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第一章
逃走と治療6『今宵、攻め入るは領主邸なり。』
しおりを挟む「…………」
どうしたもんかと俺が呆けていると、
「そ、そういえばエルフのお兄さんはエルフを襲って無理やり奴隷にする奴隷商人のことを調べてるんだって! お母さん、何か知らない?」
リリンが唐突に間に割り込んできた。
なぜここでその話になるのか。そんな会話の流れをぶった切ってするほどお前にとって重要な話ではあるまい?
「エルフを奴隷に……?」
一方、リリンの母親は初耳だったようで驚きの表情となって口を押さえ、黙り込んだ。
「ごめんね、お母さんがあの話を始めると長いからさ」
こそこそとすり寄ってきたリリンが小声で耳打ちしてくる。なるほど、母親の長話を阻止するために利用されたのか。
「ちなみにあの話とは?」
「若い頃にエルフの友達と3pしたって話」
「…………」
「リリン、聞こえてるわよ。お母さんの遠い青春の思い出を下品な言い方で脚色しないでちょうだい」
「でも結局は三人でヤッたんでしょ?」
「違うわ。三人で変わらない愛と友情を誓い合ったの」
「だから一緒じゃん。そう思うよね、お兄さん?」
どっちでもいいし、反応に困るからそういう生々しい話を母娘で俺に振ってくるな……。
エルフが人間を嫌っているという話について訊ねたかったのだが、蒸し返すことになりそうだしやめとくか。
――ここで訊いておけばと俺が後悔するのはもっと先の話である。
俺が明日の奴隷商訪問に照準を合わせて切り替えようとしていると、
「お前、エルフを扱う奴隷商を探してるのか? それなら耳よりの話があるぜ」
空気を読んで空気に徹していたルドルフがタイミングを見計らったように口を開いた。
「耳よりな話? 心当たりでもあるのか?」
厳密にはエルフを扱う奴隷商ではなく、エルフを襲って奴隷に貶める悪徳奴隷商を探しているのだが。
「実はエルフの奴隷を多く取り扱ってる奴隷商人が領主の家に出入りしてるみたいでよ」
「……なぜお前がそれを知ってるんだ」
こいつ、そういえば輩どもと同じ粉を持っていたな。
まさか俺に罠を仕掛けてきてるんじゃなかろうな。
「領主のおっさんに呼ばれて奴隷の首輪についていろいろ訊かれたんだよ。どうやら最近新しい奴隷を買ったみたいでな。首輪の設定を奴隷商に内密でいじるにはどうすればいいのか、かなり食い気味に訊いてきたぜ」
こいつは結構なボンボンという話だったっけ。それでいて魔法の才能に優れているのなら領主からそういう相談をされてもおかしくはないか。
「首輪の設定ってなんだ?」
エルフの里で危機管理のために習った気もする。
しかしながら今や記憶の遥か彼方である。呪文もそうだが、いろんな知識の抜け落ち具合がやばいという自覚がでてきた。
こんなに厄介なことに首を突っ込むとは思ってなかったんだよ……。気ままにドライブをするだけの旅で終わると思ってたんだよ……。
これはどっかで一度勉強し直したほうがいいのかもしれん。魔法に関しても威力の高い呪文とかを覚えておいたほうがいざというときに役立ちそうだし。
「設定ってのは奴隷に対する制限だよ。視力や聴力を封じたり、感情を抑えるようにしたりとかな」
「どうしてそんな制限をかける必要があるんだ? 耳が聞こえなかったり目が見えなかったりしたら満足に働けないじゃないか」
「そりゃ都合の悪いことを見られたり聞かれたりしないようにするためだろ。奴隷を買うのは裕福じゃないとできないからな。立場を守るためにいろいろ黒いことをやってる連中もいるんだよ」
「奴隷商に内密にっていうのはどういうことなんだ? 設定をいじるのは持ち主ができるわけじゃないのか?」
「基本的に術を施すのは奴隷商に雇われてる職人が客に要望を受けて事前に行うもんだ。もちろん設定が変えたくなったら奴隷商に行けば後から変更もできる」
「なら、どうして領主は奴隷商に秘密にしたがってるんだ?」
「そりゃ知らねえよ。でも怪しいだろ? オレも変なことを訊いてくると思ったもんだぜ」
領主といえばゴブリンの群れから助け出した御令嬢との約束だが、もしルドルフの話が本当なら彼女の誘いは狼の巣に羊を呼び寄せたのと同義だ。
いや、きっと領主の素性を詳しく知らなかっただけだろう。そう信じたい。
「気になるならオレが領主に渡りをつけてやるよ。あのおっさんには顔が効くんだ。貸しってことにしておいてやるぜ?」
ルドルフが逡巡する俺にそんな提案を持ちかけてくる。『どうだありがたいだろう?』という態度が透けて見えるのが気に食わない。
隙あらば俺に貸しを作ってやろうとする精神はなんなんだよ。
「どうしてお前が俺に協力してくれるんだよ。胡散臭すぎて奴隷商と組んで罠にかけようとしてるとしか思えないぞ」
「でっかいもんをぶっ潰すとか、最高にアウトローで格好いいじゃねえか。それに領主のおっさんが黒いことやってんならたくさん強請り取れそうだしな」
恐らく後者が本音だろう。そうだね、確かに君ってそういうやつだったもんね。
新米の冒険者を狙って金をむしり取ろうとするクズだったもんね。
「まあ、いっか……」
「決まりだな」
握手を求めてきたルドルフを俺はスルーした。
リリンとリリンの母親は吹き出して笑いルドルフは俺の脛を蹴り飛ばした。
いろいろ遠回りした感じもあるが――今宵、攻め入るは領主邸なり。
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