二割増しのカネをカウンターに置き、棚からビンが詰まったケースをひったくった。

 もはやどこに意識を集中していいのかわかっていなさそうな店主を置いて俺は店の扉をくぐった。

 店を出てすぐに敵勢力の姿が確認できた。

 見た目からして騎士団だろう。この街の騎士団は街に拠点を置くどの貴族階級からも命令を受けるらしいが、いったいどこのどいつの差し金か。

 どう聞き出そうかと考えていると、代表と思わしき少し豪華な紋章を付けた騎士がランスを突きつけてきた。

「武器は持っていないな? 確認次第、貴様を拘束する。なに、抵抗しなければ危害を加える気はない。……判決が下るその日まではな」

「ほう? この街は騎士風情が随分と大きい顔をするのだな」

 今の一言でこちらの逃げ道を塞ぐようにして並んでいた騎士たちの目に一気に怒りの気が帯びたのを感じる。

 というか、俺一人捕まえるために手配された騎士の数が多いな。見える範囲で十六人か。更によく観察すると一小隊五名だろうことがわかる。裏手に行った連中を合わせて二十六名か。

 それらは皆よく鍛え上げられていて、そんなのに睨まれれば並みの大人でも委縮するだろう。

 そんな中、たった一人挑発に乗らず淡々と手枷を嵌めてこようとする隊長格を思われる男の精神力に感心していると。

「むっ? 貴様、懐に爆薬を仕込んでいるな⁉ 無駄な真似を! まあいい、それ以外の武装がないのであれば取り上げるまでだ。いいか、動くな。指を一つでも動かせば貴様の命はないものと思え!」

「なにが貴様の、だよ。お前が俺を斬ったとき、命はないのはここにいる騎士団と近隣住民もだぞ」

 瞬間、騎士団の連中に僅かな動揺が走った手ごたえを感じる。

 だが、強心臓の騎士隊長には効かないようで。

「ふん! 所詮はったりだろう!」

 そんな風に恫喝された。

 本当に爆発する……と思うのだが、あえてポーカーフェイスを貫く。本当に使った際に不良品だったらやられ損だからである。あくまで抑止力として使うつもりだ。

「高確率ではったりだったとして、そうならばお前は俺を斬るのか? ここにいる騎士団員一人ひとりに帰りを待つ家族がいたとして、爆発の可能性を拭えないまま斬るのか? 合理主義なのは共感できるが、時と場合は考慮すべきだ」

 なんだか楽しくなってきたので、騎士隊長を脅すように警告してみる。

 部下想いの人間ならここで安易に斬りかかる真似はしないはずだ。逆にそうでないのなら、そんな奴が人望を集めているとも考えにくいのでやりようはある。

「こんなことは言いたくはないが、君の仲間の少女たちは既に捕えてある。騎士道に反する言動だが、貴様を穏便に連行できるのなら己のポリシーを曲げることさえ厭わぬ!」

 これだけの数的有利を用意しておいて今更どの口が言うんだという話だが、ソフィアたちを人質に取られている以上迂闊な言動は控えねば。

 本当にどの面が、というツッコミを入れたくなるが、この騎士隊長とて苦虫を噛み潰したような顔をしているあたり痛み分けか。

 不利を被るだけなので本当は避けるべきなのだが、ソフィアの従者という立場である以上ここは選択の余地などない。

「おっと、これは一本取られたな。……時に、アイツが誰だか知っての狼藉か?」

「容疑者に狼藉と言われるとはね。もっとも、誰が相手だろうと、この絶対拘束の枷を付けられればすべての魔法やスキルすら封じられる絶対拘束の状態異常にかかる。賢者の少女がいたと聞いたが、今頃尋問にかけられているところだろうな」

 皮肉めいた視線を向ける気障な騎士隊長に、俺は手にしていた走ると爆発するポーションを振りかけた。

「なっ⁉ き、貴様!」

 騎士隊長への攻撃に周りの騎士たちから敵意のこもった声が聞こえた。そして一斉に斬りかかろうと武器を構え直して、しかしそれ以上は動けない。

 なんだかおもしろくなってきたのでこのまま続けてみよう。

「この男への溜飲は下がった。連れていけ。……ただし、貴族への対応に相当するもてなしをするように。でなければお前らの命はない」

 怒りで爆発しそうな騎士たちを挑発するのはなんとも楽しい。

 これほど間抜けな騎士団に連行されたとなると、ひょっとしたらソフィアたちも相当楽しんでいたに違いない。それに、いざとなれば状態異常向こうの体質を持つソフィアが魔法で不意打ちをかますこともできるだろうし、思いのほか安全。

「……じゃない!」

「なっ、この男! 俺たちにVIP待遇を求めるだけじゃ飽き足らず抵抗までするか! もういいです隊長! 俺らはどうなってもかまいません! この男は今すぐ斬るべきです!」

「黙れ下っ端! おい急げ騎士隊長! 早くしないと大変なことになるぞ!」

 空気の読めない雑兵を素手で突き飛ばした俺は、騎士隊長にそう怒鳴りつける。

 すると、先ほどまですました顔をしていた隊長の表情が得体を知れないものを見るものに変わる。

「き、君は破滅願望でもあるのかい? どういう風の吹き回しかと不気味に思うが」

「たわけ! テメ―ふざけんなよ! おめえのお仲間が生半可な拘束具でウチのバカお嬢を捕らえたせいで、いつムショがふっ飛んでもおかしくねえんだぞ! 暴力沙汰だけはやめるよう宥めてやるから早くしろ! 貸し一つだからな!」

「た、たわけは貴様だ! 貴様が先ほど私にかけたポーションのせいで走れないのだろう!」

 そういやそうだった!

 効果時間も今日中くらいだし、走れなくなる程度のデバフなら実害はないだろうとたかをくくっていたのが裏目にでやがった!

「しかもそのうえ、急に嘘くさい! いくら類稀なる才に恵まれた者しかなることができない賢者であろうと、この街の粋を集めた絶対拘束の枷を破るなど世迷言を──」

 刺激に反応しやすい爆発ポーションを持っていることなど怒りで忘れたか、ついにキレた隊長が俺の胸ぐらを掴んだまさにその時だった。

 隊長が怒りの言葉を皆まで言い切る前に、街のどこかで巨大な爆発音が轟いた!







 ──その日の夜。

 騒ぎを聞きつけた葉薊領主が関係者の意見を聞き、俺たちは多少の過料を取られたうえで釈放された。

 その後、宿に戻った俺たちはこれ以上この街にとどまるべきかを話し合っていたのだが。

「これまでのことを踏まえて、私は確信したわ。この街には私たちの活動を妨げようとする者がいるはずよ」

 突然、話が脱線した。

 事実確認とこの街を発つか否かについて話していると思っていたのだが、そんなことを言い出したソフィアと、それを聞いて首を縦に振るマキ。二人を見た俺は一瞬、空気を読めていないのは俺自身ではないかと錯覚したが、『月夜見』が小首を傾げているのを見て自分が正しいのだと確信した。

 それはそうと、ボルテージが一段階上がったソフィアがさらに持論を展開する。

「今回だって、私は特に悪いことをしてないはずなの。仮に協定を向こうの都合のいいように曲解したとして、そもそもまだ未遂の人間をいきなり逮捕というのはどう考えてもおかしいのよ。それこそ霧の国とこの国、それから水の国で締結した三国条約に反するわ」

 言われてみればそうだ。

 俺の意見がソフィアたちと同じものに傾き始めていると、何かを知っているらしいマキが便乗する。

「貴族階級の権力が他所より強いこの国では、貴族の機嫌次第で罰則が増減するケースなんかは日常茶飯事なのです。それどころか、今回のように罪のない人間を目障りだったり嫉妬心から罪に問うなんて事例も国全体で見たらアタシが聞いた限りでも両手の指では数えられません」

「これだから貴族社会は。さては、今回の件だって儲け話の予感をかぎつけた悪徳貴族が事業を乗っ取ろうとしたってことか?」

 だとしたらソフィアが買ったあの爆弾で街ごとふっ飛ばしてやるが。

 そんなことを考える俺だが、どうもマキとソフィアのリアクションを見る限りそうでもないらしい。

 と、これまで黙って話を聞いていたジョージさんが話に参加する。

「どの街においても無職の浮浪者は貴族にとって実質的な私兵である故、今回そのような者を囲い込む真似を図ったお嬢様方に逆上する者がいても不思議ではございませぬ」

「つまり、よそ様へ隠してた都合のいい隠し玉をヘッドハンティングされそうになったから逆恨みしたと」

 つくづく救えないクズがいた者だなと頭痛すら覚えていると、最初に話を変えたソフィアが腰に手を当てて俺のツッコミまがいの言葉を肯定する。

「言い方はどうあれそういう解釈であっているわ。というか、それが目当てだったのよ」

「ですが、相手の人は敵を見誤りましたね。アタシたちの立場を知ったらどのような行動に出るか楽しみではありますが」

 もしや、悪徳貴族を陥れようとした理由が面白そうだから、ってことか?

 ヤバいモンスターが身内にいたらしい。

「悪徳貴族の成敗には賛成だけど、そもそもどうしてこんなことをしようと思ったんだい? それに、悪徳貴族がいることにどうやって気づいたのかも気になるよ」

 貴族としての立場から話す二人に、まるで名探偵を見るように目を輝かせる『月夜見』が興奮気味に聞く。

 しかし、その憧れそのものな視線を向けられた二人はというと。

「「どこの街にもいるから」」

 そんな、夢もへったくれもない答えを返した。

 動機については、悪さする貴族に善良な民が苦しめられるのが堪えられなかったんだろうな、と俺は心の中で納得した。

 ……まったく。コイツの行動原理は理屈ではないということだ。

 貴族の令嬢として、事実上の公爵家代理当主としてあってはならないザマだ。それを責めないよう、今後の方針をあえて曖昧に問う。

「それで、どうするんだ。何をしたい?」

 悪徳貴族を懲らしめるのか、無職の民に仕事を与えるのか。はたまた、それらを見てみぬフリをするのか。

 複数を為すのは不可能に近いだろう。

「そうね。まずは今続けてる運輸の話は続けたいわ。それから、葉薊領主の依頼された件も手伝わないと。あとはって待って! その振り上げた拳で私に何するつもり!?」

「これは失敬。いや、なに。敬愛すべきお嬢様が、いくら衆人の目がないとはいえ寝言を口にしていたのでな。そっと目を覚まさせるのが従者のあるべき姿であろう?」

「うぐっ……し、失礼ね! ふんっ!」

 さっそく俺の危惧したことを口にしだしたソフィアを暴力で脅して黙らせる。

 本人としても俺たちに無茶をさせることになるのはわかっているのか、いつもと違って暴力に対して怒ったりはしないようだ。

「ちなみにアタシは賛成意見です。薔薇の街とはお隣と言っていいくらい親密な関係を持つ街のことですから。それに、今の貴族制度のこういった在り方には思うところがありますしね」

 魔物に対してはドライなマキだが、人間が絡むと高潔な思考をしだす。

 まだ意見を口にしていない残り二人を見ても、ジョージさんは方策をソフィアに委ねており、『月夜見』にいたっては持ち前のお人よしが発動して完全に向こう側だ。

 これはどうあってもどれか選べ、なんて意見は通らないな。

「しかたない。そしたら作戦はこっちで考えておいてやる。その間に、ソフィアは今日迷惑をかけた関係各所に明日から謝りに行って来いよ」

 腹を括って多数派に乗っかることにした俺だったが、そんな言葉にドヤ顔のソフィアが人差し指を振って言葉を返す。

「こういうのは貴族社会で生まれ育った私のような人に任せなさい。言い出したのは私だし、普段はアンタに頼ってばかりだもの」

 ……いったいどういう風の吹き回しだろう。

 怪訝な面持ちでソフィアを見ていると、タイミングを見計らっていたジョージさんが指示を仰ぐ。

「お嬢様。私どもはどのように?」

「ジョージはケンジローと一緒に運輸事業の開拓を進めてちょうだい」

「承知いたしました」

 丁寧な所作で一歩下がったジョージさんからソフィアへ視線を戻す。

 特段無理難題を押し付けられたわけではなく、なんならここ数日は領主との対談にかかりきりだったジョージさんが加勢するということでチョロいまである。だからこそ、ソフィアとマキが何を企てているのかが不気味で仕方がない。

「それでは、ケンジロー殿。就寝前に現状の報告を頼みますぞ」

 考え事をしている俺にそう伝えたジョージさんは、一足先に男性陣用に宛がわれた寝室へと入っていった。

 承知しました、とだけ口にして再び意識を女性陣へと戻す。

 さすがに疑いの目に耐えかねたらしいソフィアは、クスッと怪しげに微笑すると俺の肩に手を置いて小声で何かを言う。

「アンタの疑う気持ちは理解できるけど、今回の方策は完璧なはずよ。それと、アンタならすぐ気づけるでしょうけれど、今回も重い仕事を押し付けるわ。あえて例えるなら、そうね……全員の背中はアンタにかかっている、かしら」

 とても意味深である。今すぐにでも尋問にかけたい。

 彼女なりに全力で妖艶な女を演じているのか妙に流し目でチラチラ見てくるのが気になる。気にはなるが異性としての魅力を感じたとかでは全然なく、単に色気がないためまるで親にいたずらを隠す子供にしか見えないということだ。口にしたら怒るんだろうなぁ。

「それと、頑張ったら私とデートする権利をあげるわ。せいぜい頑張りなさい」

「ふははっ! すまん堪えられなかった。さながら恋愛小説に影響された十歳に満たない少女のような振る舞いだったから、つい」

 次の瞬間、ソフィアに触れられていた肩に焼けるような激痛が走る。

 火の魔法を使ったソフィアは俺の脛に追撃の蹴りを加えると、足音を立てながら女子部屋へと入っていった。

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