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第11章
1 お花見③
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比較的多く咲いている木の側にシートを敷いて、皆で座った。
晄理をベビーカーから抱き上げた戸田さんが、「あ、おしっこしたぽい」と言って晃輝に指で軽く合図した。
すると、晃輝は持っていた荷物からおむつを取り出して、戸田さんに渡した。
「すげー、ちゃんとパパママになってる……」
息ピッタリのやり取りに思わず呟いた俺に、戸田さんが怪訝そうな顔をする。
「馬鹿にしてんでしょ」
「してませんけど……」
「褒めてんだよなぁ、亮弥は。で、あかりは照れ隠しな。すんませんね、ゆーこさん、ここ言葉通じないんで、通訳が要るんですよ」
晃輝は俺と戸田さんを交互に指差した。
「あはは、コミュニケーションって難しいんだなって思いました。気を遣わないで、どうぞいつもどおりで」
優子さんはそう言ってにこにこしている。
「晄理くん、おむつ濡れても泣いたりしないんですね」
「そーいや、あんま泣かないっすね。腹減った時くらいかな?」
「寝る前もぐずるし、夜泣きするじゃん」
「そーそー、夜泣きが大変なんすよ」
「はぁ? アンタ寝てんじゃん。いっつも私一人であやしてんだから。真夜中に。マジでキツい」
所構わず夫を責め立てるとは、ガチで怖いな、と俺は思った。
「いやもう、あかり様々ですよ」
笑ってなだめる晃輝もすげー。
「大変ですね。でもちゃんと起きてあげるんだから、やっぱりお母さんはすごいなぁ」
「別に、そんなの当たり前です……この人が鈍感なだけで」
「でも尊敬します。眠いのに起きるのって、体も辛いですもんね」
「そうなんです……」
戸田さんは晃輝に文句を言った勢いをすっかり引っ込めて、照れくさそうな顔で粛々と晄理のおむつを替えた。
相手の毒に刺激されず、刺激せず、こんなにサラリと返せるなんて……。
優子さんの本当の対応力を初めて目の当たりにした気がする。
きっと仕事の時も、こんなふうにピュアな接し方でオッサン達を転がしてるんだろう。俺には絶対ムリ。
晄理のおむつ交換が無事に済んだら、いよいよ優子さんが抱かせてもらうことになった。
「私、もう二十年くらい赤ちゃん抱いてないから、全然わからないんですけど……」
「二十年って。子供の頃ですか?」
「ううん、大人」
「あっ、えっ、二十年前、もう大人!?」
「もう大人なんです。怖いでしょ。自分でもビックリします、あはは」
「ぱないっすね」
戸田さんと優子さんがこんなふうに話している光景は不思議で、なんだか異世界に来てしまったような気分だ。
でも戸田さんのほうがすごい昔からの知り合いって感覚だったけど、今改めて思うと、戸田さんを知ったのは高校生の頃で、優子さんを知ったのは十八の時だから、知り合い歴はあんまり変わらないんだな。
それもそれで不思議だ。
「首だけ腕でちゃんと支えて……、乗せますよ……」
「わ、抱っこできた。軽い~。うわぁ……。ちっちゃい。見て見て、亮弥くん」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「う、うん、抱けたね」
「マジ青山興味ねーじゃん。ちょっとは優子さん見習えよ」
「あはは、そんなことないですよ。楽しみにしてたもんね、亮弥くん」
「そう、楽しみにしてた」
ぎこちなく頷いた俺に、優子さんがにこっと微笑んだので、俺は側に寄って晄理の顔を覗き込んだ。
晄理は目を大きく開けて、こちらをじっと見つめた。
ニット帽からちょろっと出てる髪の毛は細くて、ほっぺたはむっちりと膨らんでいる。
「あれ、これ……」
晄理が胸元に着けていたのは、黄色の縁取りがされている、縦ストライプのスタイ。
俺が贈ったおむつケーキに付いていたやつだ。
「使っていただいてありがとうございます……」
戸田さんに小さく頭を下げると、「気づくの遅ぇし」と悪態が返ってきた。
「亮弥くんも抱っこしてみる?」
「え、俺はいいよ、落としたら怖いし。優子さんが抱いてるのを見るだけで」
「そう? ほら見て、手ちっちゃい。かわいいねぇ」
「ホントだ……。爪ちっちゃ」
その時、カシャとスマホのシャッター音がした。晃輝だった。
「疑似親子写真撮れたぞ」
「えー、やめろよ急に」
「あはは、お借りした晄理くんでちゃっかり」
「優子さんは子供産まないんですか?」
戸田さんが遠慮なく聞くので、俺はギョッとした。
「そうですねぇ。もう年齢も年齢だし、体力に自信ないからちょっと難しいかなぁ」
「そーなんすか。なんかもったいないですね。青山と優子さんなら、すごい美形が生まれそうだけど」
「あはは、亮弥くんに似てくれたらね~」
その言葉に、今度はドキリとする。
今、一瞬でも優子さんが俺との子供をイメージしてくれたってこと……?
「優子さんに似たほうが優しい顔でいいですよ」
「あはは、ありがとうございます。でもこれは年取って目尻下がっただけだから。元はけっこう吊り目なんです」
戸田さんは吹き出した。
「えー、マジっすか? そんな変わります?」
「変わりますよ~。三三からいろいろ変わり始めるから、覚悟したほうがいいですよ!」
「げー。今でもけっこうヤバいのに、これ以上劣化すんのマジやめてほしい」
二人がそんな話をしてる間に、晃輝から今の写真が送られてきた。
ちらほら花を付けた桜の木をバックに、芝生に敷かれたシートの上で、子供を抱いて幸せそうに笑っている優子さんと、子供に話し掛けているような俺。
将来の家族写真のようなその画は、なんだか俺の気持ちをソワソワさせた。
子供が欲しいとは思っていないけれど、優子さんとの間にこういう未来があるとしたら、それは絶対に幸せに決まってる。
「さっきの写真?」
「うん、ほら」
「ふふ、いいね」
その自然な優子さんの返しが、肯定のように聞こえて、妙に胸がドキドキと高鳴った。
え、こんなことでドキドキしてる俺、ヤバくね?
と心の中で思いながらも平静を装う。
「後で送るから」
「うん」
晄理をベビーカーから抱き上げた戸田さんが、「あ、おしっこしたぽい」と言って晃輝に指で軽く合図した。
すると、晃輝は持っていた荷物からおむつを取り出して、戸田さんに渡した。
「すげー、ちゃんとパパママになってる……」
息ピッタリのやり取りに思わず呟いた俺に、戸田さんが怪訝そうな顔をする。
「馬鹿にしてんでしょ」
「してませんけど……」
「褒めてんだよなぁ、亮弥は。で、あかりは照れ隠しな。すんませんね、ゆーこさん、ここ言葉通じないんで、通訳が要るんですよ」
晃輝は俺と戸田さんを交互に指差した。
「あはは、コミュニケーションって難しいんだなって思いました。気を遣わないで、どうぞいつもどおりで」
優子さんはそう言ってにこにこしている。
「晄理くん、おむつ濡れても泣いたりしないんですね」
「そーいや、あんま泣かないっすね。腹減った時くらいかな?」
「寝る前もぐずるし、夜泣きするじゃん」
「そーそー、夜泣きが大変なんすよ」
「はぁ? アンタ寝てんじゃん。いっつも私一人であやしてんだから。真夜中に。マジでキツい」
所構わず夫を責め立てるとは、ガチで怖いな、と俺は思った。
「いやもう、あかり様々ですよ」
笑ってなだめる晃輝もすげー。
「大変ですね。でもちゃんと起きてあげるんだから、やっぱりお母さんはすごいなぁ」
「別に、そんなの当たり前です……この人が鈍感なだけで」
「でも尊敬します。眠いのに起きるのって、体も辛いですもんね」
「そうなんです……」
戸田さんは晃輝に文句を言った勢いをすっかり引っ込めて、照れくさそうな顔で粛々と晄理のおむつを替えた。
相手の毒に刺激されず、刺激せず、こんなにサラリと返せるなんて……。
優子さんの本当の対応力を初めて目の当たりにした気がする。
きっと仕事の時も、こんなふうにピュアな接し方でオッサン達を転がしてるんだろう。俺には絶対ムリ。
晄理のおむつ交換が無事に済んだら、いよいよ優子さんが抱かせてもらうことになった。
「私、もう二十年くらい赤ちゃん抱いてないから、全然わからないんですけど……」
「二十年って。子供の頃ですか?」
「ううん、大人」
「あっ、えっ、二十年前、もう大人!?」
「もう大人なんです。怖いでしょ。自分でもビックリします、あはは」
「ぱないっすね」
戸田さんと優子さんがこんなふうに話している光景は不思議で、なんだか異世界に来てしまったような気分だ。
でも戸田さんのほうがすごい昔からの知り合いって感覚だったけど、今改めて思うと、戸田さんを知ったのは高校生の頃で、優子さんを知ったのは十八の時だから、知り合い歴はあんまり変わらないんだな。
それもそれで不思議だ。
「首だけ腕でちゃんと支えて……、乗せますよ……」
「わ、抱っこできた。軽い~。うわぁ……。ちっちゃい。見て見て、亮弥くん」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「う、うん、抱けたね」
「マジ青山興味ねーじゃん。ちょっとは優子さん見習えよ」
「あはは、そんなことないですよ。楽しみにしてたもんね、亮弥くん」
「そう、楽しみにしてた」
ぎこちなく頷いた俺に、優子さんがにこっと微笑んだので、俺は側に寄って晄理の顔を覗き込んだ。
晄理は目を大きく開けて、こちらをじっと見つめた。
ニット帽からちょろっと出てる髪の毛は細くて、ほっぺたはむっちりと膨らんでいる。
「あれ、これ……」
晄理が胸元に着けていたのは、黄色の縁取りがされている、縦ストライプのスタイ。
俺が贈ったおむつケーキに付いていたやつだ。
「使っていただいてありがとうございます……」
戸田さんに小さく頭を下げると、「気づくの遅ぇし」と悪態が返ってきた。
「亮弥くんも抱っこしてみる?」
「え、俺はいいよ、落としたら怖いし。優子さんが抱いてるのを見るだけで」
「そう? ほら見て、手ちっちゃい。かわいいねぇ」
「ホントだ……。爪ちっちゃ」
その時、カシャとスマホのシャッター音がした。晃輝だった。
「疑似親子写真撮れたぞ」
「えー、やめろよ急に」
「あはは、お借りした晄理くんでちゃっかり」
「優子さんは子供産まないんですか?」
戸田さんが遠慮なく聞くので、俺はギョッとした。
「そうですねぇ。もう年齢も年齢だし、体力に自信ないからちょっと難しいかなぁ」
「そーなんすか。なんかもったいないですね。青山と優子さんなら、すごい美形が生まれそうだけど」
「あはは、亮弥くんに似てくれたらね~」
その言葉に、今度はドキリとする。
今、一瞬でも優子さんが俺との子供をイメージしてくれたってこと……?
「優子さんに似たほうが優しい顔でいいですよ」
「あはは、ありがとうございます。でもこれは年取って目尻下がっただけだから。元はけっこう吊り目なんです」
戸田さんは吹き出した。
「えー、マジっすか? そんな変わります?」
「変わりますよ~。三三からいろいろ変わり始めるから、覚悟したほうがいいですよ!」
「げー。今でもけっこうヤバいのに、これ以上劣化すんのマジやめてほしい」
二人がそんな話をしてる間に、晃輝から今の写真が送られてきた。
ちらほら花を付けた桜の木をバックに、芝生に敷かれたシートの上で、子供を抱いて幸せそうに笑っている優子さんと、子供に話し掛けているような俺。
将来の家族写真のようなその画は、なんだか俺の気持ちをソワソワさせた。
子供が欲しいとは思っていないけれど、優子さんとの間にこういう未来があるとしたら、それは絶対に幸せに決まってる。
「さっきの写真?」
「うん、ほら」
「ふふ、いいね」
その自然な優子さんの返しが、肯定のように聞こえて、妙に胸がドキドキと高鳴った。
え、こんなことでドキドキしてる俺、ヤバくね?
と心の中で思いながらも平静を装う。
「後で送るから」
「うん」
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