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『領地経営』編
第125話『毛玉の魔獣』
しおりを挟むガサガサと草木を掻き分けて近寄ってくる音。
「なんだ……?」
暗闇にキラリと輝く球体が浮かんでいた。
いや、よく見れば球体ではない。
それは生き物の瞳だった。
数十を超える眼が第十騎士団の周辺を取り囲んでいたのだ。
「こ、こいつらは一体……!?」
『ぬぁ~ん』
『なぁ~ん』
『うにゃぁ』
月明かりに照らされて姿を現したのは巨大な体躯をした猫たちだった。
もちろん、ジローが面倒を見ているニコルコの領地猫たちである。
ジローは把握していないことだが――
大きく育った彼らは魔境を自分たちの遊び場にしていた。
猫たちはこうやってたびたび夜に繰り出しては魔物を追いかけて身体を動かしたり、縄張りと決めた区域をパトロールがてら散策したりしているのだ。
騎士たちは運悪く、その猫たちの巡回するタイミングとかち合ってしまったのである。
「ば、バケモノ……! これが魔境に棲む魔物どもか!」
「ヤロォ……オレたちを狙ってやがるぜ!」
「野獣の眼光だッ!」
剣を抜いて陣形を組み、臨戦態勢に入るフランクたち第十騎士団。
「この毛玉の魔獣め! 成敗してくれる……なあっ……!?」
先陣を切って斬りかかったフランクの剣はモフモフした毛にあっさりと弾き返された。
「剣が通らない……!? なんて頑丈な皮膚だ!」
ふわふわでありながら生半可な刃物では傷一つつけることはできない。
ニコルコの猫たちの外皮は、その辺の魔物を遥かに凌ぐ強度を誇っていた。
『シャァーッ!』『フウゥーッ!』『ガァーッ!』『グウゥゥ!』
攻撃されたことで猫たちは第十騎士団を外敵と見做したらしい。
尻尾と毛を逆立てて、続々と威嚇を行ない始めた。
「こっちは騎士団の一部隊が揃っているんだぞ! きちんと対処すれば……!」
そう言いながらも、聖獣が放つオーラにあてられてフランクは身を竦ませていた。
「皮膚が弾かれるなら目玉を狙ってやる!」
果敢に飛び出した一人の騎士が急所を狙い撃とうとする。
ところが――
「ふべっ」
招くポーズから繰り出された猫パンチ一発で上から叩き潰されて終わった。
「む、無理だ……こいつらには勝てねえ……!」
「上級魔物なんか比じゃねえよこいつら!」
フランクだけでなく、本能的に恐怖を感じた騎士たちは剣を握る手の震えが止まらなくなっていた。
ニコルコの猫たちはジローや領民の前ではただの大きな猫として振る舞っている。
だが、聖獣と化したその身に宿す力は計り知れないものがあった。
「し、死にたくねえ!」
「た、助けてくれぇ!」
戦う意思をなくして逃げ出す騎士たち。
「くそっ! あいつら追ってきやがる!」
「なんて動き!」
「まるで猫だ!」
猫です。
猫たちは巨躯に成長していたが、その俊敏性は失われておらず、むしろ通常サイズの猫たちよりも俊敏な動きを会得していた。
歩幅も増しているため、騎士たちが逃げ切ることは到底不可能だった。
猫たちは獲物を追い詰めて遊ぶ狩りごっこを始めた。
猫軍団に追い立てられて逃げ惑う騎士たち。
バッサバッサバッサ。
「…………!?」
「お、おい、ウッソだろ……」
風圧を感じ、見上げると、そこには――
『グォオオォオオォオォオォオォオォオオオオォオォオォオゥ――ッ!!!!!!!』
ドラゴンの姿があった。
「あれは……!」
「く、黒いドラゴン……!?」
「もしや伝説のブラックドラゴン!? 実在していたのか!?」
「畜生! 何が魔物は寄ってこないだ! このゴミクズ、全然役に立たないじゃねえか!」
フランクたちが貰った護符には確かに魔物を退ける効果があった。
しかし、聖獣であるニコルコの猫や竜族であるブラックドラゴンには効果をなさない。
ただ、それだけのことであった。
『グルラララアアアアァァアァァァァァァァァアアアァァッ!!!!』
「あいつが森のヌシなのか?」
「縄張りに侵入してきたオレたちにキレてるんだ!」
「もう駄目だ、食い殺される……」
『ゴルウウゥウウゥウウゥアアアアアアアァアァァッ!!!!』
「ひいいいい……」
「あばばばば」
じょわじょわ~。
ブチチブリュ。
実際のところ、ブラックドラゴンは『みんな! よそからきたお客さんを追いかけ回したらダメだよ!』『人間にいたずらしたら、めっ!』と猫たちを窘めていたのだが……。
言語スキルを持たない騎士たちには怒りの咆哮にしか聞こえないのだった。
上空にはブラックドラゴン。
四方八方からは猫たち。
騎士たちに逃げる場所などなかった。
「「「「「「う、うわああああああああああああああああああああああ」」」」」」
第十騎士団の悲鳴が魔境に響き渡った。
◇◇◇◇◇
ニコルコの内政官であるジャードの朝は早い。
領主邸の離れに住んでいる彼は夜が明ける前に目を覚まし、日が昇る頃には身だしなみを整えて支度を済ませる。
そして朝食までの空いた時間で屋敷の庭を散歩するのがルーティンだった。
ジャードがいつもの見慣れた敷地内を歩いて裏庭を通過すると――
「…………」
そこにはズラリとニコルコの巨大猫たちが並んでいた。
猫たちの足元にはボロボロの鎧を着た騎士たちが意識を失った状態で転がっていた。
時折、呻き声が聞こえてくるので絶命はしていないようだが……。
「ヒョロイカ卿にそれを持ってきたのですか?」
ジャードが訊ねると、猫たちは目を細め、どことなくドヤ顔をしたように見えた。
「なに……? 早くしろ? 仕方ないですね……今から呼んできますから、大人しくそこで待っていなさい」
『なぉぉん♪』
『ふなぁん♪』
『んなぁう♪』
身を翻し、ジャードは主君を呼びに行った。
猫の意図を察し、猫に話しかけている辺り、鉄仮面に見える彼も少なからずジローの影響を受けてしまっていた。
そのことを本人が自覚するのは割と先の話であるが……。
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