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第36話 罠

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 翌日、王宮にいくつかある庭園…その内の一つにグロリアは居た。
そこにあるベンチに腰掛けうつ向いている。

(シャル様と兄上が恋仲なのは分かりきっていた事じゃない…)

会議後のサロンでの二人の情事を目撃してしまってからグロリアは意図的にシャルロットとハインツに会う事を避けていた…それほどまでにあの出来事は彼女の心に衝撃を与えていたのだった。

(私がおかしいのよ…同性であるシャル様に恋をしてしまうなんて…何でこんな事になってしまったの…)

太腿に乗せた手の甲に雫が一つ、二つと滴る。

『どうかしたのか…?』

「えっ…!?誰!?」

男の声がして辺りを見回したが庭園には誰もいない…。

『ここだ…』

どうやら声は自分の身体から聞こえている様だ…音を頼りに身体を触るとエプロンのポケットの中に固いものがあった。
取り出すとそれは地下遺跡でシェイドから渡された黒い指輪だった。

『やあ、久し振りだな…シェイドだ』

「えっ…!?どうなってるの!?」

『この指輪は離れた相手と会話をすることも出来るんだよ』

「…そうなんだ…」

『何だか悲しい波動を感じたが…何かあったのか?』

「そっ…そんな事も分かるの!?」

『ああ…この指輪は持ち主のコンディションも感じ取れるんだよ』

「そうなんだ…」

『それで何があったんだ?良かったら俺が聞いてあげるよ?』

「それが…ってちょっと待ちなさい!!あなたね~私達は敵同士なのよ!?何、平然と話し掛けてるのよ!!」

シェイドの優しげな言葉につい絆されそうになったが我に返る。
しかしシェイドと話しているとつい油断してしまう自分がいる…それは何故だか彼女自身にも分からない。

『そこに心を痛めている女の子がいる…それを慰めるのに何をはばかる必要がある?』

シェイドのこの歯が浮く様なキザなセリフ…普段のグロリアなら取り合わない所なのだが、今の情緒が不安定な彼女の心を大きく揺さぶってしまったのだ。

「それじゃあ…私のお話聞いてくれる?」

『いいよ…君の気が済むまで付き合うよ』

「あのね…今日、シャル様がご自分の騎士団をお創りになってね…虹色騎士団レインボーナイツって言うんだけど…」

『ほう…』

「それでね…」

突然の事に最初は戸惑っていたグロリアだったが優し気に声を掛けてくるシェイドに次第に心を許してしまい、シャルロットとハインツが恋仲である事、今日起った出来事なども色々と話してしまっていた。
本来は敵であるシェイドだが、彼女は彼と話せてどこか安堵している自分に気付いた…だが何故そんな感情を彼に抱いたのかはグロリア本人にも分からなかった。

『…なあ、一つ聞きたいんだが…エターニアの地下遺跡にあった巨人がどうなったか知らないか?』

「ああ、その子なら今は幼い少女の姿になってシャル様と一緒に居るわ…名前はサファイアってシャル様がお付けになったの」

『何…それは一体どうやってそうなったんだ?』

「う~ん…詳しくは分からないんだけど、床が抜けて落下した時に停止した巨人の身体のどこかを触ってしまったとか何とか…ごめんね参考にならなくて」

『そうか…いや、それで十分だ、ありがとうグロリア』

「えへへ…どういたしまして」

すっかり機嫌のよくなったグロリアだが機密情報を漏洩してしまった事に気付いていなかった…これがのちにシャルロットを窮地に追い込んでしまうとも知らずに…。



五日前の 虹色騎士団レインボーナイツの会議での事…

「ドレスアップ作戦で戦闘を回避して砦に近付き、皇帝に取り次ぐまではいけると思うんだけど、問題はその先だね…」

「姫様はどうお考えで?」

「うん、相手の出方でいくつかの選択肢が考えられると思うんだ…」

アルタイルの問いに軽く頷く…そしてシャルロットは人差し指を一本立てた。

「まず一つ目…こちらの要求通り帝国内に招き入れられ、皇帝に面会できた場合…若しくは砦で皇帝に面会出来た場合だね…帝国内に古の魔導兵器がある旨を伝えて調査をさせてもらう…これが一番穏便に事を為せるかな…まあ素直に皇帝がこちらの要求に応えてくれた場合だけどね」

今度は中指も立て二本の指を立てる。

「二つ目…皇帝ではなく大臣クラスの人物が会いに来た場合…まあこの場合はこちらがかなり軽く見られてるんだろうね…だけどそれで追い返される訳にはいかない…粘り強く交渉して意地でも皇帝に会わせてもらうしかない」

親指と小指以外の三本を立てる。

「三つ目…面会を断られた場合…この三つめは更に分岐するね…
そのまま何事も無く追い返されるか、武力行使によって追い返されるか…とにかくこのパターンは交渉失敗で出直しになるだろうね…
但し同じ武力行使でもシェイドが絡んできた場合は話が別だ…
女勇者の末裔の名に懸けて徹底抗戦するつもりだよ…こうなってしまったらもう戦争になってしまうのでなるべくなら起きて欲しくは無いんだけどね」

会議に出席している一同が固唾を呑む…誰も好き好んで戦争などしたくは無いのだ。
しかしシャルロットの話はまだ終わっていない…小指も立て四本の指が立つ。

「そして最後…このどれにも当てはまらない不測の事態が起こった場合…
さっき上げた一と二からいつでも三になってしまう可能性が多分にある事を肝に銘じておいて欲しい…」



虹色騎士団レインボーナイツがザマッハ砦の前で待つ事一時間…未だに帝国側に動きが無い…相変わらず見張り台からこちらに熱い視線を向けてくる兵士がいるだけだ。

(どう考えても三だよな…)

ハインツは心の中でそう思っていた…三、つまり戦闘になると言う事だ。
今まで長きに亘って外交を拒絶して来た帝国である…例え王族であるシャルロットが直々に訪問したと言えど、そう簡単に帝国が態度を軟化するとは到底思えなかったからだ…しかし事態は予想に反した物であった。
兵士でごった返していた見張り台から次々と兵士が下がっていく…まるで何かに怯えるかのように素早く…そして無人になったそこに新たにある人物が姿を現す。

「儂がこのドミネイト帝国の皇帝、ドミネイト十三世である!!」

ドミネイトは尊大な態度でこちらを見下ろしてくる。

(何だって!?まさかの一かよ…)

何と皇帝自らのお出ましであった…これにハインツも逆の意味で意表を突かれてしまった。

「これはドミネイト皇帝、お初にお目に掛かります…私はエターニア国王シャルル三世の子、シャルロット・エターニアに御座います」

「ほう、そなたがシャルロット姫か…なるほど噂に違わぬ美しさよな…」

「お褒め戴き光栄ですわ」

顔を上げ皇帝に向かって微笑んだ…その笑顔にドミネイトの表情が僅かに緩むが咳ばらいをし、すぐに仏頂面に戻ってしまう。

「それでこのドミネイト帝国にはどのような御用向きかな?」

「はい、私共の掴んだ情報によりますと、帝国の領内に古の魔導兵器である『絶望の巨人デスペアジャイアントが眠っているとの事…これを野放しにするのはとても危険です…もし帝国内に入る許可を頂ければ、私共が責任をもって処理と回収をさせて頂きたいのですが如何でしょう?」

シャルロットの額に汗がにじむ…そんな情報など信じられるかと一蹴されてしまえばこの計画はほぼ失敗だ…そうなれば強硬策である国と国との衝突…戦争になってしまうからだ。
じっと上目遣いでドミネイトを見上げ回答を待つ。

「ほほう、その情報は正しいのかな?」

「はい…情報源は明かせませんがかなり正確な情報かと…」

「それでその方達を招き入れて調査させて、もしその巨人とやらが出て来なければエターニアはどんな謝罪をしてくれるのかな?」

さすがにドミネイトも一国の王である、それとなく揺さぶりをかけてくる。
裏でシェイドに脅されているとは言え、この手の圧力の掛け方はお手の物だ。

「もしそのような事があれば我がエターニアは貴国ドミネイト帝国に未来永劫隷属を誓いましょう…」

シャルロットの口を付いて出た言葉にドミネイト皇帝、帝国の兵士は元より虹色騎士団レインボーナイツの面々もこの上なく驚いた。

「おいお前!!何を言いだすんだ!!そんな話…作戦会議でも聞いて無いぞ!!」

ハインツはシャルロットの肩に両手を掛け強引に自分の方を向かせた。

「それはそうさ…これは今、この場で、僕が自分で決めた事だからね…」

「そんな勝手な!!国王や王妃にも相談せずに決めるなんて正気か!?」

二人はじっと見つめ合う…しかしシャルロットの真剣な眼差しは半端な気持ちであんな事を言ったようには見えなかったのだ。
これはきっと彼女なりに熟考を重ねた結果なのだろう…ハインツはゆっくりと肩から手を放した。

「これはこれは大したタマであるな…小娘とあなどっていたわ!!
その度胸…そなたは母親によく似ておる!!
いいだろう!!その約束…忘れるでないぞ!?」

ドミネイトが合図を送ると彼の立っている見張り台の下にある大扉がおもむろに開き始める。

人が通れるほど広がった所でシャルロットが躊躇する事無く歩みを進め出した。
それに続いて他の騎士団も大扉を潜って行く。
そして全員が通過したのを確認すると大扉は再び閉まっていった。

「…これはどう言う事でしょうかドミネイト皇帝?」

何と虹色騎士団レインボーナイツ前には彼らを包囲する様に大勢の兵士たちが槍を構えて待ち構えていたではないか。

「帝国領への不法侵入の容疑でそなたたちを拘束する」

正面の兵士の列を掻き分けドミネイトが姿を現した。

「これでは約束が違います…」

「何を言っておる…儂は帝国に入って良いと許可を出した覚えは無いぞ?」

「なっ…!!」

シャルロットはハッとした…確かに砦の扉は開いたが、ドミネイトは一言も入って良いとは言っていなかった事を思い出す。

「騙しましたね…?」

シャルロットの顔からはいつもの笑顔が消え去っていた。

「フン!!まだまだだな…人を安易に信用するからこういう目に遭う…
さあ兵士どもよ!!こ奴らをひっ捕らえよ!!」

ドミネイトの号令で帝国兵士が一斉に行動を開始する。
しかし武装を持たない虹色騎士団レインボーナイツは抗戦する事が出来ない。

「皆さん!!僕が魔法障壁を張りますから集まってください!!」

イオが叫び両手を突き出す…しかし何故かシャルロットがそれを制したではないか。

「えっ…姫様…!?」

「いいよイオ…防御は不要だ…彼は僕を怒らせた…その報いはきっちり受けてもらうから…」

目が据わり、普段のシャルロットからは想像できない程表情が険しくなっている。
この後、ドミネイトは自分のしでかした事の重大さを思い知るのだった。
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