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第四章 ダメな大人
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夕方一緒に引っ越すかと聞いたとき、雪は一緒に行きますとはっきり答えた。
一緒に行きたいと、一緒が良いと繰り返し言った。
腹に布団をかけ、微睡みの中で雪が思い出を語る。
「夜にお父さんが電話をしていて、オレは目を覚ましてそれを見に行ったんです」
小学校に上がったばかりだったか、雪は父親の電話する声で目を覚ました。
当時は祖父の認知症が進行しており、夜でも昼でも祖父や通所施設の人から電話があったという。
金の無かった雪の祖父は施設でずっと暮らすことは出来ず、たまに泊まりをするという日々。
すっかりぼけているのに自分は何でもできるんだと、ヘルパーさんに対しても「家政婦ごときが指示するな」と勘違いをしていた。
偉そうで話の通じない祖父の態度、昼夜関係のない電話。
雪の父親は疲弊し、その電話が切れた後に言ったという。
「雪、一緒に死ぬか?」
雪はあの時唯一、父親に『一緒に』と言われたと語る。
「すぐに返事が出来なかった」
雪はそれをまるで悔やむように言う。
一緒にと言った父親に対してすぐにハイと返事できなかったと。
黙っていれば父親は現実に帰ったように、雪をいつものごとく早く寝ろと叱った。
あの時即答できていれば父親との関係も変わっていたんじゃないかと雪は分からない答えを探していた。
何才だったかも正確に記憶していないような思い出話。
生きていてよかったと軽率に口から出そうになって留める。
当時の雪にとっては、父親こそ世界のすべてだったろう。
その人に求められたことを悪いことだと否定はできない。
結局二人とも生きていることは事実で、父親は雪を生かしここまで育てた。
育てた、と言えるのかはわからないが、とにかく雪にとってはそれでも嫌えない父親なのだ。
女なら体を売れたのにと言われていた時も、言葉だけで何もなかったと雪は言う。
むしろその言葉の裏には女でなくてよかったという思いも透けて見えたと。
それは雪の都合のいい考えかもしれない。
自分は父親にそこまで嫌われてはいなかったと、少しくらいは愛情を持たれていたと。
しかし都合のいい思い込みだろうと、当時の父親に聞いてみるしか正解は無いのだ。
それなら、そのままでいい。
布団から出されている腕は力なく開かれ、雪の体の形を作る。
何と声をかけてやればいいのか悩み、雪の頭を抱き込んだ。
冷えた指先が腕に触れる。
「ケースケさん」
三か月に一度は切るようになった髪を払い、額に唇を寄せた。
俺に代役は出来ない。なんせ俺は素晴らしい役者じゃない。
だから代替品の愛を渡すこともしてあげられない。
残念だけれど、いくら望まれようとも雪が心の奥底にずっと抱え続けるだろう父親の代わりも、それに等しい愛も与えられない。
状況が違えば、時期が違えば、雪はここにいなかった。
それは雪が父親と幸せに暮らしていた世界があったということ。
そしてその世界に雪がいたなら、俺はそこにはいない。
冴木に拾われず、ここに預けられる雪は発生しない。
「一緒に住む引っ越し先の条件考えといて」
一緒に。
少し強く口に出した。
一緒に行きたいと、一緒が良いと繰り返し言った。
腹に布団をかけ、微睡みの中で雪が思い出を語る。
「夜にお父さんが電話をしていて、オレは目を覚ましてそれを見に行ったんです」
小学校に上がったばかりだったか、雪は父親の電話する声で目を覚ました。
当時は祖父の認知症が進行しており、夜でも昼でも祖父や通所施設の人から電話があったという。
金の無かった雪の祖父は施設でずっと暮らすことは出来ず、たまに泊まりをするという日々。
すっかりぼけているのに自分は何でもできるんだと、ヘルパーさんに対しても「家政婦ごときが指示するな」と勘違いをしていた。
偉そうで話の通じない祖父の態度、昼夜関係のない電話。
雪の父親は疲弊し、その電話が切れた後に言ったという。
「雪、一緒に死ぬか?」
雪はあの時唯一、父親に『一緒に』と言われたと語る。
「すぐに返事が出来なかった」
雪はそれをまるで悔やむように言う。
一緒にと言った父親に対してすぐにハイと返事できなかったと。
黙っていれば父親は現実に帰ったように、雪をいつものごとく早く寝ろと叱った。
あの時即答できていれば父親との関係も変わっていたんじゃないかと雪は分からない答えを探していた。
何才だったかも正確に記憶していないような思い出話。
生きていてよかったと軽率に口から出そうになって留める。
当時の雪にとっては、父親こそ世界のすべてだったろう。
その人に求められたことを悪いことだと否定はできない。
結局二人とも生きていることは事実で、父親は雪を生かしここまで育てた。
育てた、と言えるのかはわからないが、とにかく雪にとってはそれでも嫌えない父親なのだ。
女なら体を売れたのにと言われていた時も、言葉だけで何もなかったと雪は言う。
むしろその言葉の裏には女でなくてよかったという思いも透けて見えたと。
それは雪の都合のいい考えかもしれない。
自分は父親にそこまで嫌われてはいなかったと、少しくらいは愛情を持たれていたと。
しかし都合のいい思い込みだろうと、当時の父親に聞いてみるしか正解は無いのだ。
それなら、そのままでいい。
布団から出されている腕は力なく開かれ、雪の体の形を作る。
何と声をかけてやればいいのか悩み、雪の頭を抱き込んだ。
冷えた指先が腕に触れる。
「ケースケさん」
三か月に一度は切るようになった髪を払い、額に唇を寄せた。
俺に代役は出来ない。なんせ俺は素晴らしい役者じゃない。
だから代替品の愛を渡すこともしてあげられない。
残念だけれど、いくら望まれようとも雪が心の奥底にずっと抱え続けるだろう父親の代わりも、それに等しい愛も与えられない。
状況が違えば、時期が違えば、雪はここにいなかった。
それは雪が父親と幸せに暮らしていた世界があったということ。
そしてその世界に雪がいたなら、俺はそこにはいない。
冴木に拾われず、ここに預けられる雪は発生しない。
「一緒に住む引っ越し先の条件考えといて」
一緒に。
少し強く口に出した。
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