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guilty 9. ヤバい女と委員長を引き合わせてしまった

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 絶え間なく人が溢れている休日の駅前。

俺は折原の提案でなし崩し的に委員長と約束していたカラオケの為に待ち合わせ場所にやって来た。12時に待ち合わせで、今は15分前である。



 一番乗りかと思ったが、待ち合わせ場所には既に不機嫌そうな顔をした私服姿の委員長がいた。赤色縁のメガネをかけ、黒のキャミソールに緑と赤の縞模様のフリルスカートという真面目な委員長にしては堅すぎず、可愛すぎない姿であった。



「遅いわよ、今何時だと思ってるのよ」

「いやいや。まだ11時45分ですが。委員長は何時に来たの?」

「6時よ」



 はっっっっや!

前夜から遠足を待ちきれないわんぱく幼稚園児かよ。正気の沙汰じゃない。



「えぇ……じゃあ、委員長は6時間近くここで待ってたのかよ」

「まあね。ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでたから無駄な時間は過ごしていないわよ」



 委員長は眼鏡を指で摘まむように持ち上げ、分厚い本を見せてくる。ナニソレ、何かの修行の一環でやっているのですか?俺には理解できないが、勤勉家の委員長にとっては苦も無い時間の過ごし方なのだろう。



「というか、男なら全裸で徹夜待機するくらいの気持ちで来なさいよ」



 どんな気持ちだよ、捕まるわ。



「まったく……折原も遅いし、ブツブツ」



 えっと、時間に遅れていないのに何故こうも文句を言っているのだろう。何故、不機嫌そうなのか分からないがもしかして委員長の素がこれなのか。



「そうね、ははは……」

「…………」



 苦笑いする俺と黙り込む委員長。ま、間が持たねえ!普段は委員長と学校関係のことで喋るくらいで、普通に二人で私語とかしたことない。大体、折原が入っていた。



 ただでさえ話しかけにくいのにそこに不機嫌さがプラスされては一気に難易度が上がる。勇者がダイコンとハンペンを武器に魔王に挑むのと同じくらいに。



「あ、赤縁メガネがオサレですね」

「誰がオサルよ、殺すわよ」



 いやだ、難聴系やめて。

勇気を持って話しかけるが、ますます不機嫌になる委員長。は、はやく、折原氏!来ておくれ!



「おっはよーございまーす!!」



 元気な女の声が聞こえてきた。

櫻井だった。白ティーシャツにデニムのオーバーオールという姿であった。



 折原がカラオケにもう一人女を誘えというので、櫻井と薬師寺サンのどちらかを選んだ結果こうなった。どちらも違う意味で甲乙つけがたかったが、薬師寺サンを委員長に引き合わせると俺が性転換してしまう可能性があるため、消去法で櫻井に連絡をとった。櫻井からは二つ返事で『行きます!』という返事がきた。



 無論、薬師寺サンほどではないが、櫻井と委員長をそのまま引き合わせても何だか色々とヤバそうな気がしたので事前に手は打っておいた。まあ、知らない女がいきなりやってきてもびっくりするし。なんか変な誤解を招きかねない。以下は昨夜の櫻井の電話のやりとりである。



『え? 私が先輩の妹として振る舞えって? 何故です? ていうか、先輩のいう委員長さんって何です? ちょっと危ないお店にいくのですか?』



『カラオケって言ったろ。委員長と聞いて、危ないお店を連想するお前が色々と危ないと思うぞ。まあ、色々と事情があるんだよ。その代わり、俺が出来ることなら何か一つ頼み事を聞いてやるよ』



『そですねー。とりあえず、オニイチャーンオニイチャーンってアホの子みたいに連呼しとけばいいんですよね。わっかりました! 頼み事はまた考えておきますね!』



『アホの子みたいに連呼はしなくていい、俺までヤバい奴みたいに思われそうだからな。ルノワールでジュース奢るとかでもいいぞ。頼むからおやぢに痴漢とかそういう気の狂ったようなのはナシで』



『フッフッフ、ナニを言いますか。先輩がせっかく頼み事を聞いてくれるのですから素敵な頼み事を考えておきますよ』



 櫻井のいう素敵な頼み事が何か色々と不安だが、背に腹はかえられない。



「だ、誰よ、あの子……」



 委員長は怪訝な顔をして呟く。まあ、いきなり見知らぬ少女が駆け寄ってきたらそうなるわな。しかし、石橋を叩きすぎて壊すくらいに慎重派な俺は裏で工作していたのだ。



「あっ、はじめまして! 私、櫻井雛っていいます! そこにいるちか、じゃなかったそこにいる人の妹やらせてもらっています!! 兄がいつも下のお世話になってますら!」



 櫻井は前屈みになり、警官のように左手で敬礼する。ヤッベエエエエ、この子、初っぱなから色々と余計なことを口走ってる。妹やらせてもらってるって何だよ。あと、下のお世話とかいらない。ほらあ、案の定、委員長が俺を睨んできたよ。



「い、妹? 植木、アンタ……妹なんていたの?」

「あ、ああ。べ、別に俺に妹がいてもおかしくないだろ?」

「そ……可愛いじゃない。けれど壊滅的にアンタと顔が似てないわね」



 壊滅的って……。俺の顔、そんなにヤバいの?



「ふーん……ごほん。はじめまして、私は佐々木あかねよ。妹さん、だっけ? 名字が違うみたいだけど。あと、妹さんならコイツと一緒に来なかったのは何故かしら?」



 ウッ、いちいちめざとい。

疑っているのか。ヤバい、そこまで口裏を合わせていないから櫻井がまた変なことを言ったら俺が終わる。



「お兄ちゃんとは腹違いの兄妹なんです! お父さんの不貞が原因で別居中なんです! まあ、別々に来たのもそういうわけですね」



 お、おお?う、うまく、切り返せたの、か?

咄嗟の言い訳はすごいが、こういう往来で明るく元気に話す内容ではない。



「そ、そう……ごめんなさいね、不躾で悪かったわね」

「良いって事ですよー! 今日だって妹の私が参上したのはお兄ちゃんが『カラオケという密閉空間で委員長といたら気が動転してプルプルと痙攣して、野生のケダモノに変身してしまうかもしれないから防波堤として来てくれないか』っていうお兄ちゃんの優しさ溢れた理由なんですよー」



 背後から味方に狙撃されている気分ってこういうことなんだろうか。変な気を回しすぎて俺がすごくヤバい奴みたいになってる。



「…………」

「あの、やめて? ドン引かないで? 嘘だから。い、妹はこういう洒落にならないジョークを言う悪戯っ子なんだよ」

「今日は妹さんの手前いいけど、今度から私の半径1キロ以内に入ってこないで」



 そ、それだと学校に行けないのですが。暗に来るなって言ってる?そして、尻のポケットに入れていたスマホが鳴る。折原からの着信であった。



『もしもし、白スク熟女の試写会忘れてた、テへペロリ。悪いけど今日パスね』

「お、折原クゥゥゥゥン!? アッ、ちょっと!」



 ドタキャンの連絡であった。そのまま、委員長に伝える。



「は? 何ソレ、ぶっ殺すわよ?」



 俺にガンを飛ばすのはやめてください。

はやくお家に帰りたいよう、ママァ……。



「私、お腹空いちゃいました。カラオケに行く前にどこか食べ物屋さんに行きせんか?」



 櫻井はお腹を両手で撫でて提案する。



「そうね、カラオケにも軽食はあるだろうけど落ち着かないし、そこの腰振り人形は放っておいて行きましょう」



 ありそうでなさそうな悪口はやめてあげて。



 ──喫茶店ルノワール。



「お、いらっしゃい……桂一郎じゃねえか、今日は両手に花って奴か? ガハハハ」



 行きつけの喫茶店に三人で入店すると店長が下品な笑い声を上げる。花は花でも俺に優しくないトゲトゲしい薔薇だけどな。しかも、毒付きの。



「へえ、植木の顔には似合わない落ち着いた雰囲気の店ね」



 委員長は店内を見回し呟く。非道くない?俺の顔がうるさいってこと?



「ですねー。お兄ちゃんのお気に入りの溜まり場なんですよ、入店するとそこの机の角で嬉ションしちゃうくらいに」

「…………」

「違うから、委員長も世界が滅亡したみたいな絶望的な瞳で俺を見ないで。そんな犬みたいなことしないから。妹よ、俺が社会的に殺されるような冗談はよせ」

「あ、ごめんなさい。お兄ちゃんが嬉ションしちゃうのは近所のオバサンでしたね」



 全然フォローになっていないどころか変態度が爆上がりしてる。



「妹さんは今いくつ?」

「中学三年生でっす!!」



 席に着くと委員長が櫻井に尋ねる。ちょっとそれは無理がなくない?まあ、でも子供っぽい服装をしてるからなくもないから?まな板だし。



「ん? お兄ちゃん? なんか今、変なことを考えました?」



 櫻井は笑みを浮かべ、俺の右の乳首を抓る。

痛い痛い。やめて、俺の乳首に酷いことしないで?



「お腹空きましたねー、何、食べます?」

「そうね、皆でつまめるフライドポテトと……私はアイスコーヒーとオムライスでいいわ」

「フライドポテト! いいですね~、じゃあ私はジンジャエールとナポリタンにします! で、お兄ちゃんはいつもの青汁とお子様セットで。ますたあ~注文いいいですか~?」



 いつものじゃねえ。だから勝手に俺のまで注文するのやめてもらえませんかね。俺の意思はスルーされ、スケベマスターに注文する。



「ところで、佐々木さんはお兄ちゃんのクラスの委員長と聞きましたが、こういう関係じゃないですよね」



 注文を終えた櫻井は人差し指と中指の間から親指の頭を出すジェスチャーをする。自称女子中学生がしていいジェスチャーではない。



「ちっちちち違うわよ! 違います!!」

「ホントですか~? まあ、お兄ちゃんの趣味はおぢさんに痴か、ムググッ」



 俺の手は反射的に櫻井の口を塞いでいた。

あ、アッブネエエエエ!!今、こいつ、常人には理解できない危ないことを言おうとしたよね?



「え? いま、おぢさんに、ち、ちか……?」

「はははは……な、何でも無い何でも。偶に夢遊病患者みたいなことを口走る気があんの、この子」

「そ、そう……」



 難しそうな顔して櫻井の口を塞いでいる俺と苦しそうにもがいている櫻井を交互に見る委員長。ヤバイ、変態家族とか思われてるかも。



「プハーッ!! ヒッドいですよ先輩?! いきなり、窒息プレイとかやめてください!!」

「お前が変なことを言おうとしたからだろ」 

「あ~あ、先輩の汚いものを握ったばっちい手で口を塞がれちゃいました。掌についた私の唾液舐めないでくださいよ?」

「握ってないから、舐めないから。キモいこと言わないでくれる?」

「は、ははは……じ、実に楽しそうな家族ね」



 苦笑いで俺と櫻井を見つめる委員長。

微笑ましい家族を見つめる瞳ではなく、腫れ物を見るようなソレであった。櫻井が興奮して、つい『先輩』って口走ったことはスルーしてくれたみたいだ。



 ちなみに、注文したメニューは三人で美味しく頂いた。マスター特製の青汁は犬小屋みたいな味がしたが、お子様ランチは大変美味しゅうございました。



 ──カラオケ、リトルエコー。



「イラッシャイマセー……エッ、は、ハニー?」



 カラオケ屋に入るとカウンターにいる店員さんに出迎えられた。薬師寺サンだった。あれ?俺、終わった?人生終了のお知らせ?オチン●ンさようなら?
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