それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-11 運命の人

 ぎゅうっと掴まれた腕が痛い。
 痛い。
 ただ、ただ、痛い。

 トントンと降りるはずだった階段を上る。
 封鎖された屋上の手前、上条は「しぃ」と俺の口元に指を当て、真正面から目を合わせた。
 静寂が木霊する。
「さっきの続き。颯君は僕の運命の番だよ」
 良い匂いがする。
 何の匂いだろう。何か香水でも付けているんだろうか。花の匂い? 果物? でも嗅いだことのない匂い。それともこれが噂に聞くアルファのフェロモンってやつなんだろうか。
 身体が火照る。 
 背中に感じる壁の冷たさは、今の自分の身体には気持ちがいい。
 発情期ではないのに、身体が反応しているのがわかる。
「はぁ?」
 でも分からない振りをした。
 掴まれた腕は振りほどこうにも振りほどけない。
 それでも逃げようともがく。
「颯君を探してこの学校に来たんだ」
 だからこいつは俺のクラスに来て、だから俺の隣の席になった。
「君はタイミングよく発情期だったから、少し苦しめてしまったけど」
 申し訳なく思っているのか、俺の口元から指が離れ頬を撫でた。
 今の俺は発情期ではないから服薬はしておらず、そのため副作用もなく、あの時のような頭痛は起きない。
 でも眩暈がする。
 アルファを目の前にして、アルファの匂いに包まれているから――。
「ねぇ、僕の匂いする?」
 気にしているのがばれたんだろうか。問われ、答えた。
「アルファの匂い」
「違うよ」
 漂う良い匂い。
 爽やかな、何の匂いだろうともっと嗅ぎたくなる匂い。
 頭の中に入ってきて、これは何? どこから? って意識が持って行かれる匂い。
「もし俺から匂いを感じてくれるのなら、やっぱり君は運命の番」
「何」
「発情期でもないのに、アルファのフェロモンなんか分からないんだよ」
「でも今」
「だから」
 だからだよ、と嬉しそうに笑う顔はやたらと綺麗で、いらっとする。
「運命なんて存在しない」
「してる」
「しない」
 匂いが呪いのように効いてきている気がした。
 掴まれた手はその力を緩めているのに、そのまま蹴飛ばす気にはならない。
 鎮静作用があるみたいに、強く抵抗する気が起きない。
「じゃあ確かめてもいい?」
「どうやって」
「触って」
 言うが早いか腰を抱かれ、手を繋がれた。
 鞄は落ち、倒れ、指が絡まる。
「やっとだ」と小さな声がして、目を瞑るのを促されるように額がくっついた。
 恐る恐る目を閉じれば、優しく、本当に優しくキスされた。
 自然と唇が開く。
 上条の舌が熱を持って唇を舐め、歯を舐め、さらに口内へと侵入する。
 されるがままなのか、自分がそれを促しているのかわからなくなった。
 心臓が喜ぶようにトクトクと鳴った。

 こうされることを望んでいたんだと、頭がふわふわと肯定する。
 アルファ全般ではなく上条のものだという匂いに包まれるのは、幸せに全身浸るのと同義だった。
 
 唇が離れたとき、「あ」と甘える声が出た。
 名残惜しい離れたくないと、絡んだ指先に力を込める。
「もっと確かめていい?」
 熱に浮かされたように頷けば、嬉しそうな目の前の顔は困ったようにまた笑った。

 自分は浅ましいオメガなのだと、運命とやらに求められることに喜ぶ脳みそで自覚した。


***


「桃」
『はぁい』
「ももー」
『はぁい』
 上条の話をしようとして、桃にうまく言えずにいる。
 桃に繋げる前、飯も食ったし風呂にも入ったが、ずっと頭の中にあいつがいた。
 ワンカットごとに再生できるほど、しっかりと脳みそが覚えている。
 あいつの送迎車に家まで送ってもらう間、短い距離でまたあいつに触れられた。
 口では車なんて要らないと言っていたのに、離れたくなくて、車に乗り込んでしまえば自分から体をくっつけた。

「桃、あのさ」
『はぁい』
 ずっと俺が言い出すのを待っている桃は、ずっと同じ調子で返してくる。
「俺、運命の人に会った」
『えっ!?』
 あまりの驚き様に画面がひっくり返る。どうやら落としたらしくゴトっと音がした。
「クラスに来たっていうアルファ」
『はやてちゃんの体調不良の原因』
「そう」
 再び可愛い顔が映される。
「どこかで俺を見かけて、探してきたんだって」
『そっかぁ。運命の人かぁ』

 俺はアルファの街に行ったことは無い。
 アルファが多く出歩いているような街に、行ったことが無い。
 社会人でもないし、行動範囲はとてつもなく狭いのだ。
 でもあいつが俺を見つけた。
 そして調べ探してきたのだという。
 それはストーカーというものだなと思ったけれど、「運命だよ。必死にもなる」と返された。

『初めてアルファに会ったからじゃなくて、運命の人だから体が強く反応してたのかもね』
「体調不良?」
『うん。でもはやてちゃんはそんなの分からないから一生懸命発情期を、本能を抑え込もうとした。だからぐちゃぐちゃになってたんじゃない?』
「そうなのかな」
 そうなのかもしれない。
『はやてちゃんは嬉しくないの?』
「うーん」
 運命の人が出てきて嬉しくないの? という質問に、はいともいいえとも言えなかった。
 そんなものはいないと思っていたし、あいつを受け入れることがとても気持ちの良いことだとわかった今も、よくわからずにいる。
「あいつのことあんまり、好きじゃなかったんだ。アルファ様ってやつだなって」
『うんうん』
「嫌がらせしてきてるんだと思ってて」
『でも違った』
「あいつは嫌がらせのつもりじゃなくて、ただ俺の過剰反応だったみたいだけど……」
 本能が先に、俺を置いて行ってしまった気がする。
『はやてちゃんは、他のアルファを知らないんだよね?』
「うん」
『それが不安なのかな。他のアルファでも同じなのかもって』
「そんなんわかんねーよー」
 桃はけらけらと笑った。
『いいな』
 素朴な声に、切なくなった。
 桃だったらよかったのに。失礼ながらそう思った。
 運命の相手が見つかったのが俺じゃなくて、桃だったらよかったのに。


***


 ――桃だったらよかったのにと、そう思ったのは本心だ。
 まぎれもない本心なのに、寝る前に少し上条とも話すようになって、教室に入るときには前のドアを開けるようになって、そもそも、上条の車が俺の家に迎えに来るようになった。
 登校中。ほんの少しの間にキスをして、抱きしめられて、あの匂いを胸いっぱいに嗅ぐ。
「通り道だっていうからついでに拾ってもらうことになった」
 アルファとオメガが一緒に車で登校してくるそんな言い訳は、何の役にも立たないだろう。
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