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第3章

5 半年目の決心⑤

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 なんとなく方向性が見えたので俺は満足した。
 今日はマイナスからプラスへ、ものすごく進歩した。
 優子さんの気持ちは何も変わっていないけど、自分の気持ちが変わっただけでグンと近い存在になった気がする。

「ちょっとしゃべり過ぎちゃった、ゴメンね」
 優子さんは小さいため息を交えながら言った。
「いえ」
 俺は姿勢を正した。
「全然、しゃべり過ぎじゃないです。むしろもっと何でも言ってください。優子さんがどんなことを考えていて、何を求めているのか、俺は、ちゃんと知りたいんで」
「亮弥くん……」
 言ってからちょっと照れそうになったけど、怯まず言葉を続ける。
「これまでは遠慮して何も聞けなかったけど、もう優子さんがフリーってわかったし、俺、諦めませんから。ちゃんと男として見てもらえるように、がんばりますから」
 言い切った! と心臓バクバクしながら、どんな返事が来ても平気だ! と自分を鼓舞するためにキッと唇を結んで優子さんを真っすぐ見た。

 優子さんは困ったように笑って、
「もの好きだねぇ、亮弥くんは」
 呆れとも許容とも取れる返事をすると、半量まで減ったグラスを指でなぞりながら続けた。
「でも亮弥くんにも私は無理だよ。私みたいに冷めきった人間はやめといたほうがいい」

 冷めきった人間――?
 あまりに似つかわしくない言葉で、俺の頭は理解に戸惑った。
 心臓がドクドクと主張を強めていく。
「え、どういうことですか?」
「それがわからない間は、男としては見られないかな、アハハ」
「そんな……」

 その後も真意を尋ねたけど、優子さんは何も教えてくれなかった。
 ひとつ乗り越えたと思った途端に、また新しい壁が生まれてしまった。

 優子さんからはこれまで温かさしか感じていなかった。
 優しくて、温かくて、誠実で、品が良くて、いつも俺に安心を与えてくれる人だった。
 "冷めきった"なんて言葉は全く無関係に見えた。

 "無理""やめといたほうがいい"なんて言われたら、普通は振られたということなんだろう。
 にも関わらず、不思議と振られた気はしていなかった。
 どちらかというと、試されているような印象を受けた。

 優子さんが冷めきってるってどういうことだろう。
 あの優しさが本当は偽物だなんてことはないと思うけど、もしそうだったとしたら、優子さんの本性を知っても俺は変わらず好きでいられるだろうか。
 それはけっこうな難問だった。
 優子さんの嘘偽りの無さに心を惹かれていた部分は大いにある。
 その根底が崩れたら、優子さんでなきゃいけない理由が他にあるだろうか? 

 だからなのだろうか。
 優子さんが俺を幻滅させようとしたり、安易に近づけないようにしたりするのは。
 真実を知った俺が優子さんを好きじゃなくなる理由を、優子さんは自覚しているのかもしれない。
 考えると、解消したはずの不安がまた心に巣くってしまって、俺は再び苦しい時間を過ごす羽目になった。
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