異世界デスクワーク~元サラリーマンは転生してまで事務仕事!?~

八十八

文字の大きさ
69 / 96
第2部2章 収穫祭編

67 レベックの想い

しおりを挟む
 承治とヴィオラが街に繰り出しているその頃、来賓対応の仕事がひと段落ついたレベックは、己に宛がわれた執務室で一息ついていた。

 その部屋は、ヴィオラの執務室と似たようなレイアウトだが、置かれているデスクは一つだけだ。
 そんな孤独を体現するような空間で、レベックは独り佇み窓の外に目を向けている。
 窓から見える王宮の中庭では、花壇に咲く花々が優しいそよ風に揺らされている。レベックの視界によって切り取られたその空間は、王都の賑わいとは対照的な静けさを保っていた。
 
 レベックは、何もしないでいる時間がそこまで苦痛にはならなかった。普段から休憩を取る時は、じっと動きを止めて体力回復に集中するようにしている。
 そんな時によく思い出すのが、ヴィオラと共に過ごした幼き頃の記憶だ。

 かつて、レベックとヴィオラは同じエルフ族の集落に住んでいた。
 幼きヴィオラは好奇心旺盛で正義感が強く、何をするにも先走る活発な少女だった。
 そんなヴィオラとは対照的に、幼き頃のレベックは控えめな性格で、周囲から浮いた存在だった。
 レベックの持つ褐色の肌と黒髪は、ダークエルフと呼ばれる少数種族の血統に由来するものであり、その稀有な特徴がレベックを孤立させる要因になっていた。

 だが、ヴィオラは周囲の目など気にせず、孤立から家に引きこもりがちになっていたレベックをよく遊びに誘った。
 レベックは「なぜ自分なんかと遊んでくれるのか」とヴィオラに問うたことがあったが、それに対するヴィオラの答えは「周りと違う子に興味があるから」というものだった。
 そんな素直で表裏のない〝まっすぐ〟なヴィオラは、レベックにとって己を照らし出す太陽のよう存在だった。
 レベックは、ヴィオラと共に過ごす一時を心の底から楽しむことができた。
 そして、レベックにとって真の友人と言える存在は、ヴィオラただ一人だった。
 
 だが、そんなレベックにもヴィオラ絡みで忘れることのできない嫌な思い出が一つある。
 それは、ヴィオラと共に森へ探検に行った時の事だ。
 周囲の言いつけを破り、好奇心で森の奥へと進んだヴィオラとレベックは、そこで狼の群れに襲われた。
 二人は覚えたての精霊魔法と貧弱な武器で果敢に反撃し、なんとか狼を追い払うことができた。
 しかし、その代償としてレベックは腕に深手を負ってしまった。

 レベックは、ヴィオラを守れたのなら自身の怪我など何とも思わなかった。むしろ、ヴィオラを無傷で守りきったことを誇らしく思った。
 だが、ヴィオラの考え方は違った。
 ヴィオラは傷ついたレベックの腕を見て、大粒の涙を流して何度も謝った。
 遊びに誘った私のせいだ。私が全部悪いんだ。そう告げて、顔をぐしゃぐしゃにしながらレベックに謝り続けた。

 その時、レベックは思った。
 違う、ヴィオラのせいじゃない。僕が弱かったのが悪いんだ。僕が弱かったから、ヴィオラを泣かせてしまった。僕が弱いままだと、またヴィオラを心配させてしまう。だから、僕はヴィオラのためにも強くならなきゃいけないんだ。

 その日から、レベックは〝力〟に執着するようになった。
 それは、武術や腕力に限らない。知力や権力といった、肉体によらない〝力〟も貪欲に欲した。
 そんな決意と共に成長したレベックは、勉学に励みつつ地方官僚に取り入って養子となり、貴族としての地位も得た。貴族となった後も、権力闘争となれば手段を選ばなかった。
 全ては、ヴィオラの傍らに立つため。ヴィオラを守り、そして安心させるため。そのために必要な〝力〟をかき集めた。

 レベックは、ふと左腕を掲げてローブの外へ肌を晒す。
 すると、露わになった二の腕に大きな古傷が刻まれていた。
 かつて狼に負わされたその傷は、レベックにとって己の決意を示す証になっていた。

 そんな思い出に浸っていると、不意に執務室の扉がノックされる。
 レベックが返事を告げて入室を促すと、扉の奥から一人の役人が姿を現した。

「レベック卿、飛脚よりお手紙を預かりました。それと飛脚からの伝言ですが、収穫祭の騒ぎで配達が遅れたと伝えてほしいとか」
 
 対するレベックは、「ご苦労」と簡素な返事をし、手紙を受け取る。
 そして、部屋を去った役人の足音が遠のくのを確認してから、丁寧に手紙を開封した。

「これは、どういうことだ……」

 手紙の内容に目を通したレベックは、目を見開き、わなわなと手を震わせる。
 その手紙は、ヴィオラの母ヴィオローネからレベックに宛てて書かれたものだ。
 内容は至って簡潔である。以前持ちかけたヴィオラとレベックの見合い話を勝手ながら白紙に戻してほしい、といった旨がそこには書かれていた。

 その内容は、レベックにとって到底信じられないものだった。
 いても立ってもいられなかったレベックは、己の執務室を飛び出して王宮の廊下を突き進む。
 そして、すぐさまヴィオラの執務室前に辿りついた。

 部屋を遮る扉の前に立ったレベックは、直前になって入室をためらう。 
 レベックは、先ほど読んだ手紙の内容が事実かどうかを、ヴィオラに直接問い立てるつもりでここへ来た。しかし、直前になってヴィオラと顔を合わせるのが恐ろしくなってしまった。

 しかし、事をはっきりさせたいのならば、直接確かめる他ない。
 そう覚悟を決めたレベックは、扉をノックしてからヴィオラの執務室へと足を踏み入る。

 すると、普段ヴィオラが使っているデスクは無人だった。
 代わりに、ファフと呼ばれる少女が一人、ソファーに寝転んでいた。

「誰かと思えば黒エルフじゃない。ヴィオラならいないわよ」

 ソファーからゆっくりと起き上がったファフは、ぶっきらぼうにそう告げる。
 対するレベックは、己の焦りと不安をひた隠し、淡々と言葉を返した。

「ヴィオラはどこへ行った」

 そんな言葉に対し、ファフはなぜか不敵な笑みを浮かべて応じる。

「ふーん、知りたい? 知りたいのなら、教えてあげてもいいわよ。ヴィオラはね、承治と一緒に収穫祭を見に街へ行ったわ。もちろん、二人きりでね」

「なんだと」

 レベックは、たまらず焦りを表情に出してしまう。

「あらあら、随分と二人のことが気になるみたいね。そりゃそうよね。アンタはヴィオラとお見合する気でいたんだものね。ま、その話もオジャンになったわけだけど」

「なぜ貴様がそれを知っている!」

 ヴィオラとの見合いが白紙になったという話は、先ほど受け取った手紙で知ったばかりだというのに、ファフがその事実を知っていたことにレベックはかなり驚かされた。

 ファフは当惑するレベックをあざ笑うかのように、ニヤニヤと口を歪めて更なる追い打ちを加える。

「ぶっちゃけた話、アンタはフラれたのよ。ヴィオラは、アンタじゃなくて承治を選んだ。だから、アンタはお見合いを断られた。それだけのことよ。残念だったわね」
 
 レベックは、ファフの告げた言葉が信じられなかった。
 だからこそ、それは間違いであると何度も自分に言い聞かせた。

 あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
 間違っている。間違っている。間違っている。間違っている。間違っている。
 
 そう、間違っている。ならば真実は他にある。

 深く息を吸い込み、いささか冷静さを取り戻したレベックは、鋭い視線をファフへ向ける。

「そうかそうか。私としたことが、危うくたばかられるところだった。貴様とオーツキは大した策謀家だ」

 ファフは眉を潜めて怪訝けげんな表情で応じる。

「何が言いたいわけ?」

「そもそも、いきなり現れた転生者が、同じくいきなり現れた魔王を打ち倒して仲間に引き入れるなどという話が、元からできすぎていたんだ。貴様とオーツキは共謀して魔王騒ぎを起こし、このカスタリアへ入り込んだ。そして、今度はヴィオラを誑(たぶら)かし、この国を内部から掌握しようというわけだ」

 そんな妄言じみたレベックの主張に対し、ファフは鼻で笑って言葉を返す。

「で、アンタはその仮説をどうやって証明するつもり? 妄想も口先だけなら何とでも言えるでしょ」

「この場で貴様の四肢を切り落として尋問してもいいが、私もそこまで野蛮な男ではない……今しばらく、様子を見させてもらおう。貴様らの陰謀はこの私が必ず打ち砕いてみせる」

 そう告げたレベックは、踵を返して部屋を後にする。
 現れたのも突然ならば、去るのも突然だ。

 レベックが部屋から姿を消すと、ファフは一息ついて苦笑いを浮かべる。

「いやー、ちょっと言い過ぎちゃったかしら。ま、これも承治のためよね」

 そんな独り言を呟いたファフは、済んだ出来事で悩むのもバカらしいかと一人で納得し、再びソファーへ寝転がった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~

存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?! はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?! 火・金・日、投稿予定 投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

処理中です...