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第三章 桃の話
3-1 ボクの名前
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ボクのお父さんはアルファで、お母さんはオメガだった。
運命の番ではなかったはずだけど、二人ともすごく仲が良かった。
小学4年生の夏休み、皆で旅行に行った。
お父さんが運転した車で、少し田舎の宿を目指す。
高速道路を走っていた。
都会から出てしまえば夏休みなのに道路は空いていて、ボクは窓を開けて見えてくる予定の海を探していた。
そこから先は、記憶にない。
おじいちゃんもおばあちゃんも生きていた。
生きているとは聞いていた。
だけど会ったことは無い。両親が死んでも、会わなかった。
オメガだけの施設はそう悪いところでもなかった。
12歳になる頃発情期が来た。
どうしたらいいのかわからなくて、職員さんに助けを求めた。
ベータの職員さんはボクに触れ、仕方のないことなんだと教えてくれた。
すぐに薬もくれたし、それでも引かない熱に自己処理の仕方も教えてくれた。
事故の際、ボクは体内損傷が激しかったらしい。
オメガ性がいくら発情期を起こしボクの身体を作り替えようとしても、傷ついたものは戻らなかった。
「無理だよ」と発情期が来る度に泣いた。
いくらお前が頑張ってもボクの身体はメスとしての機能は持たない。
自分の身体に言い聞かせても何にもならず、ひたすら薬を飲み漁る。
他のオメガの子より強い欲は僕に痛みしか与えなかった。
それなりに居心地のよかった施設に居られる期間は限られている。
施設を出てすぐ、オメガ性を売る店に飛び込んだ。
店は住むところを用意してくれた。
お金を貸してくれて、生活に必要なものを用意してくれた。
毎日ご飯を食べられた。
そう悪い生活でもないなって、自分の選んだ道に満足した。
店の客はほとんどがベータだった。
ボクらを性欲処理として正しく使う、普通のベータたち。
働くうちにボクを何度も指名してくれる人が出てきた。
求められている、と感じた。
嬉しかった。
だから望まれる言葉を口にした。望まれる態度をとった。
「好き」と言って突かれ、「気持ちいい」と言って腰を振った。
客は満足して、またボクを指名してくれた。
結構平和で悪くないって思っていた。
でも、客としてアルファが来た。
初めての時を覚えている。
施設で見たドラマで運命の番というのがあった。
ボクはどうにもそれを信じていたようで、頼りにしていたようで、支えにしていたようで……。
初めて客として来たアルファは、ヒート状態のオメガを欲した。
ちょうど時期だったボクは薬を飲まずに相手をした。
「運命だ」と思った。
この人が運命の、僕の番なんだって。
全身の細胞がその人を求めた。
欲しくて欲しくて、作り物ではない本心からの思いでその人にねだった。
店の人がつけてくれた噛まれないための保護具が邪魔で外してほしかった。
ボクを噛んで、番にして。ボクとあなたは運命だからボクを連れて帰って――。
でも、違った。
僕の中に射精したアルファはため息をつき、二度と店には来なかった。
運命が欲しい。
運命の人が、ボクを求めて欲しい。
時折来るアルファの客相手にボクは毎度期待をした。
期待をして待ち、肌を合わせれば毎度運命だと錯覚をした。
何度も何度も繰り返す。
ボクの指名が増え人気の子だと紹介されれば、アルファにあてがわれることも増えた。
店はアルファがリピート客になることを期待していた。
でもアルファはどいつもこいつも偉そうに来やがるくせに全員ダメな奴だった。
運命なんてないって、わかっていた。
そう何度も繰り返せば、無理なことだってわかっていた。
わかっているのに、ボクは何度も同じことを繰り返した。
何度も、何度も、何度も。
オメガのサイトで年の近い子と仲良くなった。
ボクとは違い両親と生活し、ベータの友達もいるような子だった。
その子の日々の生活を聞くうちに、自分がその子になったような気がしていた。
毎日毎日チャットをして、その内彼の顔を見た。
ちゃんと生きている人だ、って思った。
あの子の声で、あの子の顔で、ボクは代わりに普通の生活を送っているような気になっていた。
あの子と話せばボクはその時だけはあの子でいられた。
可哀想な悩みはボク自身が悩んでいるように感じ、真剣に考えた。
嬉しいことだって、まるでボク自身のことのように。
でも彼は、運命に縋るボクとは違い運命を信じてはいなかった。
信じたくない運命を信じ身体を繋げる。
絶対にありえないと分かっているのに頭のどこかで期待をして、絶望した。
この人が欲しい、ボクを求めてくれるこの人が欲しいと本能が叫ぶ。
終わってしまえば何もなく、ボクは悪さをするオメガ性を抑えるために薬を飲んだ。
強い吐き気と耳鳴りに、蹲って泣いた。
中に出されたものはさっきまでボクが確かに望んだもののはずなのに、ただの汚いものに思えた。
アルファの体液にまみれ、叫ぶことなく涙が流れる。
その内、早く死にたいと思うようになった。
運命なんてありえないのに何のために生きているんだろうかと分からなくなった。
申し訳なくなる先の両親はきっともうボクを見てはいないだろう。
生きているはずの祖父母だってボクを見なかったんだもの。
サイトで出会った彼とだけ正気で話した。
ボクは本名を名乗らなかった。
だけど彼は、本当の名前を教えてくれた。
どこに住んでいるのかも、教えてくれた。
彼を「はやてちゃん」と呼んだ。
彼は「桃」とボクを呼んだ。
もうこの名前がボクそのものなのだろうと、オメガ性を売る店でつけられた名前で生きていくことにした。
運命の番ではなかったはずだけど、二人ともすごく仲が良かった。
小学4年生の夏休み、皆で旅行に行った。
お父さんが運転した車で、少し田舎の宿を目指す。
高速道路を走っていた。
都会から出てしまえば夏休みなのに道路は空いていて、ボクは窓を開けて見えてくる予定の海を探していた。
そこから先は、記憶にない。
おじいちゃんもおばあちゃんも生きていた。
生きているとは聞いていた。
だけど会ったことは無い。両親が死んでも、会わなかった。
オメガだけの施設はそう悪いところでもなかった。
12歳になる頃発情期が来た。
どうしたらいいのかわからなくて、職員さんに助けを求めた。
ベータの職員さんはボクに触れ、仕方のないことなんだと教えてくれた。
すぐに薬もくれたし、それでも引かない熱に自己処理の仕方も教えてくれた。
事故の際、ボクは体内損傷が激しかったらしい。
オメガ性がいくら発情期を起こしボクの身体を作り替えようとしても、傷ついたものは戻らなかった。
「無理だよ」と発情期が来る度に泣いた。
いくらお前が頑張ってもボクの身体はメスとしての機能は持たない。
自分の身体に言い聞かせても何にもならず、ひたすら薬を飲み漁る。
他のオメガの子より強い欲は僕に痛みしか与えなかった。
それなりに居心地のよかった施設に居られる期間は限られている。
施設を出てすぐ、オメガ性を売る店に飛び込んだ。
店は住むところを用意してくれた。
お金を貸してくれて、生活に必要なものを用意してくれた。
毎日ご飯を食べられた。
そう悪い生活でもないなって、自分の選んだ道に満足した。
店の客はほとんどがベータだった。
ボクらを性欲処理として正しく使う、普通のベータたち。
働くうちにボクを何度も指名してくれる人が出てきた。
求められている、と感じた。
嬉しかった。
だから望まれる言葉を口にした。望まれる態度をとった。
「好き」と言って突かれ、「気持ちいい」と言って腰を振った。
客は満足して、またボクを指名してくれた。
結構平和で悪くないって思っていた。
でも、客としてアルファが来た。
初めての時を覚えている。
施設で見たドラマで運命の番というのがあった。
ボクはどうにもそれを信じていたようで、頼りにしていたようで、支えにしていたようで……。
初めて客として来たアルファは、ヒート状態のオメガを欲した。
ちょうど時期だったボクは薬を飲まずに相手をした。
「運命だ」と思った。
この人が運命の、僕の番なんだって。
全身の細胞がその人を求めた。
欲しくて欲しくて、作り物ではない本心からの思いでその人にねだった。
店の人がつけてくれた噛まれないための保護具が邪魔で外してほしかった。
ボクを噛んで、番にして。ボクとあなたは運命だからボクを連れて帰って――。
でも、違った。
僕の中に射精したアルファはため息をつき、二度と店には来なかった。
運命が欲しい。
運命の人が、ボクを求めて欲しい。
時折来るアルファの客相手にボクは毎度期待をした。
期待をして待ち、肌を合わせれば毎度運命だと錯覚をした。
何度も何度も繰り返す。
ボクの指名が増え人気の子だと紹介されれば、アルファにあてがわれることも増えた。
店はアルファがリピート客になることを期待していた。
でもアルファはどいつもこいつも偉そうに来やがるくせに全員ダメな奴だった。
運命なんてないって、わかっていた。
そう何度も繰り返せば、無理なことだってわかっていた。
わかっているのに、ボクは何度も同じことを繰り返した。
何度も、何度も、何度も。
オメガのサイトで年の近い子と仲良くなった。
ボクとは違い両親と生活し、ベータの友達もいるような子だった。
その子の日々の生活を聞くうちに、自分がその子になったような気がしていた。
毎日毎日チャットをして、その内彼の顔を見た。
ちゃんと生きている人だ、って思った。
あの子の声で、あの子の顔で、ボクは代わりに普通の生活を送っているような気になっていた。
あの子と話せばボクはその時だけはあの子でいられた。
可哀想な悩みはボク自身が悩んでいるように感じ、真剣に考えた。
嬉しいことだって、まるでボク自身のことのように。
でも彼は、運命に縋るボクとは違い運命を信じてはいなかった。
信じたくない運命を信じ身体を繋げる。
絶対にありえないと分かっているのに頭のどこかで期待をして、絶望した。
この人が欲しい、ボクを求めてくれるこの人が欲しいと本能が叫ぶ。
終わってしまえば何もなく、ボクは悪さをするオメガ性を抑えるために薬を飲んだ。
強い吐き気と耳鳴りに、蹲って泣いた。
中に出されたものはさっきまでボクが確かに望んだもののはずなのに、ただの汚いものに思えた。
アルファの体液にまみれ、叫ぶことなく涙が流れる。
その内、早く死にたいと思うようになった。
運命なんてありえないのに何のために生きているんだろうかと分からなくなった。
申し訳なくなる先の両親はきっともうボクを見てはいないだろう。
生きているはずの祖父母だってボクを見なかったんだもの。
サイトで出会った彼とだけ正気で話した。
ボクは本名を名乗らなかった。
だけど彼は、本当の名前を教えてくれた。
どこに住んでいるのかも、教えてくれた。
彼を「はやてちゃん」と呼んだ。
彼は「桃」とボクを呼んだ。
もうこの名前がボクそのものなのだろうと、オメガ性を売る店でつけられた名前で生きていくことにした。
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