人魔共和国建国記

あがつま ゆい

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アレンシア戦役

第34話 初めての攻城戦

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「メリル! なぜ勝手に動いた!?」
「申し訳ありません……どうしても、どうしても手柄が欲しかったんです」
「この命令違反、もしも本隊に何かあったら軍法会議物の失態だぞ!? 分かってんのか!?」
「申し訳ありません。本当に、本当に申し訳ありません」
「悪いがお前に兵を預けさせるわけにはいかん。これからは輜重しちょう部隊員になってもらう。いいな?」
「はい……申し訳ありません」
「よし、下がれ。今回の事はもう問わん。引きずって2次災害を起こすなよ」

 マコトはメリルを下がらせる。
 持ち場を離れるという下手すれば軍法会議レベルの失態をやらかしたが、まぁこのくらいはやるだろう。という予測は立てていて想定内に終わっていたから一喝した程度で許すことにした。

「閣下、イトリー家、ならびにその支持派の者たちが謁見したいとの事です。いかがいたしましょうか?」
「分かった。通してくれ」

 今度はイトリー家の者たちがマコトの陣を訪れる。彼らがいなかったら勝てなかったであろう、真の貢献者をマコトは丁重に迎え入れる。

「エリック殿、先の会戦で勝てたのはあなたのおかげです」
「私はマコト殿が立案した作戦に従ったまでです。何か特別な功績をあげたわけでもありません」
「これから攻城戦になるが、そこでも活躍してくれ」
「……私のような裏切り者にそこまで言って下さるとは。全身全霊を注いで臨むつもりです」

 二人は固い握手を交わした。



 野戦でアレンシア国の部隊は継戦不能になる程の打撃を受けた。
 マコトの軍も決して軽くはない被害は出たが戦闘継続に支障が出ない程度だったため、そのまま敵の親玉がいる城下町前まで進軍し、攻城戦へと移行していった。

「……不味い」

 マコトは一人夕食のパンをかじっていた。それは元々保存がききやすいように、わざと水分を抜いてパサパサに仕上げたものだ。
 そのためただでさえ食べにくいものが冷えてカチカチに固まっており、想像を絶するほど味気なく、不味い。

 一応干したイチジクや干しブドウレーズンがデザートとしてついてはいるものの、食事を楽しむようなものではない。城でお虎や薔薇の騎士団団員が作っていた料理がひどく恋しい。
 あれも地球で食ってた料理と比べるとかなり見劣りしたが、それにすら劣る。目の前の食料はもはや「エサ・・」と言える代物だ。

「戦場では干したものとはいえ、くだものが出るだけでもかなりマシでしょうな。私の場合はパンしかなかった時もあります」
「これでマシな方……か。だめだ、パンが不味い。温め直してくる」

 これでもまだマシな方、と語る痛み止めを使っているディオールにハァ。とため息をつきつつ、パンと硬いチーズを持ちながらマコトは野営のテントを出た。

 外に出ると兵士たちが冷えて固くなったパンをたき火であぶっていた。
 パンに限った話ではないが、大抵の食べ物は温め直すだけでもかなり味は良くなる。
 温め直したパンに火であぶって軟らかくしたチーズでものせて食べれば、戦場ではそれなりに美味である。

「あ、閣下!」

 気付いた兵士たちが敬礼する。

「お前たちのが終わってからでいいんで俺にもたき火を使わせてくれ」
「承知しました! よろしければ自分が閣下のパンを温め直しますがいかがでしょうか?」
「いや! 自分がやります!」
「いやいや! 自分こそが一番うまくパンを温め直せます!」
「分かった。じゃあお前に任せたよ。その元気を城攻めでも使ってほしいな」

 得点稼ぎをしようとする兵士たちに呆れつつもパンを託した。



 マコトの軍が豚王のいる城下町を包囲、封鎖して1ヵ月が経った。

 城壁内の領民たちは皆飢えに苦しみ餓死者が続出、遺体処理が間に合わず伝染病が発生している。
 まともに供養されない腐乱した死体は生者に嫉妬し、ゾンビや食人鬼グールとなって街中を歩く。
 生き残った者も空腹に耐えられずに雑草はもちろん、カンナで削った木のイスやテーブル、さらには餓死した人間の遺体を食っている。
 兵士にすら十分に食料や物資がいきわたっておらず、昼間から堂々と食料や金品の略奪をしている有様だ。

「畜生……畜生……畜生……畜生!」

 部下に対し強制的に命令を下す「王の勅命」には神霊石が必要だ。
 だが今の来兎らいとには神霊石の蓄えもわずかで買い足すカネも無い。
 日に日に士気は落ちていく一方な代わりに、降伏しようという部下の声は高まっていく。

 完全に「手詰まり」であった。



「……以上が逃げ出した住民による城内の現状とのことです」
「これ以上民を苦しませるわけにはいかん。破城鎚と攻城塔の準備は出来てるな? 明日攻め込もう」

 部下から脱走した領民による凄惨を極める内部の状況を聞いて、マコトは大きく心を痛めた。これ以上無駄に長引かせてもお互いに得しないと判断し本格的な城攻めを決めた。



 翌朝



「全軍進撃! 城門をこじ開けろ!」

 マコトの号令のもと兵が城目がけて進撃を開始する。

 城壁には攻城塔が迫り、城壁を守る敵の兵士たちをマコト軍の弓兵が彼らの「頭上」から次々と射抜く。そして城壁に最接近すると渡し板が敷かれ、中で待機していた兵士が勢いよく飛び出し城壁を制圧していく。
 それと同時に攻城はしごも次々とかかり、兵士たちが登っていく。

 加えて破城鎚が城門に取りつき、ゴォーン、ゴォーン、という城門を叩く音が辺りに響く。防衛にあたる兵士が破城鎚に火矢を浴びせ、またはしごや攻城塔を登ってくる兵士たちの対処にあたっているが、明らかに人手不足だ。



 アレンシア側は城内に湧いたアンデッド退治に人員を駆り出されており防衛にあたる人手が全くもって足りない上に、その数少ない兵士たちも領民から奪わねばならない程の物資不足に加えて、守るべき王も重税ばかり課す愚王となると士気も桁外れに低い。

 一方マコトの軍勢は「暴君を打ち倒す」という使命に燃えており士気は抜群に高く、補給も都市国家シューヴァルのバックアップにより万全だし、武装も兵器も新しいものばかりで兵数でも優位に立っている。
 どちらが勝つか? なんて10歳にもならない子供ですら分かる戦いだ。昼が来るより前に兵士が明るい顔で吉報をマコトに知らせた。

「閣下! わが軍が城門を突破しました! これよ城下町の制圧にかかります!」
「分かった。それと、しつこいようだが略奪は絶対するな。と繰り返し伝えとけ」
「ハッ!」

 兵士の報告を聞いてマコトは一安心した。勝って当然の戦いだったので、元々大して不安はなかったのだが。



 城下町の中へと突入したマコトの軍を出迎えたのはゾンビや食人鬼グールといったアンデッドの群れと、鼻がねじ曲がるような悪臭だった。生者を見るや襲い掛かってくる死体たちを射抜き、斬り捨てる。

「噂には聞いていましたが本当にアンデッドが街中を歩いているとは……それに何でしょうか? この酷い臭いは」
「こいつは腐った肉の臭いですぜ。エルフェンの旦那」

 エルフェンが異臭に鼻をつまむとゴブーがその正体を察する。

「まずは彼らを冥府に送り返さないといけませんね。全軍、アンデッドを恐れるな! 数では我らが有利だ! 突破しろ!」

 エルフェンが指示を出すと共に兵士たちが駆けだした。狙いは愚王の首だ。



「御注進! わが軍は城下町を制圧し、城内に突入しました! しかし敵王の姿はありません!」
「何だと? どこかに隠れてるはずだ! しらみつぶしに探しだせ! 俺も捜索に加わる。徹底的に探しだぜ!」

 マコトも城内に突入し、中の捜索に加わる。城をあちこち探す中、ある部屋を発見した。

「閣下、この札には何て書かれてるんですか? 自分には学が無いので字が分からないのですが」
「うーむ……これは……ぼにゅう、ぼくじょう? 母乳牧場って書いてあるぞ」

 「母乳牧場」と書かれた嫌な予感しかしないカギのかかったその大部屋のドアをこじ開けてみると中には鎖でつながれた牛頭の獣人、ホルスタウロス達が50人ほど押し込められていた。
 彼女たち誰もが死んだ魚のようなにごった目で中空をぼんやりと眺めていた。

 ホルスタウロスとはメスのミノタウロスである。オスとは違い白黒のまだら模様の体毛をしているためか、昔はミノタウロスの亜種や派生種とされていた時期もあり、ホルスタウロスという名前が現在でも残っているのはその名残なごりである。

 子を孕まずとも乳が出て(もちろん子を孕めば量は多くなる)普通の牛の乳よりも濃厚で美味、栄養価も高いとされ高級品として高値で取引されている。
 来兎らいとはホルスタウロスを魔物たちの苗床・・として利用していたようだ。

「長期的な戦力の確保に加えて、子供を孕めば乳も出るから現金収入も期待できる……か。外道過ぎてゲロすら出ねぇな」

 むごい事この上ない光景にマコトは吐き捨てるようにぼやく。部屋を出ると他の場所を捜索していたウラカン達が部屋の前までやってくる。

「閣下、この部屋は? 母乳牧場ってまさか……」
「そのまさかだ。見ない方がいい。人間の俺ですら吐き気がするんだ。お前らミノタウロスにとっては到底直視できる代物じゃないぞ」
「お、おう」

 さらにしばらくして、偵察兵から隠しトンネルを見つけたという報告が入る。おそらく籠城していた1ヵ月の間に掘ったのだろう。

「閣下! 敵国の王はここを通って逃げ出したもようです!」
「逃げられたか。まぁいい。捜索はこの辺にして各員アンデッド退治に向かってくれ。確実に全滅させるんだ!」
「ハッ!」



「ぜぇ! ぜぇ! ぜぇ! ぜぇ!」

 来兎らいとは巨体を揺らしながら呼吸を整える。振り返ると、落城した城が見える。

「マコトの野郎……今度会ったらただじゃおかねえ。絶対にぶっ殺してやる」

 なけなしの神霊石を抱えて命からがら脱出した彼であった。だが。

「おい見ろ、豚王だぜ」
「ホントだ、こんなところで護衛もつけずに突っ立ってるぜ」
「!?」

 愚王が振り返るとそこには農民達が10名ほど群れていた。そのぎらついた眼は獲物に狙いを定めた肉食獣のものだった。

「ヒャッハー! 襲えー!」
「う、うわああああ!!」
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