精霊指定都市

美作美琴

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第一章

第7話 そして刻《とき》は動き出す

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「つっ君…つっ君起きて…!!」

「んあ…?あれ…あやめちゃん?」

あやめちゃんに揺り起こされオレは目を覚ます。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
無理も無いさ、二つの世界を行き来して本来の一日以上の時間を過ごしてしまったのだから疲れもするよ。

「ちょっとあれを見てよ!!」

「何だって言うんだい?…ん?…おおおっ!?」

興奮気味のあやめちゃんが指差す方向の情景を見てまだ寝ぼけていたオレの脳細胞が一気に覚醒した。
目の前に広がるのは何と村だ!!…小さな集落がそこにはあった!!

「こっ…これはチャイムたちが造ったのか…!?」

オレは駆け足でその集落へと向かった。
近付いた事で分かったが本当に小さい村だ…サイズ的な意味で。
小屋の屋根がオレの膝小僧にすら達していない…
これじゃ箱庭の建築模型だ。
だが彼ら1/12サイズフィギュアに憑依した妖精たちが住むならジャストサイズなのかも知れない。

木の枝に藁を掛けた簡素な物から丸太で組み上げられたログハウス風の小屋、板に加工された木材を使用した長屋風の建物とどんどん進化していってる。
恐らく簡単な古い工法から始めて試行錯誤しながら近代建築へと技術力をアップさせていったのだろう…結構良く出来ている。
『精霊指定都市』のとっかかりとしては上出来ではないだろうか。

「やあ九十九…よく眠れたかい?」

オレに気付いたチャイムが俺の肩に飛来して腰掛ける。

「凄いな…よくもこの短時間でこれ程の物を造ったもんだ」

「君が寝ている二時間位の間だね…それもこれも彼のお蔭だよ」

チャイムが手を差し出した方向に居たのはその彼…『建設巨人イエポン』だ。
オレはイエポンが作業している所に移動した。
今は煉瓦を積んでセメントを塗っている最中だった。
彼の両肩からはクレーンが生えており器用に次から次へと煉瓦を運んでは積み上げていく。
揃った所を左官用のコテに変形させた掌を使ってセメントを塗り広げていく。
実に洗練された効率の良い作業っぷりだ。

「へぇ~!!上手いもんじゃないか!!さすが!!『建設巨人』の名は伊達じゃない!!」

『コレハ九十九サン…オ褒メニアズカリ光栄デス』

ゴーグル状の目を点滅させながらイエポンが返事をした。
しかし気になった事がいくつかある。
気になった事その一…

「なあチャイム…何でイエポンはこんなに建築の技術を知っているんだ?」

元ネタである『建設巨人イエポン』と言うアニメは…
まともな文明を持つ前の異星の人類が地下から発掘したロボットで、偶然起動したのち次々と建築物を建造。
そのお蔭で人類が高度な文明と技術を手に入れ発展するのだがその力を欲した人間同士が戦争を起こし、その惑星を崩壊寸前まで追い込んでしまう。
そこでイエポンが突如謎の暴走を起こし人類もろ共惑星を破壊して物語は終わりを迎えるのだ。
だからイエポンが建築技術を持っていても不思議ではないがそれはアニメの中での話…つい今しがたプラモデルに精霊が憑依して生まれた存在にそんな知識があるのだろうか…?

「結論から言うと彼…イエポンにはその建築の知識が初めからあった…
でもそれじゃ君は納得しないよね?」

うん…と首を縦に振る。

「他のコもそうなんだけど…彼らはその元ネタとなったアニメや特撮番組の劇中設定が初めから記憶にあるらしいんだ…でも僕にはこの『チャイム』と言うキャラクターの記憶は無い…変だよね」

「まあ…確かに」

これを聞いて先程の違和感の正体が分かった。
『仮面無頼ダー ゼロ』や『アイドルライフ!』の五人は憑依後すぐに劇中のセリフを用いてオレに挨拶をしたのだ。
元ネタの番組を見た事などない筈なのに…
ではチャイムはどうなんだ?境遇的には彼らと同じはずだが…
だがそれはたまたまそうなった程度の事かもしれない。
今この時点で考えても仕方が無いだろう。

そして…気になった事その二…

「なぁイエポン…この煉瓦の間に挟んであるセメントはちゃんと固まるのか?」

「早ケレバ後20分程デ硬化ガ始マルハズデス…材料ガ全テ精霊界ココデ調達シタ物ナノデ多少でーたトノ誤差は出ルカモシレマセンガ…」

何故オレがイエポンこんな質問をしているのかと言うと…
度々チャイムとの会話で出て来た『精霊界には時間の概念が無い』と言う話を思い出したからだ。
だから化学反応だろうが乾燥だろうが時間経過で固まる接着剤やセメントが固まるとは思えない。
オレは暫し目の前のセメントが固まるかどうか注視していた。
退屈したのかあやめちゃんは早々に少し離れた公園的な広場でリーリスやアイドル達と戯れている。
彼女にはあまり知られたくない話でもあるからフィギュアライズ(フィギュアに憑依した精霊の呼称、ちなみにオレが考えた造語だ)した彼らがあやめちゃんの気を引いてくれるのはとても助かる。

「!!…」

これは驚いた…セメントが固まって来たではないか!!
時間が経過しないこの空間で一体何故…?
オレがそう思った矢先、更なる変化が訪れた。
何とこの精霊界の日が傾き始めたのだ!!
徐々に茜色に移ろいで行く空…オレは慌ててチャイムを問い質した。

「おいチャイム!!『精霊界ここ』は時間が経たないんじゃなかったのか!?」

「…いや…僕も精霊界の日が暮れるなんて初めて見たよ!!
まさかこちらでもこの美しい空が拝めるなんてね~」

チャイムはとても嬉しそうだがこれはとてつもない事だ。
『精霊界』に時間の流れが生まれる…と言う事は『人間界』と並行して時間が経過すると言う事に他ならない…
これはまずい…
オレの予測が間違ってなければあやめちゃんは必ずあのセリフを言うはず…

「あ~もう夕方か~…つっ君もう帰ろうよ!じゃないとママに怒られちゃう…」

そら来た…!!
オレが最も恐れていた展開…。
子供なら誰しも夕方になったら家に帰ると言う発想に辿り着く。
ここが普通の公園にある花畑や砂場なら何の問題もない…
ただ家路に着けばよいだけだ。
しかしここは『精霊界』…。
『人間界』とは隔絶された世界…。
容易く行き来できる場所では無いのだ。
何故かオレだけは例外の様だが、あやめちゃんは違う。

「ほら早く~」

あやめちゃんがオレの手を掴み引っ張る。
どうする…?
今はどうするのが一番正しい…?
全身から冷や汗が湧きだす。

「九十九…取り敢えず君たちがここに迷い込んで来た山道の方へ移動しよう…そしてあやめがここから出られないと言う事を言ってしまった方がいいと思うんだ…」

肩に乗っていたチャイムがオレの耳に半ば顔を突っ込みながら囁く。

「でも…それを伝えてしまってあやめちゃんの身に何か変化が起こってしまったらどうするんだ…?」

オレも必然的にヒソヒソ声になる。
このやり取りは絶対にあやめちゃんに知られてはならない…。

「どうしたの…?」

怪訝な顔でオレを見上げるあやめちゃん。
確かにもう誤魔化しが効かない所まで来てしまっている。

「ああ…そうだね…それじゃあ一緒に帰ろうか…」

オレはやむなくあやめちゃんと手を繋いだまま山道を目指して歩き始めた。

「………」

思った通り山道を行けども行けども出口には到達しない。
延々と同じような林道を歩き続けるだけ…。
あやめちゃんの表情からも不安が滲み出ており、それを見るオレの胸を締め付ける。
オレはチャイムに目配せして覚悟を決めて口を開いた。

「…あやめちゃん…オレは君にこれからとても大事な話をするからよ~く聞いてくれ…」

「どうしたの?そんなに真面目な顔をして…うん…分かったよ…」

色々言いたげなあやめちゃんであったがどうやらオレの真剣な目を見て察してくれた様だ。
オレはしゃがみ込み正面から彼女の両肩に手を置きなるべくやさしく話しかける。

「あやめちゃん…実は君はこのお花畑から出る事が出来なくなっているんだ…」

「ええっ…!!どうして!?」

「…それは分からない…でも安心してほしい…
オレとチャイム、そして仲間たちがあやめちゃんを元の世界に戻れる方法を必ず見つけるから…それまではこの『精霊界』に少しいてくれないか…」

「…でも…でも…お家に帰りたい…!!ママに会いたい…!!パパに会いたい…!!うっ…うわああああああん!!!」

あやめちゃんの目尻にどんどん涙が溜まっていき
遂には大声を上げて泣き始めてしまった。
こうなる事は織り込み済みだったが目の当たりにすると流石に辛い。
堪らなくなってオレはあやめちゃんを引き寄せ強く抱きしめる。

「必ず連れて帰るから…!!必ず帰る方法を見つけ出すから…!!」

「うわああああっ…!!うわあああああん…!!」

そしてあやめちゃんが泣き疲れて眠るまでの暫くの間、
オレはあやめちゃんをずっと抱きしめていた。



「オレは一度自分の家に帰らなければならないから…
明日また来るよ…それまであやめちゃんの事を頼む…」

イエポンが作ってくれたベッドにあやめちゃんを横たわらせる。

「分かった…任せて!!」

あやめちゃんの傍らに立ったチャイムが胸を軽く拳で叩く。
他のフィギュアライズ達も心配そうにあやめちゃんを取り巻いている。

不謹慎に思われるかもしれないがオレは明日の月曜日の登校に備えて
家に帰る事にした。
先程までの二つの世界の時間が干渉しない法則のままならば何の問題も無かったのだが、今は時間が動き出してしまった。
何が起こるのかは今は想像すらできない。
『精霊界』の時間が24時間刻みかどうかは分からないが
それを確認するにもどのみち一度『人間界』には行かなければならないのだ。

「じゃあ行って来る…」

「いってらっしゃ~い!!」

チャイムたち精霊に見送られ
オレは後ろ髪を引かれる思いで小さな村を後にした。
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