けん者

レオナルド今井

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水と花の都の疾風姫編

開戦準備

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 ──翌日。

 依頼内容を聞いた際に残したメモを手に、街の外へ行くための消耗品を買うため商業区へとやってきていた。

 パサージュと呼ばれるように天井がガラス張りになっているタイプの商店街が、まるで碁盤の目のように通りを為す花の国最大級の商業区域だ。

「霧の都に入ってくる品物の大半は、この商店街で行商人の目利きによって厳選されているのですよ」

 そう口にするのは、ガイドのように先頭を歩くマキだ。小柄ながら目立つ赤毛は、人混みの中でもそうそう見失わないだろう。

 この街には短い間しか滞在しておらず大して街を歩かなかったため、土地勘のあるマキに案内を任せたのだ。

「そうなのね。……あっ! この街で偉い人にあったら、花魔鉱をいくらか発注してしまおうかしら!」

「それは名案だな。農家ギルドから魔物の襲撃でダメになってしまったって手紙が届いていたもんな」

 ソフィアの言葉に手を打って同意した俺は、どこかに花魔鉱を売っている者がいないかと思い周囲を見渡す。

 近日中に発注の手紙をここの商店街に送るつもりだったがちょうどよかった。

「それは大事なことだけど、今日は別の物を買いに来たんだろう? 売り切れちゃう前に買いに行こうよ」

 後ろを歩く『月夜見』にそう言われて我に返る。確かに、比較的容易に契約できるまとめ買いと、個人規模での買い物では売り切れによるリスクが段違いだ。まとめ買いについては次の商隊が動くまでに発注できればいいし、数も多いため優先して売ってもらえるに違いない。

 そんなことを考えていると、ジョージさんがソフィアに提案をする。

「では、花魔鉱の発注は私に任せてはくれませぬか?」

「それがいいわね。任せたわ」

「承知。……では、お嬢様。お体には十分お気をつけてくださいますよう」

 そう言うや否や、ジョージさんは静かでありつつも素早くこの場を後にする。

「さあ、私たちも目的を果たしに行きましょう。まずは何のお店が近いかしら」

 先導役のマキにそっとメモを渡すと、彼女はおもむろに曲がり角の右手側を指差す。

「角を右に曲がって三軒目のお店に魔法使い向け装備の専門店があるのです。そこの店主は国内でも有数の技術を持つ人なので、魔法がかかった腕輪とネックレスはそこで調達しましょう」

「それは楽しみね! さっそく行きましょう!」

 嬉々として先導役のマキを追い越したソフィアを追いかけるように専門店へと入店した。

 いざ入店してみると、なんだか映画に出てきそうな感じの黒いローブと帽子を身に着け、ステッキを手にした若い男性の店主がバックヤードから顔を出してこちらを認識。そして、いらっしゃいませ、と声をかける。

 声が高めだが日本で言えば高校生くらいだろうと思われる。

「魔法使いようの装飾品と魔法のスクロールを探しに来たの。どんな物が置いてあるか見せてもらえるかしら」

 入店早々ソフィアが声をかけると、店主は彼女を見て跳び上がるように駆け寄る。

「これはこれは! 可憐で麗しい金髪の賢者様のためでしたら、ぜひぜひご覧になってください!」

「まあ、上手ね。でも、ごめんなさい。装備を見繕いたいのは私じゃないの」

 ソフィアがそう言うと、手招きされた『月夜見』が横に並ぶ。

 そんな『月夜見』に品定めするような視線を向けた店主は、何かすごいことに気づいたらしく興奮気味に跳び上がった。

「す、すごい! なんて魔力なんだ! お、お嬢さんは賢者様の御弟子さんかな? ぜひ、当店を贔屓にしてくれたまえ! ……い、いや、そうなるとそちらのお嬢さんも」

「いえ、アタシは盗賊なのです。魔力量は人並みなのです」

 期待の視線を向けられたマキがスパッと否定した。

 コイツのこういう相手の誤った期待につけあがらない誠実さが俺は気に入っている。

「そうなんですね。……そちらのお兄さんは?」

 おっと。一気に嫌な奴を見る顔だな。

「決済者だ」

「えっ? あ、ああ、そうでしたか」

 実質的には合ってるが、責任者はソフィアであることは黙っておこう。

 それより、コイツあれだ。美少女にだけいい目をするタイプの人間だろう。

 もちろん、この女性陣が気づかないはずもなく。

「……ねえマキ。ここ、本当に評判良いの?」

「先代の店主は好評だったのですが……」

 ソフィアとマキの訝しむ声が耳に届くが、店主は気づいていないようだ。

 と、店主はこちらの粗を探すような視線で俺を見回すと、やがて首にかけている謎の装飾品で視線が止まった。

「……随分と奇っ怪で醜悪な装飾品をつけているのですね。見たところ対して効果が強くないように見えますが」

 確かデバフを掛けた回数だけ強くなる効果だったと聞いたが。

 どれ、ちょっと使ってみるか。

 荷物から輪ゴムを一つ取り出すと、失礼極まりない店主の頬にゴムを当てる。

「いたっ! 何をするんだ! ぐああっ!」

 怒りに任せて殴りかかろうとしてきた店主の拳を肘で砕いてやる。そして怯んだ隙を見逃さず、無防備になった顎を下から拳で打ち上げた。

 輪ゴムだろうと飛び道具なら射撃スキルは適応されるので、恐慌デバフで動きが鈍化しているのだろう。そのうえ俺はバフまで獲得しているのでこうなるのは必然である。

 崩れ落ちる失礼店主を一瞥した俺は一言呟く。

「格付け完了」

 勝利の余韻に浸っていると、一部始終を目撃したはずのマキが隣で口元を両手で抑えて感心している。

「おお、いつの間に格闘スキルなんて習得したのですか」

「そんな物騒なスキルは習得していない」

 どの口が言うんだよ、とでも言いたげな視線を向けられた気がするが気にしないでおこう。

 そんなやり取りをしていると、早くも復活を遂げた店主が足を震わせながらも立ち上がる。

「そ、それで。魔法使い用の装飾品と魔法の込められたスクロールでしたね。それなら、こっちの指輪がおすすめでしょう。装備者の魔法詠唱速度がとてつもなく上がる代物で、魔力の消耗は増えますが大賢者も慄く魔力の持ち主であればデメリットなどないに等しいはず!」

「ほう、チョイスはいいんじゃないか。二人はどう思う?」

 装備品専門の有名魔法道具店ということを忘れかけていたが、その実力は確かなのだなと感心してきた。

 だが、そんな俺の言葉にソフィアと『月夜見』はそろって微妙な顔をする。

「私たちなら使えるでしょうけれど。……私たちレベルになると、そもそも大抵の攻撃魔法は無詠唱で使えるわね」

「それを抜きにしても魔力の消費量だって十倍以上増えるみたいだし、メリットとデメリットが噛み合ってないよ」

 おい若店主。俺の少し上がり始めていた感心を返せ。

 もちろん、ソフィアも『月夜見』も常軌を逸した魔力保有量を誇るので、彼女らに適した装備を初対面でチョイスしろというのも酷な話である。だが、これまでの店主の振る舞いがよくなかったのだ。『月夜見』は別だが、ソフィアはもうこの店主を適度にイジメて楽しもうとしている。

 拳どころかメンタルまで砕かれた店主が憐れに映るが、まあ俺は悪くないはず。

「な、なん……だと……⁉」

 膝から崩れ落ちるという言葉を体現するような落ち込み方をする店主を余所に、ソフィアは店内を物色し始める。

「ま、待ってくれ! 本当はポリシーに反するがおまけをつけよう! そちらの腕輪は自信作なんだ! なんといっても、ピンチに陥ると味方を回復するんだ!」

 店主が慌てて何かを取り出して押し付けるものだから、すでに興味なさげだったソフィアも呆れた様子で振り返る。

 そんな彼女の気持ちなど気づけないほど冷静さを失っている店主の手に乗っていたのは……。

「全体回復が欲しいほど全員の体力が削れてるのに、使用者の体力が代償になるネタ装備じゃないか」

 どこかで見たことがあるような代物だ。いったいいつだっただろうか。

 商品のダメダメさ加減でその特徴は覚えているが、どこで見かけたかまではうろ覚えだ。

 そんな俺を怒鳴りつけるように店主が怒りのセールスを続ける。

「価値が分からない者は黙っていろ! これは本来なら葉薊の街のとある魔法道具店が高値で買いたがるほど濃い魔力が籠った逸品だ! 僕たちの流派でしか作れないというブランドがこの腕輪にはあるんだ! もう一度警告する! 素人は黙っていろ!」

「思い出した! 葉薊の魔法道具店の、なんだか仕入れセンスが壊滅的な店主の店でみたんだった! というか、コイツの流派オリジナルとか言ったけど、仕入れ元ここかよ!」

 点と点が繋がったような感覚に、思わず大声で叫んでしまう。

 ここまでくると、先代の頃はよかったという評判すら怪しいのだが。マキがそう言ったのだから頭から疑ってかかるわけではないが、これを見ているとどうしても。

 そんなことを考えていると、同じく微妙な……というか、俺たちに申し訳なさそうにしているマキがおずおずと手を挙げる。

「……なんだか時の流れの残酷さを垣間見ました。他にもいいお店を知っているので、案内しますね」

「ああーっ! ま、待ってくれぇ!」

 手を伸ばしてこちらを呼び止めようとする店主を無視して、俺たちは再び商店街へと繰り出した。







 ──夕刻。

 今回も今回とて冒険者向けの宿に押し込められた俺たちは、買い物の成果を確認していた。

「これとこれが『月夜見』の分よ。試しに身に付けて見なさい」

「うん」

 ソフィアに促された『月夜見』が簪のような装飾品を身に着けると、彼女の目の前に未使用のスクロールが浮かび上がる。

「ほう。装備品としか聞いていなかったが、これは便利な代物だな。両手が空くのは色々と都合がよさそうだ」

「ケンジローも中々見る目があるわね! 両手が空けばもう一つ同時にスクロールを使うような合わせ技もできるのよ!」

 自分のことを自慢するかのように興奮し、目を輝かせて返すソフィアから思わず半歩体を引く。

 しかし、彼女の言う通り二種の魔法を同時に使うことができれば間違いなく戦術の幅が広がりそうだ。

「相手の口の中に水の魔法を撃ちこんで、その水を高温で沸騰させれば敵の呼吸器官を焼くこともできそう。本当に色々悪さができそうで嫌いじゃない」

「相変わらず悪魔みたいですね、あなたは」

 倒置法で強調するな。

「まあまあ。ケンジローといえど、まだ悪さしてないわけだし。……それより、さっきから気になっていたんだけど、その如何にも禍々しい護符の方が気になるよ。僕が邪気を祓ってあげようか?」

「絶対にやめろ! コイツは呪った相手のレベルを下げることができる高級品なんだぞ!」

 護符改め呪符を邪神から守るように背に隠す。

 これは一枚二万シルバーもした貴重な護符なのだ。簡単に紙切れに変えられてたまるか。

 しかし、壁を背に抵抗しているとソフィアが『月夜見』に加勢しだす。

「アンタこそ絶対にやめなさいよ⁉ レベルドレインは条約違反よ!」

「貴族のお前ならわかるだろ⁉ 条約なんてのは馬鹿正直に守る間抜けを出し抜くためのものだってことがよ!」

「さも私が悪徳貴族の思考パターンを理解してるような言い方はやめてくれないかしら。清廉潔白な貴族令嬢としての振る舞いに支障が出るわ」

 自称してる時点で清廉潔白とは程遠いんだわ、というセリフが喉まで出かかるが押しとどめる。言ったら最後、寝るまで機嫌を損ねるに違いない。

「はいはい、そうだな。そういうわけだから、コイツの浄化はよせ。人には使わん」

 そう。人には使わない。

 高レベルの魔物への切り札にはなりえると考えている。……部下が弱らせた魔物のトドメを刺して経験値を稼いできたような腑抜けた貴族に使ったらどうなるかな、と考えていた時期もあったのは否定できないが。

 まあ、そんな輩は四捨五入したら人じゃないので約束破りにはならないと思っておこう。

「それより、マキは何を買ってきたんだ?」

 新品のダガーをホクホク顔で磨いているマキをみて話題転換を試みると、マキは磨き布を持つ手を止めてこちらを見つめ返す。

「これのことですか? いえ、これは薔薇の街で手に入れた素材で作ったあの短剣なのです。それをこの街の商店街で鍛冶屋を営む人に頼んで打ち直してもらったのですよ」

 道具の手入れというわけか。

 確かに、買い物以外にも街の外で依頼を進める冒険者にとって大事なことだ。

 思い返せば普段持ち歩いている魔法銃も俺一人で点検しているだけだし、たまには専門知識がある人に魔力装置を点検してもらった方がいいだろう。

「いいことじゃないか。この銃の魔力装置もソフィアに見てもらおうかな」

「あら、いい判断ね。魔法に関することなら任せなさい」

 魔法が関わる事には目がないマジカルジャンキーが飛びついてくれたので、今日の銃点検はソフィアに任せてしまおう。

 さっそくソフィアに装備していた銃を渡すと、部屋の外に商店街のお偉いさんのところへ直談判に行っていたジョージさんが帰ってくる気配を察知する。

「ただいま戻りました。ケンジロー殿、少しよろしいですかな?」

 冒険者向けの宿はパーティ向けだ。複数の部屋で一室という扱いになっている部屋の玄関の扉が開いたと思うと、ジョージさんから呼び出しを喰らった。

「今行きます」

 十中八九、経理関係の話なので、急いで玄関へと向かった。







「──で、どうしたんですか。イレギュラーでもありましたか?」

 ジョージさんの口調からどうも予期せぬ事態が起きていそうだと思い、ジョージさんへ開口一番そう問う。

 すると、ジョージさんは首を縦に振って話始める。

「今回の依頼の件。どうやら我々を良く思わぬ者が関わっていると耳にした故、どうか警戒を怠らぬよう。無論、街の中でも気を引き締めるよう、努めてほしい」

「マジすか」

「マジでございます」

 マジか。

 そろそろ俺たちのことを良く思わない貴族や権力者から陰湿な嫌がらせを受けそうだと思っていたが、今回の依頼もその一環なのか。

「今日話した人物とは往年の友人であるが故、助言を賜ったのです」

 ジョージさんの頼れる情報筋からの忠告というわけか。これは情報の質を疑う余地はないだろう。

 今回の依頼への見方が百八十度変わってしまった。

 ここまで俺たちは依頼内容を大して気にしてこなかった。なぜなら、何の変哲もない、平均レベル二十前後のパーティがこなすような、中堅程度の魔物を少数倒す依頼だったからだ。場所は野宿をした街道沿いから少し森に入ったところで、この街の冒険者向け依頼を見ればありきたりな現場なのも違和感がない。

 だが、もしこれが人為的に仕組まれた罠だったならどうだろうか。

 そもそも、この近辺で囚人ゾンビが出るというのは、初めて花の国に来た頃には知らなかった。それは異世界の事情に乏しい俺だけでなく、ソフィアも同様だった。マキと『月夜見』は知っているようだったが。つまり、現地人以外なら知り得ない脅威なのだろう。

 ここから先は推測の域を出ないが、あえて討伐対象の魔物より強い魔物はいないように見せておいて、囚人ゾンビなどの大量の魔物を伏兵として用意してあったなら。俺たちは多勢に無勢で全滅した不運な冒険者として片づけられてしまうだろう。

「マキの知恵も借りましょう。アイツはこれまで、例外を除き花の国の人にも自身が辺境伯の娘であることを隠してきました。今回の依頼が俺たちの無知に付け込む絡繰りがあるのなら、破綻させられるでしょう」

「いい案ですな。任せましたぞ」



 ──その日の夜。俺はマキを呼び出して話を聞いた。

 すると、案の定心当たりがあったようで、今回の依頼者のことを教えてくれた。

「あの人は昔からの霧の国嫌いで有名なのです。ケンジローの言う通り、アタシたちがこの辺りの生態系に詳しくないことに付け込んで抹殺するつもりでしょうし、警戒は怠らないようにしましょう」

 マキの同意も得られた夜から数日後。

 依頼で指定された日の夜、俺とジョージさんを除く三名が現場となる森へ入っていくのを見届けた。
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