けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

夜風を煽れ

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 ──ゴブリンの集落跡で『操魔』に目をつけられてから早や数分。

 因縁の相手と四度目の遭遇を果たした俺たちはというと。

「よっしゃ、なんかレベル上がったっぽい」

 ソフィアの支援魔法で堅牢なバリアに守られながら『操魔』が率いるとりまきの魔物を処理していた。

 銃のボルトを操作しながら、レベルアップ時特有の高揚感を感じる。

 今のでレベル十九だったと思う。思えば狙撃ばかりで魔物を倒した数だけでみれば少ないんだよな。そりゃ、レベルが上がるのも遅いわけだ。

 まあ、銃の火力に装備者のステータスは依存しないのでちっとも構わないのだが。

 なんなら今日は普段よりいい弾を持ち込んでいるため火力もバリア貫通力も高いまである。

「あたしも今ので十匹目なのです! この前ケンジローが言ってたように、弱い敵から狙うと離れしてる群れの仲間がフォローを入れに来るので倒しやすいのです!」

「そうだろうそうだろう」

 撃ったら離れ、撃ったら離れ……というヒットアンドアウェイを繰り返す俺と同様、敵のド真ん中に突っ込んでは数回切りつけて、集中砲火を浴びる前に持ち前の機動力で戻ってくるマキ。ちょうど後退のタイミングがかちあったので笑い合っていると、そんな俺たちにソフィアはゴミを見る目を向ける。

 支援役兼上空に芋る『操魔』へ魔法を撃ちこんでいるソフィアだが、バリアが固すぎて『操魔』ひとりでは割れないため俺たちを見る余裕があるらしい。

「喜んでるマキはまだいいわ。問題なのはケンジローの方よ。アンタやり慣れ過ぎ」

「そうだよね。狙撃にだけ着目しても、普通はかっこよくきめたら少なからず嬉しそうにするのに、この男の場合は事務的に冒険証の討伐欄を見て倒しきったか確認してるくらいだ。そのうえ戦術にも倫理観なんて欠片もないし」

「襲ってきた魔物倒しただけで酷い言い草じゃないか。あとで覚えてろよ」

 確かにはたから見ればボスの相手をソフィア一人に押し付けて雑魚狩りに専念しているように見えるだろう。

 だが、その実態はソフィアが安心してボスの相手をできるよう周りの人間で雑魚処理をしているのだ。

 ソフィアのバリアは属性攻撃や魔法攻撃に強い反面、近接物理攻撃だと威力次第で割られてしまう。それも、剣や槍なんかの切断と刺突に弱い。

 その他バリア特効を持つ攻撃に弱いのだが、今まで通りの装備やスキルの『操魔』ならこれらの攻撃手段を持っていないので張り直しまでにソフィアのバリアを割るのは不可能と言っていい。

 どうも、一点にかかる物理的なエネルギーが強いと割れやすいらしい。なので弾速が早いために運動エネルギーが強い狙撃銃弾や、装備者の重量やパッシブスキルによる補正が高水準な近接物理武器がバリア割りに向いている。

 逆に物理エネルギーの比重が小さい属性攻撃や魔法攻撃では一部を除きバリア割りに不向きなのだ。

 したがって、今回は物理攻撃をしてくる敵が多い雑魚処理を俺とマキが、『操魔』の相手をソフィアが担っているということ。

 支援から攻撃まであらゆる行動で魔力を消費するソフィアに、最後方から『月夜見』がソフィアに魔力を供給し続けることでパーティ全体の継戦能力を支えてくれている。なので、絵面はともかくとしてとても合理的な配置と言えるのだ。

 というか、『操魔』が上空をせわしなく飛び回っているせいで遠距離範囲攻撃であるソフィアの攻撃魔法くらいしか有効打がないのだ。

 最初だけ狙撃を試みたりもしたが、動きが速いせいで当たっても足の指の先とかだったので諦めた。『必中』という補助スキルのおかげで弾速未満の速度で動く相手には必ず当たるのだが、当たるだけなので回避力が高い相手に対しては急所を撃ち抜くなどまず不可能と言える。

 偏差撃ちにもならないので、腕に自信があるなら頭部狙いで自力当てした方がいいのかもしれない。

 さて、そんなことを考えつつも順当に雑魚処理を進めていると、予想外の事態が起きた。

 状況を察してこちらに視線を向けて聞く態勢になったソフィアに、魔聴石ごしに小声で状況を伝える。

「マズい、ジャムった」

「え? なんて?」

「弾詰まりした」

 思わず聞き返してしまったようすのソフィアに俺は二度同じことを伝えた。

 そう。製品の誤った使い方である、魔力装置に魔力を注がないという撃ち方のせいか、弾が上手く撃ちだせなくなってしまったらしい。

 しかも不幸は連続するもので、部品をよく見ようと手で持ち方を変えた瞬間、手から重量感が消えたのだ。

 何が起きたのかわからず周囲を見渡すと、つい先ほどまで手にしていた銃を茂みに潜むシャーマンが持っていた。

「強制入れ替えスキルなのです! 今すぐ取り返してきてあげますから耐えててくださいね!」

 同じ盗賊としてかいち早く何が起きたか察知したマキが突っ込む先で、シャーマンが魔法で生成した剣が今まさに降り注ごうとしていた。

 急な攻撃にも冷静に回避行動をとるマキ。そこへ悠々と追撃しようと次の魔法を唱えるシャーマンに向けて、いつもサブウェポンとして使っている弓矢で攻撃を開始する。

 デキる狙撃手はサブ武器を持ち合わせているものなのだ。

 ソフィアは忙しく俺の武器は奪ったとなれば安心してマキの相手をできると踏んでいたのだろう。魔法を中断し慌てて回避行動をとろうとするシャーマンへ、無慈悲な矢の雨が降り注ぐ。

 しかし、こちらの攻撃も同様にバリアで弾かれたようだ。

 何が起きたのかとさらに奥を見ると、負傷した片腕を簡易的に処置したのだと思われる上位のシャーマンがいるのがわかった。

 シャーマンたちの加勢については敵の『操魔』も予想外だったらしく、物珍しいものを見るようなリアクションをする。そして、奴らを見て何かがわかったのか突然笑い出した。

「ふははは! 君、魔物以上に倫理観の欠片もない奴だとは思っていたけど、まさか野良の魔物にまで恨まれているとはね! いいだろう、君達の恨みを晴らさせてやろう!」

 『操魔』が声高に宣った直後、シャーマンたちの体から禍々しいオーラが溢れ始める。

 マズい、強化された!

 『操魔』のこの一手は、まさに第二ラウンドの開始と言えるものだった。

 魔法で強化された野良のシャーマンロードは、魔法で盗んだ俺の愛用銃でさっそくこちらを狙撃しようとして。

「ハッ! バカめ!」

 なぜか弾が撃てない銃を、よりにもよって銃口から覗き込んでいたシャーマンロードの眉間を弓矢で攻撃する。

 さすがに強化されまくっているだけあって矢が弾かれたものの、首から上を大きく揺さぶる事には成功した。

 すぐさまこちらをにらみ返して魔法で反撃しようとするシャーマンロードだが、奴を更なる悲劇が襲う。

「ああっ!」

 被弾の衝撃で落としてしまった銃が、地面にぶつかったはずみでまさかの弾詰まりが解消。ちょうど地面を向いていた銃口から詰まっていた複数の弾丸が撃ちだされ、その反動で銃本体が斜め上へと跳ね上がり、そして。

「……これは流石の俺も」

 思わずそうこぼす俺の視線の先では、股間を両手でおさえ、地面を転げまわり悶えているシャーマンロードの姿があった。

 そう、弾詰まり解消時の弾丸は運よく誰にも当たらなかったものの、反動で勢いよく跳ねた銃本体がシャーマンロードの股間を強打したのである。

 上位の魔物だからあれで済んでいるが、低レベルの人間や亜人系生物なら死んでいるかもしれない。

「あのケンジローが憐憫をかけてる。……本物か確かめていい?」

「俺が何したんだよ。この戦闘ではまだ何も悪さしてねえぞ」

「まだとかこの戦闘ではとか、隠しきれないクズ発言が飛び出てるんですよね」

 散々な悪口を浴びせてくるソフィアとマキに石でも投げてやろうかと手に持っていた硬質な物を投げた。

 回避を試みるソフィアは、避ける読みで投げつけた物体を尻に受け、怒りに任せて投げ返す。

 身体強化魔法の効力を上げて投げたのか、プロの投手さながらの剛速球と化した物体を弓の本体部分で受け止める。

 敵の前でそんなバカなやり取りをしていて、ふと冷静になってはじめて気づく。これはなんだ?

 何らかの端末なのだろう。ボタンとブラウン管っぽい画面が付いた、小学生の筆箱サイズの道具だが。

 誰か知っている者はいないかと辺りを見渡すと、魔物たちが……正確には『操魔』が連れてきた魔物たちが冷や汗をかきながら俺の手元を見ていた。

 絶対重要な物だろう。

 察しのいいソフィアや嫌がらせのプロである俺なら当然として、マキや『月夜見』でも状況を理解したようだ。

「おや、それは君たちの大切なものなのかな?」

 敵とはいえおそらく悪い顔をしているであろう俺を見たのでは、普段なら味方をしないであろう『月夜見』がそう口にする。まるでプレッシャーを与えるように。それをきっかけに、便乗するようにマキが引き継ぐ。

「知っているかもしれませんが、この男の手に渡った以上諦めた方が身のためなのです。それでも諦めきれないというのなら……アタシは忠告しましたからね」

 これが『操魔』を脅すという目的がなければ今頃ひっぱたいていたところだが、そんな二人の狙いは成功しているようだ。

「ふん。いくらその男が害悪極まりない悪魔のような悪党であろうと脅しは通じない。なにせ、その端末には厳重なセキュリティが施されているからな」

 言葉のまま受け取るならさぞ堂々としているように聞こえるが、多分あれ内心では結構ビビってるんじゃないかな。

「そうか? セキュリティが頑丈なように見えんが。というか、やっぱりこれはお前らのだったんだな」

「……さすがは忌まわしき人類だ。まさか騙し討ちも同然な話術を用いてまで他者を貶める真似をするとはね。世界に不要なのは君達人間さ」

 いや、最初から予想がついていたけどな。

 こんなハイテク機器がこの辺の国に存在するわけがないだろう、と現地人であるソフィアたちに失礼なことを想像する。

 さて、心の中で軽くディスられているとは夢にも思っていないであろうソフィアに注意をむけると、彼女は先ほどより一段階強いバリアを張ろうと魔法を唱えていた。ヘイトを向けられている俺のためだろうか。普段は口にしないが健気でまっすぐな奴だ。

 そんなことを考えていると、魔法を発動したソフィアがこちらを向いてサムズアップ。そして。

「我らを守って! ……さあ、ケンジロー! 思う存分暴れなさい! 私たちの大切な大切な『月夜見』を実験動物にしてくれた不届き者たちに目のものを見せてやりなさい!」

 妖魔教団に散々な目に遭わされてきたであろう『月夜見』の代わりにやり返してこい、と言いたいようだ。

 なるほど。どうりで普段と違って、倫理観がどうとか言及せずにノリノリだったのか。

「そこまで言われたら仕方ないよな。上司の命令は絶対、なんてのはお互い様だしな」

 妖魔教団幹部で、組織が何たるかをよく知っているであろう『操魔』を挑発する。当然、大量の配下を嗾けるとともに彼自身も他三人を一切狙わず俺一人に風の矢を飛ばしてくる。しかし、それではソフィア渾身のバリアは傷一つつけられない。

 これ以上な安定感を感じながら、俺は適当にそれっぽいボタンを押して起動する。

 すると、独特な電子音とともに画面が点灯し、音声ガイドが鳴り出した。

『パスワードを入力してください』

 ……詰んだ。

 どうしよう。あれだけカッコつけたのにパスワードなんてわからんぞ。

 仲間から期待のまなざしを向けられているのが余計に居心地を悪くさせる。安定感なんてなかった。

 ああもう、こうなれば自棄だ。せめて甚大な被害を与えられるように、ハッキングを仕掛けてやる。かつて、中二病を拗らせてハッキングの手口なんかを覚えたのが今になって使うことになるとはな。

 パスワード入力欄に、当時覚えた知識を打ち込んでいく。

 最後まで打ち終えて決定ボタンを押すと、次のアナウンスが鳴る。

『パスワードが違います。再度入力し直すか、生体認証機能を使用してください』

 セキュリティに弾かれた音声を聞いて安堵する『操魔』を一瞥し、俺はハッキングに成功したことを確信した。なぜなら、画面にはなんかのデータが入っているらしい一覧が表示されているからだ。

 なんとなく重要な情報にありつけそうな項目を探してポチポチしていると、世界地図とともにいくつもの点が表示された。

 本国本部、日出国旧大使館跡、水の国本支部、氷の都基地、花の都基地などなど。知っている地名が絡んだ場所だけでもこれだけあり、リストはまだまだ下の方に伸びている。

 というか、この書かれ方から察するに、水の国はもう妖魔教団の手に堕ちたのだろうか。

 そんなことを考えていると、しばらく静かになっていた音声アナウンスが再び鳴り出す。

『不正なアクセスを検知しました。本端末が敵勢力の手に渡ったものとみなし、端末内の爆破装置を作動します』

 ……え?

「ははっ! 極悪人の君にはお似合いの結末じゃないか! 塵一つ残さず無様に死に絶えるがいい!」

「随分見下げ果てたな『操魔』! こんな罠みてえなもん人間様に押し付けて爆殺しようだなんて幹部の風上にも置けねえぜ!」

 そう言いながら俺は中指を立て地面に唾を吐く。そして、手に持っていた端末を上空にいる『操魔』へと目掛けて投げ飛ばす。

 次の瞬間、辺りが光で真っ白になるとともにバリアが割れる音がした。

 よりにもよって、先ほどまで股間を押さえて悶えていたシャーマンロードが復活し、投げてすぐの端末を魔法で爆発させたのだ。

「みんな! 逃げるわよ!」

 ソフィアの号令に従い、俺たちは全力で逃げ出した!
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