上 下
11 / 109

第9話 メイド騎士(見習い)誕生?

しおりを挟む
「どこ行ってたのグロリア?心配したよ?」

「お前は姫様の専属だろう…何も言わず持ち場を離れるなんて…何かあったのか?」

「…ごめんなさい…何でもありません…ご心配を掛けました…」

グロリアは二人に詫びを入れた…本当の事は告げずに。
本当なら胸の痛みの事を二人に相談するという選択肢もあるのだが、何故かは分からないがそうする事によって三人の関係が壊れてしまうのではないかとグロリアには思えたのだ…そう、根拠は無いがそんな予感がしていた。

「…それで…あの…ご報告があるのですが…」

「何だ?」

「私も…明日から武芸の稽古に参加しますので…よろしくお願いします…」

「「ええっ!?」」

改めて頭を下げるグロリア。
それを聞いたシャルロットとハインツは困惑顔だ。

「一体どうしたんだい?前に誘った時はあんなに嫌がっていたのに…」

以前、シャルロットもグロリアを稽古に誘った事があった。
その時は『嫌っ…怖い…』と半泣きになったものだからそれ以上無理強いしなかったのだ。

「お前そんな勝手な…グラハム先生には許可を取ったのか?」

「…グラハム様には承諾をいただいています…」

「そうか…だが武芸の道というものはそんなに甘いものじゃない…やるからにはそれなりに覚悟は出来ているんだろうな?そもそも運動音痴のお前に勤まるものか!!」

ハインツは厳しい口調と眼差しでグロリアに問う。

「同じ歳のシャル様もやってるんだから私にだって出来るもん!!」

「こいつは別…俺たちの見て無い所で特訓までしてるんだからな…」

シャルロットは思わず口を手で押さえる。
実は少しでもハインツの実力に追い付こうとグラハムにお願いして二人が帰ってからも秘密の特訓をしていたのだ…しかしハインツにはバレていた様で、恥ずかしくて顔が赤くなる。

「じゃあ私も特訓するもん!!」

「無理無理!!お前はちょっと駆け足をしただけで息が切れてしまうじゃないか…
そんな奴に特訓なんてぜ~~~ったいに無理!!」

「そんな言い方って…何よ何よ!!お兄様のバカ~~~~~!!」

余程その言葉に傷ついたのか子供っぽい地の言葉遣いになってしまったグロリアは
涙目になりながら走って行ってしまった。
シャルロットが手を伸ばし追いかけようとするがハインツが妨げた。

「…ハインツ…あれはいくら何でも言い過ぎじゃないかな…」

「いいんだよ…グロリアは虫も殺せないくらい大人しくて優しい子だ…興味本位で武芸に首を突っ込んで欲しくない…色んな意味で傷つくのはあの子なんだから早めに諦めさせるのも兄の務めだろう…」

グロリアが去っていった廊下を見つめながらそう言った。

「へぇ…ちゃんと妹思いのいいお兄ちゃんなんだ…」

「うるせー!!そんなんじゃない!!」

シャルロットがいたずらな笑顔を浮かべてハインツの顔を覗き込むと彼は慌ててそっぽを向いた。

(ますます好きになっちゃった…)

シャルロットが何かつぶやいたのだがハインツにははっきり聞こえなかった。

「うん?何か言ったか?」

「ううん…何にも~~~」

今度はシャルロットがハインツにクルリと背を向ける。
背けた顔は上気した恋する乙女のものだった。



今は使われていない応接室に潜り込み膝を抱えていじけるグロリア。
しかし武芸を始めたいという動機が多少不純だったのは確かだ、ハインツの言う所の覚悟なんて本当は無かったのだ。
だがこうなってしまったからには後には引き下がれない。

「…お兄様の馬鹿…絶対見返してやるんだから…」

グロリアは決意を新たにした。

「………」

その様子をドアの隙間から窺っている黒い影があった。
しかしグロリアは気付いていない…。
程なくしてその影は音もなく消え去っていた。



翌日の朝…。

シャルロットとグラハムはいつもの練習用の防具…グロリアは赤いメイド服のままで中庭に来ていた。
突然の事で彼女用の防具が無いのと、今日は模擬戦などが無いのでこのままでいいとのグラハムからのお達しだ。


「皆さんおはようございます!!では今日の朝練をはじめましょう!!」

「おはようございます!!」

「………おはようございます…」

「………おは…よう…ございま…す」

「あれ?どうしましたハインツとグロリア…元気がないですよ?」

「…いえ…何でもありません」

「………」

お互い目も合わせないし口も利かないハインツとグロリア。
二人は朝からこの調子で、この練習場である中庭にも別々に顔を出す始末。
昨日の兄妹喧嘩が原因なのは言うまでも無い事だ。

グラハムはなんとなくだがそれを察し気持ちを切り替える。

「では姫様とハインツは私がよいと言うまで素振りをしていてください」

「「はい!!」」

「グロリアは私とこちらへ来てください」

「…はい」

グロリアはグラハムに連れられ少し離れた場所へと移動していった。
それを無意識に目で追うハインツ。

「…やっぱり気になる?グロリアの事が…」

「…そんなんじゃねぇ…無駄口叩いてないでとっとと始めるぞ…」

「へいへい…(素直じゃないな~)」

それから二人…特にハインツは憑りつかれたように高速の素振りを繰り返した。



同じ中庭の反対側…グラハムは芝生が生い茂る一角にグロリアを連れてやってきた。
彼はグロリアに視線を合わせるため片膝を着いて話し掛ける。

「まずどの武器を修得するか決めましょう…グロリア、あなたの希望は?」

「…シャル様とおんなじのがいい…」

グロリアには五年前…兄のハインツと決闘した時のシャルロットの勇士が脳裏に焼き付いていた。
小さいながらも年上の男の子に勇敢に立ち向かい一時は優勢に立っていたほどだ。
当時のグロリアは二人が戦っている事に心を痛めていたのは事実だが、それ以上にシャルロットへの憧れがあったのも紛れもない事実なのであった。

「はい、これがレイピアを模した木刀です、ちょっと持ってみてくれませんか?」

「はい…ああっ?」

想像以上に重い…木刀はグロリアの手から離れ、芝生に落ちてしまった。

「重いでしょう?この木刀は形だけでなく重さも実物と同じにしてあるのですよ」

特注でもなければ武器に子供用などという物は存在しない。
安全性の面で子供の練習に実物の武器を使う事は無いが、その代わり形状と重量は同じものを使う…これはグラハムの指導者としてのこだわりであり、それは初心者…グロリアに対しても一切の手加減が無い。

「今日は初日ですしまずはこの木刀をずっと目の前に掲げるだけにしましょうか」

「はい…分かりました…」

グロリアは木刀を両手で構えたまま真っすぐ腕を伸ばす。

「そうそうその調子…では私がやめてよしと言うまでその構えを続けていてください…
私はちょっと二人の方にいってますからね」

「…は…い…」



十分が経った…。

「ううっ…」

木刀の重みに腕が痙攣を始めた。
普段はメイドの仕事をしていても籠一杯の洗濯物くらいが関の山、それ以上重いものを長時間肩の高さで維持するのがこれほど大変とは…彼女の腕が僅かに下がる。

「…グロリア!!腕が下がっていますよ!!元の位置に戻して!!」

「…はいっ!!」

百メートル程先からグラハムの檄が飛ぶ。
グロリアは慌てて腕を元の高さまで持っていく。
しかしグラハム…眼鏡を掛けている割には矢鱈と目が良い。
もしかして彼は本当は伊達眼鏡なのではないかと疑いたくなる。



三十分経過…。

「うっ…ふぐっ…ううっ…」

グロリアは半べそをかいていた。
何度も腕が下がるがそ都度何度も上げ直す。
頭の中では早く先生がやめてよしといってくれないかとそればかり考えていた。

(何で私がこんな…もう武芸なんてやめたい…)

もう木刀を投げ出して休みたい…その考えが頭を過った…しかし…。

『ほら見た事か…やっぱりお前なんかに武芸は無理だったんだよ…』

憎まれ口を叩くハインツの顔が頭に浮かんだ。

(そうだった…私はお兄様を見返すと心に決めたんだ!!)

メラメラと湧き立つ闘志…。
彼女の折れかけた心が見る見る持ち直して来た。
姿勢も良くなりむしろ始めた時より気力に満ち溢れている。

(ほう…大した根性ですね…これはもしかしたら…)

遠巻きに見ていたグラハムも感心していた。

「あいつ…」

ハインツは余程グロリアが心配らしく度々遠くに居る彼女の方を盗み見ている。

「ハインツ…うかうかしていると妹さんに先を越されてしまうかもしれませんよ?」

「なっ…!!先生…冗談はよして下さいよ…」

「あははっ…本当にそうなったら君じゃなくてグロリアを私の護衛にしようかな~」

「お前まで…調子に乗るな!!」



一時間後…。

「さて…グロリア…今日はここまでにしましょうか…グロリア?」

「………」

グラハムが話し掛けても返事がない…。
彼女の顔を覗き込むと…何と白目をむいて立ったまま気絶していた。
そしておもむろに倒れ始めたので慌てて受け止める。

「ちょっと!!しっかりしてください!!グロリア…!!グロリア!?」

「…あっ…先生…」

薄目を開けて呼びかけに答える。

「ああっ…良かった~よく頑張りましたね…今日はもうやめていいですよ」

「…はい」

「グロリア大丈夫!?これお水!!」

「…ありがとう」

ゆっくりとシャルロットが持って来た水を飲む。

「………」

「…お兄様?」

傍らに無言のハインツが立っていた…何か言いたげである。

「…初めてにしては頑張ったじゃないか…見直した…昨日は言い過ぎた…悪かったな…」

「…お兄様」

グロリアに笑顔が戻る…ハインツは相変わらずの照れ隠しの仏頂面だった。

「ほら運んでやるから俺の背中に乗れ…」

「ありがとう…」

こちらに背を向けしゃがんだハインツの背中に皆の手を借りおぶさった。
シャルロットが寄り添い三人は室内に向かって歩いていった。

「面白い子達ですね…これは数年先が楽しみですよ…」

中庭にただ一人残ったグラハムは去っていく三人の姿を見送りながらつぶやいた。
しおりを挟む

処理中です...