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第一話
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彼女は、城の大広間へと続く長くて暗い階段をゆっくりと昇ってゆく。もちろん、ここは彼女が生まれ育った城なのだから当然この階段は何度も昇ったことがあった。
ただし。
今のような。
今、彼女が味わっているような気持ちでこの階段を昇ったことは一度たりともなかったはずだ。彼女は、少し唇を歪める。
(あの時とは、なんて違うのだろう)
あの時。
それは決して遠い過去ではなく、つい昨日の夜に起こったことであった。しかし、彼女にとっては遥か遠い過去の出来事である。
それにしても、皮肉なことに昨日の夜と共通していることが二つあった。ひとつは、彼女が純白の婚礼衣装を身に纏っているということ。そして、もうひとつは大広間で待っているのが彼女を妻として迎えようとしている男であるということだった。
昨夜と違うことも、ふたつある。まず、大広間で待っているのが彼女の許婚を殺した男であるということ。そしてもう一つは。
彼女の身体。
彼女のその穢れなく美しい肢体の中で、激しく渦巻いている欲情。その欲情は純白の衣装に包まれた身体を容赦なく蹂躙していた。
果実のように膨らんだ彼女の胸、その先端は今まさに咲こうとしている蕾のごとく膨らんでおり、硬くとがっている。そして、彼女の草原を駆ける獣のようにしなやかな両足の付け根にある最も秘めやかな部分は、熱病に取り付かれたように熱く疼きそして濡れそぼっていた。
彼女はそっと下腹へ手をあてる。そこには確実に何か異質なる存在がいた。その存在が彼女の中で官能の波を沸き起こしている。
階段を一歩進みたびに、彼女の身体の中に渦巻いている熱が出口を求めて号泣するようだ。ほんの僅かな刺激、そう、衣服が彼女の胸の先端にこすれる刺激や、歩いている太ももの肌がふれあう刺激すら、彼女を官能の渦へ引き込もうとする。彼女は後ろに続いている侍女たちに聞かれぬよう、そっと熱い吐息を漏らす。
彼女は皮肉な笑みを浮かべた。
おそらくこれは、草原の蛮族たちとの戦い以上に骨がおれ、強い意思を必要とする作業である。しかし、今の彼女を突き動かしているのは戦場で剣を握っているときと同じ感情、つまり復讐への深い激情であった。
彼女は、自らの身体が要求する熱い欲望を忘れるため、昨夜の出来事へ思いをはせる。
その時、彼女は今と同じように純白の衣装を着てこの階段を昇っていた。その手には剣を握って。
❖
彼女は夜の闇よりも遥かに暗くて果てしない怒りに突き動かされ、その階段を駆け昇っていた。既に、戦闘は決着がついており叫び声や剣を打ち合わせる音も聞こえない。
彼女の手には剣が握られている。いわゆる戦場刀であり分厚く重い剣だ。白い花嫁衣裳は身体に纏わりつき多少動きにくかったが、彼女の中で業火のように燃える怒りは着替えるゆとりを与えない。
協定は成立したはずだった。
同盟の調印は終わり、その後の婚礼である。全く予測していなかった卑劣な裏切りにより、彼女の城は攻め落とされた。
彼女の夫となるはずであった男が率いる軍隊によって。
彼女は、大広間の扉を力任せに開いた。
そこに待ち受けていたのは、兵士たちである。彼女の、ではなく彼女の城を討ち滅ぼした兵士たち。彼女の兵たちは、血に塗れ床に倒れていた。その死せる兵士たちが彼女の視界を怒りで真っ赤に染める。
大広間の最奥。
そこには、彼女の夫になるはずだった男が大きな椅子に腰掛けている。
眠るように目を閉じて。
彼女は絶叫しながら、大広間をかける。剣を手にした敵兵が止めようとして、前に出た。
彼女は足を止めずに、剣を振るう。敵兵の剣が腕ごと斬り飛ばされ、絶叫と血飛沫があがった。純白の衣装に、真紅の飛沫が散る。それは真冬の雪原に咲く、赤い花のようであった。
彼女は無造作に、剣を振るう。重い戦場刀は、立ち塞がる兵の頭蓋骨を断ち割り胴を薙いだ。宴の用意がなされていた大広間のテーブルに、脳漿が撒き散らされる。そして、緋色のカーペットの上で臓物が生き物のようにのたうった。
血と戦いが、彼女を酔わせる。
しかし、彼女の動きが突然止まった。
ごとりと。
彼女を妻にするはずだった男の首が床に落ちたためだ。
既に死んでいたらしく、血飛沫があがることもなかった。椅子の後ろからゆっくりと一人の男が姿をあらわす。
「貴様、」
彼女は絶句する。その男は許婚の副官であった。北方の蛮族らしく、全身に緻密な紋様の刺青を施し、その身体は獰猛な筋肉に覆われている。無数の刀傷と色鮮やかな刺青に覆われたその顔に野獣の笑みを浮かべた副官は、袋を背負い片手に戦場刀を持っていた。そして、許婚の生首を無造作に蹴飛ばす。
ボールのように。
その生首は広間の床を転がって彼女の足元へ来た。許婚の端正な顔は、何の感情も浮かべておらず彫像のように静かである。それを支配しているのはただ、無慈悲で絶望的な死であった。
「なぜ、こんな」
彼女が言葉を続けようとして時、蛮族の副官は獣の笑みを浮かべたまま袋から何かを取り出し、彼女のほうへ投げる。
それは、生首であった。
かつて父であった者の。
かつて母であった。
そして、かつて兄であったその生首は、無造作に床へ転がる。それは物として。ただの物体として。
そのあまりの無惨さに彼女は哀しみの感情すら忘れ、茫然と立ち尽くした。
「おれのものとなれ」
蛮族の副官が発した言葉を理解できず、彼女は一瞬凍りつく。しかし、その言葉を理解したとたん、我を忘れた彼女は副官めがけて剣を振るった。
「もう一度言おう。おれのものとなれ。そうすれば、おまえの家臣は殺さない。そして、この国もおまえの好きにさせてやってもいい」
蛮族の男は、あっさり剣を受けると逆に一撃を彼女へ討ち返す。彼女の剣はへし折れ跳ねとんだ。そして、口元は飢えた獣が持つ笑みを湛えていた。
男は、肉食獣だけが持つ派手で獰猛な美しさを備えている刺青で飾られた顔を彼女へ寄せた。
「かんたんなことだ。おれに抱かれさえすれば、おまえとおまえの家臣は生き延びられる」
蛮族の男は、森の奥に棲む獣だけが持つ静かだが破壊と殺戮の意思を秘めた瞳で、彼女を見つめる。
「馬鹿な」
彼女は引き込まれそうな深く青い副官の瞳から目をそらして、後ずさった。
「おまえは、父と母と兄、そして許婚を殺したのに。そのおまえに抱かれるなど」
蛮族の男は笑った。凶悪な、しかし見るものの心を深淵へと引きずり込みそうな笑みである。
「おれはおまえを解き放ってやったというのに、判らないのか」
彼女の瞳が怒りに燃え、蛮族の副官を見据える。男は冷静に剣を彼女の首筋へ当てた。
「朝まで時間をやる。そのときに気が変わっていなければ、おまえの家臣の首を跳ねる。おまえが死ぬのは一番最後だ。よく考えろ」
兵たちが彼女の腕を押さえる。
「地下牢で待て。夜明けとともに迎えにゆく」
ただし。
今のような。
今、彼女が味わっているような気持ちでこの階段を昇ったことは一度たりともなかったはずだ。彼女は、少し唇を歪める。
(あの時とは、なんて違うのだろう)
あの時。
それは決して遠い過去ではなく、つい昨日の夜に起こったことであった。しかし、彼女にとっては遥か遠い過去の出来事である。
それにしても、皮肉なことに昨日の夜と共通していることが二つあった。ひとつは、彼女が純白の婚礼衣装を身に纏っているということ。そして、もうひとつは大広間で待っているのが彼女を妻として迎えようとしている男であるということだった。
昨夜と違うことも、ふたつある。まず、大広間で待っているのが彼女の許婚を殺した男であるということ。そしてもう一つは。
彼女の身体。
彼女のその穢れなく美しい肢体の中で、激しく渦巻いている欲情。その欲情は純白の衣装に包まれた身体を容赦なく蹂躙していた。
果実のように膨らんだ彼女の胸、その先端は今まさに咲こうとしている蕾のごとく膨らんでおり、硬くとがっている。そして、彼女の草原を駆ける獣のようにしなやかな両足の付け根にある最も秘めやかな部分は、熱病に取り付かれたように熱く疼きそして濡れそぼっていた。
彼女はそっと下腹へ手をあてる。そこには確実に何か異質なる存在がいた。その存在が彼女の中で官能の波を沸き起こしている。
階段を一歩進みたびに、彼女の身体の中に渦巻いている熱が出口を求めて号泣するようだ。ほんの僅かな刺激、そう、衣服が彼女の胸の先端にこすれる刺激や、歩いている太ももの肌がふれあう刺激すら、彼女を官能の渦へ引き込もうとする。彼女は後ろに続いている侍女たちに聞かれぬよう、そっと熱い吐息を漏らす。
彼女は皮肉な笑みを浮かべた。
おそらくこれは、草原の蛮族たちとの戦い以上に骨がおれ、強い意思を必要とする作業である。しかし、今の彼女を突き動かしているのは戦場で剣を握っているときと同じ感情、つまり復讐への深い激情であった。
彼女は、自らの身体が要求する熱い欲望を忘れるため、昨夜の出来事へ思いをはせる。
その時、彼女は今と同じように純白の衣装を着てこの階段を昇っていた。その手には剣を握って。
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彼女は夜の闇よりも遥かに暗くて果てしない怒りに突き動かされ、その階段を駆け昇っていた。既に、戦闘は決着がついており叫び声や剣を打ち合わせる音も聞こえない。
彼女の手には剣が握られている。いわゆる戦場刀であり分厚く重い剣だ。白い花嫁衣裳は身体に纏わりつき多少動きにくかったが、彼女の中で業火のように燃える怒りは着替えるゆとりを与えない。
協定は成立したはずだった。
同盟の調印は終わり、その後の婚礼である。全く予測していなかった卑劣な裏切りにより、彼女の城は攻め落とされた。
彼女の夫となるはずであった男が率いる軍隊によって。
彼女は、大広間の扉を力任せに開いた。
そこに待ち受けていたのは、兵士たちである。彼女の、ではなく彼女の城を討ち滅ぼした兵士たち。彼女の兵たちは、血に塗れ床に倒れていた。その死せる兵士たちが彼女の視界を怒りで真っ赤に染める。
大広間の最奥。
そこには、彼女の夫になるはずだった男が大きな椅子に腰掛けている。
眠るように目を閉じて。
彼女は絶叫しながら、大広間をかける。剣を手にした敵兵が止めようとして、前に出た。
彼女は足を止めずに、剣を振るう。敵兵の剣が腕ごと斬り飛ばされ、絶叫と血飛沫があがった。純白の衣装に、真紅の飛沫が散る。それは真冬の雪原に咲く、赤い花のようであった。
彼女は無造作に、剣を振るう。重い戦場刀は、立ち塞がる兵の頭蓋骨を断ち割り胴を薙いだ。宴の用意がなされていた大広間のテーブルに、脳漿が撒き散らされる。そして、緋色のカーペットの上で臓物が生き物のようにのたうった。
血と戦いが、彼女を酔わせる。
しかし、彼女の動きが突然止まった。
ごとりと。
彼女を妻にするはずだった男の首が床に落ちたためだ。
既に死んでいたらしく、血飛沫があがることもなかった。椅子の後ろからゆっくりと一人の男が姿をあらわす。
「貴様、」
彼女は絶句する。その男は許婚の副官であった。北方の蛮族らしく、全身に緻密な紋様の刺青を施し、その身体は獰猛な筋肉に覆われている。無数の刀傷と色鮮やかな刺青に覆われたその顔に野獣の笑みを浮かべた副官は、袋を背負い片手に戦場刀を持っていた。そして、許婚の生首を無造作に蹴飛ばす。
ボールのように。
その生首は広間の床を転がって彼女の足元へ来た。許婚の端正な顔は、何の感情も浮かべておらず彫像のように静かである。それを支配しているのはただ、無慈悲で絶望的な死であった。
「なぜ、こんな」
彼女が言葉を続けようとして時、蛮族の副官は獣の笑みを浮かべたまま袋から何かを取り出し、彼女のほうへ投げる。
それは、生首であった。
かつて父であった者の。
かつて母であった。
そして、かつて兄であったその生首は、無造作に床へ転がる。それは物として。ただの物体として。
そのあまりの無惨さに彼女は哀しみの感情すら忘れ、茫然と立ち尽くした。
「おれのものとなれ」
蛮族の副官が発した言葉を理解できず、彼女は一瞬凍りつく。しかし、その言葉を理解したとたん、我を忘れた彼女は副官めがけて剣を振るった。
「もう一度言おう。おれのものとなれ。そうすれば、おまえの家臣は殺さない。そして、この国もおまえの好きにさせてやってもいい」
蛮族の男は、あっさり剣を受けると逆に一撃を彼女へ討ち返す。彼女の剣はへし折れ跳ねとんだ。そして、口元は飢えた獣が持つ笑みを湛えていた。
男は、肉食獣だけが持つ派手で獰猛な美しさを備えている刺青で飾られた顔を彼女へ寄せた。
「かんたんなことだ。おれに抱かれさえすれば、おまえとおまえの家臣は生き延びられる」
蛮族の男は、森の奥に棲む獣だけが持つ静かだが破壊と殺戮の意思を秘めた瞳で、彼女を見つめる。
「馬鹿な」
彼女は引き込まれそうな深く青い副官の瞳から目をそらして、後ずさった。
「おまえは、父と母と兄、そして許婚を殺したのに。そのおまえに抱かれるなど」
蛮族の男は笑った。凶悪な、しかし見るものの心を深淵へと引きずり込みそうな笑みである。
「おれはおまえを解き放ってやったというのに、判らないのか」
彼女の瞳が怒りに燃え、蛮族の副官を見据える。男は冷静に剣を彼女の首筋へ当てた。
「朝まで時間をやる。そのときに気が変わっていなければ、おまえの家臣の首を跳ねる。おまえが死ぬのは一番最後だ。よく考えろ」
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