それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-6 新しい薬

 今日は病院に行くために学校を休むぞと決めていた。
 昨日倒れたせいもあり、ほぼ100%さぼりとなるが母親はそれを許してくれた。
 だらだら起きたのは12時過ぎ。
 欠伸をしてキッチンに向かい、適当に食えるものを見繕う。

 昼のワイドショーは町の食い歩きやらアミューズメント施設の話題。
 ニュースにしても昨晩と特に変わりはない。

 病院だって昼休みだろうから、行くなら午後からになる。
 開くのは確か14時半。まだまだ時間はある。

 適当に何か飯をと思うが決めるのがめんどくさい。
 今日の給食は何だったのかなぁと、冷蔵庫を開けたまま思いをはせる。
 うちの学校には給食がある。
 弁当を作らずに済むと親に評判がいいし、おそらくそれが売りにもなっている。
 ベータだけでも人数は足りるだろうにオメガを当然のように受け入れ平等に扱ってくれていることからして、おそらく給食も差をつけないためなのだろうと思う。
 もしかしたら学校を作った人もしくはそれに近い人にオメガがいるのかもしれない。
 調べたことも聞いたこともないけれど。

 キッチンに置かれていたパンを焼き、マーガリンを塗る。一つだけチョコを塗っておこう。
 母親が甘いものを好きでジャムやらチョコクリームやらは冷蔵庫に常備されている。
 デザート的にもちょうどいいだろう。

 むぐむぐと食いながら、病院で何と言おうかを考える。
「薬合わないんで他のください」でいいだろうか。
 それとも経緯とかを話したほうが良いのか。
 経緯っていってもなぁ。
 俺はほぼ間違いなくアルファが原因だろうと思ってはいるけれど……。
 そのくらいは話そうか。
「アルファと会うことがあって、その時今の薬だと効いてなかった気がして」みたいな。
 それでいいか。

 桃が働いている時間はランダムで、でも大体22時には連絡をくれる。
 仕事の合間の時もあるし、終わっている時もある。
 今は桃も昼休憩をしてるだろうか。それともお休みかな。
 あまり深く、シフトやらのことを聞いたことは無い。
 初めて通話をした時、桃から風俗店で働いていると教えられた。
 俺はそうなんだとしか返せず、後々少しずつ、話せそうなときに曖昧に聞いている。
 思えばそれもオメガ性から逃げているということに他ならなかったんだろう。
 性をきちんと理解して働いている桃と、そうじゃない俺。
 1つしか年も違わないのに情けない。



 14時半の病院には既に人がいて、平日なんだけど混んでるもんだなぁとぼんやり思う。
 待合室で垂れ流されたテレビを耳に入れつつ、手元の端末でサイトを見る。
 アルファというものは俺にとってあの画面の向こうにいるものだった。
 だから実際にどうなるのかというのを知識でしか知らない。
 今読んでいるのも誰かの体験談で俺のではない。
 だけど以前よりは少し、自分事として想像できる気はした。

 大体の体験談は薄暗い悲しみに浸っている。
 予期せぬ初めての発情期の話なんかは特に、目も当てられない。
 自分の身体も意思も制御できず、ただオメガという性に飲み込まれていく。
 アルファに体液を注がれ意識を自分の手の内に取り戻した頃にあるのは、後悔だけなのだ。
 最中はひたすらにアルファを求めていた、と皆が書く。
 それが満たされた時には本当に幸せで、それ以上の喜びは無いと感じてしまうと。
 行為中の幸福感と行為後の絶望感の差で死にそうだなと読んでて思う。
 もしかしたら桃も、そういう気持ちなのかもしれない。

 桃は発情期がかなり強い。
 予告なくぽんっと最強最悪の状態で始まるという。
 俺と同じように周期アプリで管理しているとは言うが、仕事柄他人の体液を受け入れる事が多く乱れやすいのだという。
 だから桃は即効性の注射型の薬を持っている。
 予期せぬ発情期に見舞われ、それが安全な場所ではなかったときに使うのだと。
「そんなの滅多にないけどね」と彼は言った。
 滅多にということは、実際にあったということでもあるだろう。

 俺は桃とは違い、段階を追っていくぼんやりしたものだ。
 ぼんやりと始まり段々と強くなる。そしてだんだん弱まって、いつの間にか終わる。
 それだって「始まった」とはっきりわかる。
 両親から話を聞きオメガの発情期についての本を読んでいただけの時でも、はっきりと認識した。
「これが俺の発情期か」と。
 そのぼんやり発情期も少しずつ全体的に強まっている。
 おそらく女性の初潮のように、始まってから徐々に準備されていくものなんだろう。
 オスなのにメスのようになっていく。
 何のために? 本当に、何のために。

 オメガのサイトは昔からあり、俺は発情期が来た時からログインしている。
 自分事だとわかっているのに目をそらすように、毎日のようにログインしてもただ「へぇ」と流す。
 でも、好きなアーティストのライブになんかは行けないとわかっていて、行ったことがない。
 性をわかっているのに分かっていない。
 わかっているのに見ないふりをしている。
 俺はただ怖い。
 もしアルファを求めてしまったらどうなるんだろう。
 だからベータとオメガしかいない範囲でのみ生活をしている。
 偉く賢いアルファ様たちは、こっちには来ないはずだったのに。

「宮田さーん。1番診察室へどうぞー」
「はい」
 カルテを持った看護師さんに呼ばれ立ち上がる。
 とにかく今日は薬を新しく貰うのだ。



 家で考えていた通りのことを説明し、医者はそれならと他の薬を出してくれた。
 世間話のようにまた新しいものが出来るよと言われたが、頭に桃の早く死にたいという思いがよぎった。
 高校を出てしまえばベータと言えどオメガに対し優しくはなく、きっと居場所はなくなっていくだろう。
 そうなれば、その時はきっと早く死にたいと思うだろう。
 新しい薬が体に優しいものであればあるほど、俺たちの死は遠のいていく。
「そーなんすか」と愛想笑いだけをして席を立った。

 処方箋を貰い病院を出る。
 家の近くの薬局でそれを出し、新しい薬を手にした。
 薄いオレンジ色の錠剤。
 前回のより一回り小さいような気がする。
 家に帰って一つずつに切って、制服のポケットに予備を入れた。

 この間は使えなかった予備。
 今回の薬は「効かなかったら一日に二錠飲んでもいいよ」と先生は言っていた。
 明日は一つで試して、ダメそうなら即、二つ目を飲もう。
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