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水と花の都の疾風姫編
聖なる泉を巡り歩いて
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──マンドラゴラ事件(?)から一夜明けた朝のこと。
王女の依頼を遂行するための作戦会議を泊っていた宿の一室で開いていたのだが。
「ひとまず、水の都に行くまでにせせらぎの街と銀糸滝の街に立ち寄ることになるのだけれど、それ以上のことはまだ決めていないの。……はっきり言って情報が足りないわ!」
敵の情報もほとんどなければどの街の周辺がどのような生態系をしていて、どういった地形なのかもわからない。
バシッと机を叩いて主張するソフィアに皆反論はない。
「僕も記憶はほとんど取り戻したけれど、この国には立ち寄ったことがないんだ。力になれなくてごめんよ」
「『月夜見』のせいじゃないですよ。ですが、先人の知恵には期待しているのです」
珍しく俯く『月夜見』をマキがフォローしているのを尻目に、情報収集をするなら街のどこへ行こうかと考えていた。
いくつか候補が思い当たるので、二チームに分かれての行動を提案してみる。
「冒険者ギルドに水神教会、日出国輸入市に酒場なら情報が手に入ると思うんだが、どうだろう」
ソフィアとジョージさんに視線を向けて提案してみると、合点がいったとばかりに手を打ったソフィアがチーム分けを考え出した。
「場所はそれでいいと思うわ。チーム分けは……ケンジローと『月夜見』が仲良くしてるところをあまり見たことがないわね。今のうちに親睦を深めてきなさいな」
「お嬢様とマキ殿は私めが護衛いたしましょう」
「『月夜見』はケンジローにイジメられそうになったらすぐ助けを呼ぶのですよ。街の中ならアタシが駆けつけます」
というわけで、班分けが完了した。
全員が宝飾を終えたら出発ということで、早めに食べ終わって一息つきながらふと思う。マキだけお土産をショボくしてやろう。
──日がぐんぐんと昇っていく時間帯。
朝立てた予定通り『月夜見』と二人で街へ繰り出ていた。
冒険者ギルドと水神教会はソフィアたちに任せて、まずは輸入市へとやってきていたのだが。
「思ったより人が少ないね。もっと聞き込みが捗りそうだと思っていたんだけど」
冒険者ギルドに併設されている買取市場より一回りくらい狭そうな市場に、見渡せる範囲に十人も客がいないようなこじんまりとした市場。この中に優良な情報を持っている人が何人いるかわからないといった有様に、『月夜見』と違い口には出さないが俺も期待外れだと感じている。
「規模は小さいが、案外他所じゃ手に入らないネタを聞き出せるかもしれないぜ。あと、狙撃銃で使う弾薬を買い足したい」
「後半部分が本音だろう⁉ ま、まあ、とりあえず近くの店から順番に回ろう」
目当ては弾薬だけではないのだが、反論したところで余計に突っ込まれそうなので黙っておこう。
というわけで、時計回りで近い順に回っていくことにした。
店主までもが店奥で寝ているところもあるので、人がいるお店に絞って歩いていると、冒険者向けの小物類が並ぶ店舗が目に入った。
店舗とは言っても屋台みたいな見た目だが、近寄ってみると案外質のいいものを扱っているのが伝わってくる。
「お客さんかえ。見る目があるねぇ」
店の近くを通りながら商品を見ていると、店主のおばちゃんがこちらに気づき声をかけてきた。
和服を着た五十代くらいの女性だろうか。背は低いが化粧はしていて、着物で古風な雰囲気を出しているだけで案外現代の女性っぽさを感じる人だ。
「おや、見る目があるってさ。僕たちの審美眼は隠しきれないみたいだね」
おばちゃんのお世辞が一気に安っぽく感じるセリフをぶっこむ『月夜見』はおいておき、個人的に気になった商品を手に取って買い物をしようと思う。
魔導式の熱源感知望遠鏡と持っているだけでステータスが上がるらしい謎の護符を清算台にもっていき、まずは買い物を済ませてしまう。
「見る目だなんてとんでもない。コイツは調子に乗りやすいんだ。すまんなおばちゃん」
「いんやぁ? アンタらはこの市場じゃみない顔だけど、商品選びのセンスは一流に見えるよ」
慣れた手つきで紙幣を数えたおばちゃんは、商品を袋に詰めながらなおも褒めてくれる。
小躍りでも始めそうなほどウキウキな『月夜見』じゃないが、この様子なら情報が聞き出せる気がする。
「そう言ってもらえると自信が付くな。それとは別なんだが……おばちゃんは賢者召喚の魔導書って見たことあるかい?」
正確には、召喚した相手を元の場所へ帰すことができる下巻が欲しいのだが、知っていたら問い詰めてみよう。
てっきり水の国で偉くなっているらしい妖魔教団のスパイについて聞き出すと思っていたらしい『月夜見』が俺の脛をゲシゲシと蹴ってくるが放っておく。
それより、顎に手を当てて記憶の引き出しを開くおばちゃんを凝視していると、やがて手を当ててボソッと呟きだす。
「……以前、日出国の出島でそれらしいものを買っていく老執事をみたわねぇ。確か二年くらい前だったかしらねぇ」
おばちゃんはそこまで言い終えると、不自然なくらいピタッと黙ってしまう。
そして、しきりに屋台の奥に見える軍用スコップのようなものへと視線を向けだす。
おそらく売れ残り品なのだろう。アレを買えば続きが聞けるのだろうが。
「……はて、そこから先は思い出せないねぇ」
「そうかい。無理強いもできないし思い出せないものは仕方ない。いい物を譲ってくれてありがとう」
素直に買い取るのも癪に障るので、気づかなかったかのようにその場を後にしようとするが。
「ああ、思い出したよ! 確か、上巻と下巻があって、下巻は別の誰かが持って行ったのを見たんだったわ! でも、さすがにただってわけにはいかないわねぇ」
「その奇天烈なスコップを譲ってもらおうか」
俺は情報のために札束を取り出した。
──昼食時。
弾薬と装備品の補充ができてホクホク顔のまま酒場に立ち寄った俺たちは、ひょんなことから懺悔室のような部屋で謎の相談屋ごっこをしていた。
ちょうど今も、カーテン越しに咳き込む子供の苦しそうな音に混じっておばさんの声が聞こえる。
「息子の咳が止まらないんです。熱は下がって鼻水も止まっているのですが」
なるほど、咳喘息かもしれないな。
中学時代にインフルにかかった際、咳だけ三ヶ月くらい長引いたことがあったが、その時も咳喘息だと診断されたのを覚えている。
「もしかしたら気道が腫れてアレルギーのような症状を引き起こしているかもしれないな。気道の炎症を抑えたり気道を広げる効果がある丹薬を与えてやるといい。もっとも、自然に治る病気ではないが」
医者でもないのに現代知識で好き放題口にするだけでありがたがられ、そして小銭が手に入る。
目立ちやすいが身分は謎の男という共通認識が出来上がるので、ソフィアたちと合流するまではこうして身を隠していたのだ。
やがてカーテン越しの客室から人が去ったのを感じて、先ほどからゴミを見る目を向ける『月夜見』の頭をグリグリと擦ってやる。
「痛い! 痛いじゃないか! 懺悔室で少しは善意をもって人と接することを学ぶかと思いきや、言ってることの半分以上が適当じゃないか!」
「極めて心外なんだが。金をとっている以上、少なくとも善意をもって相談に応じているつもりだ」
打算ありきとはいえ、料金が発生しているわけだし誠実な対応を心掛けていたつもりだ。
それをさながら悪党を指すような物言いをされては遺憾である。
「二言目から金銭の話が出てくる時点で善意という言葉を使う権利はない気がするんだけど? まあ、いいや。後で頭グリグリしたことは謝ってもらうとして、今は次のお客さんの話を聞きなよ」
本当に痛かったのか拳が触れていた箇所を手で撫でる『月夜見』の言葉に釣られて次の相手が来たことを察知した。
「どうぞ、あなたの悩みを聞かせてください」
「……お悩みお手紙配達業者ですけど」
なんだそれ、知らんぞ。
ここで相談屋をやるにあたって酒場から預かった業務指示書に目を通すと、小さく何やら書かれていた。
『十日に一度の水神感謝の日は、昼食時と夕食時に匿名の相談の手紙を酒場放送で読み上げて答えるように』
なんだこの陰キャ殺しのクソイベは。
というか、水神感謝のスパン短すぎるだろ。
「……なあ『月夜見』。水神様ってのはなんなんだ? 十日にいっぺん祈りを捧げられないと体が水に溶けて消滅するのか?」
「そんなわけないじゃないか。確かに僕たち神にとって、人間からの祈りというのは生命エネルギーに変換される大事なファクターだ。でも、自ら臣民に祈らせるような神様はいないはずだよ。誰かにやらされてする祈りなんて気持ちが籠らないから神にとって意味がないし、なにより自分に祈りを捧げろなんて人間に命令するなんてカッコ悪いじゃないか」
へー、そんなもんなのか。どの基準から神の力の源となる祈りなのかがわからないが、きっとウチの『月夜見』は祈りなんて捧げられていないだろうし、それでも神様を続けられるのは素の力が強いのだろう。
「……僕も神様だからね、君が何を考えているか手に取るようにわかるさ。ちなみに、神として誕生してこのかた祈りを捧げてくれた人間は人間だった頃の家族とソフィアとマキとジョージさんだけだね。存命の近しい人間の中で、唯一君からだけは祈りを捧げられたことがないよね。気にしてないけど」
そんな、本当に気にしているのかいないのかわからないような拗ね方をする『月夜見』をみて、さすがに気の毒になったので今夜くらい祈祷の時間を設けてやろうと思った。
閑話休題、いつまでも現実逃避しているわけにもいかないので、さっそく備え付けの放送機器に魔力を注いでアクティブにする。
同時に、カーテン越しに受け取った手紙を無造作に一枚選んで目を通す。
「それでは、十日に一度の悩める匿名希望水神教徒のお悩みに答えます。まずはこちらのお手紙から。どれどれ『つい先日お悩み相談を受けた者です。声が若いので新人の方だと思いますが、さすがにひどすぎたのでこの場をお借りして謝罪を求めます』とのこと」
最初の二行目を読んだ時点でホンモノに絡まれたことを察した。
別にこれくらいのことでは痛痒も感じないメンタルの持ち主である自信はあるが、異世界にもこういうネット社会のキチガイみたいな奴っているんだ。
「ええ、まずは先日はお越しいただきありがとうございます。まずは続きを読み上げましょう」
そう言って読み上げた内容を要約するとこうだ。
家計が厳しいので夫の趣味である演劇鑑賞をやめてくれと伝えたら、妻である自分も働けと逆ギレされた旨を相談したのに、さも私が悪いように扱われ人格否定をされてびっくりした。声は若いが二十代半ばくらいで、周りは結婚して子供がいる年齢なのに独身でつまらない人生を送っているから、あのような発言ができたのだろう、と。そんな感じの内容だった。
いろいろ言いたいことはあるが、酒場の運営サイドとしては毒舌オッケーとのことなので思ったことは遠慮なく口にしようと思う。
「とりあえず先日頂いたお悩みを読み上げないと、これを聞いてくれてる人たちは『なんのこっちゃ』となること請け合いなので先日のお悩みとやらを読み上げていきましょう」
というわけで、先日のお便りがまだ手元に残っているので読み上げた。
曰く、相談者は専業主婦であること。そして、夫の年収はこの国の相場より相当高いが、相談者本人にとっては大した金額ではないとのこと。にもかかわらず、寝るとき以外毎日十八時間家事育児に専念する私に働けと言ってきたので一緒に批難してほしい、って感じのニュアンスだと解釈しながら先日は対応したのを覚えている。
うん。何度読んでも相談者の旦那さんがかわいそうだ。
「色々言いたいことはありますが、まず俺の年齢の予想は外れています。憶測で物事を語ると間違っていた時に恥ずかしいですよ」
隣で何か言いたげにしている『月夜見』もさすがにこの件は相談者に非があると思っているのか、俺のことを悪党扱いする彼女としては珍しく突っ込まずに堪えている。
「結婚については俺の出身地では俺くらいの年齢では恋愛にうつつを抜かさず学問に励むべしとされているので価値観と文化の相違ということで。あとは、今俺は人生楽しいですよ。だって、アンタみたいに人生つまらなさそうなおばさんの醜態を嘲笑って愉悦に浸れるんだからな」
「はいアウト! 言い過ぎだよ、君! ライン越えてるから!」
とりあえず思ったことを口にしたところ、ついに『月夜見』が割り込んできた。正直な感想は、よく今まで堪えたなと。
さすがにやり取りは放送に入ってしまったようだ。
一瞬だけ怒られると思ったが、酒場の客席の方からドッと笑い声が沸き上がるが壁越しに聞こえてきたのですぐ大丈夫だと感じた。
「それでは、次のお便りを読み上げます。ええ……『初めまして、役所仕事をしている二十二歳女性です。先日訪れたオクタゴン大臣に一目惚れしてしまいました。どうにかして一度お食事を誘ってもらいたいのですが、どうしたら実現しそうでしょうか』とのこと」
オクタゴン大臣。
この街で逃亡生活を始めて日が浅い俺ですら耳にしたことがあるほど有名な水の国の大臣だ。なんでも、三十年前に貴族政治を打倒し、民主主義と参政権を持ち込んだそうだ。なんでも、国民主体の政治に変わっても政治家の権力乱用はなくならないが、そうした人物を選挙で落とせるようになったことから国民から強く支持されているらしい。
貴族制が主流のここいらの国々で、国単位で民主主義に移行させた手腕は恐るべきものだろう。
思いつくだけなら誰でも思いつくはずだが、権力や武力を持つ貴族たちが反発するのは容易に想像がつくことだし、それを実際に退けたところが真に評価すべきポイントだと思う。
それ以上の素性は知らないが、それほどまでに実績が大きい人物なら惚れる人が出てくるのも不思議ではない。
「ああっと、バッサリいこうかな。えぇ、まず受け身はやめましょう。偉大な実績を生み出す土台となるロジックについてお話を伺いたいです、とか適当な理由をつけてまずは手紙で貴女から誘うべきだ。オクタゴン大臣ほどの重鎮ともなればスケジュールは過密で食事の相手にも事欠かないだろう。おそらく、今のままでは相談者さんなど眼中にないはずだから、まずは自分の存在をアピールするべきだと思う。えー、以上」
投げやりであることを自覚しつつも、あまり詳細に触れて国で有名な人物を知らないことがバレたらマズいので流してしまった。
異世界に来て民主主義を導入しようなどと考える偉い人を見るのが稀だったので、八角形みたいな名前をしたこの大臣についてはしばらく忘れないだろう。
そんなこんなでお便りを返していたら、気づけば放送の時間が終わっていた。
放送機器に送っていた魔力を切り、隣で成り行きを見守っていた『月夜見』の方へと振り返る。
「というわけで、今日でこの職場からはおさらばだ。二度とやらない」
微妙な顔をしだす自称月の女神を置いて、荷物を持ってこの場を後にした。
陰キャにはキツイ仕事だったぜ。
王女の依頼を遂行するための作戦会議を泊っていた宿の一室で開いていたのだが。
「ひとまず、水の都に行くまでにせせらぎの街と銀糸滝の街に立ち寄ることになるのだけれど、それ以上のことはまだ決めていないの。……はっきり言って情報が足りないわ!」
敵の情報もほとんどなければどの街の周辺がどのような生態系をしていて、どういった地形なのかもわからない。
バシッと机を叩いて主張するソフィアに皆反論はない。
「僕も記憶はほとんど取り戻したけれど、この国には立ち寄ったことがないんだ。力になれなくてごめんよ」
「『月夜見』のせいじゃないですよ。ですが、先人の知恵には期待しているのです」
珍しく俯く『月夜見』をマキがフォローしているのを尻目に、情報収集をするなら街のどこへ行こうかと考えていた。
いくつか候補が思い当たるので、二チームに分かれての行動を提案してみる。
「冒険者ギルドに水神教会、日出国輸入市に酒場なら情報が手に入ると思うんだが、どうだろう」
ソフィアとジョージさんに視線を向けて提案してみると、合点がいったとばかりに手を打ったソフィアがチーム分けを考え出した。
「場所はそれでいいと思うわ。チーム分けは……ケンジローと『月夜見』が仲良くしてるところをあまり見たことがないわね。今のうちに親睦を深めてきなさいな」
「お嬢様とマキ殿は私めが護衛いたしましょう」
「『月夜見』はケンジローにイジメられそうになったらすぐ助けを呼ぶのですよ。街の中ならアタシが駆けつけます」
というわけで、班分けが完了した。
全員が宝飾を終えたら出発ということで、早めに食べ終わって一息つきながらふと思う。マキだけお土産をショボくしてやろう。
──日がぐんぐんと昇っていく時間帯。
朝立てた予定通り『月夜見』と二人で街へ繰り出ていた。
冒険者ギルドと水神教会はソフィアたちに任せて、まずは輸入市へとやってきていたのだが。
「思ったより人が少ないね。もっと聞き込みが捗りそうだと思っていたんだけど」
冒険者ギルドに併設されている買取市場より一回りくらい狭そうな市場に、見渡せる範囲に十人も客がいないようなこじんまりとした市場。この中に優良な情報を持っている人が何人いるかわからないといった有様に、『月夜見』と違い口には出さないが俺も期待外れだと感じている。
「規模は小さいが、案外他所じゃ手に入らないネタを聞き出せるかもしれないぜ。あと、狙撃銃で使う弾薬を買い足したい」
「後半部分が本音だろう⁉ ま、まあ、とりあえず近くの店から順番に回ろう」
目当ては弾薬だけではないのだが、反論したところで余計に突っ込まれそうなので黙っておこう。
というわけで、時計回りで近い順に回っていくことにした。
店主までもが店奥で寝ているところもあるので、人がいるお店に絞って歩いていると、冒険者向けの小物類が並ぶ店舗が目に入った。
店舗とは言っても屋台みたいな見た目だが、近寄ってみると案外質のいいものを扱っているのが伝わってくる。
「お客さんかえ。見る目があるねぇ」
店の近くを通りながら商品を見ていると、店主のおばちゃんがこちらに気づき声をかけてきた。
和服を着た五十代くらいの女性だろうか。背は低いが化粧はしていて、着物で古風な雰囲気を出しているだけで案外現代の女性っぽさを感じる人だ。
「おや、見る目があるってさ。僕たちの審美眼は隠しきれないみたいだね」
おばちゃんのお世辞が一気に安っぽく感じるセリフをぶっこむ『月夜見』はおいておき、個人的に気になった商品を手に取って買い物をしようと思う。
魔導式の熱源感知望遠鏡と持っているだけでステータスが上がるらしい謎の護符を清算台にもっていき、まずは買い物を済ませてしまう。
「見る目だなんてとんでもない。コイツは調子に乗りやすいんだ。すまんなおばちゃん」
「いんやぁ? アンタらはこの市場じゃみない顔だけど、商品選びのセンスは一流に見えるよ」
慣れた手つきで紙幣を数えたおばちゃんは、商品を袋に詰めながらなおも褒めてくれる。
小躍りでも始めそうなほどウキウキな『月夜見』じゃないが、この様子なら情報が聞き出せる気がする。
「そう言ってもらえると自信が付くな。それとは別なんだが……おばちゃんは賢者召喚の魔導書って見たことあるかい?」
正確には、召喚した相手を元の場所へ帰すことができる下巻が欲しいのだが、知っていたら問い詰めてみよう。
てっきり水の国で偉くなっているらしい妖魔教団のスパイについて聞き出すと思っていたらしい『月夜見』が俺の脛をゲシゲシと蹴ってくるが放っておく。
それより、顎に手を当てて記憶の引き出しを開くおばちゃんを凝視していると、やがて手を当ててボソッと呟きだす。
「……以前、日出国の出島でそれらしいものを買っていく老執事をみたわねぇ。確か二年くらい前だったかしらねぇ」
おばちゃんはそこまで言い終えると、不自然なくらいピタッと黙ってしまう。
そして、しきりに屋台の奥に見える軍用スコップのようなものへと視線を向けだす。
おそらく売れ残り品なのだろう。アレを買えば続きが聞けるのだろうが。
「……はて、そこから先は思い出せないねぇ」
「そうかい。無理強いもできないし思い出せないものは仕方ない。いい物を譲ってくれてありがとう」
素直に買い取るのも癪に障るので、気づかなかったかのようにその場を後にしようとするが。
「ああ、思い出したよ! 確か、上巻と下巻があって、下巻は別の誰かが持って行ったのを見たんだったわ! でも、さすがにただってわけにはいかないわねぇ」
「その奇天烈なスコップを譲ってもらおうか」
俺は情報のために札束を取り出した。
──昼食時。
弾薬と装備品の補充ができてホクホク顔のまま酒場に立ち寄った俺たちは、ひょんなことから懺悔室のような部屋で謎の相談屋ごっこをしていた。
ちょうど今も、カーテン越しに咳き込む子供の苦しそうな音に混じっておばさんの声が聞こえる。
「息子の咳が止まらないんです。熱は下がって鼻水も止まっているのですが」
なるほど、咳喘息かもしれないな。
中学時代にインフルにかかった際、咳だけ三ヶ月くらい長引いたことがあったが、その時も咳喘息だと診断されたのを覚えている。
「もしかしたら気道が腫れてアレルギーのような症状を引き起こしているかもしれないな。気道の炎症を抑えたり気道を広げる効果がある丹薬を与えてやるといい。もっとも、自然に治る病気ではないが」
医者でもないのに現代知識で好き放題口にするだけでありがたがられ、そして小銭が手に入る。
目立ちやすいが身分は謎の男という共通認識が出来上がるので、ソフィアたちと合流するまではこうして身を隠していたのだ。
やがてカーテン越しの客室から人が去ったのを感じて、先ほどからゴミを見る目を向ける『月夜見』の頭をグリグリと擦ってやる。
「痛い! 痛いじゃないか! 懺悔室で少しは善意をもって人と接することを学ぶかと思いきや、言ってることの半分以上が適当じゃないか!」
「極めて心外なんだが。金をとっている以上、少なくとも善意をもって相談に応じているつもりだ」
打算ありきとはいえ、料金が発生しているわけだし誠実な対応を心掛けていたつもりだ。
それをさながら悪党を指すような物言いをされては遺憾である。
「二言目から金銭の話が出てくる時点で善意という言葉を使う権利はない気がするんだけど? まあ、いいや。後で頭グリグリしたことは謝ってもらうとして、今は次のお客さんの話を聞きなよ」
本当に痛かったのか拳が触れていた箇所を手で撫でる『月夜見』の言葉に釣られて次の相手が来たことを察知した。
「どうぞ、あなたの悩みを聞かせてください」
「……お悩みお手紙配達業者ですけど」
なんだそれ、知らんぞ。
ここで相談屋をやるにあたって酒場から預かった業務指示書に目を通すと、小さく何やら書かれていた。
『十日に一度の水神感謝の日は、昼食時と夕食時に匿名の相談の手紙を酒場放送で読み上げて答えるように』
なんだこの陰キャ殺しのクソイベは。
というか、水神感謝のスパン短すぎるだろ。
「……なあ『月夜見』。水神様ってのはなんなんだ? 十日にいっぺん祈りを捧げられないと体が水に溶けて消滅するのか?」
「そんなわけないじゃないか。確かに僕たち神にとって、人間からの祈りというのは生命エネルギーに変換される大事なファクターだ。でも、自ら臣民に祈らせるような神様はいないはずだよ。誰かにやらされてする祈りなんて気持ちが籠らないから神にとって意味がないし、なにより自分に祈りを捧げろなんて人間に命令するなんてカッコ悪いじゃないか」
へー、そんなもんなのか。どの基準から神の力の源となる祈りなのかがわからないが、きっとウチの『月夜見』は祈りなんて捧げられていないだろうし、それでも神様を続けられるのは素の力が強いのだろう。
「……僕も神様だからね、君が何を考えているか手に取るようにわかるさ。ちなみに、神として誕生してこのかた祈りを捧げてくれた人間は人間だった頃の家族とソフィアとマキとジョージさんだけだね。存命の近しい人間の中で、唯一君からだけは祈りを捧げられたことがないよね。気にしてないけど」
そんな、本当に気にしているのかいないのかわからないような拗ね方をする『月夜見』をみて、さすがに気の毒になったので今夜くらい祈祷の時間を設けてやろうと思った。
閑話休題、いつまでも現実逃避しているわけにもいかないので、さっそく備え付けの放送機器に魔力を注いでアクティブにする。
同時に、カーテン越しに受け取った手紙を無造作に一枚選んで目を通す。
「それでは、十日に一度の悩める匿名希望水神教徒のお悩みに答えます。まずはこちらのお手紙から。どれどれ『つい先日お悩み相談を受けた者です。声が若いので新人の方だと思いますが、さすがにひどすぎたのでこの場をお借りして謝罪を求めます』とのこと」
最初の二行目を読んだ時点でホンモノに絡まれたことを察した。
別にこれくらいのことでは痛痒も感じないメンタルの持ち主である自信はあるが、異世界にもこういうネット社会のキチガイみたいな奴っているんだ。
「ええ、まずは先日はお越しいただきありがとうございます。まずは続きを読み上げましょう」
そう言って読み上げた内容を要約するとこうだ。
家計が厳しいので夫の趣味である演劇鑑賞をやめてくれと伝えたら、妻である自分も働けと逆ギレされた旨を相談したのに、さも私が悪いように扱われ人格否定をされてびっくりした。声は若いが二十代半ばくらいで、周りは結婚して子供がいる年齢なのに独身でつまらない人生を送っているから、あのような発言ができたのだろう、と。そんな感じの内容だった。
いろいろ言いたいことはあるが、酒場の運営サイドとしては毒舌オッケーとのことなので思ったことは遠慮なく口にしようと思う。
「とりあえず先日頂いたお悩みを読み上げないと、これを聞いてくれてる人たちは『なんのこっちゃ』となること請け合いなので先日のお悩みとやらを読み上げていきましょう」
というわけで、先日のお便りがまだ手元に残っているので読み上げた。
曰く、相談者は専業主婦であること。そして、夫の年収はこの国の相場より相当高いが、相談者本人にとっては大した金額ではないとのこと。にもかかわらず、寝るとき以外毎日十八時間家事育児に専念する私に働けと言ってきたので一緒に批難してほしい、って感じのニュアンスだと解釈しながら先日は対応したのを覚えている。
うん。何度読んでも相談者の旦那さんがかわいそうだ。
「色々言いたいことはありますが、まず俺の年齢の予想は外れています。憶測で物事を語ると間違っていた時に恥ずかしいですよ」
隣で何か言いたげにしている『月夜見』もさすがにこの件は相談者に非があると思っているのか、俺のことを悪党扱いする彼女としては珍しく突っ込まずに堪えている。
「結婚については俺の出身地では俺くらいの年齢では恋愛にうつつを抜かさず学問に励むべしとされているので価値観と文化の相違ということで。あとは、今俺は人生楽しいですよ。だって、アンタみたいに人生つまらなさそうなおばさんの醜態を嘲笑って愉悦に浸れるんだからな」
「はいアウト! 言い過ぎだよ、君! ライン越えてるから!」
とりあえず思ったことを口にしたところ、ついに『月夜見』が割り込んできた。正直な感想は、よく今まで堪えたなと。
さすがにやり取りは放送に入ってしまったようだ。
一瞬だけ怒られると思ったが、酒場の客席の方からドッと笑い声が沸き上がるが壁越しに聞こえてきたのですぐ大丈夫だと感じた。
「それでは、次のお便りを読み上げます。ええ……『初めまして、役所仕事をしている二十二歳女性です。先日訪れたオクタゴン大臣に一目惚れしてしまいました。どうにかして一度お食事を誘ってもらいたいのですが、どうしたら実現しそうでしょうか』とのこと」
オクタゴン大臣。
この街で逃亡生活を始めて日が浅い俺ですら耳にしたことがあるほど有名な水の国の大臣だ。なんでも、三十年前に貴族政治を打倒し、民主主義と参政権を持ち込んだそうだ。なんでも、国民主体の政治に変わっても政治家の権力乱用はなくならないが、そうした人物を選挙で落とせるようになったことから国民から強く支持されているらしい。
貴族制が主流のここいらの国々で、国単位で民主主義に移行させた手腕は恐るべきものだろう。
思いつくだけなら誰でも思いつくはずだが、権力や武力を持つ貴族たちが反発するのは容易に想像がつくことだし、それを実際に退けたところが真に評価すべきポイントだと思う。
それ以上の素性は知らないが、それほどまでに実績が大きい人物なら惚れる人が出てくるのも不思議ではない。
「ああっと、バッサリいこうかな。えぇ、まず受け身はやめましょう。偉大な実績を生み出す土台となるロジックについてお話を伺いたいです、とか適当な理由をつけてまずは手紙で貴女から誘うべきだ。オクタゴン大臣ほどの重鎮ともなればスケジュールは過密で食事の相手にも事欠かないだろう。おそらく、今のままでは相談者さんなど眼中にないはずだから、まずは自分の存在をアピールするべきだと思う。えー、以上」
投げやりであることを自覚しつつも、あまり詳細に触れて国で有名な人物を知らないことがバレたらマズいので流してしまった。
異世界に来て民主主義を導入しようなどと考える偉い人を見るのが稀だったので、八角形みたいな名前をしたこの大臣についてはしばらく忘れないだろう。
そんなこんなでお便りを返していたら、気づけば放送の時間が終わっていた。
放送機器に送っていた魔力を切り、隣で成り行きを見守っていた『月夜見』の方へと振り返る。
「というわけで、今日でこの職場からはおさらばだ。二度とやらない」
微妙な顔をしだす自称月の女神を置いて、荷物を持ってこの場を後にした。
陰キャにはキツイ仕事だったぜ。
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若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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