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君に捧ぐ、色を注ぐ
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「デメリット調べていいよ。それでも良いっていうなら、また家に来て。ダメだと思ったなら、身の危険も感じるだろうし、店にしよう」
溺れるほどの色以上のものがあるのかと疑問に思う。坂本は水瀬を解放し、またね、と笑った。
とっさには身の危険と言われても何のことやらわからなかった。調べろと言われたから調べていくうちに、キスやセックスといった深い触れ合いをすることで、効率的で直接的な染色をするのだと思い至った。身の危険というのだから、坂本に襲われるかもしれないということだろう。
男だけど好きになった、ということまではよかったが、その先は曖昧にしか考えていなかった。勿論水瀬にも性欲はあって、坂本に色を貰うときに少し反応してしまうこともあったのだけれど、穏やかな触れ合いばかりを想定していた。
検索結果を前に耳が赤くなる。目をそらす。いい年をして何をと思うが、自分が対象になるとは思ってもみなかった。
染色をする際、セックスが必須なわけではない。だけれどそれが確かだろうし、そういうつもりでいるのだろうことも確かだ。水瀬にしたって、そう言われればその気にもなる。
肝心のデメリットを調べるのは、そうして後回しになった。
後日冷静になってようやくデメリットを調べる。毎週坂本の家を訪れているのだから、一週間以内に結論を出したい。勿論答えはOKなのだが、知ったうえでOKするのと知らないのではわけが違う。きちんと知ったうえで、それでもと思いたかった。
デメリットは文字にすれば簡単なことだ。魂の結びつきであるからして、良いことも悪いことも共有することになるということ。痛みや悲しみもそうだし、結びついてしまった以上、ペインターがもし亡くなればキャンバスは立ち直れないほどの喪失を目にするだろう。相手を失った悲しみと、今後色が注がれないことによる不安。リムーバーがこの繋がりを解けるらしいが、水瀬の最も身近にいるリムーバーがまさに坂本だった。頼りにするものが同時に無くなる。悲しみと苦しみの中で、今まで生きてきて他に会ったことのないリムーバーを必死で探すことになるのだ。
これはたしかになかなか大変なことだぞ、と水瀬は思った。それでも、『それでも良い』と言える。あの溺れるほどの白を受け止めるのは自分でありたいと願う。
送ったメッセージの返信は、『店に来て』というそっけないものだった。
家に行くはずではなかったのかと、不安になりながら店に向かう。火曜日は店休日だから、家に行くはずなのに。
すっかり慣れた道を行き、見慣れた店内へと足を踏み入れた。
「坂本さん? いますか?」
ドアは開いていたが、客はいない。CLOSEDのプレートも出ていたし、普通なら絶対に入って行かないところだ。けれど約束したのは店で、ドアが開いているのだから誰かはいるはず。
「いるよー」
遠くから返事が返ってくる。店の奥にいるらしく、何やら物音がする。
水瀬はとりあえず待っておくかと、受付前のソファで待機することにした。
電気がついて明るいのに誰もいない店内は、以前のことを思い出させた。坂本に個人の連絡先を教えてくれと言ったあの日。思えばあれは告白したに等しい。
水瀬はあの時、"好き"だとは思っていなかった。あの時はまだ自分のことに必死で、すがっていた。ただ心地よくしてくれる坂本に、すがっていた。ふたを開けて見れば坂本はペインターであったしセットでもあったわけだが、まさかの可能性を考えていなければ気付けない。
「水瀬さん? あ、いた。呼んだのに待たせてごめん」
「いえ」
「ちょっとやっとかなきゃいけないことがあって、家に帰る時間がないんだよね。だから悪いんだけどここで」
立ち上がろうとした水瀬をとどめ、坂本は隣に座る。いつものように手を取り、ぎゅっと握りしめた。見つめ合い、何も言わない。とく、とく、とく、と水瀬の心臓が主張する。
「あー……キスしてもいい?」
「ん?」
「だってずいぶん、可愛い顔して見てくるから」
可愛いなんて言われたことは、親にしかなかった。それにしたって子供の頃の話だ。
「嫌ならしない」
「嫌じゃない。染色も、ちゃんとデメリットは調べたって送った通り。それでも良いって俺は思ったから、だから……坂本さんの色が欲しい」
坂本は目を細めて水瀬を見た。
ゆっくり近づいてくるその顔に、唇に、水瀬は目を瞑る。ほどなくして触れたものは熱く、柔らかい。少しだけ吸われ、舌でつつかれ、やがて離れていった。
「このまま染色したい。店で良かった」
「染色してもいいよ」
「今ほんと忙しいから、落ち着いてやりたい……から、時間ある時がいい」
「……うん。坂本さんの休みの時に」
「年末年始店休みになるから、水瀬さんの予約入れていい? 予定ある?」
「大丈夫。……あの、」
帰省の予定はない。あったとしてもキャンセルしているだろう。水瀬はもう一歩勇気を出した。
「楽しみに、待ってます」
顔が熱いのは暖房のせいではないだろう。
溺れるほどの色以上のものがあるのかと疑問に思う。坂本は水瀬を解放し、またね、と笑った。
とっさには身の危険と言われても何のことやらわからなかった。調べろと言われたから調べていくうちに、キスやセックスといった深い触れ合いをすることで、効率的で直接的な染色をするのだと思い至った。身の危険というのだから、坂本に襲われるかもしれないということだろう。
男だけど好きになった、ということまではよかったが、その先は曖昧にしか考えていなかった。勿論水瀬にも性欲はあって、坂本に色を貰うときに少し反応してしまうこともあったのだけれど、穏やかな触れ合いばかりを想定していた。
検索結果を前に耳が赤くなる。目をそらす。いい年をして何をと思うが、自分が対象になるとは思ってもみなかった。
染色をする際、セックスが必須なわけではない。だけれどそれが確かだろうし、そういうつもりでいるのだろうことも確かだ。水瀬にしたって、そう言われればその気にもなる。
肝心のデメリットを調べるのは、そうして後回しになった。
後日冷静になってようやくデメリットを調べる。毎週坂本の家を訪れているのだから、一週間以内に結論を出したい。勿論答えはOKなのだが、知ったうえでOKするのと知らないのではわけが違う。きちんと知ったうえで、それでもと思いたかった。
デメリットは文字にすれば簡単なことだ。魂の結びつきであるからして、良いことも悪いことも共有することになるということ。痛みや悲しみもそうだし、結びついてしまった以上、ペインターがもし亡くなればキャンバスは立ち直れないほどの喪失を目にするだろう。相手を失った悲しみと、今後色が注がれないことによる不安。リムーバーがこの繋がりを解けるらしいが、水瀬の最も身近にいるリムーバーがまさに坂本だった。頼りにするものが同時に無くなる。悲しみと苦しみの中で、今まで生きてきて他に会ったことのないリムーバーを必死で探すことになるのだ。
これはたしかになかなか大変なことだぞ、と水瀬は思った。それでも、『それでも良い』と言える。あの溺れるほどの白を受け止めるのは自分でありたいと願う。
送ったメッセージの返信は、『店に来て』というそっけないものだった。
家に行くはずではなかったのかと、不安になりながら店に向かう。火曜日は店休日だから、家に行くはずなのに。
すっかり慣れた道を行き、見慣れた店内へと足を踏み入れた。
「坂本さん? いますか?」
ドアは開いていたが、客はいない。CLOSEDのプレートも出ていたし、普通なら絶対に入って行かないところだ。けれど約束したのは店で、ドアが開いているのだから誰かはいるはず。
「いるよー」
遠くから返事が返ってくる。店の奥にいるらしく、何やら物音がする。
水瀬はとりあえず待っておくかと、受付前のソファで待機することにした。
電気がついて明るいのに誰もいない店内は、以前のことを思い出させた。坂本に個人の連絡先を教えてくれと言ったあの日。思えばあれは告白したに等しい。
水瀬はあの時、"好き"だとは思っていなかった。あの時はまだ自分のことに必死で、すがっていた。ただ心地よくしてくれる坂本に、すがっていた。ふたを開けて見れば坂本はペインターであったしセットでもあったわけだが、まさかの可能性を考えていなければ気付けない。
「水瀬さん? あ、いた。呼んだのに待たせてごめん」
「いえ」
「ちょっとやっとかなきゃいけないことがあって、家に帰る時間がないんだよね。だから悪いんだけどここで」
立ち上がろうとした水瀬をとどめ、坂本は隣に座る。いつものように手を取り、ぎゅっと握りしめた。見つめ合い、何も言わない。とく、とく、とく、と水瀬の心臓が主張する。
「あー……キスしてもいい?」
「ん?」
「だってずいぶん、可愛い顔して見てくるから」
可愛いなんて言われたことは、親にしかなかった。それにしたって子供の頃の話だ。
「嫌ならしない」
「嫌じゃない。染色も、ちゃんとデメリットは調べたって送った通り。それでも良いって俺は思ったから、だから……坂本さんの色が欲しい」
坂本は目を細めて水瀬を見た。
ゆっくり近づいてくるその顔に、唇に、水瀬は目を瞑る。ほどなくして触れたものは熱く、柔らかい。少しだけ吸われ、舌でつつかれ、やがて離れていった。
「このまま染色したい。店で良かった」
「染色してもいいよ」
「今ほんと忙しいから、落ち着いてやりたい……から、時間ある時がいい」
「……うん。坂本さんの休みの時に」
「年末年始店休みになるから、水瀬さんの予約入れていい? 予定ある?」
「大丈夫。……あの、」
帰省の予定はない。あったとしてもキャンセルしているだろう。水瀬はもう一歩勇気を出した。
「楽しみに、待ってます」
顔が熱いのは暖房のせいではないだろう。
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