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第50話 耳長族と黒歴史(前編)

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 「サファイア!!早く船の火を消して!!」

『はい、シャルロット様』

巨人のサファイアが燃え上がる船体を力の加減をしながら手で払う。
その部分の木材は焼け焦げてしまっているが交換をすればまだ修復が可能な様だ。
しかし黒耳長族のティーが放った大量の火矢によって辺りは火の海と化していた。
運悪く近くに川や池などの水場がない…このままでは大規模な山火事になりグリッターツリーの森の多くが焼失してしまう。

「ああ…御先祖様が守り通して来た森が…」

耳長族にとっては命よりも大切な大森林が失われる恐怖により、糸の切れたマリオネットの様にレズリーが膝から崩れ落ちる。
しかしそんな彼女の頬をツィッギーが平手で思い切り引っぱたいた。

「おっ…お姉様!?」

「何を弱気になっているの!!あなたは耳長族の長でしょう!?あなたが真っ先に諦めてどうしますか!!」

「そっ…そうですね…ご免なさい…」

「私はあの黒耳長族を追うわ…あなたは村に戻ってみんなで火を消す努力をしなさい!!」

「分かったわ」

よろめきながらではあるが立ち上がったレズリーは村の方へ、ツィッギーはティーが去っていった方角へと走り出した。

「シオンお願い!!ツィッギーのサポートに行って!!」

「御意に…」

シャルロットの命でシオンもツィッギーを追う。

「俺たちは行かなくていいのか?」

「僕や君たちでは森の移動に慣れていないからね、彼女たちに追い付く事は出来ないよ…さあ僕らも火を消すお手伝いだ…サファイアはこれ以上船に火が移らないように見張ってて!!」

「分かった」
「はい、シャル様」
『はい、シャルロット様』

船の警護をサファイアに託し、シャルロット、ハインツ、グロリアはレズリー同様耳長族の村を目指した。

「さあみんな!!村中のありったけの桶や樽を運んで川に行って頂戴!!
水を沢山汲んで来るのよ!!」

「はい村長!!」

すっかり気を取り直したレズリーの指示で村人たちが一斉に動き出す。
荷車に樽や水が溜められそうな容器を積んで走り出す。
個人個人も桶を手に持ちそれに続く。

「さあ僕たちも…!!」
「おう!!」

シャルロット達も桶を手にする。
皆を追いかけようと駆け出してすぐに目の前の空間が歪みイオが現れたではないか。

「イオ!?」

「あれ?姫様!!これは一体何があったんですか!?」

周りがあまりに慌ただしいので流石にイオも異常をすぐに察した。

「今まで何処にいたの!?いや、それより敵の襲撃にあって森が火事になっているんだよ!!火を消すから君も手伝って!!」

「何ですって!?」

事は一刻を争う、シャルロット達は話もそこそこに川に向かおうとする。
しかしイオは立ち尽くしたままその場を動こうとしない。
何かを考えている様だ。

「ほらイオ!!一緒に行こう!?」

「いえ…ボクに考えがあります!!お先です!!」

そう言うとイオは『空間転移』の魔法で再び姿を消した。

「あっ!!もう…イオったら何を言考えてるんだか…」

「ほら、イオの事はいいから俺たちも行くぞ!!」

「うん、ちょっと待ってよハインツ!!」

既に走り出していたハインツを慌てて追いかけるシャルロットであった。



 「よし、ボクも転移魔法に随分と慣れてきましたね」

イオが現れた場所は森の中にある小川だった。
ここは虹色騎士団レインボーナイツがまだ結成される数年前、子供たちだけでグリッターツリーを訪れた時に休憩した小川である。
その直後、角兎の大群に襲われた嫌な思い出のある場所だ。

「出来るかどうか分からないけど、試してみる価値はあるはずです…」

イオは何を思ったのかザブザブと小川の中へと歩みを進める。
水量は昔訪れた時と比べかなり増している。
それもその筈、あの当時は『輝きの大樹』に『無色の疫病神』が憑りついていたせいで森の力が減退しており水が減っていたのだから。
流れに圧されて気を抜くと足を取られそうになる。
川の半ばまで進むと彼はそこで立ち止まった。

「集中集中…きっと出来る…そうじゃ無いとお師様とベガ様に顔向けできないです」

いつに無く真剣な表情で精神統一…魔法の杖を握る手にも力が籠る。

「『空間転移ディメンジョンムーブ』!!」

空間転移を唱え彼の目の前に歪みが出来る、下半分は水中で展開しているため水が歪みの中へとどんどん流れ込んでいく。

「上手くいってくださいよ…『接続コネクト』」

そしてイオも歪みの中へと入っていく…彼の姿が完全に消えてしまっても歪みは開いたまま…尚も流れ込む水。

次の瞬間イオはサファイアが船に炎が延焼しない様に番をしている造船所に現れた。
彼を追う様に歪みから水が流れている…しかし水は勢いがなくジョロジョロと垂れ流れていた。
勿論まだ森は燃え盛る炎に包まれている。

『イオ…どうしたのですか?ここは危険です』

「お待たせですサファイア、ボクが来たからにはもう大丈夫ですよ!!」

サファイアに目を合わせる様に上を向き、張った胸を軽く拳で叩く。
今の彼の顔は自信に満ちていた。

「もうちょっと穴をすぼめて…と」

水が流れている歪みに手を向け集中…空間の穴は見る見るすぼまっていく。
それにつれて力無く下へ垂れ流れていた水の勢いが増し、より前方へと飛ぶように噴出していった。
水撒き用のビニールホースの先端を指で潰すと水が勢いよく吹き出すのと同じ原理だ。

「よし!!今度は角度を上に向けて…と」

イオの杖の向きに連動して水流が角度を変える。
やや斜め上に向けたまま燃える木々に向けて水を掛けていく。
すると効果てきめん、水流の勢いもあってか簡単に炎が消し飛ぶ。

「やった!!ボクの考えは間違ってなかった…!!」

イオがベガから言われて修得したのは『空間転移』の魔法であった。
それは名前の示す通り空間を捻じ曲げ瞬時に別の場所に移動する事が出来る魔法であり、それ以上でも以下でもない。
本来なら開けた歪みを通過すればそれは閉じてしまい消えてしまうのだが、
イオがやったのは歪みを開けっ放しにして離れた場所同士を『接続』したと言う事…
それにより離れた場所にある小川の水を直に火事の現場に持ち込むことに成功したのだ。
魔法に工夫をして別の使い方を開発する…これはそう簡単に出来る事では無い…
これはイオの類稀な魔法適性の高さを物語っていた。

「よ~~し!!どんどん火を消しますよ~~~!!」

水流を左右に振り次々と炎に水を掛け消火していく…程なくして山火事は完全に鎮火したのだった。

「あれ!?火が消えてる…!!」

息を切らせながら水の入った重い桶を運んで来たシャルロットは唖然とした。

「やあ皆さん…お疲れ様です…山火事はボクが全部消しておきましたよ…」

疲れ切った表情で皆を迎えるイオ。

「凄いねイオ!!どうやって水を用意したんだい!?」

「済みません姫様…ボク…魔法力が枯渇してしまって…少し休ませて…」

そう言った直後、気を失い倒れ込む。

「おっと!!」

それを受け止めたのはハインツだった。

「…逞しい腕…」

寝言の様に呟き寝息を立てる。

「今は寝かせてあげよう…どうやら大活躍だったみたいだし…そうでしょうサファイア?」

『はい、見た事の無い魔法でした』

「ほら兄上、イオを労ってお姫様抱っこで運んであげれば?」

「グロリアお前、人事だと思いやがって…俺にそっちの趣味はないんだぞ」

「はいはい、モテる男は辛いですね」

「後で憶えてろよ…」

そう言いつつもしっかりお姫様抱っこでイオを運ぶハインツであった。



 「居た…!!彼女よ!!」

森の中の追跡劇…ツィッギーとシオンは遂にティーを眼前に捉えた。
足場が悪く、木の枝や草が邪魔をする道なき道を彼女たちは軽々と駆け抜けている。

「私に任せて」

走ったままシオンが棒手裏剣を三本、ティー目がけて投げつける。
しかしその棒手裏剣はティーに当たるどころか掠りもせずすり抜けていく。

『はっ…下手くそめ!!』

逃げながらちらりと後ろを振り向きシオンを罵倒する。
ニヤッと口角が微かに上がっているのが分かる。

「それはどうかな?」

手裏剣を外しておきながら余裕のシオン。

『負け惜しみか…?何っ!?』

尚も走り続けるティーだったが目の前の足元で何かが弾けた。
それは先程シオンが放った棒手裏剣だ…地面に刺さってから数秒後に破裂する様に火薬が仕掛けられていたのだ。
突然の出来事に一瞬ティーの体勢が崩れた。

「今!!」
「きゃああっ!!!」

走って来た勢いを利用しシオンがドロップキックを放つ。
それは見事ティーの背中にヒット、彼女は吹っ飛び目の前の坂を転げ落ちて行った。
彼女が落ちた先は少し開けた岩場だった、足元にはびっしりと小石が転がっていて走ったり立ち回ったりするにはあまり適していない場所だ。
うつ伏せに倒れていたティーがおもむろに立ち上がる。

『やってくれたわね…許さない…』

少しふら付きながらこちらを睨みつける。
服の至る所が破け、血が流れている傷もあった。
かなりの距離を転げ落ちた上に岩場に叩き付けられたのだ、打撲で済まない傷もおっている事だろう。

「勝負あったわ…大人しくここで死になさい」

「ちょっとシオンさん!!それはあんまりなのでは!?何も殺さなくても!!」

「何を言っているのツィッギー…こいつのしたことは万死に値するわよ?
世界樹の一つである『輝きの大樹』のある森を焼き払おうとしたのは当然として、シャルロット姫を焼き殺そうとした事は絶対に看過できない」

「でも…彼女にも言い分があるかも知れないじゃない!!」

『やめろ…!!』

シオンとツィッギーの言い争いをティーの怒鳴り声が遮った。

『やめろ…貴様に庇われるなど真っ平ご免だ…同族だから情けを掛けるか?ハッ!!笑わせるなこの偽善者め…!!』

「…何ですって…!?」

ティーの自分を詰る言葉に衝撃を受けるツィッギー。
彼女は生まれてこの方、口汚くののしられた事など無かったのだ。
よく言えば育ちが良いのかもしれないが、悪く言えば世間知らずと言えなくもない。

『過去を忘れ人間と仲良しごっこをしておきながら、これを偽善と言わずして何という!!』

ティーの背後一面の空中には夥しい数の空間の歪みが現れる。
その各々の歪みの中心には矢の先端が顔を覗かせており、まるでこちらを睨んでいるかの様だ。

「そうか…一人であれだけの火矢を瞬時に放てる訳がないと思っていたが、これがからくりか…」

背中の忍者刀に手を伸ばすシオン。

『その通り…これが私の積年の恨みがもたらした暗黒の力…これをお前たちにかわし切る事が出来るかな?』

両手を広げあざ笑うティー。
シオンとツィッギーはティーを追い詰めたつもりが逆に絶体絶命の危機に陥ってしまった。
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