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第5章

1 切り出すタイミング⑥

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「仲良しなんだねぇ」
 二人を見送ってから言うと、亮弥くんは恥ずかしそうに笑った。
「不意打ちでびっくりしました。でも優子さんを紹介できて良かった」
 私も親友くんに会えて少しホッとしていた。
 以前「クリスマスに会えないなら彼氏がいる」と言われたと聞いた時、私みたいな年上の女が亮弥くんと近づくことにあまり良い印象を持っていないんじゃないかという気がして、少し気になっていた。
 でも顔を見たら、その言葉に他意があったわけではなかったとすぐにわかった。
 亮弥くんをよろしくと言われたのは少し戸惑ったけど、歓迎されないよりはずっと良い。

 銀座駅から地上に出て、少し裏路地に入ったところにある和風カフェに入った。
 黒い木材を基調とした落ち着いた雰囲気でありつつ、店内は銀座のマダムや若い女の子達の他に観光客らしい外国人も見られ、賑わっていた。
 座席は畳がはめ込まれたオシャレな椅子で座り心地もよく、テーブルには千代紙で折られた小さな鶴や奴凧やっこだこが飾ってある。

「私は、季節の和菓子とお抹茶のセットかな……」
「俺はコーヒーと、抹茶パフェ食べてもいいですか?」
「パフェ」
「お腹空いてないとかどの口がっていう……」
「あはは、いや、食べられるなら食べなよ」
 運ばれてきた季節の和菓子は、向日葵をモチーフにした練り切りだった。
 その繊細さと可愛らしさに思わずため息が洩れた。
 亮弥くんの抹茶パフェも、美しい層が重なったグラスの上部に、抹茶アイスやあんこや白玉が品良く盛られていた。

「この前、姉に聞いたんですけど」
 パフェを食べながら、亮弥くんが話し始める。
「優子さんって、社長秘書なんですね。俺全然知らなくて……」
 ついにバレてしまった、と思った。
「あー、まあ、一応ね……」
「仕事もめちゃめちゃできるって聞きました」
「まあ……もう長いからね……それなりにはできないと」
「なんでそんな嫌そうなんですか」
 その言い方がちょっと愛美ちゃんに似ていて、思わず笑いそうになった。
「いや、別に実力を買われてなったわけじゃないからね」
「そうなんですか?」
「うん。それに、どんなに頑張っても結局男性秘書ほど信頼もされなくて」
 調整役としてのやりがいはあるけど、本当にやりたい仕事かというと、私は今もずっと疑問を持ち続けたままだ。
「男性秘書……?」
 その声に微妙な空気を感じて視線を上げると、亮弥くんが珍しく眉をひそめている。
「男性秘書って、優子さんの仕事のパートナーってことですか?」
 これはちょっと面倒な展開かな、と私は少し身構えた。
「う、うん、そうだけど……」
「いくつくらいの人?」
「んー、今……五十過ぎくらいかな? なんで?」
「優子さん、年下は苦手で年上好きって聞いてたから、ちょっと……心配っていうか……。こんな子供っぽくパフェつつきながら言うのもなんなんですけど……」
 そのちょっといじけた様子に、初めて亮弥くんの嫉妬らしい嫉妬を見たような気がした。
 これはこれで、かわいい。

「まあ、その男性秘書はさておき、たしかに、若い頃は年上好きだったけどね~」
「今は違うんですか?」
「なんかね、若い頃って、自分が無知な分、人生経験豊富で何でも知っている年上を手放しで尊敬できたんだよね。視野も広がるし、ついつい惹かれちゃってたけど、この年になるとねー……」
「変わったんですか?」
「うーん……。本当に心から尊敬できる人って限られてくるよね。自分が経験も知識も増えてくると、見え方が変わってしまったというか。できるだけ相手を立てたいって気持ちがある分、本心からそれをできなくなってしまったのがしんどいのかな。仕事のつき合いならいいんだけど、プライベートで側にいたら多分ストレスになる。だから今は、別に年上好きでもないかな」
「そ、そうなんだ……! ということは、今は、年下……」
 亮弥くんの顔が、ぱあっと明るくなる。
「というわけでも、ないけど」
「ないんですか」
 わかってたけど、と言いながら亮弥くんは笑った。
「ただ、年齢では測れないなって思うようにはなった。中身が子供な人はいつまでも子供だし、成長する人は若くてもどんどん成長する」
「それは、そうかもですね……」
「亮弥くんとは、一緒にいてもストレスを感じないから、会ってるんだけどね……」
 練り切りを一口分切り分けながら言って、視線を上げると、亮弥くんが嬉しそうな笑顔で「あざっす」と言った。
 その安心しきったような顔を見て、私の心は既に特別な愛情として亮弥くんに伝わっているのかもしれないと、ふいに感じた。
 そしたら急に気が急いた。
 話すタイミングは今だ。そう思った。
 これ以上後になると、もう取り返しがつかなくなる。

「亮弥くんさ……」
 鼓動が一度大きく打ち、体に緊張を走らせる。
「はい」
 亮弥くんは、優しい笑顔で聞く態勢に入る。
 その笑顔に押されて飲み込みかけた言葉を、私は気丈に声に変えた。
「私が亮弥くんを信じなくても、私の側にいられる?」
 亮弥くんの顔から笑みがふっと消える。
 胸にズキズキと痛みが走る。
 ほんの四、五秒の沈黙が、鉛のように重く私の心にのしかかった。
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