変なアプリと相談カフェの料理人は、今日もニヤリと嘲笑う。

ぞのじ

文字の大きさ
1 / 2
変なアプリと変な男の奇妙な立場。

美人は何をしても、美人だ。異論は勿論ない。

しおりを挟む
 通勤ラッシュで毎朝渋滞している国道沿いのコンビニで、朝飯の菓子パンと缶コーヒーを手に取りレジに並ぶ。
 店内には学生達による朝のピークを乗り越えたからか、少し穏やかな雰囲気が感じ取れ、心なしかレジ対応をしてくれた女性店員も柔らかい接客態度のように感じる。

 ピンポーン、と自動ドアが開くと少し肌寒い外気に出迎えられて外へと出る。コンビニ前の通りを走っていく制服姿の男女が目に飛び込んだものだから、「国道から一本脇道に入るとはいえそれなりの交通量があるのだから気をつけろよ」なんて言葉が自然と漏れてしまった。

 目に映る新緑が、その生命力を溢れさせ活き活きと風に吹かれゆらゆらと嬉しそうにしている、たとえそれが、無機質なアスファルトの罅割れから伸びた名も知らない草花であったとしても、か、だからこそ、か。
 その色鮮やかさに多少の憧れのような羨望を覚えたのは、先ほど走り去っていった、うちの学校の制服を着た若者達に当てられたからかもしれない。
 すぐに歩き出すのに何となく躊躇してしまい、建物の脇に設置されている灰皿の横に立って青空に向かって紫煙を吐くことにした。

 

 国道の喧騒も届かない閑静な住宅街にある校門に到着し、周りをざっくりと眺めた限りでは、朝練をしていたはずの運動部の連中の姿も既に無く、ちらほらと見える生徒たちも足早に教室へと向かっているようだ。
 あと20分もすれば朝のホームルームが始まるのだから、当たり前と言えばそうなのだが。

 職員用の出入り口の扉を開け、内履きに替える。お飾りとして用意された職員室の片隅の机には、同僚達のような資料などは置かれていない殺風景なもので、ぽつんと型落ちしたノートパソコンが申し訳程度に佇んでいる。

「おはようございます」
「おはようございます」と対面に座る養護教諭である同僚に返す。

 俺よりも2つ歳下の彼女は持ち前のその可愛いらしい、生徒からすれば美人と人気の整っている顔を優しく咲かせた。

「いつも通り、ギリギリのご出勤ですね、先輩?」
「無遅刻無欠勤が俺の唯一の自慢だよ、後輩ちゃん」と学生の頃、バイトで培った安いスマイルを作る。
「...社会人の鑑ですね」
「それはどうも」

 少し間をおいて軽い嫌味を返す後輩の対面の椅子を引いて座る。中身の伴わない鞄を、先程買った朝食を取り出して足元に置き、カサカサと菓子パンの袋を開けて、缶コーヒーのプルタブを押し上げた。

「またコンビニですか?」とデスクとPCを挟んだ向こう側から顔を覗かせる後輩に、
「ルーティン、ってヤツだな」などと横文字を返すと呆れたような顔をされるのもまた、ルーティンだ。
 それにしても美人はどんな顔をしても美人で得だなぁ、と心の中で後輩を褒めながら税込110円のパンに齧り付く。


 カタカタカタ、と職員室に響くキーボードをタッチする音をBGMに缶を傾ける。
 ちょうど飲み終えたと同時に、廊下側の扉が開き教頭と、珍しい事に学校長が伴って入室して来たので、全員立ち上がり正面を向いた。
 
「おはようございます」と、教頭の挨拶に頭を下げて挨拶を返す光景は、学生達と何ら変わらない。
 職員朝礼が始まり、諸連絡を聞きスケジュールの確認を行うと、最後に学校長からお達しがあった。

「一昨日の夜11時頃、当校の生徒が栄のドン・キホーテ前で警察官に補導されました。該当生徒と保護者の方には昨日事情を確認させてもらい、犯罪等の関連性も無く、ただ知り合いに呼び出された為に夜中に徘徊していたとの事。
 今回が初めてだったという点を踏まえて厳重注意と反省文の提出、保護者の方の付き添いもなく夜の外出等をしないように家庭内で話し合って頂くことになりました。
 各教員の皆さんは、こういった事が再発しないよう生徒に徹底させてください」

 「はい」と、担当クラスのある同僚達が硬い表情で頷く。大事な部分が抜けた情報を投げられても、「はい、そうですか」と請け負える〈担任〉という職業ジョブは相変わらず凄い...真っ黒だな。

 そんな気持ちで周囲を見渡していたのが悪かったのだろう。徐に正面の学校長に向けた視線が、見事に捉えられてしまった。ニヤリ、と口角を上げた年齢不詳の美魔女に、三角帽子に杖を持ち毒林檎を携えている姿を幻視した。

「福永先生は、この後学校長室私の部屋まで来てください」
「...分かりました」と返しながら、やってしまった、と辟易する。朝から、余計に疲れるような真似を自らしてしまった自分に「阿呆か」と愚痴れば、「はい、よろこんで」と長い間刷り込まれた条件反射的な返答をしなくて良かった、などと訳の分からない言い訳が頭の中をよぎってしまった。

 「どうか穏やかな週始めを迎えたい」だなんて、そんなに難しいことではないはずなんだけどな、と足下の床の木目を見れば、偶々だろうが、床材の節目が俺のことを笑っているかのような形だった、なんて誰に聞かせても理解してもらえないだろうよ。

 






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...