それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-1 オメガのサイトで出会った寂しがり屋

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 画面に表示されるシンプルな文字列。並ぶキーワードとスレッド。
 匿名の文章を読み、匿名の相手に相談し、匿名の悲しみに共感するだけのサイト。
 でもこのサイトの訪問者と利用者は多い。
 理由は、ここ以外に助けを求められないから。


 この世界は女と男という二つの性別に加え、アルファ、ベータ、オメガという性がある。
 簡単に言えばアルファは優、ベータは可、オメガは劣だ。
 おかげでこの世界はひし形だ。頂点にアルファを置き多数のベータを従え、最下層にはオメガがいる。

 おかしい、と思う。
 女と男だけで子供を作り子孫繁栄は叶うのに、どうして余計な三つが生まれてしまったのだろう。
 人はみな優秀なものを欲しがり、優秀なものだけを掛け合わせた結果だろうと予測されている。
 成功品がアルファ。多数のどうでもいいベータはその副産物。オメガはその産廃物。
 きっとそうなのだろうと思う。
 事実この世界は優秀なアルファによって支配管理されている。
 このオカルトのような、くだらない噂のようなことだってきっと調べることは出来るのだ。
 でもされない。
 なぜってそれは、調べる能力を持つ優秀な者たちアルファには今の世界が過ごしやすいから。

 それだけで済むのならマシだった。
 アルファ同士が相手を選び優秀な子を持とうとするだけならば、もっともっとマシだった。

 でも何を失敗したのか、オメガは男女に関わらず子を宿せるようになった。
 さらに俺たちオメガは望まずとも発情期ヒートが来て相手を求める。そしてその際にオメガの発するフェロモンは、強くアルファに影響する。影響してしまう。
 優秀で理性的なアルファは、その時本能に支配される。
 世界を統べる者たちが、劣等種に対する本能にあらがえないなんて笑いものだ。

 昔はそりゃあ大変だったらしい。
 抑制剤もなく、アルファもオメガも望まぬ交わりをした。
 産廃物、失敗作のオメガは大した数もおらず、しかし劣っているがために簡単に捕まった。
 オメガがアルファを呼ぶのだと、ひたすらオメガは責められた。
 アルファを責める奴なんかいない。当たり前の話だ。
 誘ったやつが悪いのだと一方的に責められ、いいようにされる。
 そういう歴史が、オメガにはある。
 抑制剤が出来た現代でも大して変わっていないと俺は思う。

 俺はオメガだが、女性でないだけマシなのかもしれない。
 身体が生むことに向いている・・・・・女性は、発情期が来なくてもその体に傷を作る。
 オメガの集まるサイトでひたすらに悲しい愚痴を見ると、涙が出てくる。
 泣いて、泣いて、そのうちぽっかり穴が開く。
 どうしようもないのだと。

 男の俺は、発情期ヒートの度に薬を飲むだけで済んでいる。
 女性は月経があるせいで発情期が男性よりも弱いという。けれど発情期に引きずられ月経周期もずれてしまうというし、大変だ。
 男性は月経がない分発情期が強いという。けれど発情期が来なければ、身体は子を成す準備がされない。そして、孕んだとしても育つ確率はとても低い。 
 本当に、失敗作だ。
 

 静かな部屋の中、いつもの時間の呼び出し音。画面に映し出される相手のアイコン。
 端末を両手で握る。
「桃、おつかれ」
『おつー』
 画面向こうの桃は、オメガのサイトで出会った人。
 17歳の男性で、オメガの専門店で春を売っているという。

 オメガの売春は、ごく一般的なことだ。特に男性ともなると。
 強い発情期に合わせ薬を飲む間、体の自由が利かなくなる。
 薬は複数あれど、副作用で頭痛、吐き気、痺れ、眩暈、腹痛、傾眠、味覚障害他……大体の体調不良と呼ばれるものがついてくる。
 発情期やその副作用と戦いながらサラリーマンをしていたとしても、普通のベータたちからしたら、人によるが一週間から一月もの間役立たずのオメガは邪魔ものでしかない。
 居場所が無いのだ。
 結果春を売るものが多く出る。
 どうせそのように身体が作られているだろうと、皆に思われている。
 オメガ自身だって、残念なことにそう思っている節がある。
 オメガに生まれたらどうしようもないのだと、運が悪かったと、愚痴の最後にはいつもそう綴られる。

『今日も運命の人は来なかったよぉ』
 桃は運命の番を探している。
 自分を救ってくれる人だ。
 薬の副作用は体調不良だけじゃない。
 強い薬はオメガの寿命を縮めている。
「運命だからね。簡単には会えないよ」
 運命の相手とつがいになれれば発情期は治まり、薬を飲まなくてもよくなるという。
 でもなんせ運命というくらいだ。会えるはずもない。
 桃はそれを理解しつつも、不特定多数に春を売りながら夢を見ている。
『せっかくならかっこいい人が良いなぁ。優しい人ならいいなぁ』
 運命の人の性格がいいとは限らない。相性がいいとも限らない。
 だけれどひたすら夢を見る。
 オメガにとっては、理想の運命の人を夢見ることが生きていくための活力なんだ。

 運命の人は無条件でオメガに惚れてくれるという。
 夢見る桃がよく語る。
 でも世界はそんなに優しくないよ。今を見たらわかるじゃないかと、口にすることは無い。
 本能が、身体が惹かれたとしても心が弾かれてしまったらどうなるだろうか。
 きっと失敗作のオメガの扱いは酷いものだろう。
 運命の人アルファの所有物になったオメガは、きっとゴミよりも惨い扱いを受ける。
 俺はそれが怖い。
 だから、運命の人なんか信じられないし信じたくもない。

「アルファなんて、滅多に来ないっしょ」
『たまに、ほんとにたまーーにしかこないよ』
「それなら、アルファが働く都心でふらふらしてた方がまだ確率高いんじゃないの?」
『それはだって、怖いもの』
 ただ運命の人を探すなら、とにかく多くの人に遭遇できた方がいい。
 優秀なアルファが多く働くところに出て、なるべく多くの人に見てもらったほうがいい。
 でも、そんなのは怖い。
 桃でなくたって怖い。
 だから誰もそんなことはせず、ただ世界の隅っこで生きている。
 アルファというものは夢物語の白馬の王子様であり、そして恐怖の対象でもある。

『運命』というのはアルファにとっても残酷なのかもしれないな、とふと思う。
 アルファ同士で家族・子孫を作る方がきっと、その人の人生に一切の汚点がない。
 だけれど運命は世界を支配する優秀なアルファと、子をまともに腹で育てられもしない男オメガを結びつける可能性がある。
 ありもしない夢物語といわれる"可能性"が。

 運命の人と会えば、すぐに気づくことができるんだってと桃は言う。
 一発で相手のことに気づけて、目が離せなくなって、どうしてもその人が欲しくなって……。
 もし、他のすべてを投げ捨ててでもその人だけが欲しいと思ってしまうなら、アルファからしたら本当に迷惑なことだろう。
 今まで何の問題もなく過ごしてきた日々が一転することもあるだろう。
 正直俺はそれを、「ざまぁ」としか思わなかったりもする。
 でも夢物語は夢なのだ。
 実際にはアルファの男女が子を成し、アルファの世界を安定させている。
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