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第3話 偶然の出会い

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 「マジか……」

 街の入り口に着くなり俺の何時もの口癖が出た。

 その街並みが所謂ファンタジーのあらゆる創作で出尽くした感のある中世ヨーロッパの街並みのテンプレその物だったからだ。
 街の中心を走る主要道路は石畳だし、建物は煉瓦造りだし、当然自動車などは走っていない。
 待ちゆく人々も出で立ちも麻布で出来た洋服を着ている、当然スーツを着たサラリーマンもセーラー服を着た女子高生もいない。
 いや、ここまで来る間に馬車とすれ違った時点で薄々そうなんじゃないかと思っていたのだがここで確定してしまった。
 
 間違いない、俺たちが今いるこの世界は俺が住んでいた街や地域ではない。
 それどころか日本でもない、もしかすると最悪地球ですらないのかもしれない。
 予測していたとはいえ実際に確認してしまうとやはりショックが大きい。
 いや待てよ、もしかして俺はあのトラックとの交通事故で死んでしまったのか? 
 そしてこれが俗にいう異世界転生と言うヤツなのだろうか?
 そう考えると全てに合点がいく、こんな荒唐無稽な話、普通じゃあり得ないでしょ。
 
 街に入るにあたって俺はチャリオットから降り、押しながら進む。
 人の多い所で自転車に乗るのは危険だからだ。

『おい相棒、オレっちたち目立ってないか?』

「ああ、それは俺も感じていた所だ」

 チャリオットが言う通り視線を感じる、それも一人や二人からではない。
 彼らには自転車のチャリオットが余程珍しいらしく、すれ違う人々は必ず俺たちを二度見する。
 ここが仮に中世のヨーロッパ並みの文化レベルと想定するならば当然自転車など存在しないので無理もない。
 期せずして注目の的になってしまった。
 下手に目立つのはあまり良いとは言えないな、もしこの街の警察にあたる組織、自警団などに通報されでもしたら面倒な事になる。
 ここはなるべく早く人目に付かない場所を見つけなくてはな。

 ポン……。

「また集荷依頼だ」

 ポインターは真っ直ぐ正面、すぐの地点を示している。

「ちょっと放してください!!」

 若い女性の嫌悪感を露にした叫び声が聞こえる。
 丁度ポインターの方向なのもあって俺たちは声の方向へと進んだ。

「へへへ、いいじゃねえかよ姉ちゃん、ちょっち俺らに付き合えや」

「悪いようにはしねえよ、大人しくしていればな」

「大丈夫、痛くしないからさ、どちらかと言うと気持ちいかもよ?」

 声の主である女性にいかにもチンピラといった風体の三人組が絡んでいた。
 そのうちの一人は女性の腕を掴んで無理に引っ張っている。
 何だろう、今日はどうも女性が酷い目に遭っている現場に遭遇するな。
 さすがに見ていられない、俺はチャリオットのフレーム、トップチューブと呼ばれるハンドルからサドルの付け根とを結ぶフレームに取り付けてあったに手を伸ばす。

「ほらほら、抵抗しても無駄だよ」

「いい加減にしなさい!! あっ!!」

 強引に引っ張るチンピラに抵抗しようと突っぱねた足が石畳の隙間に引っ掛かり女性が体勢を崩す、どうやら足をくじいた様だ。

「痛たたた……」

「おや? 足を痛めたのかい? これはますますどこかベッドのあるところで休憩しないと」

「触らないで!!」

 女性の両側から一人づつと脚を掴んだ一人の三人がかりで彼女を持ち上げ、どこかへ連れ去ろうとしている。

「くそっ、あいつら……」

 しかしなぜ周りにこれだけ人がいて誰も彼女を助けようとしない?
 それどころか皆、見て見ぬふりをしているようにさえ感じる。
 これは一刻の猶予もない、俺はチャリオットに跨り猛スピードでその場に駆け付けた。

「おら、お前ら!! こっちを見ろーーー!!」

 先ほど手に取った懐中電灯を点け奴らに浴びせかけた。

「うっ……何だ!? 眩しい!!」

 よし、怯んだな。
 俺はチャリオットに乗ったままチンピラに蹴りを入れるとすぐさま女性を連れ出し荷台に乗せ一目散にその場を離れた。
 突然の事に混乱したのかチンピラたちは周りをキョロキョロと見回すだけで追ってはこなかった。

「大丈夫!?」

「あっ、あの……」

 こちらの女性も混乱している様だ。
 それはそうだろう、面識のない男がいきなり見たことのない乗り物で現れ自分を連れ去ったのだからな。

「ごめん、ちょっといいかい?」

 俺は女性の痛めた足に軽く触った。
 
「いつっ……」

 女性が僅かに顔をしかめる。
 少し腫れているな、しかし折れてはいない様だ。

「俺はこの街は初めてなんだ、どこか診療所の様な所は無いだろうか? 念のため足を診てもらった方がいい、連れてってあげるよ」

「ご免なさい、見ず知らずの方にそこまでしてもらって……」

「いいんだよ、ああいう輩は俺も許せないし怪我をした人を放ってはおけないからね」
 
 暫くして女性の案内で街はずれの一軒の古びた建物に辿り着いた。
 女性に肩を貸しながらその中に入った。
 チャリオットには外で待っててもらう事にする。
 外観通り中も狭いが、そこら中にある包帯や薬瓶が曲がりなりにもここが診療所だと物語っている。

「エンヤ先生、いらっしゃいますか?」

「あ~~? 呼んだかえ?」

 奥の部屋からカーテンを捲り、一人の初老の男性が出て来た。
 
「この方が私の掛かり付けの先生、エンヤ先生よ」

 深く前方に曲がった腰、ボウボウの白髪頭にグリグリの瓶底眼鏡、長い顎髭を貯えた少し胡散臭さを漂わせる人物だ。
 そしていかにも寝起きと言った感じで顔に締まりがない。
 本当に大丈夫なんだろうか?

「何だユニじゃないか、どうかしたのかえ?」

「ちょっと足を挫いてしまったようなんです」

「どれどれ見せてみなさい」

 急にエンヤの顔つきが変わる、先ほどまでのとぼけた感じが消え、真剣な眼差しは圧倒的な迫力があった。

「軽い捻挫だな、湿布を出してやろう」

「ありがとうございます」

 何てことだ……この女性の名前はユニと言ったな、その名前はついさっき聞いたばかりだぞ。

「君、もしかして妹さんは居ないか?」

「えっ? いますけどどうして分かったんです?」

「やっぱり!! 名前はルミ、違うかい!?」

「何で妹の事を知ってるんです?」

 ユニの表情が怪訝なものへと変わっていく、今日会ったばかりの知らない男にこういわれたら誰だってそんな顔をするよな。

「俺は怪しい者じゃない、妹さんにはさっき会った来たところなんだ」

「どういうことですか?」

 俺はさっき山奥であった事柄をユニに話した。

「まあそうでしたか……タクさん、でしたよね、妹を助けていただいてありがとうございます
 あの子ったら森には灰色熊グリズリーが出るから一人で入っちゃダメって言ってあったのに、本当にご迷惑をお掛けしました」

「いえ、迷惑なんてとんでもない、それにしてもまさか話に聞いていたルミのお姉さんにこんなにも早くにばったり会うなんて思いもしなかったな」

「ええ、こんな偶然ってあるんですね」

 ユニが優しく微笑みかけてくる。
 改めて彼女の顔を見ると整った顔立ち、ぱっちりとした大きな瞳にぷっくりとした色つやのよい唇、三つ編みに纏めた亜麻色の髪が美しい。
 思わずどぎまぎしてしまった。

(悪い事は言わん、彼女には惚れなさんな……)

「わぁ!! びっくりした!!」

 いきなりエンヤ医師が俺の耳元で囁いた。

「何ですかいきなり……脅かさないでくださいよ」

「声が大きい」

 俺はエンヤに引っ張られ後ろを向く、丁度ユニに背中を向ける格好だ。
 ユニは頭の上に疑問符を浮かべていることだろう、俺もこれから何が始まるのか見当もつかない。

「あの子には既に婚約者がおる、惚れるだけ無駄という事だ」

「あっ、そういう事……」

 いや、俺もそうそう運命の出会いが起こるとは思っちゃいなかったけれどこんなにも早くフラグを折られるとは思わなかったよ、それも第三者から指摘されるとはね。

「大丈夫かユニ!?」

 大きな音を立て扉を開けて入って来たのは俗にいうイケメンの青年だ。
 服装は街中で見た人々とは違い、腰には剣の入った鞘をぶら下げ、いかにもRPGなどで見る冒険者風のスタイルだ。

「噂をすれば本人の御登場だ」

 するってぇとこの男がユニの婚約者か?
 確かにこれじゃあ俺の出る幕じゃない、顔もそうだがあのがっしりとした身体や太い腕、争った所で勝ち目はない。

「ジェイク!? 何故ここが分かったの!?」

「君がここへ運ばれていくのを見た人がいてね、教えてくれたんだよ……それにしても無事でよかった」

「ありがとう、駆け付けてくれて」

 お互い見つめ合いながら手を取り良い雰囲気の二人……チキショウ、見てられないぜ。

「ジェイク紹介するわ、彼はタク……私をゴロツキから助けてくれた上に怪我した私をここまで連れて来てくれたのよ」

「そうか、君が!! ユニを助けてくれてありがとう!!」

「いえ、とんでもない」

 ジェイクが俺の手を取り痛いくらい握り締めてくる……こいつ、少しは手加減しろ。

「何かお礼をしないといけないね、何か僕らにしてほしい事や必要なものはあるかい?」

 別に見返りが欲しくてユニを助けた訳ではないが、折角なので一つ頼みごとをしよう。

「じゃあお言葉に甘えて……実は俺、宿を探していてどこかいい宿を紹介してくれないかな」

「宿……ああ、なんて巡りあわせだ、なあユニ」

「そうねジェイク」

「えっ? どういう事?」

 何だ二人して見つめ合ってほほ笑んだりしちゃって。

「ユニの働いてる酒場の二階が宿泊施設になってるんだよ、そこへ行くといい」

「ええ、命の恩人のあなたなら大歓迎よ、私からマスターに頼んであげるから一緒に行きましょう!!」

「それはどうも……」

 なんとも出来過ぎた話だがこれで目下の憂いは無くなった訳だ、こんな物騒な世界で野宿は流石にご免だからな。

「所でタク、君が押しているそれは何だい?」

 移動中、ユニをお姫様抱っこしながら歩くジェイクにチャリオットの事を尋ねられた。

「ああ、これは自転車という乗り物なんだ」

「そう、凄いのよそれ!! 私を乗せてビューーーンって物凄い速さで移動するの!!」

 興奮気味にユニが語る、この世界で自転車に乗ったことがあるのはルミとユニだけだからな。

「へえ、それは凄そうだ、是非見せてくれないかな乗ってるところを」

「ああ、いいよ」

 丁度噴水のある広場に差し掛かったので、俺はチャリオットに乗り軽くぐるっと噴水の周りを走って見せた。

「これは面白い!! 君は一体どこでこれを手に入れたんだい!?」

「悪い、それはちょっと言えないな」

 別の世界から持ってきたなんて言ったって信じられないだろうしな。
 
 それからしばらく歩き俺たちは目的地の酒場に付いた。

「ようこそ!! ここが【宵の明星亭】よ!!」

 ジェイクに抱かれたまま酒場に向かって腕を突き出すユニ。

「只今マスター!!」

「帰って来たかユニ、心配したんだよ?」

「ご免なさいマスター」

 ユニと俺たちを出迎えてくれたのは気の良さそうな中年男性だった。
 見るからに温厚そうで、湛えた口ひげはどこか上品さも漂わせている。

「そちらの方は?」

「タクさんよ、私を助けてくれたの」

「これはこれは!! さあさあ上がってください!! 本日はユニを助けてくれたお礼に食事代は頂きません、好きなだけ食べていってください!!」

「そんな、悪いですよ……」

「遠慮しないで、人の好意は受けておくものよ?」

「こらユニ、食事代を持つのはマスターだろう、調子に乗らないの」

「えへへ」

 本当に仲がいいカップルだ事……目の前でいちゃつかれても不思議と不快ではない。
 まあ俺にしてみれば片思いすら始まらずに失恋したみたいなものだから諦めは付いたけどね。
 それから俺の為のささやかな歓迎会的なものが始まった、次々と上手そうな食事が運ばれてくる。

「タクさんはこのゼスティアは初めてなんだ?」

 俺の前にエールの注がれた木製のジョッキを差し出しながらユニが尋ねてきた。

「はい、それこそ右も左も分からないところを案内してもらって助かりましたよ」

 なるほど、この街はゼスティアと言うのか、憶えておこう。
 街の名前一つ知らないとなればこれからこの世界で生活する上で要らぬ勘繰りを受けないとも限らない。

「で、いつまで滞在するんだ?」

「路銀が無いので少しこの街で働こうと思ってるんですよ」

「そうか、俺はこの街ではちょっとは知られた冒険者だ、もし仕事を探してるんならギルドに来なよ、俺が力になるぜ!!」

「はぁ、その時はよろしく……」

 既に一杯引っかけたジェイクが顔を赤らめて俺の背中をバシバシと叩いてくる。
 この男、もしかしたら酒乱の気があるのかもしれない。
 だが全く知り合いもいない、頼れる人間がいない状態で異世界で生活する期間をすっ飛ばせることを考えると、この彼らとの出会いはとても貴重なものとなるだろう。
 路銀が少ないといったのは実は正しくなく、全く無いというのが正しいからね。

「もう、ジェイクったらもう出来上がってるの? まだ乾杯もしてないでしょうに」

「悪い悪い、それじゃあ改めて……カンパーーーーイ!!」

「か、乾杯……」

 しかしこのハイテンションに付いて行くのは大変そうだ。

 宴が終わり夜が更けた頃に、俺はマスターの案内で酒場の二階の部屋に案内された。
 マスターの許可をもらいチャリオットも部屋に上げていい事になったので、肩に担いで一緒に上がってきたところだ。

「この部屋を自由に使っていいですよ、好きなだけ滞在してください、この部屋だけはあなたの為に開けておきますからいつでも帰ってらしてください」

「何から何までありがとうございます」

「ただ全くの無料には出来ないんです済みません」

「いやいや、そこまでしていただく言訳にはいかないですって……一泊いくらですか?」

「そうですね、あなたなら銅貨五枚にさせて頂きます、よろしいですか?」

 マスターのこの口ぶりからして本来はもっと高い宿泊料のはず、ユニを助けたことでサービス料金にしてくれているのだろう。
 しかし参ったな、この世界の通貨なんて俺は持ってないぞ? いや待てよ、山に居た時スマホの画面から零れ落ちた赤銅色のコインがあったなもしかしたら……。
 ポケットに手を突っ込みそれを取り出す。

「これ……でいいのかな?」

 恐る恐るマスターに差し出す、もし違ってたらどうしよう。

「はい、ありがとうございます、確かに頂きました」

 ふう、どうやら合っていたようだ、しかし手持ちの銅貨はあと五枚……今晩を除くとあと一日しか泊まることが出来ない。
 これは金を稼ぐ手段を早めに見つけないといけないな。

 そして更に夜が更け、俺は客室でチャリオットのボディをクロスで磨き、ギアやチェーンに油をさしていた。

「今日はご苦労さん、どこか痛い所とかないか?」

『今の所無いぜ、ただタイヤは遅かれ早かれ交換が必要になるだろうな
 知っての通り今履いてるタイヤはオンロード仕様だ、このままダートを走り続けたらすぐにダメになるぜ』

「ああ、そこは考え物だな、この世界にいつまでいる事になるのか分からないがいつまで持つだろうか……」

 どうしてもチャリオットの部品が破損したり消耗品が無くなることが心配の種になる。
 実に不安だ、この世界に自転車屋も交換部品も無いのだから。
 しかし疲れたな……今日の所はこれくらいにして眠りにつくとするか。

「お休みチャリオット」

『お休み相棒』

 俺は枕元のランプの灯を消した。
 直後そのまま泥のように眠りについた。

 俺たちが眠っていた間にスマホの画面から新たに銅貨が十枚出て来ていたのに気づくのは翌朝であった。
 どうやらこれはユニを助けた事の報酬らしい。
 しかし一体これは誰が何の目的でやっているのだろうな、それにスマホがこの異世界で使えること自体が疑問ではある。
 まあおいおい調べるとするさ、きっとそう簡単にはこの世界からは抜け出せないだろうからな。
 縁起でもない話しだが俺にはそんな気がした。
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