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いつかの楽しみ

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そんなこんなで正月から大変な目にあったのだけど、なんとか家に戻ってきてその後は平穏な日々を暮らしていた。

だけど新学期が始まり学校に行くと優斗とは顔を合わせてしまうわけで。

さすがに話しかけづらくて私たちは話せないまま、キキたちも気を遣ってくれているみたいだった。


類くんとは相変わらずバイトで会ったらその後夜ご飯を食べに行くくらいで特に進展もなく。

やっぱり別荘に泊まったあの日の夜のことは夢だったんだな、と思うようにした。

だって類くんが、たとえ酔っていたとしてもあんなに正直に言ってくれるわけないし、あんな風に思ってくれているとも思えない。

そう思わずにはいられず私は今日もバイトに入っていたのだが、この日は予期せぬ来客者が私の前に現れた。


「今日、類はいないのね」

「…麗華さん……」


久々に私の前に現れた、麗華さんだった。

とりあえず驚きつつも私は1人席に案内してメニューを渡す。


「今日、1人なんですか?」

「ええ。ねえ、あなた今日何時までなの?」

「私、ですか?21時ですけど…」

「じゃあ駅前の喫茶店で待ってるから。来てもらってもいい?」


え、と思ったけど特に予定もなかったし、今まで姿を消していた彼女が今日は私に用事があるときた。

不審に思いながらもわかりました、と言って仕事を続け、麗華さんは先に出ていき私は21時になって退勤する。

一体どうしたんだろうと足早に喫茶店に向かうと、奥の方の席で音楽を聴きながら麗華さんは待っていた。


「バイトお疲れ様」

「どうも」

「好きなの頼んでいいわよ。お腹空いたんじゃない?」


大人の余裕漂う彼女はメニューを私に渡して言う。

何か怪しいなと思いつつ、お腹は減っていたから遠慮なくナポリタンを注文した。


「ここ、ナポリタンおいしいの?」

「可もなく不可もなくです」

「そんな怖い顔しないでよ。別にあなたの嫌がることをしに来たわけじゃないわ」


そんなに顔に出てただろうか。

そう言われると意識してしまってどんな表情をしたらいいのかわからない。


「あなたと一度ちゃんと話しておきたかったの。いろいろと迷惑をかけただろうから」


自覚があったんならそれで結構。

やっぱり感情を隠すのは難しい。


「類とはその後、付き合ったの?あの後ブロックされちゃって音沙汰ないから近況何も知らないのよね」

「…どうなんでしょうね。付き合ってはないのかも」

「…やっぱり。あの子ほんと不器用なんだから」


類くんが前言っていた。
麗華さんとはもう連絡取ってないって。
あれほんとだったんだ。

それにしてもこの類のことは何でも知ってます感がやけに鼻につく。

何が言いたいんだろうと思いながら少しイライラし始めると、麗華さんは一言つぶやいた。


「妊娠したの、私」
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