それは愛か本能か

紺色橙

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第二章 上条真也の話

2-3 死を願う

 学校帰り、いつもそのまま僕の家に連れて行きたかった。
 車内では随分と僕に気を許してくれるから、それが永遠に続けばいいのにと願う。

 颯君が僕を受け入れようとしてくれていると分かった時、彼の気持ちが僕にあることに喜んだ。
 まさか彼から話を持ち掛けてくれるとは夢にも思わず、一瞬全てまやかしなのではないかと疑ったほど。
 冷静さやちっぽけな理性など風に吹かれて飛ばされそうだった。
 どうにか体の中に引き止め、最後の確認をすることにした。

 運命を信じない彼に、僕は運命を教えなければならなかった。
 僕だけが颯君の番になれるアルファなのだと教えなければならなかった。
 君は僕だけのもので、僕は君だけのもの。

 協力的な兄がいることは都合がよかった。
 でなければ僕は、適当なアルファをこのためだけに連れてこなければならなかったから。
 でもそんなことはしたくない。
 申し訳ないからではない。
 颯君を他のアルファに見せたくなかった。
 その点兄なら都合がよかった。何かあれば殺してしまってもいいだろうと、頭の片隅で思う。

 僕から離れたがっていた颯君が、自主的に僕に甘えてくれる。
 その事実だけでも僕にとっては運命の証明になると思ったけれど、アルファの匂いを嗅がせることにした。
 辰巳兄さんがわざわざ柔らかな匂いの香水をつけていたのに気づいた時は殺意がわいた。
 運命の番だとわかる方法は直感しかない。
 何とも動物的な僕たちは、その直感で確かめた。
 自分の体臭と混ざる香水は、間違えてしまう可能性があった。
 作り物から一歩その人へと近づく匂いに、勘違いしてしまうかもしれない。
 でも颯君ははっきりと「違う」と言ってくれた。
 もうそれで十分。


 颯君は僕の番だと、その事実だけに支配された。
 抵抗はされず、颯君は僕をすんなりと受け入れた。
 明るい部屋の中で隅々まで彼を見て、薄いほくろの在りかさえ頭に入れた。
 一生懸命僕に応えようとしてくれる様が可愛くて、本当に可愛くて、僕はなんて幸せなのだろうと思った。
 運命が見つかっただけでなく、それがとんでもなく可愛いだなんて。
 それが本能に従っているだけだとしても、僕が今最高に幸せを感じていることは確かなのだからそれでいいじゃないかと思う。

 最中はとにかく彼を離したくなくて、彼の中を自分でいっぱいにした。
 噛んだ首筋から血を流し、颯君は痛みに耐えつつ僕を受け入れる。
 傷口からじわりと僕は彼を侵蝕していく。
 それが何とも、幸せだった。


 彼の両親に即報告に行ったのは、僕としては当然のことだった。
 まだ成人を迎えていない彼は親と共にいる。
 だからそこに報告し、颯君はもうすでに僕のものになったのだと教えてやらなければならない。
 僕らの関係を認めさせたかったわけではない。
 僕と颯君の関係を誰も断ち切れるわけがなく、これはただの報告だった。
 
 彼の母親だけでなく、ご両親共に僕に対しあまりいい印象を持っていないのは一目でわかった。
 僕に対し、というよりもアルファに対してだろうか。
 だからといって、もう颯君は僕の手の中にあり、どうということもない。
 彼の周りにあるものは、彼が大事にしているものがほとんどだろう。
 それなりに尊重しなければならない。
 でも邪魔なら排除する。
 仕方のないことだ。
 僕の邪魔をするというのなら、それは退かさなければならない。
 颯君が無理やりではないとその口で言ってくれたことで、ご両親の一応の納得は得られたようだった。

 颯君の友人に『桃』という名前の男のオメガがいる。
 その人も僕にとっては、排除しなければならない恐れのある人物だ。
 颯君は桃と毎日連絡を取っている。
 何を話しているのかまではさすがに、まだ調べることはしていない。
 ただ熱心に毎日連絡を取っていることだけは分かっていて、僕にとってはそれがどうにも、嫉妬の対象でしかなかった。
 僕に話さないことをその人に話しているのか。
 どんな顔をして、どんな声で、どんなことを話しているのか。
 それは僕が相手ではいけないのか。
 颯君に害をなす人物なのかどうか、見張っていなければならなかった。


***


 颯君の学校を去ることになった。
 二学期中残ることも考えたが、颯君を番にできた今、残る必要もないと考えた。
 父親はまだ運命を蔑んでいて、僕としては今後も父親に邪魔されることは決してされたくないことの一つだった。
 父親の選んだ元の学校に戻り、望み通りに過ごそう。
 文句のないようにしていれば、颯君のことを邪魔されることも口出しされることもなくなるだろう。
 颯君はすでに僕の番になり、彼は発情期の前には教えてくれると言った。
 一度教えてもらえば次からは僕が周期管理をしてしまえばいい。言われずとも発情期の前に会いに行って、僕の家に連れて帰ればいい。
 まだ仕事をしていない僕にとっては親の金というのは大事で、邪魔されない僕らだけの家を手にするのにも必要だった。
 後で金を返すにしても、とにかく早く颯君を閉じ込めておける場所が欲しかった。
 なんにせよ今のところは、父親に従っているのが得策だ。

 でもそれが、桃によってずらされてしまった。

 土日だけでも彼を丸ごと連れてくる予定だった。
 平日に迎えに行くことも考えたが、間違いなく帰せなくなる。
 自分のためにも時間制限は必要だった。

 なのに、颯君は連絡が取れなくなった桃を探しに行くという。
 会う予定の土曜日を潰されて、最初は優しく心配するふりをした。
 大事な友人を心配する颯君に同調し、一大事だねと言った。
 でもそれが失敗だった。
 桃なんて奴のことはどうでもよかったのに、颯君はひたすら探し続けていた。
 土日しか会えない僕にも会わず、ひたすら。
 彼の中で自分の価値がとても低くなっている事が許せなかった。
 颯君は僕だけを見ていたらいいのに、僕だけを見ていてくれるのなら他のことは全て許せるのに、今彼が見ているのは桃だけ。

 桃の動向を探っていたことが、不幸にも幸いした。
 僕が動き桃のことを調べれば、颯君は僕を頼ってくれる。僕のところにいてくれる。
 
 桃に死んでいてほしいと思った。
 彼がいなくなれば颯君は僕に縋りつくだろう。僕だけしか見なくなる。
 余計なものは一切なく、僕の望むとおりになる。
 桃が死んでいると確認するためにも、調べなければならなかった。


 早めに颯君の学校から戻って大人しくしていたことが、良い方向に働いた。
 桃を連れ去った可能性が高いアラン・エイプリルは映画音楽家だ。
 良い子にしていた僕は父親の伝手を辿り、映画監督から紹介してもらうことにした。
 颯君から貰った桃の動画を添付してエイプリル氏に送り付ける。
『こういう子のイメージで曲を作っていただけませんか』
 もし桃を囲っているのなら反応するだろう。
 どう見ても桃が自分で撮っているプライベートな映像だ。
 完全に無視をする可能性もあった。でも彼は身内に番を披露したという。完全に隠しているわけではないのなら、何らかの反応を示すだろうと思った。

 すぐに反応があるかと思ったが、メールを送ってから一切何の音沙汰もなかった。
 毎日のように桃のことを聞いてくる颯君に何もいい返事が出来ず落胆させる。
 どうにかすると言った以上、次の手を考えなければならない。
 エイプリルは一切関係ないのだろうか。桃がもしそこらで野垂れ死んだというのなら、面倒なことになったかもしれない。
 僕にとっては喜ばしいことになるが、ともかく確認できなければ意味がない。

 年が明けしばらくしてから返信があった。

 クリスマスに再びエイプリルは番を連れてパーティに出たという噂があり、その時の番の特徴は桃を示していた。
 若い東洋人で、背の低い男。整った顔立ちと颯君より明るいふわふわした髪の毛。
 パーティ会場を撮った写真の後方に写り込んだ姿は、ほぼ間違いないと言えた。

『君は私の姫の何』
 返事に、エイプリル氏は怖がっていると感じた。
 おそらく運命の番に間違いはないのだろうが、多少強引な手段を取ったのだろう。
 桃を知っている人物が公に訴え出て、引きはがされることを怖がっている。
 もし僕なら――、そう考えて、返信をする。

 次に来た返信は即日だった。
 書かれていたのは4桁の数字と日時。
 どうやら、颯君にとってはいい知らせを渡せる時が来たようだった。
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