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第二章 露呈
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「25日忘年会だから、俺の飯は作らなくていいよ」
今年のクリスマスは会社の忘年会に当たった。
つい居酒屋バイトを思い出す。
平日だからクリスマスの混雑というものはそんなにはないが、やはり忘年会はあった。
年末はとにかく客が多く夕方から深夜まで雑談する暇もなくずっと動き回っていた。
馴染みの客すら判別がつかないほど客のことを記号として見ていた気がする。
あの時は最長何日連続勤務していたっけ。
クリスマス、何かプレゼントを用意すべきだろうか。
こいつが好きなものなんて何かあるだろうか。
欲しいものも言わないのに勝手に買っても使われないだろうし遠慮されるだろうし……。
スケッチブックや鉛筆なら消耗品だからいいか?
そこまで考えてふと、最近絵を描いている姿を見ていないことに気が付いた。
雪が冴木の元を離れこっちに来てからというもの、元々絵を描く頻度というかのめり込む頻度は減っていた。
いつも家で見ている姿と言えば料理本を睨むようにしている姿。
作るたび確認するようにメモをしているのも見る。
のめり込むものが絵から料理に変わったのならいいが、料理を作るのを義務に感じて自分の時間を無くしてやしないだろうか。
なんせ最近は主菜・副菜・汁物と揃えて出してくるのだ。
帰って来た時には出来上がっているそれにどれくらい時間をかけているのか、俺は知らない。
料理に関する道具でもしかしたら何か欲しいものがあるかもしれないが、それを買うのは『プレゼント』ではない。
衣服にしたって同じこと。
……半年ほど雪と暮らしているが、好きなものを知らない。
それなら食べて無くしてしまえるものでもあげようか?
たとえ雪の口に合わなかったとしても俺が処分できるし。
ああでも、雪の場合きっと不味かろうと黙って食うだろう。
仕事の休憩時間、家のことを思い出しながらスマホで検索をかける。
絵に関するものの方がいいかもしれないが、要る要らないがさっぱりわからない。
参考になるような画集でも買うか?
絵具は気に入っていたようだし、それのセットもいいかもしれない。
でも絵具は100円ショップにあったものから選んだだけだし他の選択肢もあるのか?
水彩、アクリル、油彩。
油絵というのは聞いたことがあるがやり方は知らない。
学校で使っていたのも一体どれだったのか。
調べてみるものの何がいいかもわからない。
何がいいかも決まらぬまま毎日の休憩時間は過ぎていく。
そもそも最初は何だったかと思い返し、あいつが好きなことをできなくなっているんじゃないかという疑問に立ち返る。
朝勤の日、夕方に帰ればお帰りなさいと声がする。
台所からはまだ夕飯には早い時間だが何か作ったのかいい匂いがした。
部屋に入ればテーブルの上には料理本と絵具で汚れた雑巾・筆があり、雪は乾いてもいないだろうスケッチブックを閉じた。
絵を描いてはいるんだな。
ただし、以前は床一面に広げられていたこともあるそれらはごく狭い範囲に収まっている。
雪は慌てて汚れた道具を洗い片付け始める。
絵具を使うには準備が必要だ。場所も。
広げて置いておけるアトリエのようなものはこの家には存在しない。
だから雪は毎度道具を全部出して、毎度片づけをしないといけない。
しかしさすがに場所は、プレゼントできない。
「片づけてなくてごめんなさい」
「ん? いや、お前が絵を描いていられるスペースがあればいいのになぁって思ってただけ」
ぼーっとしている俺は怒っているように見えただろうか。
「なぁ、クリスマスなんか欲しい?」
そんなことを聞いたって、
「プレゼントなんてそんな、要らないです」
予想通りの答え。
「別にクリスマスだからとかじゃなくても、欲しいものあったら言えよ。すげぇ高いもんは買えないけど」
すげぇ高いもんを要求されるとは思えないが一応言っておく。
その方が安い物なら言いやすいかなと思ったんだ。
でもこいつの"高い"が低く設定されていた場合ダメな言葉だったかもしれない。
風呂から上がり食卓に並べられる飯。
白米、みそ汁、煮物、サラダ、焼き魚。
うちには複数のコンロがあるわけではないのだから火を使う3つの料理には順に時間がかかる。
同時進行できないのならばその分雪が趣味の時間に集中することは出来ない。
「うまい」
「よかった」
まるでどこぞの亭主関白のように、雪は俺の後にしか箸をつけない。
俺がいない時にはちゃんと一人で食っているのだろうからまだマシなのだろうけど、あんまりにもこう遠慮されていると、俺がいないほうがいいのではないかと思ってしまう。
「あのな、雪。こんなにちゃんと飯作らなくても大丈夫だから」
「え……」
「時間かかるだろ? 作ってくれるのはありがたいけど」
例えば飯がおにぎりだけだったとしてもいい。
総菜を買ってきたっていい。
金も使わずにこいつがここにいるメリットはあるのだろうか。
雨風がしのげ飯が食えたとしても、好きなこともできないだなんて。
「だから作らなくてもいいよ」
家事スキルが向上したことはこいつにとって良いことだと俺は未だに信じるが、この状況は良くない気がした。
***
「美味しいですか? 使った野菜多かったから少し味薄くなっちゃったかな……」
今まで3食は無かった飯が用意されるようになった。
米がいいかパンがいいか、肉と魚どちらがいいのか、肉は何の肉がいいか、煮物か焼き物か。
最初は献立を考えるのが面倒なのかと思っていたが、3日も続けばおかしいとわかる。
「大丈夫美味しいよ。野菜だって多くて健康的だろ? レシピにあるみたいに100gだの量ってるのは大変だし」
俺が出来たらいいと思っていたのは適当な野菜と適当な肉を適量の塩コショウで炒める程度のものだった。
外食で高い金を取るようなレベルなんて求めていないし、こいつが一人暮らしを始めるまでに必要なスキルだとも思わなかった。
「料理の学校とか行くか?」
「行ったほうがいいですか。その方が美味しくできるなら」
「学びたいことがあるなら、本よりは良いとは思うけど」
だが好きならば、それが高じて料理人として手に職をつけるのもいいだろう。
その方が、一人でちゃんと生きていける。
美味しいと口に出している。
けれど雪はそれを信じていない気がする。
ならばきちんと学んで、自分は間違っていないと自信を持つのはいいことだ。
「お前の飯はちゃんと美味しいよ」
嘘じゃない。
お前はちゃんと一人でやっていける。
今年のクリスマスは会社の忘年会に当たった。
つい居酒屋バイトを思い出す。
平日だからクリスマスの混雑というものはそんなにはないが、やはり忘年会はあった。
年末はとにかく客が多く夕方から深夜まで雑談する暇もなくずっと動き回っていた。
馴染みの客すら判別がつかないほど客のことを記号として見ていた気がする。
あの時は最長何日連続勤務していたっけ。
クリスマス、何かプレゼントを用意すべきだろうか。
こいつが好きなものなんて何かあるだろうか。
欲しいものも言わないのに勝手に買っても使われないだろうし遠慮されるだろうし……。
スケッチブックや鉛筆なら消耗品だからいいか?
そこまで考えてふと、最近絵を描いている姿を見ていないことに気が付いた。
雪が冴木の元を離れこっちに来てからというもの、元々絵を描く頻度というかのめり込む頻度は減っていた。
いつも家で見ている姿と言えば料理本を睨むようにしている姿。
作るたび確認するようにメモをしているのも見る。
のめり込むものが絵から料理に変わったのならいいが、料理を作るのを義務に感じて自分の時間を無くしてやしないだろうか。
なんせ最近は主菜・副菜・汁物と揃えて出してくるのだ。
帰って来た時には出来上がっているそれにどれくらい時間をかけているのか、俺は知らない。
料理に関する道具でもしかしたら何か欲しいものがあるかもしれないが、それを買うのは『プレゼント』ではない。
衣服にしたって同じこと。
……半年ほど雪と暮らしているが、好きなものを知らない。
それなら食べて無くしてしまえるものでもあげようか?
たとえ雪の口に合わなかったとしても俺が処分できるし。
ああでも、雪の場合きっと不味かろうと黙って食うだろう。
仕事の休憩時間、家のことを思い出しながらスマホで検索をかける。
絵に関するものの方がいいかもしれないが、要る要らないがさっぱりわからない。
参考になるような画集でも買うか?
絵具は気に入っていたようだし、それのセットもいいかもしれない。
でも絵具は100円ショップにあったものから選んだだけだし他の選択肢もあるのか?
水彩、アクリル、油彩。
油絵というのは聞いたことがあるがやり方は知らない。
学校で使っていたのも一体どれだったのか。
調べてみるものの何がいいかもわからない。
何がいいかも決まらぬまま毎日の休憩時間は過ぎていく。
そもそも最初は何だったかと思い返し、あいつが好きなことをできなくなっているんじゃないかという疑問に立ち返る。
朝勤の日、夕方に帰ればお帰りなさいと声がする。
台所からはまだ夕飯には早い時間だが何か作ったのかいい匂いがした。
部屋に入ればテーブルの上には料理本と絵具で汚れた雑巾・筆があり、雪は乾いてもいないだろうスケッチブックを閉じた。
絵を描いてはいるんだな。
ただし、以前は床一面に広げられていたこともあるそれらはごく狭い範囲に収まっている。
雪は慌てて汚れた道具を洗い片付け始める。
絵具を使うには準備が必要だ。場所も。
広げて置いておけるアトリエのようなものはこの家には存在しない。
だから雪は毎度道具を全部出して、毎度片づけをしないといけない。
しかしさすがに場所は、プレゼントできない。
「片づけてなくてごめんなさい」
「ん? いや、お前が絵を描いていられるスペースがあればいいのになぁって思ってただけ」
ぼーっとしている俺は怒っているように見えただろうか。
「なぁ、クリスマスなんか欲しい?」
そんなことを聞いたって、
「プレゼントなんてそんな、要らないです」
予想通りの答え。
「別にクリスマスだからとかじゃなくても、欲しいものあったら言えよ。すげぇ高いもんは買えないけど」
すげぇ高いもんを要求されるとは思えないが一応言っておく。
その方が安い物なら言いやすいかなと思ったんだ。
でもこいつの"高い"が低く設定されていた場合ダメな言葉だったかもしれない。
風呂から上がり食卓に並べられる飯。
白米、みそ汁、煮物、サラダ、焼き魚。
うちには複数のコンロがあるわけではないのだから火を使う3つの料理には順に時間がかかる。
同時進行できないのならばその分雪が趣味の時間に集中することは出来ない。
「うまい」
「よかった」
まるでどこぞの亭主関白のように、雪は俺の後にしか箸をつけない。
俺がいない時にはちゃんと一人で食っているのだろうからまだマシなのだろうけど、あんまりにもこう遠慮されていると、俺がいないほうがいいのではないかと思ってしまう。
「あのな、雪。こんなにちゃんと飯作らなくても大丈夫だから」
「え……」
「時間かかるだろ? 作ってくれるのはありがたいけど」
例えば飯がおにぎりだけだったとしてもいい。
総菜を買ってきたっていい。
金も使わずにこいつがここにいるメリットはあるのだろうか。
雨風がしのげ飯が食えたとしても、好きなこともできないだなんて。
「だから作らなくてもいいよ」
家事スキルが向上したことはこいつにとって良いことだと俺は未だに信じるが、この状況は良くない気がした。
***
「美味しいですか? 使った野菜多かったから少し味薄くなっちゃったかな……」
今まで3食は無かった飯が用意されるようになった。
米がいいかパンがいいか、肉と魚どちらがいいのか、肉は何の肉がいいか、煮物か焼き物か。
最初は献立を考えるのが面倒なのかと思っていたが、3日も続けばおかしいとわかる。
「大丈夫美味しいよ。野菜だって多くて健康的だろ? レシピにあるみたいに100gだの量ってるのは大変だし」
俺が出来たらいいと思っていたのは適当な野菜と適当な肉を適量の塩コショウで炒める程度のものだった。
外食で高い金を取るようなレベルなんて求めていないし、こいつが一人暮らしを始めるまでに必要なスキルだとも思わなかった。
「料理の学校とか行くか?」
「行ったほうがいいですか。その方が美味しくできるなら」
「学びたいことがあるなら、本よりは良いとは思うけど」
だが好きならば、それが高じて料理人として手に職をつけるのもいいだろう。
その方が、一人でちゃんと生きていける。
美味しいと口に出している。
けれど雪はそれを信じていない気がする。
ならばきちんと学んで、自分は間違っていないと自信を持つのはいいことだ。
「お前の飯はちゃんと美味しいよ」
嘘じゃない。
お前はちゃんと一人でやっていける。
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