あなたが笑うから。

馬島 鹿林

文字の大きさ
上 下
3 / 5

深夜は焼おにぎり

しおりを挟む
「ん……ドーナツの穴に落ちゃうよ~」

 どういう状況なのだろうか。凄い寝言だと思いながら、ベットに足を滑り込ませた。彼は食欲がいつも旺盛だ。もっとも僕自身も人のことは言えないくらい、食事は好きな方なのだが。

「おやすみなさい」

 隣で寝ている彼へと挨拶をしながら、目を閉じた。






「みたらし団子のタレに溺れる!」

 ハッと、自分の声で起きた。僕は何の夢を見てるのだ。どうやらおやつの夢が、彼から移ってきたらしい。何故、洋菓子から和菓子へと変わっているのだというツッコミは、聞かないものとする。どちらも美味しいから良いのだ。

 醤油の甘いタレの匂いがする幸せな夢だった。溺れ死にかけていたが。

 ギュルルルとお腹の方から聞こえてきたのは、切ない虫の鳴き声だった。

「なにか、食べるか」

 僕はおもむろに布団から抜け出し、キッチンへと歩き始めた。






「何にも無い……」

 悲しいことに冷蔵庫の中は空っぽであった。お腹が空いているときに限って、冷蔵庫の中身がない現象の名前を、誰か僕に教えて欲しい。めぼしいものは卵とベーコンくらいだ。

 トーストでも作ろうか?しかし、明日の朝食が無くなるのは痛い。恐らく明日の朝食は、ベーコンエッグトーストのはずだ。後は、卵かけご飯……醤油?

「あ」

 決めた。焼おにぎりにしよう。

一度何を食べるか決めたら後は早いものだった。三角形に握った、両面に醤油が塗られているおこげ付きの焼おにぎりを、僕は食べるのだ。


 焼おにぎり。それは、単純なようで奥の深い食べ物である。なぜかというと、醤油と米の割合によって味付けが大きく変わってしまうからだ。醤油とご飯を混ぜる際は、均等になるように意識をする。この時の隠し味にみりんを入れるのを、僕はおすすめしたい。程よい甘みが醤油の旨みを、更に引き立ててくれるはずだ。
 ごま油をフライパンへ引き、両面に焼き目がつくまで焼く。そしたら醤油をスプーンの裏で塗りたくり、また焼くのだ。
 醤油が乾くまで交互にこんがりと焼いたおにぎりは、深夜に食べるにはいささか罪な味わいになっているだろう。

 罪悪感が空腹に勝ることは、不可能なのである。これは仕方無いことなのだ。

 自分自身に言い聞かせた言葉は悪魔の囁きに近しいものだった。

「頂きます」

 肺いっぱいになるまで息を吸った。醤油の香りが僕の体を喜ばす。

「うま」

 口に広がった醤油が、僕に良い気づきを教えてくれた。醤油は米を倍以上美味しくする秘密道具だと。ありがとう醤油、ありがとうお米。


「良いな~美味しそうなものなんか食べてる!」

    見つかった。元気な怪獣が現れた。

「良い匂いで起きちゃいました!何食べてるんですか?俺にも分けて下さいよ」

 餌を分けてくれという姿は、大変元気があってよろしい。

「何個食べたいんだい?」
「2個で」
「はいよ」

 僕は焼おにぎりを分け与えた。食べ物を大好きな人と共有することは、美味しさをプラスさせる行為だ。きっと焼おにぎりは、もっと美味しく進化するだろう。幸せと言うのは、案外こんなものなのかもしれない。 

「おいし?」
「……はい」

 首を傾げながら聞いた。するとどうだろう、優くんはポーッとした顔をしているではないか。

「なに?僕に見とれちゃいましたか?」

 揶揄うように軽く彼に問いかける。

 はにかみながら彼は、「だって、鈴木さんが素敵だったから」と笑いかけてきた。


 昔から惚れた方が負けという言葉がある。きっと僕が彼に勝てる日は、いつまでたっても来ないのだろう。
しおりを挟む

処理中です...