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第6話 女の子レッスン お出かけ編
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「う~~~ん……」
翌日の日曜の朝、ベッドの上に洋服を数着並べて悩む俺。
「明日こそは絶対に街へ出かけるからね、そこで宿題、有紀が自分で着ていく服をコーディネートする事、あなたがどんな服を選ぶか楽しみだわ、それじゃあね」
昨日、お風呂の入り方のレクチャー後、そう言い残して美沙は帰っていった。
そして現在その宿題の真っただ中という訳だ。
だがこれは予想以上に難問で、色とりどりの華やかな洋服とにらめっこして既に二時間が経過していた。
男の時ならファッションと言っても基本の選択肢がトップスにTシャツかポロシャツかトレーナー、アウターにパーカーを羽織ったり、ボトムスはジーンズかスエットのズボンくらいなもので、色合いに気を使う以外はそんなに悩まなかった。
しかしどうだ、この女物のバリエーションの豊富さは。
母の所持している服でもブラウス、キャミソール、ワンピース、ジャンパースカート、ニットベスト、カーディガン、パーカー……ミニスカートにフレアスカートにホットパンツ……。
そして色合いも鮮やかな暖色系からパステル調のもの、シックで落ち着いた寒色系のものなど選択肢が多い、多すぎる。
しかもこれらを上手く組み合わせないといけないのだから軽く眩暈がしてくる。
そして極めつけがアクセサリーの類だ。
机の上の小物入れを開けるとカラフルなピアスやブローチ、ネックレスなどが現れた。
母の耳にはピアス用の穴が既に開いていた。
子供の頃の俺は元の時間軸でピアスを付けた母を見たことが無かったので少し意外だった。
ただ校則ではピアスは禁止なので母の長髪は耳を隠すにはうってつけという訳だ。
俺の知らない母の別の側面が分かって何だか嬉しい。
おっと、それよりも今は何とかこの課題をクリアしなくては。
もう美沙が迎えに来るまで時間がない。
「よし、これに決めた」
俺はもし自分に彼女が居たら着て欲しい服を思い浮かべ着替えを開始した。
「やほーーー有紀、来たわよーーー」
「あっ、おはよう美沙」
10分後、美沙が部屋にやって来た。
俺が丁度着替え終わったタイミングだ。
「あら、服はちゃんと選べた様ね」
「ええ、どうかしら?」
目を細め険しい表情で俺の頭のてっぺんからつま先の先まで何度も何度も往復してファッションの吟味をする美沙。
俺としては中々良い服のチョイスをしたつもりだが、果たして彼女の採点は……。
「うん、60点ってところかしらね、まあ私のアドバイス無しで選んだにしては良くやった方だわ」
微妙な点数だ、何がいけないのだろう?
「いかにも男受けしそうな服を選んだわね、白の清楚系ワンピースにピンクのカーディガンなんて女の子に幻想や神秘性を求める童貞が好みそうじゃない」
「何か嫌な言い方するね……お察しの通り俺は童貞ですよ」
いいじゃないか女の子に幻想を抱いたって。
いいじゃないか女の子に神秘性を求めたって。
綺麗で可愛い女の子はトイレに行かないんだよ。
ましてや大なんて……おっと、話しが下品な方向へ行ったな、もう止めよう。
「あら、褒めているのよ? これから街に繰り出すにあたって自分が周りからどういう目線で見られるか知ってもらうつもりだったから」
うん? どういう事だ? よく分からないな。
「じゃあ早速出掛けましょうか」
「うん」
何となく腑に落ちないところはあるが、俺は大き目なリボンをあしらったつば広の帽子を被り、美沙と一緒に部屋を出た。
「バス停につくまでさ、歩き方の練習もしておこうか」
「歩き方? 普通に歩いたらダメなの?」
俺の言葉を受け美沙は眉を顰める。
えっ、俺何か変なこと言った?
「あなた本気で言ってる? その蟹股歩きが女の子らしい歩き方だとでも?」
「あっ……」
いつも通り何の意識せず歩いているが確かにこれは女の子らしくないと自分の足運びを見て痛感する。
「よく『男は肩で歩き、女は腰で歩く』って言ってね、まずは有紀、骨盤を左右交互に前に出す事を意識して歩いてみて、その際膝を内股気味にしてみてよ」
「うん、分かった」
美沙に言われた通り骨盤を左右交互に振る感じで歩いてみる、気持ち内股気味で。
おおっ……さっきより見た目が良くなっている。
確かに女の子らしい。
「じゃあ次は身体の中心から真っすぐ前方に片方の足の幅くらいの線を引くのを想像してみて、そしてその線の上を歩くのよ、これは『キャットウォーク』といって女性モデルがファッションショーでランウェイを歩くときに用いる歩行法よ」
「こう?」
言われた通りにやってみる。
「うーーーん、もうちょっと狭く、感覚としては綱渡りするみたいな感じ」
「分かったよ」
狭い線の上を左右の足で交互に踏むように意識してみる。
「そうそう、慣れるまでバランスが難しいから今みたいにヒールの高い靴を履いている時は気を付けてね」
グキッ……。
「~~~~~!!」
足がおかしな向きで地面につき、思いきり足首を捻った。
声にならない声を上げしゃがみ込み足首を押さえた。
「美沙……そう言う事は歩く前に教えて……」
俺は涙目で訴えた。
バス停でバスに乗り込み二人掛けの座席に美沙と一緒に座る。
「椅子に座るときに気を付けるのは足の幅よ、油断してると後から載って来たお客さんから丸見えになるわ」
「あっ……」
俺はすぐさま内股になりスカートのすそを押さえ付けた。
スカート丈は膝上10センチくらいなのだが、座る事でスカートの中が見えてしまう様だ。
これか美沙が言っていたことは、確かに常に自分が周りから見られているのを意識しなければならない。
実際、俺たちがバスに乗り込んだ時、元から載っていた男性客が俺たちを視線で追っていた。
座ってからも搭乗して来る客から俺はスカートから覗く太ももに視線を感じていたのだ。
既に何人かには見られてしまったはずだ。
だが俺はまだ完全には分かっていなかった、こんなのはまだまだ序の口だったのだ。
問題は到着した街を歩いていた時であった。
「……何だか物凄い視線を感じるのだけれど」
すれ違う男たちがかなりの確率でこちらを振り返るか二度見をして来た。
「だから言ったでしょう? そう言う男が好きそうな恰好は注目を浴びてしまうものなのよ」
「はっ? そんな事一言も言ってないじゃん!!」
「言ったわよ、周囲からどう見られるか知ってもらうって」
「う~~~っ……」
俺が恥ずかしさで赤面しているのをニヤニヤしながら見ている。
美沙め、完全に面白がっているだろう。
「街に来た事だし、カフェに入ってみましょう」
「いいね、俺は早く人目から逃れたいぜ」
「コラ!! 言葉遣いが元に戻ってる!!」
「あっ……」
全く気が休まる事がない……こんなので今日一日、俺の精神が持つのだろうか?
「ここのフルーツパフェが美味しいのよ」
「じゃあ私はそれで」
「それなら私はチョコパフェで」
「かしこまりました」
入った喫茶店で俺は勧められたフルーツパフェを、美沙はチョコパフェを頼んだ。
そして出て来たフルーツパフェは色鮮やかで美しく盛り付けられており、生クリームもたっぷりだ。
「頂きます!!」
男の時は周りを気にして食べたことがないパフェを堂々と食べられるなんて夢の様だ。
これぞ女の子の特権だな。
「う~~~ん、美味しい!!」
「楽しんでいる所悪いんだけど、その食べ方は減点ね」
「えっ? どこかおかしい?」
「脇を閉めなさい、猫背になってるわよ、それに女の子はそんなにバクバクとがっつかないの……ほら、ほっぺにクリームが付いてる」
「え~~~」
矢継ぎ早な美沙のダメ出しにウンザリする。
これも周りの目を意識しての事なんだろうな。
それにしても何て窮屈なんだ女の子って奴は。
前にも思ったが女の子として生きていくのは本当に大変だ。
「さて、次は化粧品を見にいくわよ」
次に入ったのは清潔感の漂うコスメショップだ。
店内には良い香りが漂っている、女の子が良く付けているコロンなどの香りだ。
棚には色とりどりのボトルや容器が整然と並べられている。
「昨日説明したけど私たちはまだ若いんだからお肌の手入れさえ手を抜かなければそれでいいのよ、元々が可愛いんだから、ファンデーションの厚塗りや濃い色のルージュなんて論外だわ……化粧するなら薄っすらとナチュラルメイクを心掛けるのよ?」
「そう、分かったよ」
化粧水のボトルを物色しながら説明をする美沙に適当に相槌を打つ。
どうせ今の段階では俺にメイクの仕方なんて分からない。
美沙自身も今、化粧は必要ないといったばかりだ。
そう思っていたせいで完全に油断をしていたのだ。
「いらっしゃいませ」
「どうも……」
綺麗な店員のお姉さんと目が合った。
「あの、お客様?」
「……お、私ですか?」
店員が声を掛けて来た。
「今夏の新色のファンでとルージュが発売されまして、お試ししてみませんか?」
「ええっ?」
「丁度いいわ、やってもらいなさいよ」
「ちょっと、心の準備が……」
俺が嫌がるのもお構いなしに美沙は俺を強引に椅子に座らせ、店員さんがパフを使ってファンデーションを俺の顔に乗せていく……そしてアイシャドウ、チークの順に施されルージュを唇に引いて完成。
店員が手鏡を渡してきた。
「どうです? お客様は元のお顔が良いですからとてもお似合いですよ?」
「はぁ……」
その鏡に映る自分の顔を見て思わずため息が出てしまう。
美沙が言っていたようにほんの薄っすらと化粧を乗せただけなのだが、見違えるように美しくなっている。
ただ、唇が常に濡れている感触が落ち着かない。
「お買い上げありがとうございました!!」
お姉さん店員が深々とお辞儀をする。
結局俺は夏の新色化粧品を一式買ってしまっていた。
「あら、何だかんだで満更でもなかったんじゃない、もう立派に心は女の子ね」
「うっ、うるさいなぁ……」
美沙に揶揄われ俺は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「じゃあ、次は洋服を見に行きましょう」
「ええっ!? まだどこか行くの!?」
「当たり前でしょう? 女の子の道を極めるのは大変なのよ?」
俺、別に女の子の道を極めるつもりないんだけど……他人から見て不自然じゃない程度の日常生活が遅れればそれでいいのに。
それからも色々なお店を連れ回される俺。
寧ろ俺に色々教えるというよりは美沙自身が楽しんでいる節が往々にして見て取れる。
そして日が傾き始めた午後四時ごろ。
「あっ、ハンカチがない!!」
美沙が慌てた様子でハンドバッグの中を漁り始める。
「もしかしたら最初に行ったカフェに忘れたのかも……」
「それなら探しに戻ろうよ……って痛たたたたっ……」
足首に痛みが走った、先ほど捻った右の足首、踝の辺りが赤く腫れていた。
「まあ、腫れているじゃない、やっぱり朝のアレで挫いたのね……いいわ、有紀はどこか座れるところで待っててよ、私一人で行って来るから」
「ゴメン」
手を振り美沙が駆け出す。
俺は彼女を見送った後、丁度近くにあった自動販売機とベンチが並んでいる所を見つけそこに腰かけた。
「ふぅ……」
背もたれにもたれ掛かり溜息を吐いた。
いっぱい歩いたので身体的な疲労はもちろん気疲れもかなりある。
美沙の向かった喫茶店はここからかなりの距離があるはず、そう簡単には戻って来れないはずだ。
なら俺はここで少しこれまでの事、これからの事を整理してみようと思う。
まず何故俺は過去の母の身体に意識が入り込んでいるのか。
はっきり言って全く心当たりがない、どうしてこうなったか誰かに問いただしたい位だ。
覚えている事と言えばこうなる前に家のソファで横になった事だ。
あの時は物凄く強烈な睡魔に襲われベッドに辿り着く事が出来ない程だった。
疲れていたのは間違いない、何せ母の葬儀に出席したのだから。
だがそれにしたって半ば気絶の状態で眠りに入るのはそうそう有る事ではない、直前まで人に会っていた訳だから。
そうだ、俺は寝る直前にあの時代の美沙に会っていた筈。
急に訪ねて来た彼女と話しをする事になって、事もあろうか俺に母の持ち物に赤い玉が無かったかを聞いて来たんだ。
事前に存在を公表しない様に母に言われていたから美沙には赤玉の事は教えなかったが、そのせいで俺の彼女に対する不信感が芽生えたんだっけ。
それがこうして過去に遡ってから一緒に出掛けたり世話を焼いてくれているのだから分からないものだ。
でも美沙は今の女子高生時代と大人の時代で随分と受ける印象が違う気がする。
大人の方は気が利く優しいお姉さんといった佇まいだったが、若い頃はどちらかと言うとかなりエキセントリックな性格だ。
一体その間に彼女に何があったのか? まあ単に大人になったからという事もあるんだろうが。
そしてもう一つ重大な事柄がある。
この時代に来てあまりにドタバタしていたので考える暇がなかったが、俺が母の身体に入っているという事は、本物の母の意識はどこに行ってしまったかという事。
同様に俺の未来に居るであろう身体はどうなってしまったかという事に尽きる。
もし俺と母さんの意識が入れ替わったというのなら俺の身体には母さんの意識が入っていることになる。
しかしこればかりは現時点では確認のしようがない。
更に最も重要度の高い案件があった、俺は元の身体に戻ることが出来るのかだ。
ある程度の長期間こちらに居る覚悟はしているし、その為にこうして美沙に女の子としての立ち居振る舞いを教えてもらっている訳だがずっとこのままと言うのは非常に困る。
理想としては不明である俺の父が特定できた上で元に戻るのがベストだが、そんなに上手く事が運ぶとは思えない。
この事に考えが及んだせいで新たに思いついた事がある、もし俺が元に戻れないまま母の様に誰とも分からない男との間に子を生した場合、その子供の意識は一体誰のものになるのだろうか。
母真紀の息子が俺なのに俺が真紀になっているのだから子供が俺な筈はない。
なら子供が生まれた時点で俺が二人同時に存在することになるのか?
そんな事が起こり得るのか?
自分で言ってこんがらがって来たな、これが俗に言うパラドックスって奴か。
そんな俺が頭を抱えている時だった。
「……動くな」
背後から野太い男の声がした。
後頭部には何やら固いものが押し当てられている。
まさか拳銃!?
「なっ……」
「振り向くな、声を出す事も許さん、何事もない振りをしていろ……」
誰だ!? 恐怖で身体が鉛のように硬直する、しかしそのお陰で安全が保たれているという皮肉。
しかしこれはただ事ではない、これは俺の勘なのだが、俺がこの時代に来て母になってしまった事に関係が有る気がしてならない。
平和な日本において日常生活でこんな事態に遭遇するなどそうそうあるものではないからだ。
平和惚けしていると言われればそれまでだけどね。
「こっちへ来い、自然にだぞ、逃げようとしたらどうなるか分かっているな?」
恐る恐るベンチから立ち上がり、指示通りにベンチの後ろ側に回る。
するとそこには丁度建物と建物の隙間で通路の様になってる場所があった。
既に男の姿は無い、もしかしたら逃げられるだろうか?
いや、男がどこから見ているかわからない、ここは従った方がいいだろう。
徐々に日が沈み、ただでさえ薄暗い路地が更に暗くなっていく中、俺は一人奥へ奥へと足を踏み入れるのだった。
翌日の日曜の朝、ベッドの上に洋服を数着並べて悩む俺。
「明日こそは絶対に街へ出かけるからね、そこで宿題、有紀が自分で着ていく服をコーディネートする事、あなたがどんな服を選ぶか楽しみだわ、それじゃあね」
昨日、お風呂の入り方のレクチャー後、そう言い残して美沙は帰っていった。
そして現在その宿題の真っただ中という訳だ。
だがこれは予想以上に難問で、色とりどりの華やかな洋服とにらめっこして既に二時間が経過していた。
男の時ならファッションと言っても基本の選択肢がトップスにTシャツかポロシャツかトレーナー、アウターにパーカーを羽織ったり、ボトムスはジーンズかスエットのズボンくらいなもので、色合いに気を使う以外はそんなに悩まなかった。
しかしどうだ、この女物のバリエーションの豊富さは。
母の所持している服でもブラウス、キャミソール、ワンピース、ジャンパースカート、ニットベスト、カーディガン、パーカー……ミニスカートにフレアスカートにホットパンツ……。
そして色合いも鮮やかな暖色系からパステル調のもの、シックで落ち着いた寒色系のものなど選択肢が多い、多すぎる。
しかもこれらを上手く組み合わせないといけないのだから軽く眩暈がしてくる。
そして極めつけがアクセサリーの類だ。
机の上の小物入れを開けるとカラフルなピアスやブローチ、ネックレスなどが現れた。
母の耳にはピアス用の穴が既に開いていた。
子供の頃の俺は元の時間軸でピアスを付けた母を見たことが無かったので少し意外だった。
ただ校則ではピアスは禁止なので母の長髪は耳を隠すにはうってつけという訳だ。
俺の知らない母の別の側面が分かって何だか嬉しい。
おっと、それよりも今は何とかこの課題をクリアしなくては。
もう美沙が迎えに来るまで時間がない。
「よし、これに決めた」
俺はもし自分に彼女が居たら着て欲しい服を思い浮かべ着替えを開始した。
「やほーーー有紀、来たわよーーー」
「あっ、おはよう美沙」
10分後、美沙が部屋にやって来た。
俺が丁度着替え終わったタイミングだ。
「あら、服はちゃんと選べた様ね」
「ええ、どうかしら?」
目を細め険しい表情で俺の頭のてっぺんからつま先の先まで何度も何度も往復してファッションの吟味をする美沙。
俺としては中々良い服のチョイスをしたつもりだが、果たして彼女の採点は……。
「うん、60点ってところかしらね、まあ私のアドバイス無しで選んだにしては良くやった方だわ」
微妙な点数だ、何がいけないのだろう?
「いかにも男受けしそうな服を選んだわね、白の清楚系ワンピースにピンクのカーディガンなんて女の子に幻想や神秘性を求める童貞が好みそうじゃない」
「何か嫌な言い方するね……お察しの通り俺は童貞ですよ」
いいじゃないか女の子に幻想を抱いたって。
いいじゃないか女の子に神秘性を求めたって。
綺麗で可愛い女の子はトイレに行かないんだよ。
ましてや大なんて……おっと、話しが下品な方向へ行ったな、もう止めよう。
「あら、褒めているのよ? これから街に繰り出すにあたって自分が周りからどういう目線で見られるか知ってもらうつもりだったから」
うん? どういう事だ? よく分からないな。
「じゃあ早速出掛けましょうか」
「うん」
何となく腑に落ちないところはあるが、俺は大き目なリボンをあしらったつば広の帽子を被り、美沙と一緒に部屋を出た。
「バス停につくまでさ、歩き方の練習もしておこうか」
「歩き方? 普通に歩いたらダメなの?」
俺の言葉を受け美沙は眉を顰める。
えっ、俺何か変なこと言った?
「あなた本気で言ってる? その蟹股歩きが女の子らしい歩き方だとでも?」
「あっ……」
いつも通り何の意識せず歩いているが確かにこれは女の子らしくないと自分の足運びを見て痛感する。
「よく『男は肩で歩き、女は腰で歩く』って言ってね、まずは有紀、骨盤を左右交互に前に出す事を意識して歩いてみて、その際膝を内股気味にしてみてよ」
「うん、分かった」
美沙に言われた通り骨盤を左右交互に振る感じで歩いてみる、気持ち内股気味で。
おおっ……さっきより見た目が良くなっている。
確かに女の子らしい。
「じゃあ次は身体の中心から真っすぐ前方に片方の足の幅くらいの線を引くのを想像してみて、そしてその線の上を歩くのよ、これは『キャットウォーク』といって女性モデルがファッションショーでランウェイを歩くときに用いる歩行法よ」
「こう?」
言われた通りにやってみる。
「うーーーん、もうちょっと狭く、感覚としては綱渡りするみたいな感じ」
「分かったよ」
狭い線の上を左右の足で交互に踏むように意識してみる。
「そうそう、慣れるまでバランスが難しいから今みたいにヒールの高い靴を履いている時は気を付けてね」
グキッ……。
「~~~~~!!」
足がおかしな向きで地面につき、思いきり足首を捻った。
声にならない声を上げしゃがみ込み足首を押さえた。
「美沙……そう言う事は歩く前に教えて……」
俺は涙目で訴えた。
バス停でバスに乗り込み二人掛けの座席に美沙と一緒に座る。
「椅子に座るときに気を付けるのは足の幅よ、油断してると後から載って来たお客さんから丸見えになるわ」
「あっ……」
俺はすぐさま内股になりスカートのすそを押さえ付けた。
スカート丈は膝上10センチくらいなのだが、座る事でスカートの中が見えてしまう様だ。
これか美沙が言っていたことは、確かに常に自分が周りから見られているのを意識しなければならない。
実際、俺たちがバスに乗り込んだ時、元から載っていた男性客が俺たちを視線で追っていた。
座ってからも搭乗して来る客から俺はスカートから覗く太ももに視線を感じていたのだ。
既に何人かには見られてしまったはずだ。
だが俺はまだ完全には分かっていなかった、こんなのはまだまだ序の口だったのだ。
問題は到着した街を歩いていた時であった。
「……何だか物凄い視線を感じるのだけれど」
すれ違う男たちがかなりの確率でこちらを振り返るか二度見をして来た。
「だから言ったでしょう? そう言う男が好きそうな恰好は注目を浴びてしまうものなのよ」
「はっ? そんな事一言も言ってないじゃん!!」
「言ったわよ、周囲からどう見られるか知ってもらうって」
「う~~~っ……」
俺が恥ずかしさで赤面しているのをニヤニヤしながら見ている。
美沙め、完全に面白がっているだろう。
「街に来た事だし、カフェに入ってみましょう」
「いいね、俺は早く人目から逃れたいぜ」
「コラ!! 言葉遣いが元に戻ってる!!」
「あっ……」
全く気が休まる事がない……こんなので今日一日、俺の精神が持つのだろうか?
「ここのフルーツパフェが美味しいのよ」
「じゃあ私はそれで」
「それなら私はチョコパフェで」
「かしこまりました」
入った喫茶店で俺は勧められたフルーツパフェを、美沙はチョコパフェを頼んだ。
そして出て来たフルーツパフェは色鮮やかで美しく盛り付けられており、生クリームもたっぷりだ。
「頂きます!!」
男の時は周りを気にして食べたことがないパフェを堂々と食べられるなんて夢の様だ。
これぞ女の子の特権だな。
「う~~~ん、美味しい!!」
「楽しんでいる所悪いんだけど、その食べ方は減点ね」
「えっ? どこかおかしい?」
「脇を閉めなさい、猫背になってるわよ、それに女の子はそんなにバクバクとがっつかないの……ほら、ほっぺにクリームが付いてる」
「え~~~」
矢継ぎ早な美沙のダメ出しにウンザリする。
これも周りの目を意識しての事なんだろうな。
それにしても何て窮屈なんだ女の子って奴は。
前にも思ったが女の子として生きていくのは本当に大変だ。
「さて、次は化粧品を見にいくわよ」
次に入ったのは清潔感の漂うコスメショップだ。
店内には良い香りが漂っている、女の子が良く付けているコロンなどの香りだ。
棚には色とりどりのボトルや容器が整然と並べられている。
「昨日説明したけど私たちはまだ若いんだからお肌の手入れさえ手を抜かなければそれでいいのよ、元々が可愛いんだから、ファンデーションの厚塗りや濃い色のルージュなんて論外だわ……化粧するなら薄っすらとナチュラルメイクを心掛けるのよ?」
「そう、分かったよ」
化粧水のボトルを物色しながら説明をする美沙に適当に相槌を打つ。
どうせ今の段階では俺にメイクの仕方なんて分からない。
美沙自身も今、化粧は必要ないといったばかりだ。
そう思っていたせいで完全に油断をしていたのだ。
「いらっしゃいませ」
「どうも……」
綺麗な店員のお姉さんと目が合った。
「あの、お客様?」
「……お、私ですか?」
店員が声を掛けて来た。
「今夏の新色のファンでとルージュが発売されまして、お試ししてみませんか?」
「ええっ?」
「丁度いいわ、やってもらいなさいよ」
「ちょっと、心の準備が……」
俺が嫌がるのもお構いなしに美沙は俺を強引に椅子に座らせ、店員さんがパフを使ってファンデーションを俺の顔に乗せていく……そしてアイシャドウ、チークの順に施されルージュを唇に引いて完成。
店員が手鏡を渡してきた。
「どうです? お客様は元のお顔が良いですからとてもお似合いですよ?」
「はぁ……」
その鏡に映る自分の顔を見て思わずため息が出てしまう。
美沙が言っていたようにほんの薄っすらと化粧を乗せただけなのだが、見違えるように美しくなっている。
ただ、唇が常に濡れている感触が落ち着かない。
「お買い上げありがとうございました!!」
お姉さん店員が深々とお辞儀をする。
結局俺は夏の新色化粧品を一式買ってしまっていた。
「あら、何だかんだで満更でもなかったんじゃない、もう立派に心は女の子ね」
「うっ、うるさいなぁ……」
美沙に揶揄われ俺は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「じゃあ、次は洋服を見に行きましょう」
「ええっ!? まだどこか行くの!?」
「当たり前でしょう? 女の子の道を極めるのは大変なのよ?」
俺、別に女の子の道を極めるつもりないんだけど……他人から見て不自然じゃない程度の日常生活が遅れればそれでいいのに。
それからも色々なお店を連れ回される俺。
寧ろ俺に色々教えるというよりは美沙自身が楽しんでいる節が往々にして見て取れる。
そして日が傾き始めた午後四時ごろ。
「あっ、ハンカチがない!!」
美沙が慌てた様子でハンドバッグの中を漁り始める。
「もしかしたら最初に行ったカフェに忘れたのかも……」
「それなら探しに戻ろうよ……って痛たたたたっ……」
足首に痛みが走った、先ほど捻った右の足首、踝の辺りが赤く腫れていた。
「まあ、腫れているじゃない、やっぱり朝のアレで挫いたのね……いいわ、有紀はどこか座れるところで待っててよ、私一人で行って来るから」
「ゴメン」
手を振り美沙が駆け出す。
俺は彼女を見送った後、丁度近くにあった自動販売機とベンチが並んでいる所を見つけそこに腰かけた。
「ふぅ……」
背もたれにもたれ掛かり溜息を吐いた。
いっぱい歩いたので身体的な疲労はもちろん気疲れもかなりある。
美沙の向かった喫茶店はここからかなりの距離があるはず、そう簡単には戻って来れないはずだ。
なら俺はここで少しこれまでの事、これからの事を整理してみようと思う。
まず何故俺は過去の母の身体に意識が入り込んでいるのか。
はっきり言って全く心当たりがない、どうしてこうなったか誰かに問いただしたい位だ。
覚えている事と言えばこうなる前に家のソファで横になった事だ。
あの時は物凄く強烈な睡魔に襲われベッドに辿り着く事が出来ない程だった。
疲れていたのは間違いない、何せ母の葬儀に出席したのだから。
だがそれにしたって半ば気絶の状態で眠りに入るのはそうそう有る事ではない、直前まで人に会っていた訳だから。
そうだ、俺は寝る直前にあの時代の美沙に会っていた筈。
急に訪ねて来た彼女と話しをする事になって、事もあろうか俺に母の持ち物に赤い玉が無かったかを聞いて来たんだ。
事前に存在を公表しない様に母に言われていたから美沙には赤玉の事は教えなかったが、そのせいで俺の彼女に対する不信感が芽生えたんだっけ。
それがこうして過去に遡ってから一緒に出掛けたり世話を焼いてくれているのだから分からないものだ。
でも美沙は今の女子高生時代と大人の時代で随分と受ける印象が違う気がする。
大人の方は気が利く優しいお姉さんといった佇まいだったが、若い頃はどちらかと言うとかなりエキセントリックな性格だ。
一体その間に彼女に何があったのか? まあ単に大人になったからという事もあるんだろうが。
そしてもう一つ重大な事柄がある。
この時代に来てあまりにドタバタしていたので考える暇がなかったが、俺が母の身体に入っているという事は、本物の母の意識はどこに行ってしまったかという事。
同様に俺の未来に居るであろう身体はどうなってしまったかという事に尽きる。
もし俺と母さんの意識が入れ替わったというのなら俺の身体には母さんの意識が入っていることになる。
しかしこればかりは現時点では確認のしようがない。
更に最も重要度の高い案件があった、俺は元の身体に戻ることが出来るのかだ。
ある程度の長期間こちらに居る覚悟はしているし、その為にこうして美沙に女の子としての立ち居振る舞いを教えてもらっている訳だがずっとこのままと言うのは非常に困る。
理想としては不明である俺の父が特定できた上で元に戻るのがベストだが、そんなに上手く事が運ぶとは思えない。
この事に考えが及んだせいで新たに思いついた事がある、もし俺が元に戻れないまま母の様に誰とも分からない男との間に子を生した場合、その子供の意識は一体誰のものになるのだろうか。
母真紀の息子が俺なのに俺が真紀になっているのだから子供が俺な筈はない。
なら子供が生まれた時点で俺が二人同時に存在することになるのか?
そんな事が起こり得るのか?
自分で言ってこんがらがって来たな、これが俗に言うパラドックスって奴か。
そんな俺が頭を抱えている時だった。
「……動くな」
背後から野太い男の声がした。
後頭部には何やら固いものが押し当てられている。
まさか拳銃!?
「なっ……」
「振り向くな、声を出す事も許さん、何事もない振りをしていろ……」
誰だ!? 恐怖で身体が鉛のように硬直する、しかしそのお陰で安全が保たれているという皮肉。
しかしこれはただ事ではない、これは俺の勘なのだが、俺がこの時代に来て母になってしまった事に関係が有る気がしてならない。
平和な日本において日常生活でこんな事態に遭遇するなどそうそうあるものではないからだ。
平和惚けしていると言われればそれまでだけどね。
「こっちへ来い、自然にだぞ、逃げようとしたらどうなるか分かっているな?」
恐る恐るベンチから立ち上がり、指示通りにベンチの後ろ側に回る。
するとそこには丁度建物と建物の隙間で通路の様になってる場所があった。
既に男の姿は無い、もしかしたら逃げられるだろうか?
いや、男がどこから見ているかわからない、ここは従った方がいいだろう。
徐々に日が沈み、ただでさえ薄暗い路地が更に暗くなっていく中、俺は一人奥へ奥へと足を踏み入れるのだった。
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エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
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