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第2部2章 収穫祭編
67 レベックの想い
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承治とヴィオラが街に繰り出しているその頃、来賓対応の仕事がひと段落ついたレベックは、己に宛がわれた執務室で一息ついていた。
その部屋は、ヴィオラの執務室と似たようなレイアウトだが、置かれているデスクは一つだけだ。
そんな孤独を体現するような空間で、レベックは独り佇み窓の外に目を向けている。
窓から見える王宮の中庭では、花壇に咲く花々が優しいそよ風に揺らされている。レベックの視界によって切り取られたその空間は、王都の賑わいとは対照的な静けさを保っていた。
レベックは、何もしないでいる時間がそこまで苦痛にはならなかった。普段から休憩を取る時は、じっと動きを止めて体力回復に集中するようにしている。
そんな時によく思い出すのが、ヴィオラと共に過ごした幼き頃の記憶だ。
かつて、レベックとヴィオラは同じエルフ族の集落に住んでいた。
幼きヴィオラは好奇心旺盛で正義感が強く、何をするにも先走る活発な少女だった。
そんなヴィオラとは対照的に、幼き頃のレベックは控えめな性格で、周囲から浮いた存在だった。
レベックの持つ褐色の肌と黒髪は、ダークエルフと呼ばれる少数種族の血統に由来するものであり、その稀有な特徴がレベックを孤立させる要因になっていた。
だが、ヴィオラは周囲の目など気にせず、孤立から家に引きこもりがちになっていたレベックをよく遊びに誘った。
レベックは「なぜ自分なんかと遊んでくれるのか」とヴィオラに問うたことがあったが、それに対するヴィオラの答えは「周りと違う子に興味があるから」というものだった。
そんな素直で表裏のない〝まっすぐ〟なヴィオラは、レベックにとって己を照らし出す太陽のよう存在だった。
レベックは、ヴィオラと共に過ごす一時を心の底から楽しむことができた。
そして、レベックにとって真の友人と言える存在は、ヴィオラただ一人だった。
だが、そんなレベックにもヴィオラ絡みで忘れることのできない嫌な思い出が一つある。
それは、ヴィオラと共に森へ探検に行った時の事だ。
周囲の言いつけを破り、好奇心で森の奥へと進んだヴィオラとレベックは、そこで狼の群れに襲われた。
二人は覚えたての精霊魔法と貧弱な武器で果敢に反撃し、なんとか狼を追い払うことができた。
しかし、その代償としてレベックは腕に深手を負ってしまった。
レベックは、ヴィオラを守れたのなら自身の怪我など何とも思わなかった。むしろ、ヴィオラを無傷で守りきったことを誇らしく思った。
だが、ヴィオラの考え方は違った。
ヴィオラは傷ついたレベックの腕を見て、大粒の涙を流して何度も謝った。
遊びに誘った私のせいだ。私が全部悪いんだ。そう告げて、顔をぐしゃぐしゃにしながらレベックに謝り続けた。
その時、レベックは思った。
違う、ヴィオラのせいじゃない。僕が弱かったのが悪いんだ。僕が弱かったから、ヴィオラを泣かせてしまった。僕が弱いままだと、またヴィオラを心配させてしまう。だから、僕はヴィオラのためにも強くならなきゃいけないんだ。
その日から、レベックは〝力〟に執着するようになった。
それは、武術や腕力に限らない。知力や権力といった、肉体によらない〝力〟も貪欲に欲した。
そんな決意と共に成長したレベックは、勉学に励みつつ地方官僚に取り入って養子となり、貴族としての地位も得た。貴族となった後も、権力闘争となれば手段を選ばなかった。
全ては、ヴィオラの傍らに立つため。ヴィオラを守り、そして安心させるため。そのために必要な〝力〟をかき集めた。
レベックは、ふと左腕を掲げてローブの外へ肌を晒す。
すると、露わになった二の腕に大きな古傷が刻まれていた。
かつて狼に負わされたその傷は、レベックにとって己の決意を示す証になっていた。
そんな思い出に浸っていると、不意に執務室の扉がノックされる。
レベックが返事を告げて入室を促すと、扉の奥から一人の役人が姿を現した。
「レベック卿、飛脚よりお手紙を預かりました。それと飛脚からの伝言ですが、収穫祭の騒ぎで配達が遅れたと伝えてほしいとか」
対するレベックは、「ご苦労」と簡素な返事をし、手紙を受け取る。
そして、部屋を去った役人の足音が遠のくのを確認してから、丁寧に手紙を開封した。
「これは、どういうことだ……」
手紙の内容に目を通したレベックは、目を見開き、わなわなと手を震わせる。
その手紙は、ヴィオラの母ヴィオローネからレベックに宛てて書かれたものだ。
内容は至って簡潔である。以前持ちかけたヴィオラとレベックの見合い話を勝手ながら白紙に戻してほしい、といった旨がそこには書かれていた。
その内容は、レベックにとって到底信じられないものだった。
いても立ってもいられなかったレベックは、己の執務室を飛び出して王宮の廊下を突き進む。
そして、すぐさまヴィオラの執務室前に辿りついた。
部屋を遮る扉の前に立ったレベックは、直前になって入室をためらう。
レベックは、先ほど読んだ手紙の内容が事実かどうかを、ヴィオラに直接問い立てるつもりでここへ来た。しかし、直前になってヴィオラと顔を合わせるのが恐ろしくなってしまった。
しかし、事をはっきりさせたいのならば、直接確かめる他ない。
そう覚悟を決めたレベックは、扉をノックしてからヴィオラの執務室へと足を踏み入る。
すると、普段ヴィオラが使っているデスクは無人だった。
代わりに、ファフと呼ばれる少女が一人、ソファーに寝転んでいた。
「誰かと思えば黒エルフじゃない。ヴィオラならいないわよ」
ソファーからゆっくりと起き上がったファフは、ぶっきらぼうにそう告げる。
対するレベックは、己の焦りと不安をひた隠し、淡々と言葉を返した。
「ヴィオラはどこへ行った」
そんな言葉に対し、ファフはなぜか不敵な笑みを浮かべて応じる。
「ふーん、知りたい? 知りたいのなら、教えてあげてもいいわよ。ヴィオラはね、承治と一緒に収穫祭を見に街へ行ったわ。もちろん、二人きりでね」
「なんだと」
レベックは、たまらず焦りを表情に出してしまう。
「あらあら、随分と二人のことが気になるみたいね。そりゃそうよね。アンタはヴィオラとお見合する気でいたんだものね。ま、その話もオジャンになったわけだけど」
「なぜ貴様がそれを知っている!」
ヴィオラとの見合いが白紙になったという話は、先ほど受け取った手紙で知ったばかりだというのに、ファフがその事実を知っていたことにレベックはかなり驚かされた。
ファフは当惑するレベックをあざ笑うかのように、ニヤニヤと口を歪めて更なる追い打ちを加える。
「ぶっちゃけた話、アンタはフラれたのよ。ヴィオラは、アンタじゃなくて承治を選んだ。だから、アンタはお見合いを断られた。それだけのことよ。残念だったわね」
レベックは、ファフの告げた言葉が信じられなかった。
だからこそ、それは間違いであると何度も自分に言い聞かせた。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
間違っている。間違っている。間違っている。間違っている。間違っている。
そう、間違っている。ならば真実は他にある。
深く息を吸い込み、いささか冷静さを取り戻したレベックは、鋭い視線をファフへ向ける。
「そうかそうか。私としたことが、危うく謀られるところだった。貴様とオーツキは大した策謀家だ」
ファフは眉を潜めて怪訝な表情で応じる。
「何が言いたいわけ?」
「そもそも、いきなり現れた転生者が、同じくいきなり現れた魔王を打ち倒して仲間に引き入れるなどという話が、元からできすぎていたんだ。貴様とオーツキは共謀して魔王騒ぎを起こし、このカスタリアへ入り込んだ。そして、今度はヴィオラを誑(たぶら)かし、この国を内部から掌握しようというわけだ」
そんな妄言じみたレベックの主張に対し、ファフは鼻で笑って言葉を返す。
「で、アンタはその仮説をどうやって証明するつもり? 妄想も口先だけなら何とでも言えるでしょ」
「この場で貴様の四肢を切り落として尋問してもいいが、私もそこまで野蛮な男ではない……今しばらく、様子を見させてもらおう。貴様らの陰謀はこの私が必ず打ち砕いてみせる」
そう告げたレベックは、踵を返して部屋を後にする。
現れたのも突然ならば、去るのも突然だ。
レベックが部屋から姿を消すと、ファフは一息ついて苦笑いを浮かべる。
「いやー、ちょっと言い過ぎちゃったかしら。ま、これも承治のためよね」
そんな独り言を呟いたファフは、済んだ出来事で悩むのもバカらしいかと一人で納得し、再びソファーへ寝転がった。
その部屋は、ヴィオラの執務室と似たようなレイアウトだが、置かれているデスクは一つだけだ。
そんな孤独を体現するような空間で、レベックは独り佇み窓の外に目を向けている。
窓から見える王宮の中庭では、花壇に咲く花々が優しいそよ風に揺らされている。レベックの視界によって切り取られたその空間は、王都の賑わいとは対照的な静けさを保っていた。
レベックは、何もしないでいる時間がそこまで苦痛にはならなかった。普段から休憩を取る時は、じっと動きを止めて体力回復に集中するようにしている。
そんな時によく思い出すのが、ヴィオラと共に過ごした幼き頃の記憶だ。
かつて、レベックとヴィオラは同じエルフ族の集落に住んでいた。
幼きヴィオラは好奇心旺盛で正義感が強く、何をするにも先走る活発な少女だった。
そんなヴィオラとは対照的に、幼き頃のレベックは控えめな性格で、周囲から浮いた存在だった。
レベックの持つ褐色の肌と黒髪は、ダークエルフと呼ばれる少数種族の血統に由来するものであり、その稀有な特徴がレベックを孤立させる要因になっていた。
だが、ヴィオラは周囲の目など気にせず、孤立から家に引きこもりがちになっていたレベックをよく遊びに誘った。
レベックは「なぜ自分なんかと遊んでくれるのか」とヴィオラに問うたことがあったが、それに対するヴィオラの答えは「周りと違う子に興味があるから」というものだった。
そんな素直で表裏のない〝まっすぐ〟なヴィオラは、レベックにとって己を照らし出す太陽のよう存在だった。
レベックは、ヴィオラと共に過ごす一時を心の底から楽しむことができた。
そして、レベックにとって真の友人と言える存在は、ヴィオラただ一人だった。
だが、そんなレベックにもヴィオラ絡みで忘れることのできない嫌な思い出が一つある。
それは、ヴィオラと共に森へ探検に行った時の事だ。
周囲の言いつけを破り、好奇心で森の奥へと進んだヴィオラとレベックは、そこで狼の群れに襲われた。
二人は覚えたての精霊魔法と貧弱な武器で果敢に反撃し、なんとか狼を追い払うことができた。
しかし、その代償としてレベックは腕に深手を負ってしまった。
レベックは、ヴィオラを守れたのなら自身の怪我など何とも思わなかった。むしろ、ヴィオラを無傷で守りきったことを誇らしく思った。
だが、ヴィオラの考え方は違った。
ヴィオラは傷ついたレベックの腕を見て、大粒の涙を流して何度も謝った。
遊びに誘った私のせいだ。私が全部悪いんだ。そう告げて、顔をぐしゃぐしゃにしながらレベックに謝り続けた。
その時、レベックは思った。
違う、ヴィオラのせいじゃない。僕が弱かったのが悪いんだ。僕が弱かったから、ヴィオラを泣かせてしまった。僕が弱いままだと、またヴィオラを心配させてしまう。だから、僕はヴィオラのためにも強くならなきゃいけないんだ。
その日から、レベックは〝力〟に執着するようになった。
それは、武術や腕力に限らない。知力や権力といった、肉体によらない〝力〟も貪欲に欲した。
そんな決意と共に成長したレベックは、勉学に励みつつ地方官僚に取り入って養子となり、貴族としての地位も得た。貴族となった後も、権力闘争となれば手段を選ばなかった。
全ては、ヴィオラの傍らに立つため。ヴィオラを守り、そして安心させるため。そのために必要な〝力〟をかき集めた。
レベックは、ふと左腕を掲げてローブの外へ肌を晒す。
すると、露わになった二の腕に大きな古傷が刻まれていた。
かつて狼に負わされたその傷は、レベックにとって己の決意を示す証になっていた。
そんな思い出に浸っていると、不意に執務室の扉がノックされる。
レベックが返事を告げて入室を促すと、扉の奥から一人の役人が姿を現した。
「レベック卿、飛脚よりお手紙を預かりました。それと飛脚からの伝言ですが、収穫祭の騒ぎで配達が遅れたと伝えてほしいとか」
対するレベックは、「ご苦労」と簡素な返事をし、手紙を受け取る。
そして、部屋を去った役人の足音が遠のくのを確認してから、丁寧に手紙を開封した。
「これは、どういうことだ……」
手紙の内容に目を通したレベックは、目を見開き、わなわなと手を震わせる。
その手紙は、ヴィオラの母ヴィオローネからレベックに宛てて書かれたものだ。
内容は至って簡潔である。以前持ちかけたヴィオラとレベックの見合い話を勝手ながら白紙に戻してほしい、といった旨がそこには書かれていた。
その内容は、レベックにとって到底信じられないものだった。
いても立ってもいられなかったレベックは、己の執務室を飛び出して王宮の廊下を突き進む。
そして、すぐさまヴィオラの執務室前に辿りついた。
部屋を遮る扉の前に立ったレベックは、直前になって入室をためらう。
レベックは、先ほど読んだ手紙の内容が事実かどうかを、ヴィオラに直接問い立てるつもりでここへ来た。しかし、直前になってヴィオラと顔を合わせるのが恐ろしくなってしまった。
しかし、事をはっきりさせたいのならば、直接確かめる他ない。
そう覚悟を決めたレベックは、扉をノックしてからヴィオラの執務室へと足を踏み入る。
すると、普段ヴィオラが使っているデスクは無人だった。
代わりに、ファフと呼ばれる少女が一人、ソファーに寝転んでいた。
「誰かと思えば黒エルフじゃない。ヴィオラならいないわよ」
ソファーからゆっくりと起き上がったファフは、ぶっきらぼうにそう告げる。
対するレベックは、己の焦りと不安をひた隠し、淡々と言葉を返した。
「ヴィオラはどこへ行った」
そんな言葉に対し、ファフはなぜか不敵な笑みを浮かべて応じる。
「ふーん、知りたい? 知りたいのなら、教えてあげてもいいわよ。ヴィオラはね、承治と一緒に収穫祭を見に街へ行ったわ。もちろん、二人きりでね」
「なんだと」
レベックは、たまらず焦りを表情に出してしまう。
「あらあら、随分と二人のことが気になるみたいね。そりゃそうよね。アンタはヴィオラとお見合する気でいたんだものね。ま、その話もオジャンになったわけだけど」
「なぜ貴様がそれを知っている!」
ヴィオラとの見合いが白紙になったという話は、先ほど受け取った手紙で知ったばかりだというのに、ファフがその事実を知っていたことにレベックはかなり驚かされた。
ファフは当惑するレベックをあざ笑うかのように、ニヤニヤと口を歪めて更なる追い打ちを加える。
「ぶっちゃけた話、アンタはフラれたのよ。ヴィオラは、アンタじゃなくて承治を選んだ。だから、アンタはお見合いを断られた。それだけのことよ。残念だったわね」
レベックは、ファフの告げた言葉が信じられなかった。
だからこそ、それは間違いであると何度も自分に言い聞かせた。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
間違っている。間違っている。間違っている。間違っている。間違っている。
そう、間違っている。ならば真実は他にある。
深く息を吸い込み、いささか冷静さを取り戻したレベックは、鋭い視線をファフへ向ける。
「そうかそうか。私としたことが、危うく謀られるところだった。貴様とオーツキは大した策謀家だ」
ファフは眉を潜めて怪訝な表情で応じる。
「何が言いたいわけ?」
「そもそも、いきなり現れた転生者が、同じくいきなり現れた魔王を打ち倒して仲間に引き入れるなどという話が、元からできすぎていたんだ。貴様とオーツキは共謀して魔王騒ぎを起こし、このカスタリアへ入り込んだ。そして、今度はヴィオラを誑(たぶら)かし、この国を内部から掌握しようというわけだ」
そんな妄言じみたレベックの主張に対し、ファフは鼻で笑って言葉を返す。
「で、アンタはその仮説をどうやって証明するつもり? 妄想も口先だけなら何とでも言えるでしょ」
「この場で貴様の四肢を切り落として尋問してもいいが、私もそこまで野蛮な男ではない……今しばらく、様子を見させてもらおう。貴様らの陰謀はこの私が必ず打ち砕いてみせる」
そう告げたレベックは、踵を返して部屋を後にする。
現れたのも突然ならば、去るのも突然だ。
レベックが部屋から姿を消すと、ファフは一息ついて苦笑いを浮かべる。
「いやー、ちょっと言い過ぎちゃったかしら。ま、これも承治のためよね」
そんな独り言を呟いたファフは、済んだ出来事で悩むのもバカらしいかと一人で納得し、再びソファーへ寝転がった。
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