異世界デスクワーク~元サラリーマンは転生してまで事務仕事!?~

八十八

文字の大きさ
10 / 96
第1部1章 初仕事編

9 酔いどれ

しおりを挟む
「なんだか、拍子抜けでしたね」

 承治は、薄暗い大衆食堂の丸テーブルでヴィオラと対面しながら口を開く。
 対するヴィオラは、食事を終えてブドウ酒に口をつけていた。

「ホルント市政官の態度も気に入りませんでしたけど、何ですかあの料理は! 媚を売りたいのが見え見えです。料理は勿体なかったですけど、手をつける気にもなりませんでした」

「あれは見え見えな接待でしたね。だけど、ホルント市政官は本当に資料を出してきますかね?」

「出してこないならお金を渡さないだけです。それで市政が滞れば彼の責任問題にもなります。揺さぶりようはいくらでもありますよ」

 そう告げるヴィオラは顔を赤くして頬を膨らませる。
 彼女はいささか酔っているようだ。

「それにしても、ヴィオラさんがこういう庶民向けの店で食事を取るなんて意外ですね。王室の偉い人は、こういうところに来ないと思ってましたよ」

 承治の言葉通り、今二人がいるのは王都の裏路地にある大衆食堂だ。
 他のテーブルでは多種多様な人々が仕事終わりの食事を楽しんでいる。
 ヴィオラと承治の二人はホルント邸を去った後、夕食を取るためにこの店に立ち寄っていた。

「私だって、今は貴族のような立場にありますけど、昔からそうだったわけじゃありません。元々、派手な生活は性に合わないんです。好きで偉くなったわけでもないし……」

「へえ、それじゃあなんで宰相になったんですか」

「私は元々、片田舎に住むエルフ族長の娘だったんです。人とおしゃべりするのが好きで、老いた父に代わって部族間の仲介やとりまとめをやっているうちに、周りからどんどん持ちあげられて今の地位に……」

「人柄が良いんですね。ヴィオラさんは」

「そうでしょうか……」

 そう告げたヴィオラは、再び頬を膨らませる。
 その仕草は、普段のギャップと彼女の容姿が相まって、とても可愛らしかった。


 * * *


 店を去った二人は、肩を並べて王宮へ向かう。
 日は既に落ち、裏路地は月明かりで微かに照らされていた。

「ヴィオラさん。帰り道、わかんなくなったりしませんよね?」

「らいじょうぶらいじょうぶ! ここはね、わらしの庭みらいなもんらの!」

 呂律の回らない口ぶりでそう告げるヴィオラの足取りはおぼつかない。
 普段は聡明で凛とするヴィオラも、酒に弱いという欠点を持っているようだった。

 承治は仕方なくヴィオラの肩を抱えて歩みを進める。
 そして、遠い昔に酔い潰れた部長を最寄り駅まで罵倒されつつ運んだ時のことを思い出していた。
 酔い潰れた上司の世話は部下の役目だ。
 しかし、この世界にはタクシーなどという便利なものはない。承治は、仕方なくヴィオラを抱えて徒歩で王宮を目指した。

 しばらく歩いていると、どこか心地の良い香りがヴィオラの髪から漂ってくる。
 顔を赤くし、とろんとした表情を見せるヴィオラの姿はどこか艶めかしい魅力があった。
 加えて、二人は体を密着させているためヴィオラの豊満な胸が承治の脇腹に触れている。
 その柔らかな感触は、もはや悪魔的だ。

 これは不可抗力だ。決して、セクハラではない。
 そんな風にして自我を保ちつつ承治が歩みを進めていると、目の前に三つの人影が見える。

 ここは裏路地だ。人通りが少ないとは言え、通行人にすれ違っても不思議はない。
 だが、その人影は承治とヴィオラの行く手を遮るかのように立ちはだかっていた。
 承治は道を譲ってもらうべく、目の前の人影に声をかける。

「すいません。酔っぱらいが通りますんで……」

 すると、三人のうち一人が前に出て口を開いた。

「へへへ、にーちゃんよう。そんな可愛いねーちゃん連れてどこに行こうってんだ。せっかくだし、俺達とちょっと遊んでいこうや」

 そう告げて姿を露わにしたのは、トカゲ風の容姿をした獣人だった。
 そして、後ろに控える二人もガタイの良い獣人であることがわかった。一方は犬っぽい耳を生やし、もう一方は羊っぽい角を生やしている。見たところ全員男だ。
 
 えっ、これって俗に言うチンピラってやつじゃね?
 承治は怪しげな獣人グループを前にして、一気に血の気が引いていった。

 そうこうしていると、先頭に立つトカゲ男が懐からナイフを取り出す。

「まあでも、にーちゃんには興味がねぇな。俺たちゃ、そこのねーちゃんと遊びてぇんだよ。にーちゃんには、ちょっと眠っててもらおうかな」

 そう告げたトカゲ男は、ナイフの刃先を承治に向けてじりじりと詰め寄ってくる。
 
 ウソでしょ。これってヤバイレベルのピンチじゃん。
 承治は、この街の治安を甘く見ていた。
 ここは日本ではない。夜道を歩けば危険な目に遭うかもしれないという認識を持つべきだった。

 相手は屈強な獣人男三人で、武器を所持している。
 対して、こちらは軟弱な元サラリーマン一名と酔っぱらい美女一名だ。
 まともにやり合って勝てるとは思えない。

 ここで承治は、自分が助かるための方法をひとつ思いつく。
 それは、ヴィオラを置いて逃げるという選択肢だ。

 しかし、承治も男だ。ここでヴィオラを置いていけば、彼女がどんなあられもない目に遭うか想像したくもない。
 それを思えば、ヴィオラを置いて逃げ出すという恥知らずな真似をする気には毛頭なれなかった。

 そして承治は思い出す。
 かつての上司である部長は、自分の武勇伝をイキって語る際に、いつもこう言っていた。
 喧嘩は気合いである、と。

 承治はヴィオラをそっと地面に降ろし、空手っぽい構えを作る。
 そして、渾身の声で叫んだ。

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」

 その剣幕は若干のほろ酔いによる明らかなやけくそだった。
 承治の意味不明な奇声に対し、獣人グループは驚いて一歩後ずさる。
 
「な、なんだコイツ、やる気か!」

「へ、ビビってるだけだぜ!」

「オヤビン! ひと思いにやっちってください!」

 各々そう告げた獣人グループは、いよいよ戦闘モードに入る。

 クソ、転生先でもこんな下らないことで死ぬのかよ。
 涙目になった承治は、それでも構えを崩さず、脳内シミュレートした〝ナイフを避けて正拳突きをきめる〟という渾身の必殺技を繰り出す。

 そして、トカゲ男のナイフが突き出されたその瞬間、ビビった承治は目を瞑ってしまった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~

存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?! はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?! 火・金・日、投稿予定 投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...