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第14章
青山家にて⑤
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その時、優子さんが口を開いた。
「あの……、お母さん」
優子さんの横顔は、母親の心に寄り添っているように見える。
「ご心労おかけして申し訳ありません。お母さんがそのように仰るのは、当然のことだと思っています。ですが……私はこれまで子供を持とうと思わずに生きてきましたし、ご懸念のとおりもう若くもないですし……、正直なところ、これから子供を産むということは考えられません。もちろんそれは亮弥くんにもお話ししていて……。でも、亮弥くんがそれで構わないと言ってくれるので、現状は甘えてしまっている部分もあります。ただ……これはまだ亮弥くんにも話していない、私の勝手な思いなんですけど」
そう言いながら、優子さんは俺に許可を求めるように視線を向けた。
「例えばですけど、仮にこの先、二人で子供を育てたいとお互いが思ったとしたら、養子を迎えるという選択もあるかなと思っていて……」
「養子?」
「はい。自分で産むのは自信がないですし、既に生まれて親を必要としている子供の助けになれるなら、そのほうがいいのかなと思うんです」
なるほど、養子か。
案外それも良いかもしれない。
まあ、俺は優子さんがいればそれでいいけど……。
「もちろん、お母さんのご意向に沿えないことに変わりはないので、そこは申し訳ないのですが……。とはいえ今のところは亮弥くんも、子供を持つことに意欲的ではないようなので、私達としては現状そのつもりはない……ですし、むしろ今はまだ、先のことについては何も決まっていないというのが、正直なところです」
俺は頷いた。
「……ですが、もし万一、どうしても自分の子供が欲しいと亮弥くんが言う時が来たら、私は――、その時には身を引く覚悟をしています」
――え?
「そうなの? 亮弥が子供をつくる気になったら、別れてくれるの?」
「そうなった時は仕方ないです。亮弥くんはまだ若いですし、この先三十歳、三五歳……と年齢を重ねていく中で、やっぱり子供が欲しいと思う時が来るかもしれません。その時に私が亮弥くんの足を引っ張るようなことは――」
その後は、うまく頭に入ってこなかった。
思いも寄らない優子さんの言葉に、俺の頭は現実を離れてしまった。
ただ胸の辺りにざわざわと厭な痛みが響き続けた。
どういうこと?
優子さんは今も、俺と別れる可能性を考えているっていうこと?
他の人に俺を譲れるつもりでいるっていうこと?
嘘でしょ?
嘘だよね――?
優子さんの言葉は母親を安心させたらしく、その場は丸く収まって、次第に雑談へと移っていった。
姉ちゃんが「そんなに内孫が欲しいんだったら、隆也に婿に来てもらう?」なんて無責任に言い始めたこともあって、余計に母親の気持ちは落ち着いたようだ。
俺の心だけが、いつまでもざわざわと不穏な感触を残していた。
帰り際、玄関で三人に見送られながら靴を履いていたら、母親が言った。
「お饅頭、ありがとね」
今かよ、と心の中でつっこむ。
「いえ、却ってご迷惑になってしまって……」
「あ、そうだ」
母親は思い出したようにリビングに引き返していった。
「優子さん、ごめんね。うちのがいろいろと失礼なことを……」
「いえ、楽しかったです。こちらこそご心配をお掛けして……」
申し訳なさそうに頭を下げる父親に、優子さんも深々と頭を下げ返す。
「亮弥をよろしくね」
「はい、こちらこそ、亮弥くんにはいろいろ助けてもらってて」
ね、とこちらを見た優子さんに、微笑みかけた頬が少しこわばる。
「亮弥でも優子さんの役に立てることがあるのか」
姉ちゃんがしみじみと言うので、「うるさいな」と返す。
そこへ母親が戻ってきた。
「これ、あなたたちも食べて」
差し出されたのは、優子さんが買ってきたお饅頭――が二つ。
「あ、そうですよね、お二人で食べるには……」
「ううん、そうじゃなくて。すごくおいしいから、あなたたちも食べなさいってこと!」
母親は相変わらずツンとした顔でそう言って、優子さんの手を取ってお饅頭を渡した。
最初の反応がただの意地悪だったことを確信したのか、優子さんはふわりと笑顔になった。
「ありがとうございます、いただきます!」
「またいらっしゃい」
外に出ようとドアを開きかけた俺は、母親の言葉に驚いてもう一度振り返った。
「はい、またお邪魔します」
満面の笑みの優子さんに対し、ちょっと口を尖らせながらも満更でもなさそうに瞳をゆるめる母親。
こいつ、ツンデレかよ……。
と俺は思い、正樹さんにツンデレ扱いされたことを思い出して、血は争えないなと思った。
何はともあれ、母親もなんだかんだ優子さんのことを気に入ったらしいことがわかって、俺はホッと胸を撫で下ろしながら実家を後にしたのだった。
「あの……、お母さん」
優子さんの横顔は、母親の心に寄り添っているように見える。
「ご心労おかけして申し訳ありません。お母さんがそのように仰るのは、当然のことだと思っています。ですが……私はこれまで子供を持とうと思わずに生きてきましたし、ご懸念のとおりもう若くもないですし……、正直なところ、これから子供を産むということは考えられません。もちろんそれは亮弥くんにもお話ししていて……。でも、亮弥くんがそれで構わないと言ってくれるので、現状は甘えてしまっている部分もあります。ただ……これはまだ亮弥くんにも話していない、私の勝手な思いなんですけど」
そう言いながら、優子さんは俺に許可を求めるように視線を向けた。
「例えばですけど、仮にこの先、二人で子供を育てたいとお互いが思ったとしたら、養子を迎えるという選択もあるかなと思っていて……」
「養子?」
「はい。自分で産むのは自信がないですし、既に生まれて親を必要としている子供の助けになれるなら、そのほうがいいのかなと思うんです」
なるほど、養子か。
案外それも良いかもしれない。
まあ、俺は優子さんがいればそれでいいけど……。
「もちろん、お母さんのご意向に沿えないことに変わりはないので、そこは申し訳ないのですが……。とはいえ今のところは亮弥くんも、子供を持つことに意欲的ではないようなので、私達としては現状そのつもりはない……ですし、むしろ今はまだ、先のことについては何も決まっていないというのが、正直なところです」
俺は頷いた。
「……ですが、もし万一、どうしても自分の子供が欲しいと亮弥くんが言う時が来たら、私は――、その時には身を引く覚悟をしています」
――え?
「そうなの? 亮弥が子供をつくる気になったら、別れてくれるの?」
「そうなった時は仕方ないです。亮弥くんはまだ若いですし、この先三十歳、三五歳……と年齢を重ねていく中で、やっぱり子供が欲しいと思う時が来るかもしれません。その時に私が亮弥くんの足を引っ張るようなことは――」
その後は、うまく頭に入ってこなかった。
思いも寄らない優子さんの言葉に、俺の頭は現実を離れてしまった。
ただ胸の辺りにざわざわと厭な痛みが響き続けた。
どういうこと?
優子さんは今も、俺と別れる可能性を考えているっていうこと?
他の人に俺を譲れるつもりでいるっていうこと?
嘘でしょ?
嘘だよね――?
優子さんの言葉は母親を安心させたらしく、その場は丸く収まって、次第に雑談へと移っていった。
姉ちゃんが「そんなに内孫が欲しいんだったら、隆也に婿に来てもらう?」なんて無責任に言い始めたこともあって、余計に母親の気持ちは落ち着いたようだ。
俺の心だけが、いつまでもざわざわと不穏な感触を残していた。
帰り際、玄関で三人に見送られながら靴を履いていたら、母親が言った。
「お饅頭、ありがとね」
今かよ、と心の中でつっこむ。
「いえ、却ってご迷惑になってしまって……」
「あ、そうだ」
母親は思い出したようにリビングに引き返していった。
「優子さん、ごめんね。うちのがいろいろと失礼なことを……」
「いえ、楽しかったです。こちらこそご心配をお掛けして……」
申し訳なさそうに頭を下げる父親に、優子さんも深々と頭を下げ返す。
「亮弥をよろしくね」
「はい、こちらこそ、亮弥くんにはいろいろ助けてもらってて」
ね、とこちらを見た優子さんに、微笑みかけた頬が少しこわばる。
「亮弥でも優子さんの役に立てることがあるのか」
姉ちゃんがしみじみと言うので、「うるさいな」と返す。
そこへ母親が戻ってきた。
「これ、あなたたちも食べて」
差し出されたのは、優子さんが買ってきたお饅頭――が二つ。
「あ、そうですよね、お二人で食べるには……」
「ううん、そうじゃなくて。すごくおいしいから、あなたたちも食べなさいってこと!」
母親は相変わらずツンとした顔でそう言って、優子さんの手を取ってお饅頭を渡した。
最初の反応がただの意地悪だったことを確信したのか、優子さんはふわりと笑顔になった。
「ありがとうございます、いただきます!」
「またいらっしゃい」
外に出ようとドアを開きかけた俺は、母親の言葉に驚いてもう一度振り返った。
「はい、またお邪魔します」
満面の笑みの優子さんに対し、ちょっと口を尖らせながらも満更でもなさそうに瞳をゆるめる母親。
こいつ、ツンデレかよ……。
と俺は思い、正樹さんにツンデレ扱いされたことを思い出して、血は争えないなと思った。
何はともあれ、母親もなんだかんだ優子さんのことを気に入ったらしいことがわかって、俺はホッと胸を撫で下ろしながら実家を後にしたのだった。
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