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第二章『それは、確かな歴史』
第三十三話「温泉宿」
しおりを挟む「「カポーン(......)」」
…………
「なにしているんだい二人とも」
温泉宿に着いた俺とイブは、二人並んで入口の前に突っ立ていた。
「いや、ちょっと入る前にお決まりの効果音をやっとこうと。折角の温泉だし」
しかし、実際に口に出してわかったが、あの音は再現しずらい。五十音では到底カバー出来ない範囲にやつはいた。
本当に温泉宿なのかと思うほど、仰々しい看板が屋根に取り付けられている。
「『センの湯』か。いいネーミングセンスしてるな」
さっそく扉を開け中に入る。
するとそこには全体的に図体の図太い、ナマズ顔の魔族が待ち受けていた。
「はいよぉ。いらっしゃい。四人かえ?」
「はい。人の紹介で来ました。これでお願いします」
シオンが代表して答えて、チケットを差し出す。
チケット受け取ったナマズ顔は受付のカウンターから出てくると、一つの大部屋に案内してくれた。
「それじゃぁ、ゆっくりしていきなぁ。ワタシャ、セン。困った事があったらぁ誰でもいいから従業員にいいつけなぁ」
センって人の名前だったのかよ。てことは、今の人はこの宿の女将か。
案内された大部屋にそれぞれの荷物を部屋の隅へ集める。といっても、荷物らしい荷物も無くコートやポーチ、ベルトなどの装備品だけだ。身につけるもの以外は全て亜空間に入っているので、傍から見れば手ぶらに見えるだろう。
本当はこの装備品たちも亜空間に閉まってもいいのだが、部屋掃除に従業員が来た場合、何も無かったら不自然かも知れない。これはこのまま残しておくのが良いだろう。
「これからどうしようか。街に出るのもいいけど、せっかくの温泉だしさっそく入るかい?」
「あり...... 昼間なら人も少ないし、貸切にできそう......」
シオンの提案にイブが乗り気の返事をする。顔には出ていなかったが、大きいお風呂ということで、案外楽しみにしていたのかもしれない。
「いいわね。私も実際に来るのは初めてなのよ。楽しみだわ」
ロビーの受付へ戻ると、先ほど案内してくれた女将が葉巻のようなものを吸って一服していた。
初めて見たな。この世界にこういった娯楽はあるらしい。
「温泉に入りたいのだけれど場所を教えてもらえるかしら?」
リリィーが聞くと女将は葉巻をくわえたまま指をさす。
「すぐそこだよぉ。赤ののれんが女、青が男さねぇ。これがロッカーの鍵だよ」
大分ご高齢なのか、先ほどから随分としわがれた声で教えてくれる。
魔族は見た目で年齢が判断できないので本当に困る。もしかすれば種族的な問題で、もともとこういう声帯なのかもしれない。
そもそもナマズに声帯があるというのが、おかしな話か。
そんなことを考えていると、ギョロリ動いた女将の目玉に、ばっちりにと目が合う。
「そこのあんたぁ、あんまり年寄りの顔をじろじろみるもんじゃぁないよぉ。しわでも見つけたかえ?」
いえ、ナマズなんでむしろツルッツルです!全身しわなし!
さすがに口に出しては言えないが。
「いえ、珍しい種族の方に会えたなと」
「まぁ、昔に比べればねぇ。ワタシャの種族は弱いもんばかりだから、戦争で命をよく落っことすのさぁ」
街中を歩いてきて一度も会わなかった種族だから、口から出まかせを言ってみたが、あまりいい話題ではなかったな。少し申し訳なさを感じる。
「ほら、見世物じゃぁないんだぁ。はよ入っておいでぇ」
みんなで女将にお礼を言い、脱衣所へ向かう。親切にもバスタオルまで貸してくれた。
「それじゃあ、ここからは別々だね」
「予定もないし、気を使わずにゆっくり入ってきていいぞ」
「あい......」
「ええ、そうさせてもらうわ」
二人と別れ後は、シオンと二人ロッカーで服を脱ぎ捨てさっさとシャワーへ向かう。男はこういう時楽でいいな。時間をかけずにさっさと支度を済ませられる。
「おお、いいな。露天風呂か」
冷えた風が身体をなでる。しかしこのくらいの温度のほうが温泉を楽しむには丁度良い。
木製の桶を手に取りお湯をためていく。
「これは市販のシャンプーじゃないね」
「へー、こういう所にもこだわってんだな」
確かに魔王城では見たことの無いものだった。容器も手作りのようで『センのシャンプー』と書かれている。
しかし、その文字を見てしまった俺はとある最悪の想像をしてしまった。
「これ。あの女将の体液なんてことはないだろうな」
「ユウキ...... それは思っても言わないで欲しかったよ」
温泉のマナーに従いきっちりと身体を洗ったあとは、待ちに待った温泉へ歩みを進める。
お湯は白い濁り湯となっており、見た目のビジュアルからしてもなかなか期待できそうだ。
外の気温との温度差で湯気がすごいことになっている。
するとそんな中に一つの人影を見つけた。
「ん?誰かいるな」
「ほんとだね。僕たちと同じ考えの人もいたみたいだ」
湯気で見ずらいが、端に腰掛け湯につかっている後ろ姿が見える。
どうやら完全に貸切るというわけにはいかないらしい。まあ、この際だ軽く話でもして親睦でも深めよう。そう思いその人影に向けて近づいていく。
「あら~、こんな時間に人が来るなんて珍しいわね」
!?
予想外の高い声にシオンと二人、身体が固まる。
まさか女性なのか!?ここ男湯だぞ!?
今のが男の出せる声とは思えない。確かによくよく見ればシルエットも細く、女性的なラインも描いている。
湯気がはれリリィーやイブより長い髪を見てもうそれは確信に変わった。
「あー、ここってーー」
何かに気づいたシオンが自分達が入って来た、入り口の方を見つめている。
いや、違う。それは俺たちが入って来た入り口とは逆方向だ。その入り口は二つあった。そこでようやく俺も気づく。
「ここ混浴だったのかよ!」
ツッコミながらも、ぶっちゃけ内心はテンション上がりまくりだった。なにこれめっちゃラッキー!まだ、シルエットだけだがスタイルもかなり良さそうだ!
しかし、そんな浮かれた感情も、次の瞬間には消されてしまう。
「見られてしまいましたね~」
振り返った女性は薄笑いを浮かべながら、髪を伸ばす。
「ああ、なるほど」
俺とシオンもつられて引き笑いをしてしまった。
ゆらゆら迫ってくる髪の毛が瞬時に蛇へと姿を変える。
「メデューサか」
シャーーーッ
蛇の瞳、そして女性の目が紅く光ったと思ったその瞬間、俺とシオンの意識は途絶えた。
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